53.ボス部屋前へ

 かれこれニ十体ほど倒したあたりで、リゼが道中で取り決めていた危険の合図を行うと、カイは息を呑む。


「……難敵です。この先の少しひらけたところにいます」


 リゼが小声で話すと、カイはそっと通路の前方を確認する。


「あれは?」

「キメラ・ウォーリアーですね。ノーマルスケルトンも周りにいます。……三体いるようです」


 キメラ・ウォーリアーは、外見は人間の戦士のようであるが、肌の色は緑色であり、よくよく見ると牙があり、武器を持つ右腕は異様に太い。そして、頭にスキルの警告が発せられる。目を凝らしてみるとどうやらあの牙には毒があるようで、毒検知のスキルが発動したのだろう。


「あの敵は強いのでしょうか?」

「そうですね。ノーマルスケルトンのように単調攻撃のみというわけではないと思います。それに、あの牙は毒があるようです」

「なるほど……どうしましょうか……」


 敵は四体。リゼは少し悩む。普通に突っ込めば、キメラ・ウォーリアーがカイのことを狙うかもしれない。それは絶対に避けなければならない。毒耐性スキルがある自分がおとりになる方が良いだろうと考える。


「ノーマルスケルトンを全員お願いできますか? 私はキメラ・ウォーリアーを誘き出して少し離れたところで戦います。ノーマルスケルトンを倒したら助太刀いただきたいです」

「分かりました。ノーマルスケルトンであればこれまでの戦闘で自信もついて来たので完全にお任せを」

「ありがとうございます。少しお待ちくださいね。一度、脳内でシミュレーションさせてください」


(あれは斧。いままで戦ったことがないタイプの武器になる。防御の型を適切に選ばないと危険……おそらくノーマルスケルトンが四発で倒せたからあの敵にはその倍かそれ以上は必要。落ち着いて……)


 シミュレーションを終え、リゼはカイに頷く。


「できる限り気づかれないように近づきましょう。私は先ほど拾ったノーマルスケルトンの剣をキメラ・ウォーリアーに投げつけて注意を引くので、その隙にノーマルスケルトンの処理をお願いします」

「分かりました」

「いきます」


 リゼは開けた空間の手前まで来ると、キメラ・ウォーリアーが背中を見せたその隙にノーマルスケルトンから奪った剣を投げつける。運良くキメラ・ウォーリアーにあたると雄叫びを上げながら突進して来る。キメラ・ウォーリアーはリゼを追いかけていくため、カイには気づいていない。

 カイは素早くノーマルスケルトンに向かって走り出す。ノーマルスケルトンもリゼに向かっていこうとしていたため、カイは同じように剣を投げつけて注意を引いた。


「ウィンドウェアー!」


 リゼは古代魔法を発動し、風をまとうことで動きのスピードを上げる。キメラ・ウォーリアーはほんの一瞬前までリゼが居たところに斧を振り下ろした。


(かなりスピードがある! カイさんのところに絶対に行かせようにしないと!)


 素早く魔法を詠唱する。


「アイスレイ!」


 リゼの魔法により、キメラ・ウォーリアーは足止めを余儀なくされた。


(エアースピア! スノースピア!)


 顔に氷の粒を命中させた。敵は斧を振り回し攻撃から逃れようとするが、足が動かず避けることはできない。

 敵が浮足立つ隙にキメラ・ウォーリアーの背後に素早く回ると背中に一撃を加え、さらに突き刺した。つんざくような声を上げるキメラ・ウォーリアーに驚いてバックステップですぐに距離を取った。

 ウィンドウェアーの効果でだいぶ速度が上がっているとリゼは実感中だ。

 アイスレイの効果が切れると、攻撃されて苛立ったのか、鬼の形相となったキメラ・ウォーリアーの片手に手斧が出現し、投げつけてきた。


「ウィンドプロテクション!」


 手斧は逸らし、すぐさま距離をつめると剣で一撃を加える。そしてすぐに距離を取った。そして、すかさず魔法で攻撃を加える。


(エアースピア! スノースピア!)


 さらに魔法が命中するとあからさまに激昂し、リゼ目掛けて突進してくる。

 アイスレイの追加効果である速度低下から開放されたキメラ・ウォーリアーの素早さは、最初に斧で攻撃してきた時と同様に異様なスピードがある。まだウィンドプロテクションは発動できない。よって、振り下ろされた斧を防御の型で受け止める。


(くっ、重い……!)


 重い一撃をなんとか受けることに成功し、剣を右に払い、敵の攻撃を受け流す。敵のバランスが崩れたところで素早く二回ほど切りつけると、再度距離を取った。


(いまそれなりに攻撃を当てているから、あと数発くらいで倒せるはず……どれだけ攻撃力が高くても、避けることができれば大丈夫! 定石通りのハメ技しかない! アクセス・マナ・コンバート・ウィンドウェアー!)

