52.ダンジョンを進む

 リゼはダンジョンの通路に出る前に念のためステータスウィンドウを確認する。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】6

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性、氷属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護、風の加護

【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)、衝撃耐性(レベル1)、毒検知

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】135510000

【メッセージ】「なし」


(中級クラスのモンスターのレベルはゲームでは十五、ボスが二十だった。厳しい戦いになるけれど、なんとかするしかない……カイさんのレベルが少しでも高いことを願って……!)


「出ましょうか。ここにもモンスターが出てくる危険性もありますので」

「分かりました。私がかっこよく仕切りたいところではありますが、そんな能力もないのでリゼ様頼みになります」

「戦いなら少しはお任せをです! こう見えて初級クラスの剣術大会では準優勝だったので!」

「なんと! だいぶ武闘派だったのですね?」


 二人は決意を固めると、小部屋から通路に出る。通路は狭くそして入り組んでいる。壁や床は石でできており、普通に歩くと足音が響く。リゼたちはできる限り静かに移動する。なお、壁沿いには定期的に明かりが灯っている。明かりによって照らされているため、不意打ちを食らう可能性は低そうだ。


「通路上に罠はありませんが、慎重に進みましょう……あ、そうだ。来た道を判別できるように壁に印をつけておきますね」

「分かりました」


 リゼはスノースピアで氷の粒を出すと壁に削り跡をつける。静寂につつまれる通路を進む。緊張で汗が出てきた。カイはキョロキョロとしながら、心臓に手を当てている。武器もないため不安しかないのだろう。

 そして、すぐに現実を突きつけられた。ダンジョンの入口へと続いている階段を発見したのだが、完全に崩壊しているのだった。


「リゼ様、これは……」

「はい……。完全に壊れていますね。岩が大きすぎて壊せませんし、天井に少しヒビが……。ここも倒壊するかもしれません。離れましょう。仕方ありません……出口を探しましょう……」


 カイは壊れた階段の跡地を見てうなだれていた。入口が見つかればなんとか脱出できるとだいぶ期待していたようだ。リゼは気を取り直してカイに頷くと先導することにする。


(はぁ。どうしてこんなことに。なんとかカイさんを守らないと……私のせいで巻き込まれてしまったのだし)


 リゼは注意深く聞き耳を立てながら、心の中でカイを守らなければと誓った。恐らくリゼのみを狙ったであろうに、無関係の彼まで巻き込んでしまったからだ。

 それから数分ほど歩いたところで、わずかにカタカタといった音が聞こえてくる。


「止まってください」


 リゼは手を上げ小声でささやく。


「何かいましたか?」


 カイの質問に静かに頷きつつ、曲がり角から少し顔を出して音の原因を確認する。少し先に剣を持った骸骨がうろうろとさまよっているのが見える。あれは〈知識〉で見たことがあるモンスターだ。


「はい。あれは……ノーマルスケルトンですね……」

「ノーマルスケルトン?」

「見た目通りなのですが、骸骨ですね。ノーマルの場合は剣のみ装備しています。そして、エリートスケルトンは盾や甲冑を身につけています」

「なるほど……」

「一体なのであれを倒して剣を奪いましょう」


 リゼは相手が一体であるため、防御魔法を使えれば、二人でなんとか倒せるだろうと予測を立てる。


「分かりました」

「カイさんが使える魔法は何ですか?」

「アクアアローですね」

「水属性の初級魔法ですね。分かりました。私が足止めしますので、打ってください。後退しながら魔法を打っていきましょう! せーの! で飛び出しますよ」


 右往左往しても仕方がないため、相手が増える前にさっさと倒すつもりのようだ。リゼの言葉にカイは覚悟を決める。


「はい」

「………………せーの!」


 リゼは小声で掛け声をかけると、曲がり角に飛び出し、ノーマルスケルトンに向けて走りだす。カイも彼女に続く。足音を敏感に感じ取り、敵を目視したノーマルスケルトンは唸り声のようなものをあげながら、剣を振り上げ、応戦しようとする。


「アイスレイ!」


 リゼは相手が動き出したのを確認すると、即座に束縛魔法を詠唱し、足止めを行う。ノーマルスケルトンはその場から動くことができなくなり、バランスを崩した。

 カイも魔法を発動する。


「アクアアロー!」


 水の矢がはなたれ一直線に敵に命中する。ノーマルスケルトンは唸り声をあげる。ダメージはあるが、倒しきれない。


(エアースピア! スノースピア!)


 リゼも攻撃に加勢する。氷の粒が勢いよくノーマルスケルトンに命中するが、しかしまだ倒しきれない。それからリゼたちは魔法を再詠唱可能になるまでの時間稼ぎのため距離をおいた。しばらくすると、ノーマルスケルトンはアイスレイの氷から脱し、駆け出してきた。


「アクアアロー!」

(エアースピア! スノースピア!)


