50.王立図書館へ

 ルイーゼというのは芸名みたいなもので、本名ではないということくらいしか情報がないリゼたちは悩むしかない。


「ラウル様も分からなかったということですもんね……あとはジェレミー様の返答待ちですね」

「刻一刻とルイーゼさんのタイムリミットは近づいてきてしまっているから早くなんとか見つけないと……」


(でも手掛かりらしい手がかりがまったくないというのが現状なのよね……あまりにも昔のことでしかも北部には山賊たちも現在はおらず……)


「リゼ様。私のことですね? その節はありがとうございます」


 話しかけてきたのはルイーゼだ。久しぶりにアトリエを訪ねてきたらしい。相変わらず体調がよろしくないようだ。


「あ、ルイーゼさん。こんにちは。調べてみているのですがまだ……」

「もうだいぶ昔のことですからね。でもこうして調べていただけているだけで、私は嬉しいですし、感謝しかありません」

「分かりました。なんとか引き続き、頑張ってみます。あ、そういえばルイーゼさんの本名を教えていただくことは出来ますか?」

「本名は……そうですね。色々と、説明が必要だと思いますので、三日後にゆっくりお茶でも飲みながらお話しましょう。それにしてもリゼ様は貴族だというのに、私たちにもお優しいですね」


 ルイーゼは感慨深げに言った。それから話を続ける。


「カイは貴族の方にも声かけをしていたものなのですが、なかなかこうして調べていただくところまでは行かなかったのです」

「そういえば以前にカイさんがそのようなお話をされていました。困っている方がいらっしゃるのに無視するなんてできません」

「良い方ですね本当に……あら、こちらはもう完成ですか?」


 そして話題は絵に移る。ほぼ完成した絵が二枚、イーゼルに立てかけられている。ルイーゼの肖像画と舞台を演じるときの絵だ。


「あ、はい。そうですね。あとは乾けば完成です。多少は手直しするかもしれませんが」

「それはある意味で残念ですね……」

「どうされましたか?」

「カイはリゼ様と会われてから随分と表情が穏やかになりましたので。絵を描いていただけている間は会っていただけていましたし、完成したとなると、もうなかなか会う機会も減ってしまいますから……」


 ルイーゼは残念そうにつぶやいた。カイといえば、いつも忙しそうにしているが、仕事でもしているのだろうか、とふと考えるリゼだ。そして、カイにとってリゼと会うのは良いことらしい。


「表情が……そうだったのですね。美術館は私の絵が飾られていますし、絵が完成してからもこちらに来る機会は多いと思います。ルイーゼさんのルーツの件がまだ分かっていませんから、『絵が完成したので、はいさようなら!』というわけにはいきません!」

「ふふ、それは嬉しいことです。あ、そういえば、少し付いて来ていただけますか?」

「分かりました」


 ルイーゼが部屋を後にする。絵はほとんど完成していてやることもないため、ルイーゼの後に続く。少しの間、共に絵を眺めるルイーゼとリゼたち。すると、ルイーゼは例の絵が飾られている展示エリアにて立ち止まるのだった。


「これは……畢生ひっせいですよね」

「ご存知でしたか」

「はい」

「これはどんな絵だと思いますか?」


 ルイーゼもこの絵の解釈が気になるのかもしれない。リゼに質問する。


「友人にも意見を求めつつ、ずっと考えていました。これは貴族と平民の間で揺れる立場にある方がどちらにも馴染めずに、二つの世界を空虚に見つめている……そんな心の状況を示しているのかなって……」


 リゼは固まりつつある解釈を説明する。きっとほとんど正解だろうと自分でも思う。ルイーゼの反応を確認しようと向き直ると、ふいにルイーゼが呟く。


「実はこれはカイが描いたものなのです」


 リゼは驚きの声を上げる。それもそのはず、カイが描いたということであれば、リゼの解釈は完全に的外れだ。


「え? カイさんが……ですか?」

「あの子には幼い頃から大変な思いをさせて来てしまいました……」

「えっと……」

「いずれあの子の口からリゼ様にお話しする時が来るかもしれません。その時にどうか、私はこの世にはいないかもしれませんが聞いてあげてください。それに、末永く仲良くしてあげてくださいね。どうか、宜しくお願いします……」


 相変わらずルイーゼは絵を見つめながら、リゼにそんなお願いをしてくるのだった。まさか、カイがこの絵を描いたとは思ってもいなかったリゼは、頭にはてなマークを浮かべながらも承諾する。


「それは……はい。もちろんです……」


(この絵はカイさんが描いた……? どういうこと?)


