59.伯爵邸にて

 朽ち果てた教会に居たはずであるが、目を開けると馬車の中だ。

 目を覚ました時の感覚に近い。もしかしたら本当に眠っていたのかもしれない。


「あれ、私また眠っていましたか?」

「あぁ。疲労が溜まっていたんだろう。まだ休むといいよ」


 リゼは少しの間、物思いに耽ることにする。


(夢では……ないのよね、きっと。皆様、本当に有難うございます。いただいた内容は落ち着いてから確認します。とはいえ、唐突の出来事でまだ現実感がないなぁ。でも前回の時よりは冷静でいられたかも! それと、ラウル様のこと、本来は絶対にわからないような話を聞いてしまった……。ドレ公爵様には会ったことがないのだけれど、とても良い方みたいね。ラウル様があのように誠実な方になられたのもお父様であるドレ公爵様の影響なのかも。ふぅ。少し脳を落ち着かせたい。……あれ、右腕が動く? 動くようになってる!)


 腕が動くようになっているのは神々のおかげだろうか。痛みがひどい状態であったが、我慢して、数日療養したら完全に治すために上級ポーションなどを交換して飲まないといけないかと考えていたのだ。しかし、必要なくなった。

 ラグナルあたりが気を利かせて治してくれたのかもしれない。もしくは、あの朽ち果てた教会を訪れると治癒効果があるのか、どちらかだろう。

 なお、ラウルの話を聞いて公爵家について振り返る。

 ゼフティア王国の公爵の序列はこうだ。序列第一位は中立派のカステナ公爵だ。王国が独立したはるか昔より君臨する家柄だ。忠臣の一人である。序列第二位は中立派のドレ公爵。前国王の弟で、第一騎士団の団長を務めている。

 そして序列第三位はルイ派のバルニエ公爵だ。数代前の王族より成り立つ家系で、こちらも忠臣の一人だ。

 また、ランドル伯爵家は鉱石の採掘業で安定した収入があり、王立図書館を任されていたりと伯爵家の中では序列が上の方である。


 色々と考えることは多いが、今は早急に確認するべきことがある。

 リゼは口を開いた。


「あのアンドレ……」

「うん?」

「お願いがあるのですが……」


 リゼは体力が回復してきたのか、カイが攻略キャラのアンドレであったという事実についても冷静に認識しているところだった。


「何かな? 私にできることならなんでもするよ。父から一度だけ使って良いと言われている王子特権も使うからね」

「あー、あの。本当に変な話で申し訳ないのですが、右耳を見せてもらえませんか? ちょっと気になることがあって……」

「いいけど、どうしたの?」


 アンドレは右耳を見せてくる。リゼは右耳を確認する。そこには家紋のような跡があった。


「……やはり…………」

「何かあるのかな?」

「そうですね……また屋敷に戻りましたらお伝えします」

「そうか。うん、分かったよ」


 気になるそぶりを見せるアンドレだったが、まだ本調子ではないリゼが目をつぶるのを見て、質問するのをやめるのだった。

 リゼはこっそり装備ウィンドウを確認した。


『ハンカチ 備考:フォルチエ店のハンカチ。材質は絹』

『クロエス 備考:名匠「コルトン=シメオン・クレバリー」作のペンダント。持ち主は剣を収納可能。持ち主、リゼ=プリムローズ・ランドル』

『レーシア 備考:名匠「コルトン=シメオン・クレバリー」作の宝剣。敵対対象に攻撃する際に、体内へのダメージを相手に蓄積させる』

『カルミネ 備考:ブレスレッド。魔法の威力を増幅させる』

『ニーズヘッグのお守り 備考:蛇や竜系のモンスターから受けるダメージを低減させます』


(それにしても、なんとかなったのは色々と装備していたからよね……。まず、レーシアは相手にダメージを追加で与えるし、カルミネは魔法の威力を上げる。そしてニーズヘッグのお守り、これはメリサンドには二重で当てはまる。ヘビの尻尾、竜の羽を持つモンスターだから。レベル二十のメリサンドの攻撃をレベル十以下の私が受けても無事だったのはこういう装備と衝撃耐性スキル、加護のおかげね……それに、古代魔法であるウィンドウェアーを覚えていなかったらスキルを回避出来なかったはず。なにか一つ足りなかったら死んでいた可能性が高い。これからは本当に慎重にならないと)


