64.王子の式典
アンドレおよびテレーゼについての式典の準備が行われ、各貴族にも招待状が送られ始めていた。
伯爵は王宮からの手紙以外にも箱が届いていたため、娘に話をすることにする。
「リゼ、ちょっと良いかな?」
「どうされましたか、お父様」
夕食を食べていると、伯爵から話かけられる。
「腕や体調は良さそうだね?」
「もうすっかり良くなりました。いまは新しい絵を描いています。式典に向けての絵ですね」
「そうか。ちょうどその式典の件だがね。王宮から一週間後の式典の招待状が来たぞ。参加できそうかな? 式典の後はダンスパーティーとなるようだ」
「参加できると思います。楽しみですね。ダンスパーティーですか?」
ダンスパーティーもあるということで、盛大に式典が行われるようだ。
「それは良かった。きっとアンドレ王子もリゼには晴れ舞台を見て欲しいだろうからね」
「そうですね。アンドレの境遇を考えると、喜ばしいことだと思います。あれ、そういえばあの、ダンスパーティーということはまたラウル様と参加すれば良いでしょうか?」
リゼは前回のエリアナのお披露目会に参加した時のことを思い出しつつ、確認する。ラウルなら喜んで相手になってくれるだろう。
「いや、それがだね……今回はアンドレ王子から直々の指名みたいなんだ……」
「え……そうなのですか……」
リゼは驚いて目を丸くする。そういう可能性は考えていなかったが、アンドレは知り合いの貴族がいないため、確かにあり得る話だ。
「今回の主役だからね。目立ってしまうかもしれないね……」
(アンドレと踊れば当然目立ちすぎるけれど、流石に断るわけにはいかないよね。命の恩人でもあるし)
「……確かに目立つのは嫌なのですが、いままでのアンドレの苦悩を考えると……ダンスの相手を私がつとめることで喜んでもらえるのでしたら、今回は我慢します。それにダンジョンはアンドレがいなければ、私だけでは生きて帰ることはできなかったと思いますし……その恩返しも兼ねてお受けします」
「そ、そうか。断られるかヒヤヒヤしたよ」
伯爵は安堵のため息をつく。
「流石に命を預けあった戦友ですし、無碍にはできません!」
「分かった。それではお受けすると言うことで返事をしておこう」
「はい!」
「それと、この箱は間違えて開けてしまったのだが、当日に着て欲しいというドレスみたいだね」
リゼは伯爵から薄ピンク色のドレスを受け取った。装飾としてふんだんに真珠、つまりパールが使われており、胸の周りにはダイヤモンドが散りばめられている。
「手紙もあるみたいだ。それと、ドレスに合わせた靴も届いているね。同じようにパールやダイヤモンドがあしらわれたものだね。それとネックレスも届いていたかな。どうやらティアラもプレゼントしていただけるようだ。デザイン案を描いた紙が入っていたかな、たしか」
「そうですか……。手紙を読んでみます」
リゼは手紙を開いた。
『リゼへ
この手紙を読んでいるということはプレゼントを受け取ってくれたかな。喜んでくれると嬉しい。子供の頃から劇場の手伝いをしたり、絵を売ってコツコツと貯めた貯金でドレスや靴などを帝国で作ってもらったんだ。式典で是非着てきて欲しい。当日を楽しみに待っているよ』
(どうしましょう。なんだかすごく高そうで……帝国は潤っているからドレスにまで宝石を散りばめたりするのね……)
なお、ティアラのデザイン案を見てみるとプリムローズを意識したのか細かいダイヤで作られた花の装飾付きだ。ゼフティア王国においては、ティアラは王族や公女は身につけても良いが、それ以外の者は王族などから贈られた場合のみ公式の場でもつけることを許される。思っていたよりも目立ってしまいそうでどうしようかと焦る。
アンドレと話したいところだが、それからというものの、式典までアンドレが訪ねてくることはなかった。