 それからルイーゼは重い足取りでその場を後にしたのだった。その後姿を見つめつつ、疑問を口にする。


「どういうことなのかな……」

「カイさんが実は貴族だったとかそういうことはないでしょうしね……」

「うん…………ルイーゼさんが貴族だった?」

「それもないかと思いますね。それでしたらルーツは判明しているじゃないですか」


 なぜカイはこの絵の解釈を聞いてきたのか、彼らについて謎が深まっていく。自分たちの解釈が異なるのか、貴族が親戚にいたりするのだろうか。


「そういえばそうね……あ、もしかしたら」

「なんです?」

「カイさんのお父様が貴族だというのは?」


 あながち間違っていないかもしれないため、アイシャも同意する。


「それはあるかもしれませんね……」

「ルイーゼさんがもしかしたら……妾で……カイさんが落とし子だとしたら……」

「あの畢生に心情描写が込められていて、お嬢様の解釈通りだとしたら辻褄が合ってきますね。落とし子だとしたら貴族の子として認知されていたとしても扱いは悪いと思います」


 一つの仮説が真実なのではないかと考え始める二人。


「カイさんに聞きたい……けれど、自分から話してくれるまでは聞かない方が良いよね……」

「そうですね。でも、カイさんの父親がどこの貴族の家系なのかくらいは王立図書館で調べられるのではと思いますけどね。基本的に貴族だと認知されれば貴族名鑑の家系図に付け足されるじゃないですか」

「行ってみる? そんなに数は多くないし……調べられると思う」

「行ってみましょう」


 アイシャの提案に乗り、王立図書館を目指すことにする。王立図書館といえば、ランドル伯爵が図書館長を務めているところだ。

 馬車で揺られること十分、王立図書館に到着するのだった。

 貴族の訪問ということもあり、司書が出迎えに来る。


「こんにちは。貴族様」

「こちら、ランドル伯爵令嬢様です」


 アイシャが紹介を行う。


「これはこれは、申し訳有りません、ランドル伯爵令嬢様。最近こちらに異動になりまして、ご無礼をお許しください。伯爵はまだいらっしゃいますがお会いになられますか?」

「あ、いえ。父に会いに来た訳ではありません。貴族の家系図について勉強しに来ました。王都周辺に住んでいる貴族の名鑑を持って来ていただいても宜しいですか?」

「かしこまりました。少々別室でお待ちくださいませ」


 それから貴族専用の別室に通されたリゼたちは少しの間、待つことになる。しばらく待っていると、司書が本を運んでくる。膨大な数だ。


「お待たせしました。こちら四十冊ほどになりますが……」

「ありがとうございます。読み終わりましたらお声がけさせていただきますね」

「かしこまりました」


 司書が退室するのを見届けると、リゼとアイシャは作業に着手する。


「アイシャ、確認していきましょう。各家系の歴史といった記載は読み飛ばすとして、最後の方のページにある家系図の一番下にカイさんの名前があるはずよ」

「分かりました。みていきますね」


 家系図について説明されている最後のページをひたすら確認していく二人。それから十五分ほど、確認を続けたリゼたちであるが、これといって情報は見当たらなかった。


「ないね……」

「そうですね……ラウル様ですとかお嬢様のお名前はありましたけど……」


 自分やラウルの情報を見つけたときは多少心躍ったがいま必要な情報はそれではない。


「なんでないのかな……貴族の子として認められていない……のかな?」

「ないということはそうかもしれませんね……」


 アイシャと二人で悩んでいると、伯爵が入室してくる。

 職場に娘が来たことにより、上機嫌らしい雰囲気だ。

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