 間もなく、王都に入る。

 中心部への道は封鎖されており、馬車が入った直後、王都の出入り口となる門が閉ざされた。

 後ろについていた商人の馬車から門を閉ざされて文句を言う声が聞こえる。

 騎士が「厳戒態勢だ! 静かにしなさい!」という声が響き渡っている。


「おいおいおい。王都、物々しい雰囲気だな……」

「そのようですね……制服的に近衛騎士だったような……」

「もしかしてあんたたちが関係しているとかないよな、ははは」


 そんな冗談を老人が口にすると、アンドレは「なかなかの騒動ですね。早く収まると良いのですが」と、うまくごまかしつつ、先を急ぐように伝えることにする。


「あ、道が封鎖される前に貴族の屋敷が立ち並ぶエリアのほうに急ぎましょう」


 封鎖されると厄介だ。いまは急いで家に向かうのが大事な状況である。

 伯爵邸が近づいてくると、こちらもまた、物々しい雰囲気に包まれていた。おそらくランドル伯爵家の騎士たちであろうか、調査に出るための準備を行っていた。そしていよいよ、ランドル伯爵邸の門に到着する。馬車の御者が見慣れない老人だったためか、騎士たちが寄ってくる。


「止まれ! 何者だ!」


 騎士たちが剣に手をかけつつ、叫んでくる。老人があたふたと立ち上がろうとしたため、アンドレは手で制して馬車からジャンプして降りる。


「私はアンドレ。リゼも一緒だ。詳細はあとで話す。屋敷の方に伝えてくれ」

「待て待て、貴様は何者だ」


 騎士が警戒をしながら抜剣する。


「これを。第二王子のアンドレだ」


 アンドレはやれやれといった気持ちであるが、騎士たちが動揺している状況であることは理解できるため、首にかけて服の中にしまっていたペンダントを見せる。


「王家の印……失礼を! おい、奥様をお呼びしろ!」


 騎士が急いで伯爵夫人を呼びに行くと、アンドレは馬車に戻り、リゼの様子を見る。続いて、騎士もリゼの容態を確認するため、馬車に乗り込んでくる。

 

「お嬢様……ご無事で何よりです。怪我は……されておりますね。アンドレ王子、ここまでありがとうございます。それに先ほどは本当に申し訳ありませんでした!」

「気にしなくていい。私のことは知らなくて当然だからね」

「御慈悲に感謝いたします!」


 それから数分後、伯爵夫人が門まで走ってくる。


「リゼ! リゼは無事なの!?」

「ランドル伯爵夫人、少し怪我をしていますが無事ですよ」

「お母様、無事なので安心してください」


 リゼは横になりながら伯爵夫人に声をかけた。その姿を見て伯爵夫人は悲鳴を上げる。


「リゼ! なんでこんな……これは血? どうして! こんなボロボロで……」


 伯爵夫人は取り乱している。アンドレがここで質問する。


「ランドル伯爵はいらっしゃいますか?」

「いいえ、街で捜索をしているの」

「すぐに呼び戻していただきたい。それから屋敷の警備を厳重に。犯人が分かっていませんから。私はリゼを部屋に運びます。良いでしょうか?」

「え、えぇ。あの、あなたは?」


 伯爵夫人はアンドレが命の恩人か何かであるというのは察するところがあるようだが、多少の警戒感を抱きつつ確認してくる。騎士が報告したはずだが取り乱していてよく聞いていなかったのだろう。