 

 リゼは冷静に状況を分析しながら擬似無詠唱で風を纏う。

 キメラ・ウォーリアーは武器を持ち直すと、すかさずリゼ目掛けて前進して来る。


「グヴァアアア」


 再度片手に手斧を装備し、雄叫びを上げながら突進してきた。すかさずリゼは束縛魔法でハメに行く。


「アイスレイ!」


 よける手段はなく、敵は足止めされる。手斧を投げつけてきたため、剣で打ち払った。


(エアースピア! スノースピア!)


 冷静に魔法を発動するが、やはり剣のダメージではないと厚い皮を持ち、打たれ強いキメラ・ウォーリアーを倒すことは出来ない。間合いに入って畳み掛けにいくことにする。が、キメラ・ウォーリアーは足が動かない状態で斧をめちゃくちゃに振り回す。


(不規則に攻撃してくるから、うまく攻撃するタイミングが難しい……!)


「アクアアロー!」


 その時、水の矢が横から飛び出し、敵の腕に命中する。

 反動で斧のスピードが落ちたその瞬間を狙いリゼは懐に入ると剣で下から一閃。キメラ・ウォーリアーは倒れたのだった。

 

「カイさんっ! ありがとうございます! また手斧を装備されたら厄介だったので助かりました……」


 攻撃するタイミングを見計らっていたところで良い攻撃をしてくれたカイに感謝した。


「いえ! なんとかノーマルスケルトンを倒せたので剣で攻撃しようかと思ったのですが、魔法の方が良いと判断してそうさせていただきました」

「タイミングバッチリでした! 今回、ノーマルスケルトンも沢山いたので、私だけでは対処が難しかったと思います。カイさんがいなければ詰んでいました……。一体ずつおびき寄せることなんてできないですし」


 実際、カイなしですべてのモンスターを相手にできなかったと実感するリゼはカイに感謝する。

 ノーマルスケルトンの相手をしている状態で、あのスピードで攻撃されたらひとたまりもなかった。


「お役に立てて良かったです。それと、リゼ様はバランスが良いですね。防御魔法も使えて、相手を氷魔法で止められますし、攻撃魔法もあって、剣も使えるじゃないですか」

「確かにバランスは良いかもしれませんね……でもこれってあくまでも一対一に持ち込めれば活きてくるのですよね。なので、カイさんがいなければ、私一人ではここまで進めなかったと思います」

「これからも協力して二人でなんとか抜け出しましょう」

「そうですね。ここまで休みなしで来ましたので、ここは見晴らしも良いですし、少し休憩しましょう」


 敵がいた少し開けた空間で壁に寄り掛かるリゼとカイの二人。ここまで休みなく来たのでしばしの小休止となる。


「そういえばカイさん、一つお聞きしても良いですか?」

「良いですよ。何でも答えます」

「あの、美術館の絵はカイさんが描いたのですか?」

「……そうですね。実は私なのです。秘密にしていて申し訳ないです」


 カイは申し訳なさそうに頭を下げる。


「あ、いえ……大丈夫です。えっと、よろしければあの絵に込めた想いをお聞きしたいです」


 リゼは気になっている事柄のうち、一つ目を質問する。カイは苦笑した。


「そうですね……あの絵に込めた想い……ですか。基本的にはリゼ様の答えで正解でしたよ」

「貴族と平民のどちらにも属していてどちらにも馴染めなくて葛藤があるということですか?」

「そうですね。どちらかというと葛藤もありつつ、傍観しているといったところだったかもしれません。ですが、あなたと知り合ってそういった感情も薄れて来ました」


 ルイーゼがカイの表情が明るくなったと話をしていた通り、カイはリゼと出会ったことで良い効果があったのかもしれない。リゼはもう一つの気になることを続けて質問する。


「えっと、ありがとうございます? あの、聞きにくいのですが、カイさんは貴族なのでしょうか……?」

「まあ……そうですね。ある意味で。ここまでくると、気づきますよね」

「そうだったのですね……実はごめんなさい。王都周辺の貴族の家系図を見たのですがカイさんの名前がなくて……勝手に調べてしまい申し訳ありません。それでもしかしたらカイさんのお名前は偽名なのかなと……あ、あの! 本当に失礼な話をして申し訳ありません! プライベートなことなのに……勝手に調べるなんて失礼すぎました……」