逆にジェレミーやラウルはいつものように集まってきているのだった。
「リゼ、式典のこと聞いたよ」
と、ラウルは残念そうな顔をする。リゼは申し訳ない気持ちになるが、今回は仕方がない。
「今回はどうしてもということで……ラウル様、また別のパーティーではお願いすることになると思います」
「分かった。晴れ舞台、楽しみにしているよ」
「私の晴れ舞台というよりはアンドレの晴れ舞台なのですが、ありがとうございます。なんとか失敗しないように頑張って、出来る限り注目を集めないようにするつもりです」
リゼは基本的に目立つような行動はしないつもりだ。アンドレと踊る際は目立ってしまうかもしれないが、あとはなんとかなるだろう。穏便にすませるつもりだ。
「あーあ、アンドレと一回目は踊るんだよね〜? じゃあ次の相手は僕でも良いわけだね?」
「ジェレミーとまで踊ったら目立ちすぎるじゃないですか……流石に王子二人と踊るのはちょっと……それにきっとジェレミー派に目をつけられてしまいますし」
流石にジェレミーと踊ったらまずいことになりそうだと考えながら、リゼは苦笑する。
「ほらほら、僕があげた剣も役立ったみたいじゃない? つまりは僕も協力したようなものなんだし、無視しても良いのかなぁ」
「う……それを言われるとその通りですね。はぁ……どうすれば。あ! あの……テラスで踊るとかでしたら良いですけれど、そこまでして私などと踊りたいのですか?」
確かにジェレミーからもらったペンダントはメリサンドを倒すのに大いに役に立ったといっても過言ではない。ある意味で、間接的にジェレミーのおかげである。
「だって一度も踊ったことないよね? テラスでも何でもいいけどね」
「分かりました。ではテラスで踊りましょう。絶対にテラスですからね?」
リゼはジェレミーに念のため、念を押しておく。
「分かった分かった〜」
ジェレミーは、はいはいと手を振りながら合意する。嬉しそうだ。
「休憩するときにテラスに行きますね」
「了解ー」
「それならリゼ、僕もテラスで一曲お願いしたいな」
「もちろん大丈夫です、ラウル様」
◆
そしてその日の午後のこと。
「お嬢様、絵の制作はもうすぐ終わりですか?」
「そうなの。ほぼ終わりよ。ダンス会場で展示されるみたいで」
「それはすごいですね」
「式典までには間に合いそうかな」
リゼは式典で絵を飾ることを許可されたため、一枚の絵を仕上げているのであった。
「あ、そうそう。アンドレ王子から例の絵が送られてきましたよ。
「この絵ほど、解釈について考えに考え抜いた絵はないから、いつの間にか思い入れが出来てしまったなぁ。部屋に飾りましょうか」
「では飾るように手配しますね」
「ありがとう」
それから絵を部屋に飾ってもらう。絵を眺めながら物思いにふける。
(アンドレ……カイさんからいきなりカミングアウトされて驚いてしまったし、ボス戦やその後のドタバタで考える暇がなかったのだけれど、隠し攻略キャラなのよね……。一応、整理しておいた方が良いよね。えっと、本名はアンドレ=ルシエ・ゼフティア。水属性の使い手で、いわゆる落とし子。劇場で知り合ったロイドと仲が良い。幅広く交友関係を構築するタイプの人で、個別シナリオで帝国の大公と親戚だということが判明して王位継承権問題に巻き込まれていく…………という感じだった……。その時は帝国がかなり圧力をかけてくる感じだった。きっとヘルマン様よね。テレーゼさんが亡くなったショックもあってのことなのだということが、いまなら分かる。今後、ゼフティアは確実に帝国との関わりが深まるはず。良いこともあれば、悪いこともあるはず。どうなるのか注意しておかないと)
夕方あたりから日課をこなす。決めた回数の素振り、決めた回数の魔法詠唱。そして毒耐性や衝撃耐性向上のための地道な行動だ。