「私はアンドレ。この国の第二王子です。リゼと共に事件に巻き込まれたのです」

「まあ……なんてこと……わかりました。失礼しました、アンドレ王子。主人を呼び戻します。それまでリゼについていてあげてくださいますか?」

「そのつもりですよ。リゼ、私の首に手を回せる?」


 アンドレはリゼを抱き上げると屋敷へと向かい歩き出す。それからランドル伯爵夫人は使いをやってランドル伯爵に連絡する手配をしたようだ。そこであることに気づく。馬車の御者を務めていた老人のことだ。


「あなたは……?」

「わしは王都近郊の街のもので……お二人を王都まで送ることになったからお連れしたところで」

「そうですか。お礼をします。応接室でお待ちくださいますか? あなた、案内を。それから医者の手配を」

「はっ」


 伯爵夫人がてきぱきと指示をすると騎士は指示に従って動き出す。三十分後、ランドル伯爵が戻ってくる。医者も同時に到着したようだ。

 なお、ジェレミーやラウルにも連絡が行き、こちらに向かっているみたいだ。


「リゼが見つかったというのは本当か!」


 屋敷に戻るなり、リゼの部屋へと急ぎ走り出す伯爵だ。


「待って、あなた」

「どうした!?」

「リゼはアンドレ王子が連れ帰ってくださいました。あのタブー視されている……失礼のないようにお願いします。命の恩人かもしれませんから」


 状況を察したのか、伯爵は一度立ち止まる。アンドレといえば、平民と王の間にできた子だということもあり、触れてはいけない空気が貴族の中にはある。


「分かった。今どこに?」

「リゼの部屋で警護をしてくれています」

「……向かおう」


 それから再びリゼの部屋へと歩き出す伯爵たちなのだった。リゼは部屋のベッドで横になることで、安堵したのか、改めてアンドレにお礼を言う。


「あの、本当にありがとうございました。おそらく……といいますか、確実に私一人では出口に辿り着くことは出来なかったと思います。アンドレがいなければこの場に戻ってくることもできなかったと思うと……」

「それはこちらこそだよ。戦いなどいままでしたことがなかった私に色々教えてくれたからなんとか共に戦うことができたよ」


 アンドレはリゼの部屋の机の上に置いた剣を見ながら感慨深げに言った。


「今回の教訓は……一瞬たりとも気を抜いたらいけないなということですね……。そうすれば転移させられることも、メリサンドの魔法、アクアヴォルテックスで怪我をすることもなかったので。アクアヴォルテックスが来るまでうまく立ち回れていたので、……少し余裕を感じてしまっていて、緊張感、みたいなものが足りなかったと反省しています」

「それは私もだよ。作戦通りにいっていたからこれは簡単かもと、正直なところ考えてしまったしね」


 二人は少しの間、沈黙する。


「あの、私が元気になったらルイーゼさん、いえルシエ様でした。ルシエ様とまたお会いできる機会を作ってくれませんか?」

「もちろん大丈夫だよ。それに『さん』で良いよ」

「ありがとうございます。少しお話ししたいこともありますし」


 そして、そんな話を二人がしていると伯爵が部屋に入ってくる。


「リゼ! 無事でよかった……心配したぞ……」

「いきなりダンジョンに転移しましたので、連絡手段もなくご心配をおかけしました」

「いいや、そんなことより生きていてくれてよかった……アンドレ王子、この度は娘のことを……ありがとうございました……」

「伯爵、頭をあげてください。私はむしろリゼに助けられていたんですよ。リゼがいなかったら死んでいました」


 アンドレは伯爵に会釈しながらそう言う。


「それは私もですよ、アンドレ」

「本当に良かった……ではリゼ、詳しく聞かせてくれるかな?」


 リゼは伯爵たちに事の顛末を話したのだった。ちょうど話が終わったところでアンドレが口を開く。


「そうだリゼ、伯爵、伯爵夫人、大変申し訳ないが私も戻らないと心配をかけているかもしれません。よって、ここで失礼させていただきます。また明日来ます」

「アンドレ、今日はありがとうございました……」

「私からも礼を言わせてください。娘のこと、本当に感謝しかありません。あなたのためなら何でもします。いつでもこの屋敷に来てください。あなたが王を目指すというのならばあなたを支持します」

