54.明かされた真実

 銀色の大きな扉を見上げる二人。

 カイが「これは……」と声を上げる。


「おそらくはボスのいる大広間なのだと思います」

「なるほど。ではいよいよというわけですね」

「はい。倒せればここから脱出する出口が出現するはずです」

「そうですか。ボスの見当は……?」


 リゼは、〈知識〉を振り返る。道中の敵は中級ダンジョンにしては弱かった。この場合、ボスモンスターが強くなる傾向があった。そして、このパターンのボスは二つしかない。

 また、道中のモンスターに火を扱う敵がいなかったため、予想は一つに絞られた。


「おそらくです。おそらくいままで遭遇したモンスターを踏まえるとメリサンドという強敵かなと思います……。上半身が人間で下半身がヘビ、竜の羽が生えているという………………倒すと加護をくれますし、邪悪な存在ではないのですが……ボスである以上はこちらに攻撃して来ますし、倒さないと出られません。属性的には火と水に耐性があるので、カイさんの魔法はあまり効かないかもしれません……」

「分かりました。私はどうすれば良いですか?」

「そうですね……足止めしたタイミングで私が前から注意を引くので側面から攻撃していただけると……確か、背後からの攻撃は加護によって防がれてしまうはずなので」

「了解です。これまでキメラ・ウォーリアーにやってきた作戦ですね」

「はい。ただ、おそらくはヘビの下半身で側面にも攻撃ができますのでその場合は避けるしかないです。この戦いは定石通りに行かないと思いますので、とっさの判断を行いつつ、戦うしかないですね……危険を感じたら距離を置くというのは徹底でお願いします」


 ここからはイレギュラーも多く発生するはず。咄嗟に判断を行いながら戦うしかない。


「私の魔法が効かないのでしたら左手はあまり役に立ちませんから先ほどゲットした盾を使います」

「それは名案かもしれません」


 カイはコボルトが落とした盾を見せながらそう言うと、リゼは同意する。盾で身を守れる可能性はある。

 ここでメリサンドの攻撃パターンを振り返る。


「えっと、武器は槍でスキルは三つのパターンがあるはずです。攻撃スキルは『バーリッジ・ラング・イクリプス』といって、槍を人には感知できない速度で乱れ打ちします。これは正面や側面にランダムで攻撃しますので、スキルの動作に入ったらとにかく距離を置く必要があります。あとは、『サイレント・フォース』という補助スキルです。これは十秒間、発動した対象の二十メートル以内にいる生き物の発声を抑止します。つまり、魔法を発動できなくするのです。最後は『アビザル・サンクチュアリ』……これは広間に腰くらいまでの高さの水を張り巡らせて相手の動きを遅くするものです。この三つ目は対抗手段があります。広間の扉を開けておけば良いのです。そうすれば水は広間の外に出ていきますから。ただ、発動されると激流が発生して少し流されますから、注意しないといけません。何度も打ってはこないスキルです。スキルではない槍の攻撃は型でなんとか防ぎましょう……!」


 リゼは〈知識〉を振り返りつつ、ボスの情報をカイに話したが、『サイレント・フォース』を発動された場合に、カイとの連携に支障が出る上に、相手のスキル攻撃が当たったらひとたまりもないと感じるのだった。

 とはいえ、ここまで共に戦ってきたことにより、ある程度は次にどのように動けば良いのかという連携面が強化されているため、うまく立ち振る舞うしかない。


 その後、カイと作戦を練った。

 深呼吸すると、リゼはドアに向き直る。いよいよボス戦だ。


「ではカイさん、準備は良いですか?」

「少しお待ちを。命を落とす危険性もあるので最後に私について話させてください。あなたには真実を話しておきたいのです」


 カイは先ほどのリゼの質問に答えるようだ。


「あっ、そうでした。申し訳ありません……お聞かせください」


 リゼは慌ててカイの話に耳を貸す。カイは何かしらの秘密を打ち明けることに対して緊張しているのか、目を瞑っていた。

 カイはふー、と息を大きく吐き出すと、ステータスウィンドウを表示する。リゼに共有するつもりだ。カイが緊張しているため、釣られてリゼも緊張してきた。


「いえいえ、私の我儘を聞いていただきありがとうございます。私のカイという名前が偽名だというのはリゼ様の推察の通りです。本当の名前はアンドレ。アンドレ=ルシエ・ゼフティアと言います。母もルイーゼではなくルシエが本名です。私の名前を聞いたことがありますか?」


 リゼは「えっ……」と声を漏らしつつ、目を丸くする。


「えっ! は、はい。もちろんです……」

「黙っていて申し訳ないです。妾と妾の子ですから、離宮で育ち、実際に父とは一度だけ、ルイやジェレミーとは会ったこともありません。ステータスウィンドウを共有します」


【名前】アンドレ=ルシエ・ゼフティア

【性別】男

【年齢】十二才

【レベル】3

【職業】ゼフティア王国第三王子

【属性】水属性

【称号】 五芒星の救済者ペンタグラムセイバー

【加護】なし

【スキル】なし

【状態】疲労

【所持金】11000000エレス


 少し呆然としてしまうリゼ。ステータスウィンドウを偽造することは特殊なスキルを使わなければ出来ない。彼はそのようなことをするタイプではない。よって、これは真実なのだろう。

 そして、カイもといアンドレは唐突に髪に手を伸ばすと茶髪のウィッグを取った。ウィッグの下には程よく切り揃えられた黒髪の姿があった。〈知識〉の姿に近いミステリアスなイケメンだ。


