49.駄々をこねる公爵令嬢
エリアナのお茶会の話を報告したリゼはアトリエに向かうことにする。
まさかここまで疲れるとは思っていなかったというのが正直のところだ。
「さてと、気分転換に美術館でも見ましょうか」
「それが良いです、お嬢様。どのエリアを見ますか? たまには彫刻でも見てみます?」
「それもいいけれど、うーん、あの絵を見ない?」
「『
二人は例の絵の目の前までやってくる。
「この絵を見ていると考えてしまうなぁ」
「何をです?」
「今日、バルニエ公爵令嬢に平民と仲良くしているのかって問い詰められたこと」
「あ〜、たぶん私ですとか、もしかしたらカイさんのことでしょうかね」
リゼはルイーゼと歓談した際に、自分の考えの甘さを痛感したのだが、こういう経験は色々な人と交流しないと分かるものではない。
貴族社会で生き、平民の方々と関わることがなければ、生きるために必要なことというものが多岐に渡っているとは考えもしなかった。住むための土地は買うか借りないといけないし、食べ物には当然お金がいる。そういった当然のことが貴族社会で生きていると身につかない。そして、私腹を肥やすことばかりにとらわれるのではなく、税を納めてくれる平民の人たちのために少しでも生活が豊かなものになるように貴族は動いていかなければならない。
「ああいう考えの貴族がいる限り、両者の嫌な溝って埋まらないから……はぁ……って感じ」
「言いたい人には言わせておけば良いんですよ。それにお嬢様のような方がいれば周りも影響されてくると思いますよ」
「そうかな?」
「はい。だって、ジェレミー様もラウル様も私と話してくださるじゃないですか。お嬢様の影響だと思いますよ」
アイシャは的確にフォローする。実際、嘘はなく彼女が感じていることでもある。ジェレミーもラウルも人を差別するようなタイプではないが、確かにリゼと仲が良いメイドでなければ、貴族とメイドという立場もあり、会話などなかったかもしれない。
「そうなのかな。私は地道にそう言う人を増やして行くしかないよね」
「その意気です」
「よし、絵の続きをやりましょうか」
それから数日間、アトリエで絵を描いたリゼなのだった。また、ルイーゼのルーツについては屋敷のメイドたちや伯爵にもお願いして調べてもらっているが進展はなく、現地に足を運ぶしかないかと考え始めたリゼとアイシャだ。
カイは忙しいのか、アトリエにやってこないため、しばらく会うことが出来ていなかった。
◆
そしてその頃、バルニエ公爵邸での出来事だ。
「ルイ様、ひどいんですのよ」
「何かあったのかな」
「ランドル伯爵令嬢をご存知?」
「この前のパーティーで顔を見たことがあるくらいで詳しくは知らないね」
話しているのはルイとエリアナだ。エリアナがルイに泣きついており、ルイは冷静な態度でエリアナの話を聞いている。
「そうですのね。それはむしろ良いことですわ。ランドル伯爵令嬢と関わったら体がもちませんから。ルイ様のお体のことを考えると、喜ばしいことかもしれませんわ。いきなり魔法攻撃をしてきたりしますから。それで聞いてください。先日、ここでお茶会を開きましたの」
「うん、それで?」
「私の発言をすべて否定して、しまいには私に魔法攻撃を仕掛けてきましたの。そして、お茶をかけてきたのですわ。いきなり興奮状態になったようで、恐怖を感じて最近寝付きがよくありませんわね……」
大げさな動きでお茶をかけられる演技をするエリアナとそれを静かに見つめるルイ。しばらくルイは考え込むと、口を開く。
「あの子が……大人しそうなイメージだったけどね」
「いいえ、とんだじゃじゃ馬ですわよ。わざわざ魔法まで見せびらかしてきまして、私たちのことを見下しているのですわ。あんな風に魔法で脅してくると誰が予想できますかしら? それにジェレミー王子とも仲良くしていて、縁を切るつもりはないみたいですのよ」
「そうなんだね」
ルイは「ふ~ん」という感じでその話を聞いている。ジェレミーと仲良くするのはいただけないといったところなのだろう。