「アンドレ王子、話を聞く限り娘はあなたがいなければ死んでいたかもしれません。一生感謝してもしきれません。明日は是非食事もなさっていってください」

「ありがとうございます。リゼのためなら今後も死力を尽くす覚悟です。それでは」


 アンドレは足早に離宮を目指していった。なお、伯爵が騎士を数名同行させ護衛させたようだ。


「あの方を見るのは初めてだが、聡明な方のようだな……」

「私と絵の話も気が合う方でもありますよ。実はカイさんがアンドレだったのです」

「そうか……分からないものだな」


 その後、扉の前で待っていた医者を招き入れ、リゼの診察をした。


「擦り傷等はございますが、特に大きな怪我はないようです」

「そうですか。感謝いたします」

「とはいえ、ゆっくりご療養ください」

「はい。そうさせます」


 医者が部屋を後にする。

 すると、しばらく後ろに控えていたアイシャが前に出てくる。泣きはらした顔をしていた。


「お嬢様、あの時、お嬢様をお救いできず申し訳ありませんでした」

「アイシャ、あれはどう考えてもアイシャの位置からではどうしようもなかったことよ。気にしないでゆっくり休んでね?」

「お嬢様が回復されるまでおそばにいます」

「それだと気になって眠れないかも……あ、お父様」


 リゼはふと思い出して伯爵に視線を向ける。

 

「ん? 何か欲しいものでもあるのかな? 何でも言いなさい」

「あはは……欲しいものはないのですが、私とアンドレをここまで運んでいただいた方にお礼を言いたいのであとでお連れいただけると」

「そうだ、私もお礼を言わなければ。では少し行ってくるよ」


 伯爵と伯爵夫人が部屋を後にする。それから少しの間、アイシャと歓談をしていると、とある人物たちが入ってきた。


「リゼ! 無事かな?!」

「あ、ジェレミー。はい、無事ですよ、なんとか」


 汗を流しながら駆け込んできたジェレミーとは裏腹に、リゼはすでにだいぶ落ち着いていた。


「傷だらけじゃないか……。残念ながら刺客は自害したから黒幕は掴めないままだ……」

「リゼ、無事で何よりだよ。真の黒幕を見つけられずにすまない」


 ラウルは申し訳なさそうにそう付け加える。


「ラウル様もありがとうございます」

「いまこの屋敷の周りには近衛騎士を配置したからそう簡単には手出しできないはずだよ」

「少数ながら僕の家からも騎士を配備につけた」

「そんな大袈裟ですよ」

「いいや、これは絶対必須だ。回復するまでこの状態にさせてもらう」


 ジェレミーは断固として警備を緩める気はないようだ。近衛騎士は厳重に臨戦態勢で屋敷の周囲や屋敷の中に配置されている。


「えぇー……」

「ひとまず無事な姿を見れて安心した。近衛騎士まで動員してしまったから、母上に報告しなければならない。あとはラウルに任せるよ」

「ジェレミー王子、任せてくれ」


 ラウルの言葉にジェレミーは頷くと、名残惜しそうにリゼを見つめるが、これまた足早に部屋を後にするのだった。

 そんなジェレミーを見送りつつ、リゼはラウルに問いかける。


「何だか大事になってしまっていますか……?」

「それは……そうだね。かなり派手にジェレミー王子が近衛騎士を使ったからね……」

「そうですか……私が原因だと知れ渡っていますかね……」

「かもしれないな……」

「そうですか……」


 近衛騎士団まで動員してしまったのだから、それなりに噂になるのは間違いない。


「もしかして目立つことを気にしている?」

「はい……」

「何があっても我々が何とかするから安心すると良いよ」

「ありがとうございます……」


そしてリゼとしては、ラウルの真実を知ってしまったいま、複雑な感情がある。しかし、彼がこうしてここまで育ってきたということに良かったと感じるのであった。

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