55.決戦ボスモンスター
メリサンドが槍を装備した瞬間に、リゼはアンドレに目配せする。
先手必勝だ。リゼは広間の中央に走りながら魔法を発動する。
「アイスレイ!」
メリサンドの地面に面している下半身の一部が氷で固められる。アンドレはその隙に壁沿いから側面に回り込もうとする。
(エアースピア! スノースピア!)
メリサンドがアンドレに気づかないようにリゼが魔法で誘導する。氷の粒を勢いよく顔めがけて噴射すると、メリサンドは手で氷の粒を振り払おうとするが動けないメリサンドに命中する。
『こざかしい。氷属性魔法か』
メリサンドは槍で下半身の氷を破壊するとリゼに向かって来る。
(氷属性魔法を知っているの! それにあんな壊し方があるなんて……それにしてもアイスレイの追加効果で動きが遅い。いまのうちに出来る限り攻撃を当てたい、攻めるしかない! アクセス・マナ・コンバート・ウィンドウェアー!)
リゼは風をまとい速度を上げるとメリサンド目掛けて距離を詰める。メリサンドは迫りくる敵めがけて槍で突き刺しに来るがリゼは体をそらして槍をかわし、剣で下半身を切りつける。
『ぐっ』
「こっちもだ!」
気づかれずに側面に回り込んでいたアンドレも切り付ける。そしてすぐに攻撃されないようにバックステップを踏んだ。
『おのれ虫ケラどもが』
ちまちまとした攻撃を受け、激昂したメリサンドは槍を回転させると鋭い一打でリゼを狙う。リゼはなんとか受け止めるが、反動で後ろに吹き飛ばされ床を転がってしまう。
「うっ……」
しかし、衝撃耐性のスキルで痛みはない。メリサンドは追い打ちをかけるように床に転がるリゼに向かって槍で突いてくる。メリサンドを視界にとらえていたリゼはギリギリ回転して槍をかわし、すぐに立ち上がるとリゼは剣で切り付けつつ距離を置く。
「はぁ……はぁ…………アイスレイで動きは鈍くなっているけれど、槍の攻撃は予想以上に鋭い……まともに受けたら飛ばされてしまう……受け流すしかない……!」
アンドレもリゼが攻撃した際に切り付け距離を置いた。
(まだアイスレイの発動はできない……なんとか時間を稼ぐしか! エアースピア! スノースピア!)
メリサンドは槍を回転させると魔法を防ぐ。まさかの防御方法にリゼは驚くが、タイミングを見て次はなんとか当てるしかない。
『もうその攻撃はきかないぞ、人間』
するとメリサンドは向きを変え、アンドレに狙いを定めて突進する。
「ウィンドプロテクション!」
リゼは走りながらアンドレに魔法を発動させる。メリサンドの攻撃は風の防御魔法で逸れ、その隙にアンドレが素早く切りつけて攻撃を加える。
「信じてたよ!」
「私も攻撃!」
リゼは側面から攻撃を浴びせつつ、アンドレの側に駆け寄る。
(よし、分散して攻撃するのもこれくらいにしておかないと。アンドレと離れた隙に彼に攻撃しようとするのをなんとしても防がないと)
「例の作戦!」
「分かった!」
メリサンドは槍を横から払い、二人を同時に攻撃しようとする。すかさずリゼは槍を剣で上に払う。
「いま!」
「あぁ!」
アンドレは槍が上方に打ち上げられ、メリサンドが制御できなくなった隙をつき剣を思い切り叩きつけて攻撃する。メリサンドは上からアンドレ目掛けて槍を振り下ろしに来る。アンドレは盾で攻撃を受け止めると、リゼが素早く間合いに入り攻撃した。
こうして広間の入り口付近まで攻防を続ける。
『こざかしい真似を。サイレント・フォース』
メリサンドがスキルを発動する。リゼたちは声が出なくなった。
メリサンドは下半身、つまりヘビの形をした部分で力強く薙ぎ払いに来た。
なんとかアンドレが盾で攻撃を防ぐ。リゼはアイテムボックス内からノーマルスケルトンの剣を取り出すと、ヘビに突き立てる。それから勢いよくレーシアを振り下ろした。
リゼの攻撃で蛇の頭部が体から切断された。そして素早くキメラ・ウォーリアーの手斧を取り出すと、メリサンドに向けて投げつけた。同時にアンドレが切りつける。
それからバックステップで広間の中央まで距離を置く二人だ。メリサンドは痛みのためか、のたうち回る。
「よし、これでヘビの攻撃は来ない!」
「アンドレ、作戦通りですね」
「怪我は?」
「多少の打撲とかすり傷が少しなので大丈夫です」
「同じですね」
『アビザル・サンクチュアリ』
メリサンドの足元から激流が辺りに放出された。予想通りだ。体力が半分以下になると必ず使ってくるため、リゼたちは手をつなぎ床に剣を突き立てる。水によって足が地面を離れて流されそうになるが、必死に剣に掴まった。入口を開けておいたため、水が引いていく。
二人は剣を引き抜こうとするが、固く刺さっており、引き抜けない。メリサンドはまだ完全に水が引いていない床の上を素早く移動してくる。
(レーシア、戻って! そして出てきて!)