それに、インフィニティシールド、習得した結界魔法を色々と試していた。何に役立つかは未知数でるが小さな球体にして、転がすことも出来たし、非常に大きな結界も展開出来た。それに、空中に四角形の結界を張ることも出来た。今のところ何が出来るのか継続して分析中だ。
「なかなか便利ね。それに足と地面の間にも展開できるから、アイスレイのような拘束系魔法も防げてしまうという! 頑張って調整すれば手首の周りだけ、とかにも展開できそう。仮に手錠とかをはめられても結界を展開して大きく形を変形させれば手錠を壊せそうよね」
そして、そろそろもう一つの無属性魔法も試したいと思うようになってきていた。とはいえ、無断でスキルをコピーするのは失礼かなとも思うため、モンスターで試すしかないかと冷静に考えているところだ。
またインフィニティシールドの研究に意識を戻す。
すると、アイシャが話しかけてきた。
「お嬢様、何かの練習ですか?」
「そうなの。あ! アイシャ、レーシアを持って私のことを攻撃してみて!」
リゼはレーシアを出現させるとアイシャに渡す。よく分からないアイシャは躊躇する他ない。
「魔法石もつけていないお嬢様に切り掛かるなど、無理ですよ……」
「大丈夫! インフィニティシールド! ほら、いま魔法を使ったから。透明な壁がここにあって、ウィンドプロテクションみたいに防げるから攻撃してみて欲しいの!」
「なるほど、分かりました。では行きますね」
そして、アイシャが軽めに寸止めするつもりでリゼに切り掛かる。結界に打ち込む形になった。反動で剣が跳ね返るため、必死に落とさないように握りしめたアイシャは驚きの声を上げた。
「えっと……これは一体……?」
「ここにね、ほら、見えない壁があるの。叩いてみて。この魔法、私も驚いていて。何回攻撃すれば壊れるのか試しているのだけれど、なかなか壊れなくて困っているのよね」
「なかなかすごそうな魔法ですね。確かに壁のようなものがありますね。今度、ラウル様たちにも手伝っていただいて何回目で壊れるか検証ですね!」
アイシャの言う通りであるため、今度みんなにも手伝ってもらおうと心の中で考えるのであった。
◆
そして、時の流れは早いもので、いよいよ式典の日となる。リゼはアンドレより送られてきたドレスを着て、馬車に乗り込む。髪型は伯爵夫人の意向でアイシャがウェーブをかけたのでいつもと若干異なる。
式典にはラウルやジェレミー、それにエリアスなど、王国の貴族や王族のほとんどが参加することになる。もちろんエリアナや取り巻きたちも参加する。
リゼの兄も招待されていたが、鉱山事業や領地管理で忙しいのか欠席になるようだ。
(城が近づくにつれて緊張してきた……今日、アンドレと踊るのよね……)
緊張しており、心なしかそわそわと落ち着かない様子だ。その様子を伯爵たちは心配そうに見守るが、どれだけ緊張しても、ダンスの時間はやってくる。娘の成長だと考え、あえてそっとしておくのだった。
王宮に到着すると、出迎えられる。
「ランドル伯爵、伯爵夫人、ご令嬢、ようこそお越しくださいました。あちらのエリアでご着席ください。ご子息は……」
「本日は欠席です。領地の方におりますので。色々と対応してくれていまして。それに流石に遠くて来れませんでした。領地と王都を結ぶ転移石がありませんからね」
「かしこまりました。それではご案内します」
リゼの兄は不参加であることを伯爵が伝え、会場に案内される。椅子が沢山置いてあり、壇上の方を向いて並べられている。すでに大勢の貴族が着席し、歓談している最中だ。
ルイ派とジェレミー派、中立派がうまく別れるように席が配置されている。
会場に入ると帝国式の見慣れないデザインのドレスであるため、席につくまでにジロジロと見られてしまった。
