63.王宮での喧騒

 アンドレたちを見送ると、伯爵たちに詳細を話し、私室に戻りベッドに横になる。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「うん、なんとか」


 思っていたよりも緊張していたのか、どっと疲れが押し寄せてきたため、横になりながら力を抜いてそう答える。


「帝国って王国よりも大きいんですよね?」

「国土はゼフティアの方が大きいのだけれど、軍事力などは数倍はあると思う……経済力も桁違いよ」

「それに、その帝国の大公ってすごい人なのですよね?」

「ブルガテド帝国皇帝の弟かな……」


 と、自分で言っていて、すごい人と知り合ってしまったと言葉に詰まる。


「めちゃくちゃすごい人ですね……」

「かなり怒っているように見えたから、どうなることか……自分の娘が受けた仕打ちや孫のアンドレの扱いを考えると……」

「荒れないとよいですね……」


 ◆


 そして王宮では、ヘルマンの馬車がやってくるのを見て、騎士たちが慌てふためいている。入国するときは、紋章を隠していたため、ここに来るまでばれなかったのかもしれない。それか黙らせたかどちらかだ。


「王よ! 大変です!」


 騎士からの報告を聞いた忠臣が急いで王へと報告しにくる。


「何事だ?」

「ブルガテド帝国のヘルマン・フォン・ブットシュテット大公が王宮に向かっているとの噂が……それにルシエ、アンドレ王子も同行しているとのこと」

「なんだと!? 一体何事だ…………」


 予想外の来訪に腕を組み考え込む王。忠臣がおそるおそる尋ねる。


「いかがいたしますか?」

「……うーむ、無視するわけにもいかないだろう……会おう。謁見の間へ通せ」

「は!」


 王宮に向かうヘルマンは帝国皇帝の弟、恐れるものなどあるわけがない。


「テレーゼやアンドレに対しての謝罪はしてもらわねばな」

「私も父とは一度しか会ったことがなく、どんな人なのかよく知りませんが……リゼに何かあると困りますから、穏便にお願いします」

「リゼさんに迷惑がかかるのは避けましょう」

「うむ。そこは気をつけるとしよう」


 そんな話をしていると王宮が近づいてくる。騎士たちが整列し、門で出迎える。そして、先ほどの忠臣が一歩を踏み出した。


「ブットシュテット大公様……本日はよくお越しいただきました……謁見の間にご案内します。アンドレ王子……王宮への立ち入りは……」

 ちらりとヘルマンを見上げながら、アンドレたちに話しかけようとする。ヘルマンは咳払いをした後に低い声で警告する。


「ふん。わしの連れだ。文句があるのか? 返答によっては冷え切っている両国関係がさらに悪化するものと思え、貴様の責任でな」

「あ、いえ! 申し訳ありません! こちらです!」

「二度と無駄口を叩くでないぞ」

「ひっ……は、はい!!」


 ヘルマンがどすのきいた声で脅すと、王の忠臣は口を閉ざし、案内することにする。

 

 ◆


 その頃……王妃の部屋にジェレミーが訪ねてきていた。


「母上、これは何事?」

「ジェレミー……帝国の大公が来たみたいよ。アンドレも一緒にね」

「ふーん。アンドレね……」

「最近、何かとアンドレのことが気になるようね。何か理由でもあるのよね」


 ジェレミーと王妃は外の慌ただしい雰囲気について話をしている。


「そうだね。どんなやつなのか見てみたいなぁ」

「私はいまから謁見の間に向かいます。黙って見ていられるなら着いてきなさい」

「おっと、それなら行くしかないね。流石にわきまえるから安心して」


 王妃はジェレミーに無駄な発言をしないようにくぎを刺しつつ、謁見の間へと向かって歩き出す。

 それから王妃たちが謁見の間へと到着してまもなく大公たちが扉の前に到着するのだった。


「ブットシュテット大公様、どうぞ……」

「あぁ」


 扉が開かれ、大公たちは謁見の間へと入場する。謁見の間は対外向けに利用することもあり、豪華に作られている。王宮自体に謁見の間にも当然来たことがないアンドレとテレーゼは物珍しそうな表情だ。ジェレミーはアンドレを視界に収め「ふ~ん。彼がね……」と呟く。


