62.来訪者

 心なしか、屋敷内はあわただしい雰囲気となっている。伯爵も伯爵夫人もそわそわとしているようだ。私室で待っていると、アイシャが部屋に飛び込んでくる。


「お嬢様! いらっしゃいました!」

「ありがとう! すぐに行くね!」


 急いで玄関に向かうと、ちょうど門から馬車が入ってくるところであった。前後には馬に乗った騎士が前後に四人ずついる。


「お父様」

「あぁ、行こうか……」


 伯爵、伯爵夫人、リゼが出迎えると馬車の扉を騎士が開け、整列した。


「この老ぼれにはきつい道中だった」


 そう呟いたのは白い髭を蓄えた高齢の男性だ。高い身分にあるのか、威厳に満ちた顔つきをしている。


「ようこそお越しくださいました。私、ラッセル=グランヴィル・ランドルと申します。こちらは妻と娘にございます」

「うむ。わしに手紙をよこしたのはその娘か。よし、早速話をしようではないか。その娘と二人でな」

「あ、娘と二人で、ですか?」

「そうだ。良いであろう?」


 老人は鋭い目でリゼを見つめている。伯爵はおそるおそるリゼを見てきたため、リゼは静かに伯爵に頷いた。事の発端は自分だ。


「分かりました。リゼ、応接室へご案内を」

「はい、お父様。それではこちらになります」

「すまぬな、ランドル伯爵。まずは個別に話し、その後に貴殿らと話すことにしよう。土産を馬車に積んである。貴殿たちに贈るとしよう」


 老人が騎士に目を向けると、馬車の中から様々な物が運び出され始めた。

 リゼは客人を応接室へと案内することにする。なお、応接室に到着するまでこれといった会話はなかった。

 アンドレやルシエは近くで待機しており、リゼたちが応接室に足を踏み入れた後に奥の応接室へ案内するようにアイシャに頼んである状況だ。昨日の夜、状況を整理している中で、ルシエに話したいことが出来た。しかし、それはあとになりそうだ。

 そして、応接室に入り、席へと案内する。アイシャがお茶を準備しておいてくれたようで、リゼは男性の前に置く。

 まずは挨拶だ。


「ブルガテド帝国、ヘルマン・フォン・ブットシュテット大公様。今日はお越しいただきありがとうございます。リゼ=プリムローズ・ランドルと申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」

「堅っ苦しい挨拶は不要だ。それで? 話を聞こうか」


 礼儀正しく挨拶をするリゼに手を振りやめさせると、客人であるヘルマンは本題に入ろうとする。その目はリゼを注意深く見つめているが、話の続きを早くしたいようだ。


「はい……大公様の御息女が幼い頃に誘拐されたというのは本当でしょうか? それから大公様の一族の血を引くものには右耳の裏に特殊な刻印が存在するというお噂は本当でしょうか?」

「うむ。その通りだ」

「こちらをご覧ください。刻印を描いた絵です。同一でしょうか?」


 リゼが描き写した絵を見せると、ヘルマンは目を見開く。


「おお、これはまさしく我が一族の刻印……ということは、期待してよいのであろうな」

「はい。実は私の知る限りこの国にはこの刻印が右耳の裏にある方が二人いらっしゃいます。私はその二人こそが大公様のご子孫にあたるのではと考えています」

「顔を見ればすぐにわかる。我が帝国の民は顔立ちがはっきりしておるからな。それで、いまどこにおるのだ」

「お連れいたします。まだ到着していらっしゃらないかもしれませんので、少々お待ちください。」


 リゼは部屋を出るとアンドレたちを呼びに行くことにする。

 部屋を出るとアイシャが奥の応接室から出てくるところであった。どうやらあの後すぐに到着したようだ。


(刻印の件でルーツである可能性は高まった。こうなったら、本人たちを見ていただいて見極めてもらいましょう……。うん、それしかないよね)


 一番奥の応接室に到着し、扉を開けると手筈通り、アンドレたちが待機していた。


「ルシエ様、いままでルシエさんなどとお呼びしてしまい申し訳ありませんでした。アンドレも……着いてきていただけますか。お察しかと思いますが、お二人のルーツに関わるお話しです」