レーシアをペンダントに戻し、すぐさま出現させた。そして、アイテムボックスより、剣を取り出してアンドレに投げ渡す。すると、メリサンドは槍を引いた。
『バーリッジ・ラング・イクリプス』
「ウィンドウェアー!」
素早く魔法を詠唱し、アンドレに抱きついて、ジャンプした。
間一髪、メリサンドの槍による乱れ打ちをかわすことが出来た。
「エアースピア! スノースピア!」
「アクアアロー!」
二人は起き上がり、魔法で攻撃する。魔法はスキルの発動を終える前のメリサンドに命中した。
リゼはまだウィンドウェアーの効果が持続しているため、間合いを詰めてジャンプすると斜め上から切り裂いた。そして、着地すると、すぐにバックステップで距離を置く。アンドレも剣を構えた。リゼはアイテムボックスから盾を取り出すとアンドレに素早く渡す。
メリサンドは槍で左右から、上から攻撃してくるが、確実に型を使って受け止めて受け流す。そして、受け流さなかった方が攻撃を加えるという一連の動きをひたすら続けていく。
そして、再度ウィンドウェアーを発動したリゼが下からうまく切り裂いたところで、メリサンドは槍を下ろした。
メリサンドは静かに目を閉じ立ち尽くす。リゼたちはスキルかもしれないと距離を取りつつ剣を構えた。少しの間があり、目が開かれる。その目は赤く光っている。
そして間髪入れずにメリサンドは口を開いた。リゼはその姿を見て咄嗟にアンドレを横に突き飛ばす。
『アクアヴォルテックス』
突如水の竜巻が巻き起こり、リゼは空に高く舞い、水魔法で全身を強打され、さらに地面に叩きつけられるのだった。メリサンドは素早くとどめを刺しに来る。
「う……」
「貴様!」
リゼは地面に打ち付けられた衝撃で一瞬意識が飛んでいた。しかし、うっすらと意識を取り戻すと、メリサンドが向かってくるのが見える。アンドレはリゼの前に立って剣を構えている。
(痛い……いまのは水属性の特殊上級魔法…………まずい……)
「……アイスレイ」
少し離れたところでメリサンドの動きを止めることに成功する。ここであれば槍を投げつけられてもなんとかなる距離だ。リゼはなんとか立ち上がるが、ダメージが思ったよりもひどい。
「腕が……」
魔法による強打の影響か、打ち所が悪かったのか、着地の問題か右腕が動かない。もう剣は持てなさそうだ。
(剣はもう持てない……赤色の目になったらあの魔法を発動するのね……知らなかった……エアースピア! スノースピア!)
まだ動く手を向け、メリサンドに向けて魔法を発動する。メリサンドは槍を回転させて魔法を破壊した。そして、アイスレイを破壊しようともがき、槍を凍結した部分に叩きつける。メリサンドも弱っているのか、まだ破壊できずにいる。槍でアイスレイの氷を壊されたら終わりだ。
リゼはアンドレを見た。彼は震えながら剣を構えている。
「アンドレ! アンドレ! アンドレ! 大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……すまない!」
放心していたアンドレは顔を叩き意識を切り替えた。
「体は大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。リゼは……」
「なんとか大丈夫です。次にあの魔法を打たれたらおしまいです。私の剣を持てますか」
「あぁ、これだね」
「私は腕をやられて持てません。最後の一撃にかけるしかないです」
「どうすれば良いだろう」
リゼはメリサンドに注意を向けつつ、意味ありげにアンドレに目配せする。アンドレは少し固まるが、リゼの作戦を察したのか、「そうか。すまない、取り乱していたよ」と頷いてくる。
「わかった。失敗したら天国で会おう。でもきっとうまくいく」
「そうですね」
二人はメリサンドに向けて走る。メリサンドもアイスレイを破壊した。メリサンドは詠唱のクールタイムが完了したのか、魔法の詠唱を開始する。
「スノースピア!」
リゼはメリサンドの顔に氷の粒を命中させる。魔法が顔に当たることで詠唱が途切れた。癪に障ったのか怒り狂ったメリサンドは槍で攻撃しようとしてくる。
「ウィンドプロテクション!」
すんでのところで槍を逸らすことに成功する。
「いまです!」
「あぁ!」
アンドレはリゼの剣をメリサンドに向けて力いっぱい投げつける。