 二人は通路を後退しながら魔法を発動する。水の矢と氷の粒が命中し、ノーマルスケルトンはその場で砕け散るのだった。


「はぁ……はぁ……リゼ様、これは倒れましたか?」


 初めての戦闘に息を上げるカイ。剣を振り上げながら迫り来るノーマルスケルトンに恐怖したようだ。リゼは砕け散ったノーマルスケルトンを冷静に見下ろしていた。

 どうやら倒せたようだ。普通は四発当てて倒せるわけがない。風の加護やエリアスからもらった魔法の威力を上げるブレスレッドのおかげだと気づく。


「はい。魔法四発でなんとかといったところでしたね。剣を回収しておきましょう。カイさん、剣術は学ばれていますか?」

「まだ全ての型を覚えた訳ではありませんが……」

「分かりました。ではこちらはカイさんに」


 剣を拾うと、カイに手渡す。カイは剣を受け取ると、意外と慣れた手つきで構える。少なくとも初めて剣を持つわけではなさそうだ。


「ありがとうございます。リゼ様は持たなくて大丈夫ですか?」

「すっかりパニックになって忘れていたのですが、戦っていたら少し冷静になれまして。思い出したことがあります。レーシア、出てきて!」


 リゼのペンダントから剣が出現する。ジェレミーからもらったものだ。


「友人から貰ったものです。この子、練習でも使ったことがないため、いきなり初の実戦です。私たちを助けてね、レーシア!」

「それは……」


 明らかに豪華な装飾がちりばめられた剣を見てカイは驚きの声をあげる。


「たぶんすごい剣です」

「見た目からしてそうですね……心強いです」

「あ、そうだ!」


 リゼは唐突に何かを閃いたような態度を取った。カイは頭にはてなマークを浮かべている。


(アイテムボックスの中にブリュンヒルデとか、色々あるじゃない。あれをカイさんにお貸しできれば……って、あれ? 手は突っ込めるのに取り出せない……? もしかしたらこのダンジョンには特殊効果があるのかも……)


「申し訳有りません。なんでもないです……。あ、一つ試しても良いですか」

「はい、大丈夫ですが、ノーマルスケルトンをどうにかするつもりですか?」


 ノーマルスケルトンの腕を持ったリゼを見ながらカイは困惑した表情で答えた。


(出すことは出来なくても、入れることは出来るのかな?)


 アイテムボックスにノーマルスケルトンを入れようとしたところ、吸い込まれていった。


「入れることは出来るのね……」

「いまのは一体……!?」

「あー、スキルですね! アイテムボックスという収納系のスキルでして!」

「珍しいスキルをお持ちなのですね。ちなみにモンスターは珍しいのでお店で買い取ってくれますよ。剥製にしたりと色々需要があるようで」


 これはリゼも知らない話だった。ということは、出来る限りアイテムボックスに収納した方が良さそうだ。


「知りませんでした……! では気を取り直して、行きましょう」


 リゼは歩きながら考えを巡らせていた。

 

(ゲームでもアイテムボックスを使用できないダンジョンはあった。今回みたいに入れることは出来て、出せない場合もあれば、入れることも出すことも出来ないケースもあったはず。そういう場合は『ミルディンの奇跡』とかいうアイテムをアイテムボックスに入れておけばダンジョンの制限を解除出来たはず。もちろん、制限がないダンジョンでは問題なくアイテムボックスの使用が可能だから、今回は運が悪かったとしか……『ミルディンの奇跡』はレアアイテムで、ダンジョンの宝箱とかで手に入れるしかないのだけれど、罠もあるからダンジョンマップウィンドウがない今、諦めるしかない……)


 それから慎重に先に進む二人。通路脇にある小部屋は宝箱が窓からちらりと見えるが、罠の可能性があるため、無視して通り過ぎる。ダンジョンマップウィンドウさえあれば、小部屋の罠は判別できるはずで、それなりに良い聖遺物を回収できたかもしれない。後悔しかないがいまはそんなことを言っていられる状況ではない。そして、リゼは自分たちが転移させられた小部屋が罠を発動する部屋ではなくてよかったと心底思うのであった。