「これはこれは。ブットシュテット大公……本日の急なご来訪、何事ですかな」

「ゼフティア王。久しいな。今日はおぬしに伝えておくことがあってきた」

「その……ルシエたちが関係しているのでしょうか?」


 国王は尊大な態度を貫こうと努力したが、ヘルマンの表情を見て、おびえた表情になる。そして、テレーゼを見ながら恐る恐る丁寧語で聞いた。


「衝撃の事実だろうが、おぬしが妾としたルシエことテレーゼはわしの実の娘、そして、次男であるにも関わらず一番下の序列である第三王子としたアンドレはわしの実の孫ということになる。つまりゼフティア王、おぬしはわしと親戚関係になったということであるな」

「そ、そ、そんな…………こと……あるはずが……」


 想像以上の出来事であったのか、王は驚き、うろたえるしかない。


「実の娘と孫が離宮暮らしをさせられていたという事実。わしの兄、皇帝が快く思うと? 弁解するのであれば、何か申してみよ」

「…………何をおっしゃられているのか理解に苦しみます! で、ではなぜ! ルシエは平民として暮らしておったのでしょう!?」


 現実を受け入れたくない王は苦肉の策として、事実を受け入れないスタンスにシフトしたようだ。まさしく現実逃避だ。


「ふん。今からそれを話してやるわ」


 大公はテレーゼが連れ去られたこと、妹のペンダントをつけていたため、名前を間違えられたこと、連れ去った犯人はおそらく山賊に襲撃され、テレーゼだけが生き残り、この国の者が見つけ王都で劇団に預けたこと、大公の家系、つまりは帝国の皇族一族の子孫には刻印が現れることを話したのだった。


「…………なるほど……」

「おぬしが我が娘や孫に対して行った仕打ちの数々、謝罪してもらえるだろうな?」

「……」

「先程、そこにいる男がアンドレに対して、王宮には立ち入ってほしくはないといった雰囲気を醸し出していた件についても教えてもらえるのだろうな」


 ありとあらゆる事実をつきつけられた王は、どのように対応しようか悩むしかなかった。


「黙ってないで何かいわぬか」

「謝罪したとして受け入れてもらえるのですか?」

「それはお主の態度次第だ」

「…………分かりました。ふむ。どうやら大変なことをしてしまったようだ……」

「帝国と事を起こしたくないのであれば、この場で謝罪せよ。それから娘と息子の地位についてどうするのか今すぐに答えることだ」


 ゼフティア王は周りの近衛騎士、忠臣たち、家来に下がるように合図する。そして、王妃およびジェレミーも謁見の間を後にすることになる。


 ◆


 ジェレミーは状況がよく理解できず、王妃に質問する。


「母上、あれはどういうことなのかなぁ」

「……王の候補が増えることになるでしょうね。いままでアンドレは王位継承権が限りなくないに等しいものだった。それが今日から変わるのよ。そうなることは必然よ。平民出身のルシエが実は帝国の、それも皇帝の弟である大公の娘ならね。由緒正しい家系ですし、帝国との関係を取り持つことも出来るかもしれない。それに大公の軍事力、資産は王国にも匹敵する……もはや後ろ盾の少ないルイを凌ぐ候補に成り得るわよ」

「ふーん。まあ別に僕はそれで良いけどね」

「よくないわよ。私があの男から受けた屈辱を晴らしてくれるのはジェレミー、あなたしかいないの。私もあの王を許せない理由があるの。あなたも分かっているわよね」


 王妃は苦々しい顔でそう言う。過去に何かあったのかもしれない。


「それを言われてもね〜。それを言うならアンドレたちも同じ理屈になるんじゃない?」

「………………そうね」


 アンドレたちの受けた仕打ちを考えて同意する王妃。


「それにしてもあのアンドレ、別に強くなさそうだったけどなぁ」

「王候補のライバルとして負けないように励みなさい」

「それはまあ。僕としては別の意味で勝たないといけないんだよね」


 王妃はジェレミーの意味深な発言に困った顔を見せるが、この事態にジェレミー派貴族の招集を行うように手配するのだった。

 

