48.エリアナの命令
リゼはあまりのふざけた話に
「はい、次の質問ですわ。低俗である平民と仲良くしているというのは嘘ですわよね?」
「誰のことかは分かりませんが、確かに仲良くさせていただいている方々はいます。それに……えっと、平民の方々の一体何が低俗だと言うのですか? 私たちは平民の皆さんがいなければどうやって暮らしていくというのですか?」
リゼはアイシャを馬鹿にされたことに少しいら立ちを見せる。もしかしたらエリアナの言い分には、カイやルイーゼのことも含まれているのかもしれない。
「知りませんわね、そんなこと」
エリアナはぴしゃりと言い放つ。リゼはあまりにも横暴な態度に溜息をつくしかない。心の中で。取り巻きの令嬢たちは少し反論したリゼをコソコソと話をしながら鋭い目つきで見てきている。
「そんなことって……」
「次の質問ですわ。あなた、ジェレミー王子と知り合いですわよね?」
「はい」
「どういう繋がりかは分かりませんが、ルイ派の評判に関わる話ですからいますぐに縁を切っていただきますわ」
「はい?」
もはやあきれ果てるしかないリゼは、あからさまに聞き返してしまった。このエリアナという人物は何を言っているのだろうか。分からなくもないが、そんなことを承諾出来るはずがない。
「だから今この場でジェレミー王子との縁は切っていただくと言っておりますのよ」
深く溜息をつき、なんておバカな娘なのかしらという目線を向けてくるエリアナと令嬢たち。取り巻きたちは「理解能力が著しく低いですわね」などと、聞こえるように小ばかにしてくる。
「確かに私はルイ派の家柄ですがジェレミーは友人です。そんな簡単に縁を切るなんてできません」
「……あなた、あれを持ってきてちょうだい」
「分かりました」
エリアナは意地悪く笑うと、取り巻きが席を立ち、壁に立てかけてあった布を覆った一枚の絵を持ってこさせる。そして、わざとらしくゆっくりと布をめくるとそれはジェレミーの肖像画だった。
「さぁ、リゼさんお立ちになって。……早く立って。立ちなさい」
よく分からず座っていたところ、促されたため、仕方なく席を立つ。このまま帰ってよいと言われるわけがないため、身構える。
「おとなしく言うことを聞いていればよいものを、さっきからボソボソと私の発言に楯突いていらっしゃるみたいですわね。この際だからはっきりとさせておきましょう、皆さんの前で。リゼさん、あなた、この前のお茶会でも主催者である私に構わず黙りっぱなしで、それにジェレミー王子からチヤホヤされて、その上、特別な魔法が使えて、とにかく気に入りませんわね。それに今日の態度、私たちを馬鹿にしているとしか思えませんわ。特別な魔法が使えるから調子づいているのよね? もしくは容姿が優れているとでもお思いになって見下している可能性もありますわね? あなたがルイ派だというのであれば、この肖像画をお踏みなさい。もし踏めないのであればルイ派からは追放ですわ。もちろん、あなたのご家族も含めてですわよ。これは冗談ではないですわ。逆らえば私が王妃になった暁にはまずあなたには身の程をわきまえさせてあげますわ。さぁ、ほら、お踏みなさい」
エリアナはジェレミーの肖像画を床に乱暴に放り投げると、踏むように強要してくる。
「あの、私の父は確かにルイ派ですが、私は好きにして良いと言われているのです……だから私はルイ派でもジェレミー派でもありません。それに、親を巻き込むのはおやめください! お披露目会もお互いに終わっておりますし、いちいち親を巻き込むのはおかしいと思います」
「……戯言は終わりましたか? さぁ、踏むか踏まないか選びなさいな」
リゼが何を言っても聞く耳など持たないというのが、当然ながら彼女たちのスタンスらしい。言い返すリゼを意地悪く笑うばかりだ。
「横暴です! それに第三王子の肖像画を踏めだなんて不敬罪に問われますよ!」
