65.想い
挨拶を済ませたアンドレは祖父を紹介することにする。
今後、帝国と王国の関係性は変わっていくだろう。そのためには紹介しておいた方が良い。
「あそこに座っておられるのがブットシュテット大公、私の祖父となります」
大公は尊大に頷く。王国貴族たちは大公がいることがわかると緊張感が強くなった。帝国皇帝の弟であり、王国内でもその武勇は伝わっているためだ。
彼は帝国内でも影響力のある人物で、大公の領地は広大だ。王国と隣接している地域はその大半が大公の領地であるため、現時点では行き来するためには許可をもらわなければならない。
「それから、今日この場にこうして立てているのはある方のおかげです」
リゼは嫌な予感を感じて思わず身震いしてしまう。
(え……まさか……)
「最大限の感謝をランドル伯爵令嬢に。メリサンドも彼女と二人で倒しました」
アンドレの言葉を聞いて貴族たちの視線はリゼに集中する。
注目されることに慣れていないため、リゼは縮こまってしまう。
(……はぁ……予想以上に注目されている……)
するとアンドレがリゼの元へと歩き始めた。貴族たちは何が起こるのかと固唾を呑んで見守る。リゼはその様子を何事かと困った顔で見つめ、(な、なに……!?)と思うしかない。
「やぁ、リゼ。今日は参加してくれてありがとう」
「はい……」
か細い声でそう返すが、静まり返っているため、会話内容が周囲に完全に聞こえてしまう。
目を泳がせているとエリアナと目が合ってしまったので、すぐに目をそらした。
「私だけでメリサンドを倒したと思われたら困るのと、リゼがいなかったら母の病気は治らなかったし、ルーツもわからず、いまでも離宮暮らしをしていただろうと思う。そして、自分の微妙な立ち位置に悩んでいただろうね。あの絵に込めた悩みだね。リゼのおかげで私の悩みは全て吹き飛んだよ。だからありがとう」
「そんな……でもお役に立てたのなら何よりです」
「リゼ、立てるかな」
「え? あ、はい。立てば良いのですね?」
アンドレに促されて立ち上がる。
すると、あろうことかアンドレは優雅に
リゼは驚いて息を飲むが、貴族たちも同じように一体何が起きたのかと息を飲んだ。
「うん。似合ってる」
「あれ! え! これはあの……」
「実はメリサンドの指輪を持ち帰ったんだ。この指輪って特殊な作りなのかな。大きさが変わってくれるようで指に馴染んでいるでしょ? 二つあるから一つはリゼに、一つは私が持っておこうかなと思って。ほら、お揃い」
右手を見せてくるアンドレだ。薬指の指輪がきらりと光る。それからこっそりと呟いた。
「いまは右手にしたけど、いずれ左手にはめてもらえるように頑張るよ」
「それは……まさか私と?」
「そう受け取ってもらって構わない。皆さま、聞いてください」
リゼが反応する前に集まった貴族たちに向かってアンドレが話を始める。一連の流れに呆気に取られていた貴族たちはふと我にかえった。
「こちらのランドル伯爵令嬢、リゼ嬢といずれ婚約したく、相応しい男になれるように日々努力していこうと思います。少し長くなりますが語らせてください。彼女は芸術面でも秀でており、私の描いた絵に対して真剣に意見してくれました。また、母のルーツを知りたいと相談した際も協力してくれたのです。知り合ったばかりの者に対して、真摯に向き合ってくれた方はいままでおらず、とても感動しました。また、ダンジョンでは二人で命懸けでメリサンドやその他のモンスターに挑みましたが、私一人では到底クリア出来なかったでしょう。私や母に対して向き合ってくれた時点で彼女のことが気になる存在となりました。そして、ダンジョンでの共闘によっていままで感じたことのない感情が芽生えました。恋です。さらに母の病気についても、完治したのは彼女のおかげだったりします。また、実は彼女に絵を描いて欲しいとお願いしていました。先日受け取ったのですが、あちらに飾ってある二枚の絵です。我が母の生き様を描いてくれました。母は病気で余命宣告をされていたので、近いうちに死別すると考えていました。時が経つにつれて記憶というものは曖昧になっていくものなので、母のことも薄っすらとした思い出になってしまうと危惧していたのです。しかし私はそういった日々を忘れたくない。絵を見つめることでいつまでも、つらくもあり楽しいこともあったあの日々を思い出したい……そんな願いを込めて絵の依頼をしました。ご覧ください。これは母が舞台で役を演じているところです。私はよく母の舞台を見に劇場に行きました。そこで様々な人たちと出会い、色々と学ばせていただきました。