「エアースピア!!!」
リゼはエアースピアを剣にぶつけ、剣を勢いよく飛ばす。勢いよく飛ばされた剣はメリサンドの胸に突き刺さる。そして…………言葉を発することなく口を開け閉めしたのち、メリサンドは倒れるのだった。
二人はその場で腰が抜けたのか、よろよろと倒れこむ。
「やったのか……リゼ! 倒したぞ!」
「はい……よかったです」
リゼは一安心したのか一度目をつぶった。そんなリゼを見てアンドレは心配する。
「血が……」
「どうも地面に叩きつけられた時に頭を打ってしまい……脳震盪の可能性があります。でも、死ぬほどのことはないので少し落ちつけば大丈夫です。ただ、血は止めたいので何か布があれば……」
「あ、あぁ。私の上着を使って止血しよう」
アンドレは上着を脱ぐと少し破いてリゼの頭に巻く。そして壁際に連れていき、寄り掛からせる。
「なんとかってところでしたね……少し油断しました」
「まさかあんな魔法を使ってくるとは……」
「はい。完全に予想外でした。そうでした、剣を戻しておかないと。レーシア、戻って」
レーシアはペンダントの中に消えていった。二人は息を整え、しばらく無言になる。
リゼはだいぶ消耗したのか、目をつぶり壁によりかかりながら、深呼吸を繰り返していた。動かなくなった腕が痛むようだ。
アンドレは周りを見渡して警戒を続けてくれていた。
「ふぅ……大広間に変化はありませんか?」
「そうだな……奥に扉が見える」
アンドレが視線を向ける方向、つまり広間の奥には扉が出現していた。
「そうですか……おそらくクリア報酬がある部屋に続いていて、さらに先にはきっと出口があります」
「休憩してから行こう。いま歩いたら危険だ。少し話でもしていよう」
「ふふ、そうですね。アンドレ、いつの間にか話し方が変わっていますよ?」
「おっと、そういえばそうだね……実はこれが素の自分なんだ」
少し恥ずかしそうに笑うアンドレにリゼもつられて笑う。
「そうだったのですね。丁寧なアンドレも良いですけれど、いまのアンドレもかっこいいですよ」
「はは、照れるよ。リゼの前ではこの話し方でいようかな」
「是非、そうしてください」
それから数分、リゼは目をつぶっていた。うとうとしているようだ。ふと目を覚ましたリゼにアンドレが問いかける。
「右手はどう?」
「うーん、全然動かないですね……ずきずきと痛みがあります」
「そうか……くそ、一体誰がこんなことを」
怒りの表情を浮かべるアンドレ。
リゼはメリサンドを倒して少し冷静になりつつあり、考え込む。
「私、いつの間にか恨みをかっていたみたいですね……」
「心当たりは?」
「そうですね……最近バルニエ公爵令嬢と一悶着あったこと、剣術大会で言いがかりをつけて来た貴族がいたこと、それくらいかなと思います」
と、心当たりを挙げてみる。あの貴族たちもエリアナもこんな手の込んだ襲撃は出来るはずがないと少し考えるが、結局のところいまは何も分からない。
「なるほどね。あとはリゼの氷属性に嫉妬したやつもいるかもしれないね」
「嫉妬だけで殺そうとされたら本当に参ってしまいますね……」
「何としても見つけるよ、犯人を」
アンドレは怪我をして動かなくなったリゼの右腕を見ながらそうつぶやいた。
「そういえば……アンドレは絵を描くのでしたよね」
「え? そうだね」
「好きなのですか?」
興味本位の質問ではあるが、アンドレにとっては重要な要素だったようで、少し間をおいてから口を開いた。
「そうだね。昔は離宮から出ることもできなかったから外に見える風景の絵を描いて気を紛らわせていたんだ。いつかあそこまで行くんだと思いながらね。そうしたらいつの間にか趣味になっていたよ。とはいえ、十歳から、離宮で我々を監督してる人が融通を利かせてくれてね。こっそり母は劇場でまた働き始めて、私も仕事を手伝ったりし始めたんだけどね」
「そうだったのですね。
「あれはリゼにあげるよ。いまはもうあの頃とは違うし、誰かに気づいてもらいたくて展示していたんだ。その願いも叶えられたしね」
「大事にしますね。ありがとうございます……」
(それにしても、
それからリゼはまた少し目をつぶる。
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