56.帰路へ

 アンドレは少し眠るリゼを見つめつつ、メリサンドの横に転がっている槍を拾い上げる。


「これは……そしてこれも……もらっておこう」


 さらにメリサンドが指につけていた指輪を二つ回収したアンドレだった。


「これも持ち帰るか。証拠になる」


 リゼが切断したヘビの下半身を槍で突き刺した。持ち帰るようだ。

 さらに、ノーマルスケルトンから奪った剣などを何本か入口で回収する。リゼがメリサンドの下半身、つまりヘビの頭を切断するときに使った剣も同様に回収したのだった。

 それから三十分程度経ち、リゼが目を覚ます。


「ん……」

「起きた? 体調は?」

「寝ていましたか……腕は相変わらずですが意識はハッキリとしてきました」

「それはよかった。そろそろ出ようか。モンスターが出てきても困るしね」


 アンドレはリゼが眠っている間に、入口の扉を閉めて周囲を警戒してくれていたのだった。


「そうですね」

「肩をかすよ」

「ありがとうございます。あ、その武器などアイテムボックスに入れておきましょう」


 アンドレが回収しておいた武器などを収納する。メリサンドも入れておいた。

 そしてリゼはアンドレに支えられながら出口の扉前に到着する。


「開けるよ」

「お願いします」


 アンドレが扉を押し開く。扉の先は小部屋だ。部屋の周囲に灯りがともっているが薄暗い雰囲気で独特の空気感がある。

 そしてさらに奥には地上への階段が見える。また、部屋の中央部分には小さな宝箱があり、少し光がさしていてひときわ目立っていた。


「これは……」


 罠かもしれないと少し警戒するアンドレだ。


「おそらくクリア報酬ですね。罠ではないと思います。開けてみてもらえますか」

「分かった」


 アンドレが宝箱を開ける。これは……といった表情を浮かべた。


「これは……本かな。他にも一冊……本みたいだ」

「どんな本ですか」

「これ。分かる?」


 アンドレが本を二冊手に持ち、リゼに見せる。金縁が施された水色の本と、同じく金縁が施された白色の本だ。


「これは先程メリサンドが使った特殊な水属性魔法の本と……特殊スキルの本ですね。アンドレはどちらが欲しいですか?」

「むしろ両方持っていってくれて構わないよ」

「いえいえ、ここは二人でクリアしたのですから、二人で分けましょう?」

「はは、そうしようか。それならリゼは特殊スキルの本にしたら? 私は水属性だからね、ちょうどその本で問題ないよ」


 アンドレは気を使って特殊スキルの本を譲ってくれる。


「お気遣い、ありがとうございます。それでは私がこちらの本をいただきますね。正直、私は水属性魔法を使えないので助かります!」


(一応、ラグナル様の加護で、他の属性の魔法も二つまでは覚えられるのだけれど、アンドレにこの本をもらってもらいたい。きっとアンドレの将来で役立つ魔法だと思う)


「預かっておこうか? いや、アイテムボックスに入れておいてもらった方が良いか。二冊ともお願いできるかな?」

「もちろんです。では、出ましょう」


 アンドレはリゼに肩を貸してくれた。

 

「私が怪我をしたせいで、ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「全然気にしないで。リゼの役に立てることが嬉しいんだ」

「ふふ」

 

 リゼは少し笑うと、アンドレとともに出口の階段を登るのだった。

 階段は螺旋状になっており、少し上ると出口の扉があり、アンドレが押し上げ、二人は地上に出る。

 すると、ゴゴゴゴという音が響き渡り地面が揺れる。地震のようだ。振り返るとダンジョンの出口が消えていた。ダンジョンは攻略が完了し、全員が外に出ると消滅するという話を聞いたことがあったが、本当のことのようだ。


 辺りを見渡すと薄暗い森の中だ。 

 

「さて、ここがどこか、だね」


 と、アンドレも周囲を見渡しながら口にした。


「そうですね。あ! あっちに薄らと街の明かりが見えますね……?」

「おお! 本当だ。よし、あっちに向かおう」

「夜の森ですし、もしかしたら夜行性の危険な動物が出るかもしれません。注意しましょう。魔法攻撃ならできますのでアンドレの支援をしますね」

「助かるよ」


 リゼはあたりを警戒しながら、まだ動く左手で魔法をいつでも繰り出せるように構える。

 それからあたりを警戒しながら歩くが、運良く動物に遭遇せずに街道に出られたリゼたちだった。さらにほんのりと見える明かりを目指して歩くこと二十分、街の入り口に到着する。リゼは疲労と怪我からか、限界が近く、門に寄り掛かる。今日は吹き飛ばされたり、コボルトに殴られたり、水属性魔法で強打されたりとそれなりにダメージを追っている。

 アンドレは門の近くに立っていた住民に声をかける。


「すみません」

「あ、あんたたち、大丈夫か……さきほど地鳴りがしたがダンジョンにでも行ったのか?」


 住民は高齢の男性で、門番なのか槍を持っている。アンドレが片手に持つ剣を見つめながらも、心配してくれていた。


「えぇ、そうです。質問させてください。ここは王都からどれくらい離れておりますか?」


 アンドレはリゼを気にかけながら、手短に質問する。


「王都からか……? うーむ、馬車なら二時間ってところだな」

「なるほど。急ぎ王都に戻りたいのですが馬車を出してくれる人を知りませんか? あちらについたらお礼はします」

「その様子だと早く行った方が良いな……待っててくれ、わしが送ってあげよう」


 老人はリゼの様子を見ながら、提案してくる。


「助かります。できれば彼女を寝かせたいので毛布もお借りできませんか?」

「分かった。少し準備をしてくるよ」


 それから十分後、馬車を持ってきてくれるのだった。アンドレはリゼを寝かせ毛布を被せた。


「ランドル伯爵邸までいきましょう。王都からは案内できますのでお願いします」

「了解だ。お二人はもしかして貴族様で?」

「この方はそうです。お守りしなければ」

「その様子だと急いだ方がよいな。出発しよう、しましょう。申し訳ない……いまいち、正しい言葉遣いを知らないもので……」

「いえいえ。気にしないでください。ご厚意に感謝します」


 馬車で街を出発するアンドレたち。アンドレは周囲を警戒し、剣を握りしめた。

 

