61.ルーツについて

 この日はラウルも親などに詳細の報告が必要だということで、リゼが問題なさそうであることを確認して、昼前に帰っていった。

 一人になったリゼは昼頃にこっそり結界魔法の試行錯誤を繰り返していた。

 現状、同時に三つまで展開できるため、自分の前に三つの壁を作る、つまり三重に結界を張ることができるということに気付いた。また、製造ウィンドウは魔法の調整も可能であるため、結界に効果などをつけられるようだ。

 とにかく身を守れそうな魔法であるため、リゼとしては何ができるのか考えることに必死だ。

 

 夕方にアンドレが訪ねてきて、伯爵たちから熱烈な歓迎を受けていた。


「アンドレ王子、改めまして娘のこと、ありがとうございました。本日はゆっくりとお楽しみください」

「本日は私の実家がある地方の伝統料理でおもてなしさせていただきますね」

「何から何までありがとうございます。リゼが少し元気になったみたいで安心しました」


 アンドレはリゼを見つめながら一安心した様子で笑いかけてきた。


「もうバッチリです!」


 元気な状態をアピールしたリゼに伯爵が口を開いた。


「とはいえ心配だよ。しばらくは療養すること。剣術の練習などはまだやめておくこと、良いね?」


 伯爵から心配され続けているため、仕方ないので、しばらくは療養することにした。

 夕食を楽しんで談話室でアンドレと歓談した後、部屋に戻り、眠りにつく。


 その翌日にジェレミーやラウルに詳細を話したリゼ。

 その際にジェレミーが念の為と言って連れてきた医者の見立てでは、腕が動かなかったということは、肩がはずれているか骨折しているのではないか、という診断結果になったが、すでに治っているため、不思議そうな顔をして帰って行った。


 とはいえ、伯爵たちから寝ているようにと言われているため、次の日は日記に事の詳細をメモし、また、キュリー夫人よりもらった本を読み進めるなどして、時間を有効に使うことにした。


 本には、魔法は現在判明しているもの以外に沢山あるのだが、解明されているのはごく少数と書かれている。昔は、魔法というものは秘匿されており、一部の者しか使わなかった上に、編み出した魔法を他者に教えることも少なかったため、そのほとんどを解明できていないのである。ただし、死ぬ前に誰しもが自分の編み出した魔法を記録しておきたいものだ。そういう経緯で太古の昔に使用されていた魔法は現代まで伝わっているとのこと。だが、大部分が現在使われている文字ではなく、ルーン文字で記されているため、解明できていないのだった。なお、現在に伝わっている魔法はかつて存在した帝国に仕えた魔法使いが、最低限覚えるべき魔法として体系化し、神に祈りを捧げることで、基本的な魔法として習熟度があがれば覚えていくようになったとのことだ。こういった話もすべてルーン文字で書かれているため、この歴史を知る人はいないのだろうなとリゼは考えるのだった。


 少し休憩して窓辺から外を眺めてみる。


(……それにしても、相変わらず屋敷の周りには近衛騎士の方々がいて重苦しい雰囲気になっているなぁ)


 部屋の扉がノックされ、ジェレミーが入室してきた。昨日は重々しい表情で訪ねてきていたのだが、心なしか今日の表情は明るい。


「あれ、ジェレミー。どうしたのですか?」

「どうしたのですかってお見舞いに来たに決まってるじゃない〜」

「あはは、ジェレミーも少しずつ、いつものように落ち着いてきましたね?」

「そりゃあね。常に警戒はしているけど、あまりイライラしていてもリゼに悪いからね」


 と、肩をすくめる。確かに昨日の空気は何とも言えないものであった。口数が少なく、何かを報告に来る騎士の話を聞いてさらに重い雰囲気になったりもしていた。

 刺客が所持していた黒いローブはラウルをつけていた人物の隠れ家にあったものと同様で、フードの裏側に紋章のようなものがあったようだ。

 