 リゼは謝罪する。陰で調べられるというものは、気分が良いものではないだろうと、リゼは思う。カイは笑顔でウインクしてくる。


「全然構いませんよ。むしろ私に興味を持ってくれてありがとうございます。このダンジョン攻略は命懸けですし、ボスと戦う直前に本当の名前をお伝えします」

「良いのですか……? 何か偽名を使う必要がある事情がおありなのではと……」


 申し訳なさそうにリゼは呟いた。リゼとしては自分がステータスウィンドウを誰にも見られたくないのと同様に、秘密にしたいことがきっとあるのだろうと感じ、無理には言わなくても良いという雰囲気で出来る限り答えたつもりだ。


「命を預けているあなたに隠し事は失礼ですから。それにあなたはあの絵についても真剣に考えてくれましたし、母の絵を描いてくださり、ルーツのことも真摯に取り組んでくださった。こんな方はいままで見たことがありません。母にもあなたには真実を話すともう告げてあるんですよ」

「……分かりました……それではボスの手前でまたお聞きしますね」


 カイの秘密とは何なのか。


(カイさんに命を預けているという意味合いでは同じ立場。それに秘密を打ち明けてくれるということで……ステータスウィンドウのことを秘密にしているのはフェアではないかな……どうすれば……)


 しかし、いまはダンジョンを抜けることが一番重要だ。気を取り直してリゼは立ち上がる。


「行きましょう」

「ですね」


 それから二人はノーマルスケルトンやキメラ・ウォーリアー、はたまたその他の中級クラスのモンスターと戦いながら奥へと進んでいくのであった。道中、キメラ・ウォーリアーが複数いる広間でリゼは背後から手斧を投げつけられたが、カイがその手斧を剣で弾き飛ばしてくれるという危機的な状況もあった。気をつけていたのだが、複数体を相手にするとなると一筋縄ではいかず、命の危機であった。


(危なかった……本当に一人だったら死んでいた……。私のいまの剣術レベルはラウル様やジェレミーと同じ中級クラス。よって、ある程度は戦えている。ただ、カイさんは型も全て使えない状態だったのにすごい成長速度。本当にすごいと思う。ほぼ毎日練習してきて、いまのレベルの私とは才能の違いを感じる……。私だけが転移させられていたら詰んでいた。カイさんには感謝してもしきれない……)


 リゼはカイにお礼を言ったが「リゼ様も私のことを守ってくださいましたから、二人で切り抜けましょう」と笑顔を向けてきた。


「それにしてもリゼ様をここに転移させた彼としては、恐らく今頃は死んでいると思っているでしょうね。リゼ様のことを舐めすぎです」

「私一人ではなくてカイさんがいてくれたことで全然状況が違いますし、ペンダントの中に剣もありましたし、あとは友人がくれたこのブレスレットの効果で魔法の威力が上がっているので、従来よりは少ない攻撃で倒せています。色々と彼が予想していない方向に進んでいると思います」


 リゼはブレスレッドを見つめつつ感慨深げに言った。レーシアとペンダントのおかげで相手へのダメージが増幅されている。これがなかったらもっと多くの攻撃を加えないと倒せていないだろう。

 なお、キメラ・ウォーリアーに手斧を背後から投げつけられた時もそうであるが、その他のモンスターであるコボルトに殴りつけられて、地面を転がった時もカイが機転を利かせて体勢を立て直すことが出来たケースもあった。逆に、リゼがカイの窮地を救う場面もあり、二人でなんとか乗り越えてきたのだ。


「必ず生きて帰って犯人を捕まえましょう」

「……そうですね。犯人が捕まらないといつ何をされるかわからないですから……!」


 それからさらにキメラ・ウォーリアーやノーマルスケルトンの群れを倒して先に進んだ二人。転移してから三時間は戦っている。

 道中で色々とアイテムボックス内の物を取り出せないものかと試行錯誤をする中で、ダンジョンで手に入れたものは収納して、取り出すことが出来るということが分かった。ノーマルスケルトンの剣を取り出せたのだ。

 リゼは何かに使えるかもしれないと、ノーマルスケルトンやキメラ・ウォーリアーの武器をアイテムボックスに沢山入れておいた。


(スキル習熟度や属性習熟度、魔法習熟度といったパラメーターを上げるアイテムを持っているし、交換できるとはいえ、すぐに使わなくてよかったかも。おそらく一気に上げていたら、いきなりそれなりに強くなるから慢心していた可能性がある。基本的な剣術の立ち回りを身につけられたから、モンスターとの距離感を考えられたりと、ここまでなんとか来れている気がする。基礎って重要ね……)

 

 リゼがそんなことを考えていると、ついに大きな部屋の前にやってくるのだった。

 銀色で出来たその扉は閉ざされているが、危険なオーラを放っていた。

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