 ◆


 その頃、王都ではとある人物の声が響き渡る。


「何をしているんだ! 何時間経ったと思ってる! 早く犯人を探すんだ! それから転移先を調べるんだ!」


 いつもの余裕はなくジェレミーの怒号が響いている。騎士たちは周囲を封鎖し、劇場への出入りを禁じて捜索を行っているようだ。

 そこに周辺を探し回っていたラウルが合流する。


「くそっ!!」


 劇場の壁を叩くジェレミーにラウルが近づき声をかける。


「ジェレミー王子、一旦落ち着こう。アイシャさんの話では平民の少年も一緒だったみたいだし、その子と協力してなんとかしていることを願おう。リゼは強い。そう簡単にはやられないはずだ」

「ラウル、そいつは平民なんかじゃない! どう考えてもリゼの足手纏いになるに決まってる! くそ、僕がいれば……」


 ぶつぶつと呟くジェレミーからラウルはアイシャへと視線を向ける。


「アイシャさん、念のため聞くが光が発して姿が消えたんだよね? 地面から円形に光が発していたんだね?」

「はい、その通りです……」

「なるほど、転移石で間違いない。周辺に転移石がないということは発動後に何者かがどさくさに紛れて素早く回収したんだろう」


 ラウルは脳内でシミュレーションしているのか、目をつぶりながら考え込む。


「アンドレが役に立つと思うか? ずっと離宮暮らしでろくに訓練も受けていないはずさ」


 少し冷静になったジェレミーがラウルとアイシャに向き直る。


「アンドレというのは?」

「聞いたことないかい? 第二王子で王位継承権第三位がアンドレだよ。父上が外で作ってきた子で王宮ではタブーとなっている……街ではカイと名乗っていたみたいだけどね」

「そんなことが……」


 アイシャが呟いたその時、騎士が足早に近づき、ジェレミーの前でひざまずいた。


「ジェレミー様、ご報告です!」

「どうした?」


 ジェレミーは騎士に先を促す。騎士は下を向いたままジェレミーの質問に答える。


「王都から外に出ようとする者たちについて、すべて所持物の確認をしていたのですが、とある男が黒いローブを所持しており、逮捕しました」

「連れてこい!」

「はっ!」


 騎士たちは手を縛られた男を連行してくる。そして膝立ちにさせた。ジェレミーは剣を引き抜くと首元に突きつけ静かににらみつけた。


「貴様、リゼをどこに飛ばした?」

「さーてな。俺は知らないね。石を渡されて発動するための構文を読み上げろと言われていただけだからな」

「貴様……」


 男は笑みを口に浮かべた。


「はははは、あの小娘は確実に死ぬだろうよ。残念だったなぁ、王子様。何でもかんでも思い通りには行かないわけだ。どこに飛ばされたか知らねぇが、死体が見つかると良いなぁ? せいぜい丁重に埋めてやるんだな。はははははははは」

「……」


 男は腹を抱えて笑い出した。ジェレミーが騎士に合図すると、騎士が頭を殴りつける。男は地面に倒れるが、この状況を楽しんでいるのか、さらに笑いだした。


「ふはははは! あの小娘は……死ぬ!!!!! 確実に死ぬ!!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ!!!!」

「戯言は終わったかな。ではお前は誰に石を渡されたんだ? 言わなければ処刑する」


 ジェレミーは怒りをおさえて問いかけた。


「何を言っているのか分からないね!! 石を渡された? 何のことでしたか? 王子様」

「そうか……」

「護衛をつけておくべきだったよなぁ。お前の甘い考えがこういう結果を招いたんだ、王子様」


 唐突に静かになった男はそう呟いた。


「……もういい。こいつを尋問して吐かせるんだ!」

「はっ!」


 その時、男がもだえ苦しみだした。体をくねらせながらもだえ苦しむ。


「来たか……うがぁ……くくっ………ぐぁえあっ! おえぁ……」


 騎士が起き上がらせる間もなく、男は事切れたのだった。自害なのか、毒を飲まされていたのかは定かではない。

 ジェレミーは忌々し気に男を見ていたが、すぐに我に返る。


「ラウル! アイシャ! リゼを恨んでいるやつの心当たりは!」

「バルニエ公爵令嬢くらいしか思いつかないな……」

「私もです……」

「あの公爵にこんなことをする度胸はない! くそ! まさか追放したあいつらが……? いや、あいつらのことは監視しているから無理だ」


 ジェレミーは動揺をおさえることができない。


「ひとまず私は旦那様に現在の状況をお伝えしてきます。捜索隊を編成されるそうです。私も参加します」

「分かった、頼むよ。ここからはしらみつぶしに探していくしかない! 隊長! 一個中隊を編成しろ!」

「はっ! しかし、城の警護もありまして、近衛騎士だけでは厳しく……ジェレミー様の派閥であるミュレル侯爵率いる第三騎士団にもご支援いただく必要がおありかと!」

「あまり借りを作りたくないが仕方ない……すぐに連絡を取れ」


 騎士は一礼すると、素早く馬で駆けていった。


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