「無事に生還できましたし、あとは警戒しながら毎日の練習をしていくしかないですね」

「まあね〜。とにかくピリピリするのは意識してやめるようにするよ」

「ピリピリした空気よりは今みたいな空気の方が良いのでありがとうございます。そうでした、一つ、聞きたいことがあるのですが……」

「おや、どんなこと?」

「うーん、真理的な話でしょうか」


 リゼは難しい話なのか、少し抽象的に話すようだ。


「なにそれ」

「例えば人が幸せになる方法を知っていて、でもそれは国家レベルで影響を及ぼすことだとしたらジェレミーはどうしますか?」


 どうやらリゼは大地の神ルークにも質問した内容だがジェレミーの意見も聞いておこうと考えた。


「なるほどね。……その人が幸せを得られるというのであれば、迷わずその方法を教えてあげるのが良いのではないかなぁ。僕ならそうするけどね」


 ジェレミーは少し考えてから思いを口にした。


「私も同意見です」

「へ〜。それは誰なの?」

「それは……まだ秘密です。本人にも話していないので」

「そっかー。まあタイミング的にはアンドレのことかなとも思うけど、いつか詳しく教えてよね」

「話せる時が来たらジェレミーにもお話ししますね」


 それからしばらくジェレミーと歓談していると、思い出したかのように興奮気味にジェレミーが話し始めた。


「そういえばリゼ。今朝、教会に神託があったらしいね。教会にある啓示石版に文字が刻まれたらしいよ〜」

「あー、そうなのですね? 気になりますね……ちなみにどなたの教会にですか?」

「大地の神ルーク様の教会。神託の解釈についての議論が終わり次第、王宮に連絡が来るみたいだよ。神託なんて何千年ぶりなんだろう。早く内容を聞きたいと少し興奮気味〜」

「そう……ですね……」


 リゼは歯切れの悪い返答しかできなかった。

 神託についてなんとなく嫌な予感がしているが、ひとまずはジェレミーに質問した内容、つまりルシエの願い、ルーツを見つけるための行動を開始することにする。


(よし、アンドレに会わないと)


 その次の日、アイシャに離宮まで伝言を頼み、その話を聞きつけたアンドレが訪ねてきてくれるのだった。ラウルやジェレミーとは絶妙にタイミングが合わず、いまだに彼らは顔を合わせていない。あれから、アンドレはちょくちょくと尋ねてきてくれており、離宮にアイシャやその遣いが出入りすることもいつの間にか許されていた。


「どうしたのかな? 私に用事があるって聞いたよ」

「実はそうなのです。ルシエさんのルーツの件ですけれど」

「え? 何かわかったの?」


 アンドレは前のめりに聞いてくる。リゼは事の重大さを伝えるために真剣な表情になる。ジェレミーにも確認したことではあるが、息子であるアンドレには事前に話しておきたいため、確認することにした。


「もしかしたら国家レベルで影響を及ぼすことになるかもしれません。それでもルシエさんは故郷を見たいと……思われますか?」

「……うーん、その影響とやらを受けない選択をしてルーツに辿り着けないよりも、余命のことを考えると影響を巻き起こしてでもルーツを知りたいと思うな」


 実際、どれほどの影響があるのか、リゼには見当もつかない。


「分かりました。私もその方が良いと思っていました。まだ未確定の情報なので少し待っていただいても宜しいでしょうか?」

「もちろん。リゼのことを信じて待つとするよ」


 リゼはアンドレに静かに頷く。リゼの心も決まったようだ。アンドレたちのために覚悟を決めた。


 その夜のこと。


「あのお父様。一つだけ我が儘を言っても良いでしょうか」

「ん? 言ってごらん。あんなに酷い目にあったのだから何でも許してあげるよ」


 控えめにお願いするリゼに伯爵は手を広げながら笑う。


「ありがとうございます……! 実は手紙をある貴族の方に出したいと思います。アンドレやアンドレのお母様のルーツに関わることで。許可していただけますか?」

「そう言えば以前に気にしていた件だね。問題ないがその貴族というのは誰なんだい?」

「それは……まだ秘密にしたくて……」


 リゼとしても(気になりますよね……)と、思いつつも、いまはまだ伏せておいたほうが良いと考える。事が事であるため、反対されたくないのだ。


「そうか……まあ何でも聞いてあげるよと言った手前、無理に聞き出そうとは思わないよ。危険はないのだろうね?」

「それは……大丈夫だと思います」

「何かあれば……私が何とかするしかあるまい。基本はあくまでもルーツにまつわることだろうし、厄介ごとにはならないだろう……ということで、その貴族に手紙を出してみなさい」

「ありがとうございます。失礼します」


 この件は早めに実行したほうが良いと考えるリゼはすぐに部屋を後にし、私室へと戻る。それから手紙をしたためるとアイシャにお願いして、手紙を出してもらうのだった。


 ◆


 それから一週間後。まだゆっくり寝るようにと言われていたが、日課を部屋でこっそり行ったりしていた。なお、まだどこでも見れるようになった交換画面は見ていない。いまは加護により追加された要素を分析して、理解しようとつとめているところだ。宝の持ち腐れにならないようにしっかりと自分の中に落とし込んでから、交換画面で色々と交換しようと考えている。