 アンドレからは『さん』呼びで良いと言われていたがリゼは念の為、『様』をつけて呼んだ。リゼの話を聞いて二人は立ち上がる。


「分かりました。それから『様』はいりませんよ。リゼ様、あなたとは親しい間柄ですし、むしろそう呼んでください」

「ありがとうございます。それでは今まで通りルシエさんとお呼びさせていただきます。私のことはリゼでお願いします……」

「ふふ、リゼさんでよろしいですか?」

「分かりました……! ルシエさん、それと……あとでお話があります!」


 ルシエは頷くとリゼに優しい目を向けてきた。

 部屋をあとにする。何室かある応接室であるが、目的の部屋はすぐ近くだ。


「緊張してきたよ」

「えぇ……」


 緊張するアンドレたち。目と鼻の先にあるため、当然ながらすぐに部屋の前に到着する。


「失礼します。お二人ともこちらです」


 リゼは二人を部屋に招き入れる。二人が入室するとヘルマンが驚愕の表情になった。


「む! 一目見て分かる……テレーゼ……我が娘……!!」

「えっと……」


 いきなり椅子から立ち上がり、歓喜の声をあげるヘルマンにルシエは動揺する。


「我が母によく似ておる……それに双子の妹にもな! すまぬが右耳を見せてはくれぬか? これは……間違いない! お前はわしの娘だ、テレーゼ」

「あの……申し訳ありません。私の名前はルシエです。テレーゼではありません」


 興奮するヘルマンとは裏腹に、ルシエは引き気味に言う。


「いいや、それは双子の妹の名前だ……お前は連れ去られる直前、妹のペンダントで遊んでいて、首につけていたのだ……そのペンダントには名前が彫られていてな…………だからお前を拾った者がルシエという名前だと思ったのだろう。本当の名前はテレーゼ……その右耳の刻印は我が一族の固有の刻印。正統な血を継ぐものに現れるのだ……」

「………………ということはあなた様が私の父……?」

「そうだテレーゼ。ずっと探していたのだ……あの日から後悔しかなかった。毎日が不幸だった。だが、老ぼれになって人生最良の日を迎えられるとは思ってもいなかった………………」


 ヘルマンは膝をつき、涙を流す。ルシエ、もといテレーゼはヘルマンを抱きしめた。


「なんて言ったらいいか……でもそうですか……あなたが私の父……。死ぬ前にお会いできてよかったです……。あ、こちらは私の息子のアンドレです」

「お前がアンドレか……わしの孫……会えて嬉しいぞ。アンドレはわしの若い頃にそっくりだ。ほれ、これを見てみなさい」


 大公は懐中時計を取り出すと、そこには緻密に昔の大公のシルエットが掘ってある。


「これはわしがアンドレくらいのときに父親からもらった時計だ。ほら、そっくりだろう?」

「はい。確かに私と瓜二つですね……」

「どうだ、わしが家族だと分かってもらえたか?」


 と、テレーゼおよびアンドレに問いかける。テレーゼはまだ現実を受け止め切れていないのか、ぼーっとしていたが、頭を振り状況を整理して考える。


「そうですね。ここまでアンドレに似ているとなると、それに刻印の話が本当だとしたら、それしかないです」

「私もそう思います」

「ははははは、どれ、お前たちのこれまでの人生について話してくれんか?」

「あの大公様、私は席を外します。家族水入らずでお話しください」


 ヘルマンは感謝の意を頷いて示してきた。リゼは席をたち部屋を後にし、扉を静かに閉めた。気になっていたであろうが、盗み聞きは出来ない的確な位置に立ち、リゼを待っていたのはアイシャだ。


「お嬢様、どうですか?」

「やっぱり家族だったみたいね。いま話しているところよ」

「よかったですね。ルシエ様の願いもこれで……」

「ルーツは分かったし、故郷を目にすることができると思う」


(今回、たまたまアンドレが名前を明かしてくれて、私にアンドレが実は隣国の大公の孫だという〈知識〉があって、そのおかげでなんとか実現できたけれど、そうではなかったら難しかったと思う。そう考えると奇跡の再会なのかも。ルシエさんやアンドレのことを考えると実現できて本当に良かった。ゲームではもうルシエさんはおらず、個別シナリオの終盤で明らかになる展開だったから……)