 ◆ 


 そして、謁見の間ではヘルマンが王の発言を待っていた。


「ブットシュテット大公、ルシエ、アンドレ、今回は私が間違っていた……どうにか許してもらえないだろうか……」


 王はもはや謝罪しなければ自分の身があぶないと感じたのか深く頭を下げてそう言った。


「娘と息子の地位はどうなる? 子供が生まれたからと嫌々認知して仕方なく離宮に追いやり、最低限の面倒しか見なかったいままでとは、異なる状況になることを期待しておるぞ。それにテレーゼだ」

「それは……正式に国民向けにも息子として公表……することでいかがか…………ル、テレーゼは第二夫人という立場で…………」

「帝国の皇族の血を引く者が第二夫人とはな」


 ヘルマンに畳みかけられるが、ジェレミーの母である現王妃をどうすることもできないため、王は黙るしかない。


「ふーむ。テレーゼ、アンドレ、お前たちはどうだ?」


 ヘルマンは黙り込む王から目を離さずにアンドレたちに声をかける。なお、ヘルマンは戦闘の素質も非常に高く、帝国北部にあるアレリードのならず者たちと幾度となく自らが戦闘をしてきた経験がある。

 王は顔に刻まれた戦闘による切り傷に気づいて震え上がった。


「お祖父様、私は母さえ良ければ何も言うことはありません。過去は過去です。未来を向いて行くと決めたので」

「私は……アンドレを身籠った時に……何も言わずに離宮を用意してくれたことに感謝しています。ですので……」

「許すと言うことか?」

「はい。アンドレを育てる上で、病弱だった私としては気苦労もありました。でもいまは幸せですからほじくり返すつもりはありません」


 しばしの沈黙の後、ヘルマンは口を開く。


「ゼフティア王。おぬしの謝罪を受け入れよう。親としては怒りに満ちておるが、おぬしの今後の態度で挽回せよ。では王子として認める式典を開くであろうな?」

「それはもちろん……はい。お披露目会も兼ねて是非やらせていただきます」


 王は顔を上げておずおずと言った。


「そこでテレーゼとアンドレが帝国皇族の親族であること、それから中級ダンジョンをアンドレが攻略したことを発表することだ。我が帝国の血を汲むなかなかの実力者だ」

「アンドレが中級ダンジョンを……」


 ヘルマンの発言を聞き、王はアンドレに目を向ける。


「ボスはメリサンドだ。おぬしも知っておろうな」

「当然知っておりますが、しかしあれは到底、十二歳の子供に攻略できるようなものでは……」

「ふん。わし自らがその姿を確認した。あれは正真正銘、メリサンドである」

「なるほど……武勲名高い大公がそうおっしゃられるなら間違いはない……」


 王は唖然とするばかりだ。


「急ぎ式典の用意を始めるのだ。わしは一度テレーゼとアンドレを連れて帝国に戻る。二週間後を予定しておくのだ」

「……分かりました」


 それから早々にヘルマンはテレーゼとアンドレを引き連れて謁見の間を後にするのだった。


「一度、帝国に戻るぞ。皇帝陛下にお前たちを紹介せねば。それとアンドレよ。仮に王位につけなかった場合は、大公の座はお前のものだ。テレーゼの妹であるルシエには子供がおらぬからな。色々と教えておくとしよう」


 なお、安全面を考慮して、テレーゼはこの日をもって劇団からは離れた。テレーゼの面倒を見てきた劇団には莫大な寄付金が支払われたらしい。

 それからヘルマンはランドル伯爵邸に戻ると、改めてリゼやその両親に感謝の意を伝えた。

 また、メリサンドを五千万エレスで購入し、すぐさま帝国へと向かっていった。なお、事前に話しておいた通り、その買取金額はアンドレと半々で分けた。全部リゼがもらえば良いとアンドレは主張したが、なんとか受け取ってもらうことに成功した。二人で倒したからリゼとしてはそうしたかったのだ。

 

 ヘルマンは帰国するとすぐに神官を呼び寄せた。ブルガテド帝国には聖女の石を利用した治癒能力に長けた神官がおり、テレーゼの病気が完治していることが改めて確認された。

 一週間後、ヘルマンはアンドレたちを連れてゼフティア王国を再度訪れ、式典まで離宮にて過ごすことにしたようだ。

 

 そしてランドル伯爵はというと、アンドレの式典に関する招待状を受け取ったのであった。

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