 そしていよいよ、伯爵の心配も落ち着いてきたため、リゼはアイシャに復活宣言をする。


「もうすっかり快調よ。そろそろいつも通りの生活に戻らないと!」

「お嬢様、元気になられたようでよかったです!」

「また早く練習しないと……今回のことで学ぶべき点は沢山あったし。魔法石のある剣術大会と何も身を守るべきものがないダンジョンとでは意識の違いがだいぶあるということが分かったのよね……」

「私もお嬢様を守れなかったことを悔いまして、スキルを入手しました」


 アイシャは後悔を感じているのか、スキルを入手したと申し出てくる。


「一体、どんなスキルなの?」

「マジックキャンセルというスキルです。一度発動するとしばらく使えないのですが、特定範囲内の魔法を一定時間、完全に無効化することが出来るものです。これがあれば転移石への実行指令も無効化できますので」

「えっ、アイシャ……そのスキル、すごく強くない? それに剣術大会でも使えない? 汎用スキルにそんなすごいスキルはなかったはずよね……」

「お嬢様のことですからそういう反応かと思いましたよ……ただ、これは遠い国に住んでいる祖父に連絡を取って手に入れたのでどういう経緯で入手したのかは……わからないのです……」


 リゼの食いつき方に「あはは」と笑いながらもアイシャは、スキルが汎用スキルではないかもしれないということを匂わせていた。そして、アイシャは祖父に頼んでこのスキルを入手したのだった。


「もしかしたら聖遺物ダンジョンの報酬かも? すごい!」


 リゼは興奮すると同時に魔法を無力化してくるボスモンスターがいるということを認識した。基本的に聖遺物であった場合、ボスモンスターが使うスキルが報酬として手に入るからだ。

 なお、ボス攻略後の報酬はブレスレットなどの聖遺物か、ボスのスキルや魔法のいずれかが手に入る。中級ダンジョンや上級ダンジョンではそれらの中から複数個が手に入ることもあるようだ。


「お嬢様のお役に立つとよいのですが。あ、そうでした。こちらが本日のお手紙です」

「ありがとう……これは……ついに返事が来たのね」


 アイシャは手紙をリゼに渡す。リゼが手紙を裏返すと、封蝋がなされている。王国ではなじみのない家紋だ。リゼは手紙を読み始める。


(えーっと、『ランドル伯爵令嬢へ。探し求めている条件に合致しているため、一度会って話がしたい。そこで詳細を聞かせてもらうとしよう。五日後にそちらに伺う。以上』……ここに来るってこと? えっと、手紙の日付を見ると……明日じゃない!)


「あのアイシャ、明日お客様が来るかもしれないから応接室の掃除をお願いできる?」

「もちろんそれは構いませんが、どなたがおいでに?」


 真面目な性格のアイシャは手紙を送った際の宛先や受け取った際の送り主をチラ見しておらず、誰が来るのか検討がついていないようだ。


「おそらくアンドレたちの関係者……かな。いまからアンドレに手紙を書くね。アンドレたちを明日呼べる?」

「あ、分かりました。急いで伝えに行ってもらいます。夜なので、離宮関係者にお嬢様の手紙を渡すことにします!」


 リゼは急の来訪に驚くが、段取りを頭の中で組み立てる。


「そうね……明日のお客様は一番手前の応接室を使いましょう。アンドレたちには一番奥の部屋で待っていてもらいたいな。でも真実が明らかになる前に遭遇しないようにしないと……。アイシャ、申し訳ないのだけれど、アンドレたちには近くで待機しておいていただいて、お客様が応接室へ入室されてから、奥の応接室に案内してもらえる?」

「承知です! そのように手配しますね」


 それからアイシャが信用できる使用人に手紙を託すとリゼも手伝って応接室を綺麗にした。

 なお、寝る前にリゼはアンドレやルシエのことを考えつつ、ダンジョン転移事件において感じた課題についてを整理していた。そしてアイテムボックスを眺めていたところで一つの考えに至った。明日、あることを試してみることにする。


 そして翌日の朝。リゼたちは朝食をとり、来客に備える。


(昨日の晩に急遽、誰が来るのかをお父様たちにもお話ししておいた。あとは話が円滑に進むと良いのだけれど。そういえば、アイシャのお祖父様って聖遺物ダンジョンのスキルをお持ちということは冒険者とかなのかな。それともお金持ちで入手されたか。いつか聞いてみようかな。よし、それと昨日の夜に少し思いついたことがあるから、顔合わせが終わったら時間を作っていただきましょう!)


 ふと昨日の話によりアイシャの実家について何も知らないと気がついたが、とある貴族の来訪に向けてなかなかに緊張してくるリゼであった。

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