アルストロメリアは枯れたりしない
音羽水来
プロローグ
2082年7月12日
まだ午前八時前なのに、すっかり空気が蒸してしまっていて、歩くだけで汗をかいてしまう真夏の通学路。
……約十年ぶりの真夏、歩くだけで辛いのは、わたしの体がこの暑さに対応できていないのか、それとも単に今年の夏が暑すぎるだけなのかな。
「おっはよ~! 千波!」
「おはよう! ひかり! 今日は珍しく一人なの?」
そんなことを考えながら、わたしが通っている中学校へ向かう通学路への道中、多分、多分普通の地味な中学一年生であるはずのわたし、穂坂千波は、今通っている中学校の同じクラスで学校では一番仲がいい友達である、前野ひかりちゃんとばったり通学路で鉢合わせた。
……うん、ひかりの髪型は今日も相変わらず綺麗なショートボブ。
本人曰く謎のこだわりがあるからと、毎日手入れは欠かさないと自分で言っているだけのことはあると思う。
まあそれはともかくとして、ひかりと通学路で会うのは珍しい。
ひかりは部活の朝練が多く、さらに最近彼女にはある変化があったこともあり、帰宅部のわたしとは登校タイミングが重なることがほとんどない。
だから家の方向は一緒なのに、一緒に学校へ向かうのはかなり久しぶりな気がする。
「うん、あっちもあっちでラストスパートみたいだからね、対するあたしたちの方はまったりだからさ」
「まったりな部活はこんな暑いのに朝練とかしたりしないって。今日は休みみたいだけどさ。第一、レギュラーがそんなこと言ってたら嫌味になるよ?」
「後半戦から出る先輩方の体力温存が役割でだから、実質ベンチだもん。人数もギリギリだし。今の部長、実力がないならないなりにやってやるって、変にやる気だからさ」
「それでも本当に頼りにならないなら抜擢されないって。それともあれ? やる気が出ない原因でもあるの?」
「……一回戦の日程が思いっ切り被ったの」
「それはそれは。猛暑日じゃなかったら応援に行ってあげるよ」
ひかりは女子サッカー部に入っていて、一年生の中では実力は折り紙付きとの噂。
こうして話していると、謙遜……というよりかは本当に自信がないのかもしれないかな。
せっかくだから応援に行きたいけれど、久しぶりの夏だからわたしの体調も考慮しないといけない。
だから、応援に行くよ! と即答できないのが辛いところだ。
それに、一回戦が被ったってことは……ね。
「いや~、真面目に情けないところ見せちゃうから無理に来なくていいよ。……っていうか、」
学校の校門が近くなり、段々とわたしたちの周囲にも登校している生徒が多くなっ
ている中、ひかりは周りの人には聞かれないよう、さりげなく声の音量を下げた。
「……気を回し過ぎてたらごめん、そもそも体力的に大丈夫なの? 十年前より今の方が比較したら平均気温が高いらしいし、起きてから初めての夏なんだから、無理しないほうがいいんじゃない?」
「一応今も月一回検査に行ってるけれど、多分……大丈夫じゃないかな? まあ、熱中症に気をつけて下さいとはしつこく言われているけど」
「言われてるんじゃん。学校の体育館と違って屋外だし、観客席にクーラーがあるわけでもないからかなり暑いよ? まあ、来てくれたら来てれたで嬉しいけれど、無理しちゃ絶対ダメだからね」
「も~、本当は来てほしいんでしょ〜?」
ひかりはあっ! と口を塞ぐけれど、その後ムッとした顔でわたしをかわいく睨みつける。
そう、わたしにはある秘密がある。
それこそ、学校では責任者である校長先生や養護教諭の担任の先生、そして弟と、今隣にいる友人のひかりぐらいしか知らない秘密。
それはわたし、穂坂千波は昔に患った病気の治療で約十年、コールドスリープをしており、実質的な年齢は倍近くあるということだ。
つまり、中学一年生なのに実年齢と戸籍上の年齢は二十歳を優に超えているということ。
病気やコールドスリープによる影響は、今やたまにある定期検査が面倒臭いこと以外は特に生活には影響はないのだけれど、……十年という時間は人が、世界が一変するにはあまりにも十分過ぎて、ずっと寝ていたわたしはまだ着いていけているとはとても言えない。
何故なら、その一番の大きな変化は、簡単には受け入れられるものではなくて——
「——ひかり! それに穂坂さん! おはよう!」
「わ。近藤くん、おはよう」
「……お、おはよ。颯」
小声で話しながら校門を潜り抜けたその時、男子サッカー部の人たちがちょうどランニングをしていて、そこにいた男子生徒達と、目があったわたしとひかりはお互いに言葉を交わす。
彼はわたしやひかりのクラスメイトである近藤颯くん。そしてひかりの彼氏でもある。
ひかりはつい先日、テスト期間が終わった直後に近藤くんと付き合い始めたということもあり、まだどこか照れ臭いのだろうか、彼とは目を合わさずに下を向きながら、小声で答えて近藤くんに手を振り返した。
「近藤! あの子がお前と付き合い始めた女子か?」
「はいっす! 先輩の彼女と同じく女子サッカー部ですよ! 世界一大好きな彼女っす!」
近藤くんはサッカー部の先輩とお互いなんの遠慮もなしにそう話しながら、ランニングに戻っていってしまった。
「う、うう……」
でも、対するひかりは近藤くんが去った後、そそくさと人気がない建物の影に走り去ってしまった。
わたしはそんなひかりを急いで追いかけるけれど、……どうしたんだろう。
「——ひかり? どうしたの?」
「あ、あいつぅ……、あんなこと言わないでよ。朝から照れ臭いし、嬉しすぎるじゃん……」
心配になって追いかけたわたしを待ちかねていたのは、まさかの惚気。
まあ、なんとなく察しはついていましたけれどねえ。
近藤くんから話しかけらた時から分かりやすすぎるぐらい、ひかりの顔は赤くなり始めていたし。
「……うう、頭を切り替えないと……」
「別にいいんじゃない? わたしたちのクラスの状況を鑑みれば。近藤くんの様子は特に変わりないし、後はひかりが慣れるだけでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけど……いやいや、それを千波自身が言ったらお終いだよ⁉ 中々ない事とは言え、あたしたちのクラスで恋人がいないの、千波だけなんだから!」
「はっはっは~、こういう時コールドスリープしている経験が活きるんだよ。思うところが他にあり過ぎて、他の人と比べてそこまで気になってないし。はっはっは──」
わたしはがっはっはとわざとらしく笑いながら、目の前にいる友達との明確な価値観の違いを受け流す。
わたしがコールドスリープしていた約十年間、科学技術や世界情勢に、これと言えるような革新も、変化も起きなかった。
でも、日本を始めとした他の一部の国ではである価値観が大きく変わってしまっていた。
それは誰もが皆、十年前と比べたら異常と言えるほど、人々が恋愛に積極的になっているということ。
分かりやすい数字で表すと、昨年行われたアンケートで、現中学生の恋人がいる割合、約80%。
なんと小学生の高学年ですら恋人がいる割合は五割を超えるアンケート結果が出ることもあり、高校生以上で一切恋人がいないとなれば、なんらかの重たい事情があるか、相当の変人のどちらかというレッテル貼り……いや、この時勢では明確な事実が突きつけられるほどだ。
そしてこれは、そんな世界についていけず、未だに受け入れることが出来ていない、わたしが——。
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