 しばらく進むと、またカタカタと音がする。


「……カイさん」

「敵ですか?」

「はい。ノーマルスケルトン二体ですね」

「どうしましょうか」


 カイが不安そうに聞いてくる。


「一体ずつ担当しましょう。カイさんの相手には私が初手でアイスレイを放ちますのでその隙に魔法攻撃と剣で攻撃をお願いします。いけますか?」

「……分かりました。リゼ様は大丈夫ですか?」


 恐怖心があるのは確かであるが、戦って倒すしかないことを分かっているため、リゼの作戦に同意する。


「私はなんとか倒しますのでカイさんは目の前の敵に集中していただければと思います」

「わかりました。頑張りましょう」

「せーの! でいきますよ」

「はい」

「………………せーの……!」


 二人は先ほどと同じように飛び出す。足音により、ノーマルスケルトンは二人に気付くのも時間の問題だ。相手が気づく前にリゼが束縛魔法を詠唱した。


「アイスレイ!」


 カイの相手となるノーマルスケルトンに魔法を命中させ、動きを止めることに成功する。同時にカイに向けて叫ぶ。


「そちらはお願いします!」

「はい!」


 リゼは自分の担当する敵に向かって走り寄る。敵の攻撃の間合いに入ると同時にノーマルスケルトンが剣を振り下ろして来る。


(ここはかわして攻撃……!)


 リゼはノーマルスケルトンの攻撃をかわすと素早く側面を駆け抜けつつ、足を切り裂く。切り裂かれ、バランスを崩す敵にさらに後ろから重めの一撃を加える。そして、ステップで距離をおくと、すかさず魔法で攻撃だ。


(エアースピア! スノースピア!)


 氷の粒が敵に命中する。間髪入れず、リゼはノーマルスケルトンめがけて即座に前進する。体勢を立て直した敵は先ほどと同じように上から剣を振り下ろして来た。


(受け流してとどめ!)


 ノーマルスケルトンの剣を防御の型で受け流すと頭に上から一撃を加える。ノーマルスケルトンはうめき声をあげ、その場で崩れ落ちた。


(カイさんは……!)


 リゼがカイを確認すると、すでにアイスレイの効果は切れ、剣で打ち合っている。じりじりと後退しながら戦うカイの姿が目に映る。なんとか攻撃は防げているようだ。


(助けないと!)


 リゼはノーマルスケルトンを目指して素早く駆ける。ちょうどその時、カイは壁際に追い詰められてしまった。ノーマルスケルトンは好機と見たのか、情け容赦なく上から剣を振りおろす。


「ウィンドプロテクション!」


 リゼがカイに向かって魔法を詠唱すると、カイの周りに防御魔法が発動した。アイシャとひそかに練習していた魔法の使い方だ。ノーマルスケルトンの攻撃は魔法効果で横に逸れた。


「はぁ!」


 リゼがノーマルスケルトンの膝の裏を切り裂くとバランスを崩れて倒れる。


「カイさん! いまです!」

「……はい!」


 カイはリゼの掛け声に呼応し、倒れたノーマルスケルトンに剣を突き立てると、敵は動かなくなるのだった。

 荒い息を吐きつつ、カイは壁に寄り掛かる。


「………はぁ……………はぁ………………」

「大丈夫ですか?」

「はい…………なんとか……来てくれて助かりました」


 リゼが助けにくるまで、なんとか攻撃を加えつつ、相手の攻撃を耐え抜いたカイは少し震えている。

 見たところ、剣術の練習はしていたようだが、実戦形式の練習はしたことがなさそうであったため、耐え抜いたのは本当に頑張った証拠だ。


「倒せましたね! この調子です。私は一撃を加えただけなので、カイさんが倒したも同然です」

「ありがとうございます。しかしながら、これはリゼ様が協力してくれたおかげですね……守っていただけなかったら、どうなっていたことか」

「いきなりの実戦でここまで戦えるというのは素晴らしいと思います。一つ気づいたのですが、ノーマルスケルトンは基本的に上から剣を振り下ろしてくるだけみたいですね。この攻撃さえ気をつけていればなんとかなります」

「たしかに……上からばかりだった気がします」


 カイは先ほどの戦闘を思い返して呟く。


「あとは足が弱点ですね。バランスを崩しやすいです」

「先程のリゼ様の攻撃でよく分かりました。次は足を攻撃してみます」

「はい! では先に進みましょう……!」


 その後、二人はノーマルスケルトンを倒しながら先に進むのだった。

 カイもコツを掴んだようで、戦う際の所作が良くなってきていた。


(ノーマルスケルトンといえば、初級ダンジョンにも中級ダンジョンにも出てくるモンスターのはず。強くないから楽で良いのだけれど。ただ、中級ダンジョンに出てくる場合、道中が楽になる分、ボスモンスターは難敵になるのよね……。動物型ではなく、人型のような知能を有するタイプのいずれかになったような……なんとなく嫌な予感がしてくる)


 リゼは〈知識〉を振り返り、嫌な予感がしてきていた。

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