「私、ランドル伯爵令嬢とはうまくやっていく自信がありませんわ。ルイ王子と婚約している私に逆らわれますと面子的にも問題がありますし、なんとかあの家系を追放することはできませんの?」
「うーん、それはどうかな」
ルイは大事な一票のことを考えて賛同しない。王冠のことがあるので、確実に一票を投じてくれる、策略を立てて取り込む必要がない重要な貴族だからだ。
「お願いですから追放してくださいませんか? ここ数日、彼女の
「無視すればよいよ。ランドル伯爵とその令嬢はパーティーに呼ばなければ良いだけの話だよね。彼らについてはパーティーに呼んで結束力を高めなくても僕に投票させることはできるのだから」
「でもそれでは私の面子が丸潰れですわ」
「残念だけど、難しいね。それでは僕はそろそろ失礼するよ」
ルイは城に戻るようで、エリアナは力なく「はい……」と答えるほかないのであった。エリアナはルイが思っていた反応をしてくれないことにいら立ちを覚えた。ルイがダメなら父親であるバルニエ公爵に言いつける流れになる。
「お父様、ランドル伯爵令嬢を許すことはできませんわ。ルイ王子ったら私がどのような目に遭っても気になさらないおつもりのようですわ」
「まあまあ、お前にお茶をかけ、恥をかかせた罰をそのうち身をもって知るだろうから大人しくしていなさい」
「分かりましたわ……」
エリアナが退室すると机の引き出しの鍵を開け、一通の手紙を取り出した。扉のそばに立つ従者は公爵に頷くと、手紙を受け取って出ていった。
◆
そんな話が繰り広げられている中、リゼたちは剣術の練習を行なっていた。休憩時間にラウルが質問してくる。しばらく、訪ねてくることが出来なかったため、気になっていたのだろう。
「それでお茶会はどうだったの?」
「ラウル様、それをお聞きになりますか……」
「何かあったの?」
「実は……」
ラウルとその場にいたジェレミーに事の顛末を話す。ジェレミーは話を聞けば聞くほど、笑い声をあげる。
「ふーん、僕の肖像画をね」
「踏みませんでしたよ?」
「それは偉いよ。随分と面白いことをするじゃないか、あの公女」
「それはそうですね……失礼にも程がありますよ……」
あまりにも横暴なあのエリアナの態度を思い出して、溜息しか出てこない。ラウルも心底あきれた表情で話を聞いていた。
「まあ、そんなことばっかりしていたら良いことないよ。母上には報告しておいてあげよう。それにしてもウィンドプロテクションでお茶を跳ね返したのは傑作だなぁ」
「対応慣れしているよね、リゼは。練習の成果だね」
踏み絵の話よりも、魔法でお茶を跳ね返したのが面白かったのか笑い出す二人。確かに攻撃を受ける前に咄嗟に跳ね返すことが出来たのは、大きな自信につながることではある。
「日々の練習のかいもあって、瞬時に対応できたのはよかったですけれど、それが原因で敵になってしまいました……」
「どう考えてもあちら側からあからさまに敵として行動をしているように思えるけどね〜」
「そうだね。僕も彼女のことは一度しか見たことがないけど、こんな人だとは……」
「でも一つ思ったことがあるよ」
と、ジェレミーが呟く。いつもの笑顔はそこにはなく、真面目な表情だ。こういう表情をジェレミーがするときは、真剣に考えを巡らせている時だ。
「ジェレミー王子? なんだいそれは」
「さっきの話を聞いてしまうと、やっぱり僕が王になるしかないかもね〜。ルイが王になったらあの令嬢が王妃になるわけだよね。そうしたらいじめとかのレベルではなくなる気がするなぁ」
「私、その場合は他国に逃げるつもりですよ。なので、ジェレミーは気にしないでくださいね? 王になるのは乗り気ではなかったではないですか」
リゼは数日間で語り合っていた、アイシャと立てた密かな逃亡計画を打ち明ける。
「他国への逃亡か。そういうことなら僕もルイが王になったら立場が危うくなるからね~。一緒に逃げさせてもらおうかな?」
「え、流石に王子には簡単に手出しは出来ないのでは……」
「僕としてはリゼがいなくなったら会話する相手が減るし困るんだよなぁ〜」
ジェレミーはさりげなく呟く。
「それは……申し訳ない気持ちですけれど……でも、もし逃げたとしても、王宮みたいな豪華なところにはきっと住めないですよ。生きていくのがやっとかもしれませんし」