そういった思い出をふつふつと思い起こしてくれる、素晴らしい絵になっていると思います。それに肖像画にご注目ください。母を忠実に再現しつつも、従来の絵にはない柔らかく暖かな印象を与えてくれる絵になっているかと。絵画の歴史において、彼女の絵は一つの変革を巻き起こすことでしょう。今後の人生で何かあったときにこの二枚の絵を見ればブレずにやっていけると感じています。私はリゼ嬢と会った日に、心に陽が上り始めるような感覚を抱きました。何も変わらない日常に変化が少し訪れたような気がしたのです。いまは確信しています。私の心を光で照らしてくれるのは彼女なのだと。よって、必ず彼女と共に人生を歩んでいきます。彼女のためにすべてを捧げていきます」
リゼは手を握られ立たされたまま、アンドレの長きにわたる話を貴族たちの注目を浴びながら聞くことになった。アンドレは一通り話し終えると、リゼに向き直る。
「どうだった? 君のことが大好きだ」
「あの……ありがとうございます。でも、突然の出来事でなんて言えば良いのか……」
「いきなり今の話をされても困惑しているだろうからじっくり考えてみて。本気だからね」
「……はい」
リゼとしてはそう答えるしかない。流石に隠し攻略キャラなだけあって、リゼの想像を超えてきた。
(エルに続いてアンドレまで………………どうすれば……)
固唾を呑んで見守っていた貴族たちはざわざわとし始めた。好意的に捉えるものもいれば、そうでないものもいる。落ち着きのない雰囲気だ。
エリアスは絶対に負けないという強い意志でその場を見つめており、ラウルはこうなると思ったという表情でその場を見ていた。
そして、ジェレミーは苦虫を噛み潰したような表情をしている。気に入らないのだろう。王妃はそんなジェレミーを見つめていた。
そしてヘルマンも立ちあがる。
「さて、ゼフティア王。わしからも宜しいかな?」
「ブットシュテット大公……? あぁ、例の話ですかな。もちろんです」
「アンドレはこちらに戻りなさい。それからランドル伯爵令嬢もこちらへ」
リゼは貴族たちの視線を集めつつ大公の元へと向かう。一体何が起こるのだろうか。
「ランドル伯爵令嬢こと、リゼ=プリムローズ・ランドル。わしの娘および孫、つまり……帝国皇帝の姪、またその息子に対しての善意の行動の数々、皇帝陛下は非常に感謝しておられる。帝国はそなたにありとあらゆる礼を尽くすつもりである。いつでも何でも言うことだ。だが、目に見える形で功績を称えたいと皇帝陛下と話し合ってきた。よって、帝国の子爵位をそなたに授ける。これがその証となる勲章と証書だ。受け取ると良い」
大公はリゼに勲章をつけ、証書を渡してくる。リゼは大勢の貴族と同じように何が起きたのか理解できておらず放心状態だ。親である伯爵や伯爵夫人は驚きのあまり、席を立ってしまっている。ゼフティア王国では女性が爵位を受け継ぐことは出来ないし、ランドル伯爵家はリゼの兄が家を引き継ぐことになる。
そういう文化もあってか、自分がまさか爵位を与えられるとは思ってもいなかったリゼは少し呆然としていたが、ふと我に返って問い返す。
「えっ……! 帝国の子爵位……ですか?」
「そうだ。これからはおぬしを
「そんな、恐れ多すぎます…………。私はただお二人が幸せになってくれればそれで……それにゼフティア王国民で帝国民ではないので……」
「良いから受け取ることだ。これは皇帝陛下も同意されていること。それに両国の国籍を有するということで、ゼフティア王とも話がついておる」
「そうですか……分かりました……ありがとうございます……」
リゼは外堀を埋められているので断ることができず、受けるほかない。
「では帝国子爵となったことで良いな?」
「……はい。ただ、子爵は何をすれば良いのか……」
「わしの領地を一部切り出してランドル子爵のものにしておいた。たまに訪れればそれでよい。基本的にはわしが管理しておく。そのうち、転移石の手配もすませてやろう。転移元をどこにするかは相談しようではないか」
「何から何までありがとうございます……」
何から何まで手配が住んでおり、ヘルマンに感謝する。
(なぜこんなことに………………)
こうしてリゼは帝国の子爵位を授爵したのだった。そして、固唾を呑んで見守っていた、主に中立派の貴族たちが拍手をし、拍手が収まったところで王より式典終了のお告げがある。
「それでは式典は以上とし、休憩の後、ダンスパーティーに移行する。会場に移動するように」
リゼたちは会場に移動する。貴族の子女はお茶会となるようだ。
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