出来る限りバルニエ公爵たちとは離れたルイ派の席につく伯爵たちだ。エリアナのお茶会で仲良くなったローラはまだ来ていないようだ。ふとリゼがジェレミー派を見るとその正面にはジェレミーがいる。つまらなさそうに天井を見ている感じだ。
(ジェレミーは……あそこね)
ジェレミーはリゼの到着に気づいたのか、軽く手を振ってくる。当然ジェレミー派からは注目を浴びてしまうが、苦笑しながらリゼも簡単に手を振りかえすのだった。エリアナはそんなリゼをにらみつけた。
リゼは他の貴族たちを見渡してみる。
(中立派にラウル様やエルはいるのかな……あ、あそこに。他の貴族と何か話をしているみたい)
中立派は自分たちの立ち位置をどうするべきなのか活発に議論が行われているようだ。ほかの派閥よりも歓談している貴族が多い。
そして待つこと一時間、王や王妃、アンドレ、テレーゼ、ヘルマンが入場してくる。
ついに式典が開催されるのだ。
ゼフティア王は貴族たちが静かになるのを待って話し始めた。
「我が王国の諸君、今日は息子アンドレのお披露目を行う。また、アンドレの母、テレーゼについても話をしたい」
少しざわつく貴族たち。招待の手紙で知っていたとしても、アンドレやテレーゼを見て驚いているようだ。
(いよいよね)
「アンドレ、こちらに」
「はい」
王が手招きすると、アンドレが立ち上がり、脇に立つ。
「息子のアンドレだ。いままでは離宮住まいという窮屈な思いをさせてしまったが立派に成長してくれた。アンドレは芸術の才能があり、また、中級ダンジョンでメリサンドを攻略もした王子にふさわしい人物だ。それからアンドレの母であるテレーゼについても離宮住まいを強いてしまい申し訳ないことをした。テレーゼはブルガテド帝国、ブットシュテット大公の長女であり、帝国皇帝の姪となる」
当然ながらさらにざわつく会場の貴族たち。この話は当然ながら手紙には書いていなかった。ルイ派もジェレミー派も中立派も動揺を隠せない様子だ。アンドレ王子のお披露目が目的の式典であることはどの貴族たちも気づいていたが、帝国における大公の孫であり、メリサンドを倒したということで、想像以上に優秀そうな印象を受けたのかもしれない。なお、王たちと一緒に入場してきたヘルマンについては、一部の貴族しか顔を知らないため、アンドレの祖父である大公がこの会場に来ていると気付いている者がほとんどいない。よって「あの大公の孫!?」、「確か帝国側から王国に侵入していた北部の山賊を掃討した彼か」、「大変なことになってきた・・・」、「私は皆と違って一度離宮でアンドレ王子とお会いしたことがありますぞ!」などという声があがっていた。
「驚くのも無理はない。だが事実である。アンドレは今年で十二歳になった。本来であればお披露目会を実施して社交界デビューを行う必要があったが、私の不手際で行うことができなかった。よって本日、盛大に実施したいと考えている。ではアンドレ、挨拶を」
「皆さま、アンドレ=エクトル•ゼフティアです」
アンドレは一歩前に進み出ると、話を始める。
(アンドレの名前はアンドレ=ルシエ・ゼフティアだったはず。正式に正統な王子であると認められたから名前も変わったのかな)
「これからは冷え切った帝国と王国の間を取り持ち、良い関係を築いていけるように努力していきたいと考えています」
ヘルマンは深く頷いた。主に中立派の貴族たちが拍手を行う。確実に国益になり、戦争の脅威がなくなる可能性があるため、歓迎ムードだ。
また、とくに帝国とは冷え切った関係であり、貿易も一部の商人のみに制限されていたため、アンドレの存在は両国の関係をより良いものにするだろうと貴族たちは感じたのだ。
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