第2話

 家で夜ご飯を作った。時間と金だけが余り、趣味もないので料理を凝り出した。今日の夕飯はカチョエペペにした。正直ご飯の味なんて美味いとも不味いとも思わないが、過程が面倒くさいご飯ほど作ってて楽しいものはない。ご飯を食べ終わって何気なくつけたテレビで、子どもが溺死したというニュースが流れてきた。子どもの最後は海に包まれて底に沈んでいった。亡くなってしまった子どもは気の毒だが、歳を重ねて身体中シワシワになり、誰かの介護無しでは生きていけない体になるのと、若く綺麗な状態で死んでいくことのどちらを選ぶかと問われたら、自分は迷わず後者を選ぶだろう。これからの自分の未来を想うと怖くて仕方がない。毎夜老人に近づいていくことが恐ろしくて、このまま寝なければ若いままで居られるんじゃないかと空想してしまう。我ながら陰気臭い考えだと思う。どれだけ寝たくなくても、結局は睡魔に勝てないというのに。

 自分の人生は小説のようなものだと思っている。だからなのか、失恋したり身内が死んだりしても、不謹慎かも知れないけれど物語で言う「転」の部分にあたって面白いと思える。だが、恐らくこれは自分が悲しむことが嫌だからそう思い込んでいるだけかも知れない。自分の弱点を露呈して良いことなんて無いと思うが、悲しいことがあった後だからこそ、良いことがあったとき、一際楽しいと思えるのかも知れない。そう考えると、一人前に悲しむのも良い気がしてきた。

「俺たちがどれだけ抗っても、季節は巡るし、他人との関係は変わっていくんだよ」

昔、木村という友人がそんなことを言っていた。そいつとは未だに連絡をとってたまにご飯に行く間柄だが、俺たちの関係も変わって行くのだろう。良い方向かも知れないし悪い方に転ぶのかも知れない。

「久しぶりだな」

木村と夕飯を食いに行くことになった。

「久しぶりって言ったって、2週間前にご飯食べにいったばかりじゃないか」

「まあそうだけど、いつも数ヶ月経たないと飯に行かないから、久しぶりな感じがしたんだよ」

確かにいつもなら少なくとも一ヶ月は間をおいてご飯に行っていたが、今回はだいぶ早い。

「なんかあったのかよ」

コイツは軽薄なやつではあるが他人を気遣える、一般的に見て良いやつだ。

「ただフラれただけだよ」

「お前ショックとか受けるタイプの人間なんだな。ちょっと意外」

「失礼だな。俺は普通の人間だよ」

「じゃあ今日は俺の奢りだな。愚痴でもなんでも聞いてやるよ」

という感じで、異性はともかくとして同性には好かれる要素がとにかく多い奴で学生時代から友達に囲まれ続けていた。

「木村はまだ仕事探しているのか?」

「流石に2週間じゃ仕事は見つからないわ。この俺を採用しないなんて見る目ないよな」

「確かにな」

木村は今フリーターで、バイトを掛け持ちしている。これほど良いやつには報われて欲しいのだが、自分にできることは無いので、声だけ掛けている。

「あと25年もしたら俺らは50歳になるんだぜ。時の流れってのは早いよな」

急に変なことを言い出した。

「その通りだけど、急にどうしたんだよ」

「別に大したことはないけどさ。ふと思ったんだよ。高校の時に入船ってやつが死んだじゃんか。先生がなんで死んだか教えてくれなくて、自殺じゃないかって話してたろ」

「そうだな」

「何で死んだかは知らないけど、俺たちも急に死ぬ可能性があるわけだろ。あの一件から死ぬことが急に身近な存在に感じるようになったんだ」

たしか木村は入船と仲が良かった。休日に二人で遊んだこともよくあったらしい。そんな人が何も言わずに死んだとなったら、怖くなっても仕方がないのだろう。

「結局なんで死んだんだろうな」

「分からないけど、考えたって仕方がないことだろ。言えない理由があって、それを俺らが知る必要はないんだろ」

そう言えば「こころ」の中にこんな文があった、

「Kが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑いだしました。」

あくまでこれは、「先生」が勝手に「K」の死因を考えただけに過ぎないが、もしかしたら入船も独りぼっちに感じて、結果死んでしまったのかも知れない。母さんは入船のことを聞いて、

「もし自殺なんだったら、なにかしてあげられる事があったかもね」

と言ったが、本当にそうなんだろうか。自殺を視野に入れるほど追い詰められている人間が、今更別の選択肢をちらつかされても、自分の脳内から自殺を取り除くことが出来るのだろうか。一時それを排除できたとして、また脳内に浮かんで、もう一度自殺を考えてしまうだけではないだろうか。それならばいっそのこと、死んでしまった方がまだ楽だと自分は思う。どんなに後から考えを巡らせても、入船がもう居ないという現実だけが残っている。

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