 それからリゼたちは話が終わるまでの間、外で待っていた。


「そういえば、アイシャ。なぜ、テレーゼさんは……。えっと、テレーゼさんというのはルシエさんの本当の名前ね。ルシエさんは双子の妹のお名前だったみたい。つまり、ルイーゼさんという名前は芸名で、ルシエさんという名前は本来は別の方の名前で、テレーゼさんというのが本当の名前だったということね。で、話を戻すのだけれど、なぜ、テレーゼさんのステータスウィンドウには大公一族の家系だということが『職業』に記載されていなかったのかな……」

「ステータスウィンドウは……謎に満ちているところがありますからね。結婚したりですとか、色々と状況が変化するに従って内容が変わりますし。どうやって状態などを判別しているのかという点については解明されていなかったと思います。私の予想では、『職業』は自分の認識ですとか、そういうもので変化するのではないかと思っていますけどね。例えば家出をした貴族がしばらく密かに暮らしていたら『平民』になっていたという話を聞いたことがあります」

「そうなのね……。謎ね……」


 できれば本来の状態を表示して欲しいと思うが、ミカルの作ったものに文句は言えないため、頭を振って今の疑問は忘れることにした。

 そして、無事に親子再開といったところだが、問題はまだ残っている。テレーゼの病気問題だ。その件について、アイシャに伝えておくことにした。

 

「実はこの後、テレーゼさんにお話しようと思っていることがあって。テレーゼさんの病気について少し考えがあるのよね。調べた限り、治癒できる薬はないみたい。でも、うまくいくかは定かではないのだけれど、試してみようと思っていることがあるの」

「どういうことです?」


 アイシャは頭にはてなマークを浮かべている。

 リゼはアイテムボックスより『世界樹の葉』を取り出した。アイテムボックスはアイシャには教えたため、特に驚かれることはない。

 『世界樹の葉』は瀕死状態から回復することができるすぐれものであるため、テレーゼの病気にも効果があるかもしれない。所謂いわゆる、最上級の回復アイテムであるため、もしかしたらと考えていた。横たわらせて胸の上に置くと効果が発揮されるはずだ。

 ずっとアイテムボックスに入れっぱなしにしていたのだが、ダンジョン転移事件で、ブリュンヒルデの他に取り出そうと考えたのが世界樹の葉であった。ふとアンドレが負傷した際に助けるために使えると考えたのだ。

 ダンジョン転移事件ですぐにレーシアを出さずに魔法で戦ってしまった時のことを反省しており、状況に応じて自分の所持しているアイテムを適切に使用するということが課題だと日記にまとめている際に(もしかしたら、ルシエさんの病気にきくかもしれない)と、昨日の夜にふと思いついたのだ。

〈知識〉においては瀕死状態の味方を助けるために使っていた覚えがあるのだが、そのイメージが強すぎて病気に効くかもしれないという考えには至れていなかったというのが今までの状況である。


(もしこれでテレーゼさんが助かるのであれば、使うしかない! こういう時に使わないで、いつ使うのよ!)


 なお、アイシャには薬みたいなものだと説明しておいた。

 しばらくすると、アンドレが出てくる。


「おや、待っていてくれたんだね」

「はい、ここに居ないと皆様が困られるかなと思いまして」

「ありがとう。リゼも中に入ってくれる?」

「わかりました。失礼します……」


 リゼは再度応接室へと入室する。椅子に座っていたヘルマンは立ち上がると頭を下げてきた。


「リゼといったか。そなたには感謝しかない。二人と話していままでのことを聞かせてもらった。それにテレーゼの病気も今ならまだ帝国の神官の方でなんとかできる段階にある。家族が再会できたのはリゼのおかげだな。最大限の感謝を。何か欲しいものはあるか」

「テレーゼさん、助かるのですね……! それはよかったです……ですが、私も一つ試させていただきたいことがあります。治すのであれば早いほうが良いので。こちらの葉っぱなのですが、回復効果があるのです。もしかしたら病気にきくかもしれないなと考えておりまして……」