「実は変装していたのです」


 エリアスの時は、注意すれば名前で気づけたかもしれないが、今回の場合は気づくのはほぼ不可能だ。完全にカイは白だと安心しきっていたリゼはもはやショックを通り越して、(こういうパターンもあるのね)とある意味で冷静な気持ちになっていた。


「そうだったのですね……」

「驚いているようですね」

「はい……それはもう…………なんと反応すればよいのか……」


(アンドレ……隠し攻略キャラじゃないの…………ウィッグの長い前髪で目が隠れがちだったし、髪色も異なっていて気づかなかった…………攻略キャラとの遭遇は避けようと思っていたのに……! でもいまはそんなことを言っている場合じゃない……)


「あのアンドレ王子……王子だと気付かずに申し訳ありませんでした。本当は茶髪ではなかったのですね……」

「おや、リゼ様は茶髪の方がお好きですか?」


 アンドレは少し茶化しながらそう言った。


「あ、いえ、そういうわけではないのですが……あと『様』は入りません。リゼとお呼びいただければ」

「分かりましたリゼ。私のこともアンドレで良いです。同じく『様』や『王子』はつけないでいただけると嬉しいです。街ではカイと呼んでいただきたいですけどね?」

「はい。それではそのようにお呼びさせていただきます。慣れなくてぎこちなくなってしまうかもしれませんが……」

「是非、試しに呼んでみてほしいです。戦いに赴く前に、本当の名前で呼んでもらいたかったので」


 アンドレは真実を話せて少し興奮気味のようだ。リゼとしては攻略キャラのことは避けたいというのが基本的なポリシーであるが、ここまで戦友として共に戦い、命を預けた仲である彼の要望に応えることとする。


「アン……ドレ?」


 リゼはぎこちなく呼んでみた。それを聞いたアンドレは額に手を当てて少し黙っていたが、口を開いた。


「なるほど……可愛らしくて、すごく良いですね。とても響きましたし、癒されました。ちなみにこの事実は秘匿されてきましたから、真実を知っているのは母とロイド、離宮の関係者くらいなものです。なので、リゼは特別ですよ」

「このような重要な話を聞いてしまっても良かったのでしょうか……」

「当然です。リゼ、あなたのことは信用出来ると判断しました。生き残れたら引き続き、仲良くしてくださいね」


 落とし子である第二王子がカイという偽名を使って街へ繰り出し、劇場や美術館に出入りしていたことはほとんどの人が知らないらしい。

 笑顔ですべてを打ち明けてきたアンドレ。リゼはというと、「あはは……」と、笑うしかない。


「それははい。私でよければ……」

「同い年ですしね」

「そういえば、そうなりますよね……」

「さて。まだまだ話していたいのは山々ではありますが、ボスと戦いましょう。真実を話せていま興奮状態ですので、いままでよりは大胆にいけるかなと思いますしね」


 アンドレ自身、自分のことを知ってもらいたいという欲求はあるようで、真実を知る者が増えたことを素直に喜んでいるようだ。思えば、あの絵を見せたときから気づいてもらいたかったのかもしれない。


「ふふ、油断は禁物ですよ?」

「もちろんです。リゼの指示に従いますよ」

「アンドレに指示……王子に指示……私、今日の戦闘でかなり色々言ってしまいましたよね……」

「大丈夫、同い年の子にあれこれ指示されて斬新で楽しかったです」


 やってしまった……と溜息をつくリゼ。


「あぁ…………」

「なかなか慌てるリゼを見ることもないので、これはこれでからかい甲斐がありますね」

「はぁ……何も知らずに私…………恥ずかしくなって来ました……」

「はははは」


 多少和やかな雰囲気になる二人。リゼは頬をたたき、意識を切り替える。


「……ではアンドレ、いきましょうか」

「必ず勝ちましょう」


 アンドレは頷くと剣と盾を握り直す。二人は重い扉を引いて開ける。扉が閉まったりすることがないようにこれまで手に入れた剣や斧などを打ち込んだ。それからそっとボスのいる大広間に入る。

 大広間はおそらくは劇場の舞台と客席を合わせたくらいの大きさで、非常に広い。いままでの通路と同様に壁や床は石でできている。そして、壁には一定間隔で火が灯されている。


(メリサンドでほぼ間違いないはず。慎重に行かないと。仮にスキルや鋭い攻撃が当たってしまったら、命の危険がある。ここに辿り着くまでにコボルトに殴られて転倒してしまったのだけれど、間一髪、直撃は避けられたから血は出たけれどなんとかここまで来れた。でも、メリサンドの攻撃は当たれば死んでしまう……お願いです。ルーク様、ミカル様、ラグナル様、私とアンドレに力をお貸しください!!)


 リゼは心の中で願った。


 二人は広間の中央にまっすぐ進むのではなく壁沿いに奥に進む。ちょうど広間の真ん中あたりに差し掛かったところで、がががが、という音とともに、部屋の奥に設置してある石板が壊れ、煙と共にボスが出現する。

 その姿はというと、上半身は人間、下半身はヘビ、そして竜の羽が生えている。大きさは大の大人をふた回り、つまり二倍の大きさはあろうか。

 リゼは咄嗟に叫ぶ。


「アンドレ! やはりメリサンド!」

「了解!」


 アンドレは盾を構えつつ、剣を向ける。

 メリサンドはしばらく沈黙したのち、ゆっくりと目を開ける。


『人間たち。我は人間を殺すのが楽しみの一つ……お前たちはここで死ぬ。ここに来たことを後悔せよ、愚かな人間どもよ』


「リゼ、さっき邪悪な存在ではないと言っていたけど、十分邪悪だね?」

「そうですね……」


 メリサンドが言葉を発し終えると長い金色の槍が出現し、それを手に取り装備した。

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