流石に王族であるジェレミーがそんな生活は難しいだろうと指摘する。リゼは加護により剣術や魔法の練習をすればポイントが手に入り、エレス、つまりお金に変換することができるので、つつましく生きればなんとか暮らしていくことくらいはできるだろう。それに大変であるだろうが、なんとか家を購入して、氷屋を営むという手もある。
「別に? 生きていけるくらいの適当な家で暮らせばよいかなぁって」
「私と話すためだけにそこまでしますか……絶対苦労しますよ……隣に住むとかそういう感じですかね……」
「まあ、リゼは僕にとっては最初の友達だしね〜。話せなくなるのは無理かなと思うんだよね。ラウルはどうするの?」
「僕か……正直、ルイ王子が王になったらリゼと仲良くしている僕も王妃から敵として認識されて何かされるかもしれない。だから逃亡するのもありかもしれないね。今のうちに他国に土地を買っておくか……」
ラウルとジェレミーはいまの関係を継続したいと考えているようだ。リゼは困惑しかない。
「え……ラウル様まで……お二人を巻き込むわけにはいきませんし、どうすれば……」
「まあまあ、王位継承は学園卒業時に決まるわけだからその時に考えれば良いんじゃないかなぁ」
(リッジファンタジアのバッドエンドは大抵は血生臭い展開になるから……この世界に関しては主人公ではない私も警戒は必須……つまり、悠長なことは言っていられない……)
リゼがそんなことを考えていると、ラウルが手を上げた。
「そういえば、後をつけられていた件について報告しておこう。実は逆にこちらの騎士を尾行させてみたんだ。そうしたらとある王都の民家に入っていったのを確認してね。翌日に突入したところもぬけの殻だった。ただ、この黒いローブが一つだけ落ちていたよ。フードの裏地部分に何かしらのマークが描かれているみたいだ」
ラウルは荷物の中から黒いフード付きのローブを取り出した。確かにフードの裏側には、白色で紋章のようなものが描かれている。
「これは……。何かの組織、なのでしょうか。ジェレミーは分かりますか?」
「いいや。悪いんだけどさ、リゼ。この紋章、描き写せるかな。正確に」
「あ、はい。出来ますよ」
リゼたちはリゼの部屋へと赴くと紙に紋章を描き写すことにする。
ラウルとジェレミーはリゼの部屋に入るのは初めてなのでキョロキョロしていた。
「あの、気になるようでしたらクローゼット以外は見て回っていただいて構いませんよ」
リゼは彼らにそう伝えて、紋章を描き写していく。自分用にも描き写しておいた。
(なんだろうこれ。見たことがあるような気がするのだけれど、ピンとこない。たぶんゲームのシナリオ上に出てくる何か、のはず。ただ、正確に思い出せない……ふとした瞬間に思い出すかもしれないけれど……)
部屋をうろちょろとしていた彼らに紋章を描き写せたことを伝えると、ジェレミーは早々に王宮へと帰っていき、ラウルはリゼと少しお茶をして帰路についた。
リゼはベッドに寝ながら、紋章についてひたすら考えたがやはり思い出すことが出来なかった。
そして、次の日はアトリエを訪れたリゼたち。コツコツと作業を進めることでほとんど完成に近づいている。一ヶ月弱はかかると考えていたが、遥かに早く完成しそうだ。
「あとは乾けば完成かな」
「お嬢様、二枚の絵をこうも短時間で完成させてしまうとはすごいですね」
「あとは……ルイーゼさんのルーツの件ね……」
なんとかタイムリミットまでにルイーゼの故郷の情報にたどり着きたいと考えるリゼは頭を抱える。北部まで訪れることも考えたが、山賊たちはすでに討伐されており、何の手掛かりもないということまでわかっていた。
なお、ルイーゼは舞台女優としての仮の名前らしい。ルイーゼの話によると、彼女が劇団に預けられる際に持っていたペンダントにはルイーゼではない別の名前が刻まれているそうだ。そちらが本名らしい。
ここまでが話してきた中で判明していることだ。
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