 横になる必要があるとリゼは説明し、客室へ移動し、ベッドで仰向けに寝てもらった。

 そして、世界樹の葉を胸の上に置くと、すぐさま光を発する。ヘルマンとアンドレは驚くしかないが、数秒後に光が消えると、胸の上の世界樹の葉は消滅しているのであった。


「いかがですか……? ステータスウィンドウの【状態】が健康になっていれば成功なのですが……」


 リゼは恐る恐る確認した。テレーゼはステータスウィンドウを操作する。


「これは……リゼさん……治りました……。一体、これは……どのような魔法なのですか?」


 ヘルマンたちは喜んで歓声をあげた。リゼは一安心したが、テレーゼの質問には(秘密です……!)と目線で伝えたところ、彼女は深く頷くのであった。


「リゼさんのおかげですよ。これでアンドレの将来も見届けられそうです。なんと感謝すればよいか……」

「本当に良かったです。アンドレはきっと立派な方になると思います。ダンジョンでもとても頼りになりました」

「あなたはアンドレや私の命の恩人でもあり、ルーツにも辿りつけました。本当に感謝してもしきれません……まるで聖女のようなお方ですね……」


 テレーゼは涙を拭った。ヘルマンは目をつぶっており、アンドレはテレーゼに抱きついて泣いていた。

 しばらくして、テレーゼやアンドレが落ち着いたところで、ヘルマンがリゼに向き直る。


「また一つ、感謝することが出来てしまったな。本当にありがとうとしか言いようがない。出来る限りのことをしたい。何か欲しいものはないのか。なんでも良いぞ」

「もっと早く気付いていれば良かったとむしろ反省しています……。えっと、あまり欲しいものはなくて……」


 欲しい物について少し悩むが、一つお願いごとが浮かんできた。 


「なぜ、おぬしが反省する必要がある? 兎に角、何でも良いのだぞ。何かをさせて欲しいのだ」

「あっ……大公様。もし可能でしたらなのですが……」

「ん? 言ってみよ。それにそなたはヘルマンと呼ぶことを許可しよう」

「お心遣い感謝いたします。ヘルマン様。もし私が何らかの理由で国を追われることになりましたら、ヘルマン様の領地で暮らさせていただいても良いでしょうか? あと家を貸していただけると助かります……帝国で働くなりして家賃は何とかします」

「おぬしは何を言っておるのだ。もちろん可能であるが、この国の貴族なのであろう? 追われるなどあるはずがない。他にないのか、宝でも宝石でもなんでも良いのだぞ」


 リゼの突拍子もない要望に目を丸くしたヘルマン。もっと何か別のものにせよといった雰囲気で、リゼは代替案を考える。


(どうしよう……いきなりのことで、でも、何かしらの事件に巻き込まれたときに逃げる場所は欲しかった……よね)


「どうしましょう……それでは……私に何かの危機が訪れたら、ご助力いいただくというのは……」

「ほう。わしの力を借りたいということか?」

「そう……ですね。あの、本当に何かあった時で良いですので……」

「良いであろう。賢明な願いかもしれん」


 大公は納得したのか、承諾する。


「お祖父様、リゼは今回刺客に狙われていたのです。何かあるというのはあり得るかもしれません」

「そうだったな……思っていたよりも物騒な国だな。何かあったらすぐに言いなさい」

「ありがとうございます、ヘルマン様」

「それではわしは家族と共に王宮に向かうとしよう。帝国の大公であるわしの家族を離宮に追いやり放置した男の顔を拝まねばならぬからな」


 右手を握りしめながら、険しい顔でそう言った。


(大丈夫かな……)


 リゼはアンドレに目を向けるが、頭を振るだけだ。ヘルマンは怒り心頭なのかもしれない。

 出発前にアンドレから伝わったのか、メリサンドを見たいという話があり、アイテムボックスより出して確認してもらった。孫の成果でもあるため、高額で、五千万エレスで買い取ってくれることになった。剥製はくせいにするらしい。なお、アンドレと半々ずつで分けることにした。

 

 それから大公はアンドレ、そしてテレーゼを伴い王宮へと向かうのだった。

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