「あなたがどれだけ何を言おうとこの決定は覆りませんわよ。さぁ、選びなさいな。踏めばルイ派として今後は私の命令には従ってもらいますわ。もちろん縁談の話も聞いてもらいますし、小生意気なあなたを手懐けるには、少々強引な貴族がお似合いですわね。楽しみですわ~。そのほか、私の命令にはすべて従ってもらいますからそのおつもりで。踏まなければあなたはジェレミー派として、あなたの家ともども追放ですわ。ルイ王子が王になられたら、あなたやあなたのご家族のことをどのように処罰するでしょうね? もう一度お伝えしますけれど、私が王妃になった暁にはそれ相応の罰を与えますからね」
ルイの婚約者という立場を最大限に利用するエリアナ。もはや彼女には何を言っても分かり合うことなど不可能だろうとリゼは理解する。リッジファンタジアの展開ではエリアナの忠実なしもべとして取り巻きに居たリゼであるが、そんな運命とはおさらばだ。
(こうして言いたいことだけ言って自分の意見を押し通して相手を攻撃するのね……主人公であるレイラ、きっと描写がないところでもこんな目にあっていたのでしょう……本来はリゼ、つまり私もあっち側の人間だったかと思うと頭が痛くなる…………。お父様とお母様に迷惑はかけたくない……でもエリアナの独断でルイ王子とお父様の約束を勝手に破棄することなんてきっとできっこない……。脅し文句でしかないよね……それにもう私のすべてが嫌いという反応で話なんて出来る状態じゃない……)
「……踏みません。絶対に踏みません…………」
リゼはエリアナを見つめながら断固拒否する。何から何まで思い通りになるものではないということをエリアナに分からせるしかない。
「あら? それでいいのですね? 後悔することになりますわよ?」
「別に構いません。友人の顔を踏むなんてできませんから」
「あらそう……私にこうして逆らう子なんて初めてですわね……生意気な子…………」
エリアナはまさかここまでリゼが逆らうとは思っていなかったのだろう。エリアナはさっと紅茶のカップを掴むとリゼにお茶をかけようとする。ドレスを汚して恥をかかせようという魂胆だろう。常に練習に励んでいるリゼはとっさに魔法を発動する。
「ウィンドプロテクション!」
紅茶は風魔法で跳ね返されて逆にエリアナの顔やドレスにかかってしまうのだった。
(あっ……まずい!)
「あの、これは」
リゼは流石にまずいと感じ謝ろうとする。エリアナは手を上げてリゼを黙らせた。
「リゼさん、あなたは今日この瞬間から私の一番の敵になりましたわ。覚えておくことですわね。きっと泣いて詫びることになるでしょうね」
「……」
「宣戦布告ですわ。覚悟しなさい。その肖像画はどうぞお持ち帰りになって。この国の王子だというのに、ジェレミー王子もあなたのようなろくでなしを友人に選ぶとは見る目がありませんわね」
プライドを傷つけられたのか、親の仇を見るような目でリゼをにらみつけると、取り巻きとともに席を後にするのだった。途中でジェレミーの肖像画を踏みつけることは忘れない徹底ぶりだ。取り巻きたちはリゼにわざとぶつかりながらエリアナを追いかけていく。そして前回と同じように扇を放って……投げつけてきたが、リゼはかわした。新規参加者の一人は未だに席について驚いた表情でリゼを見ていた。
リゼはジェレミーの肖像画を拾って溜息をついた。
「あの」
「あっ、はい」
突然、その令嬢が話しかけてきたので驚いて返事をする。
「すごいのね、ランドル伯爵令嬢。まさかあの公女に真っ向から対立するとは……驚きよ……」
「そうですよね……。でも、友人の肖像画を踏むなんて出来ませんし、彼女の命令を聞きたくないので仕方ないと思うことにします!」
「ふふ。私は、ローラ=エレミー・スプリング。地方領域の貴族で、侯爵の家柄よ。是非、ローラと呼んでほしいわ」
「リゼ=プリムローズ・ランドルです。ローラ様、私のことも是非、リゼとお呼びください」
ローラ様と呼んでみたが、すぐにローラより呼び捨てで呼ばれたいという話をされたため、リゼは快諾した。ひとまず、二人はこの場を後にすることにする。リゼはローラと共に入り口まで戻ってきた。
「リゼ、あなたには感服させられたわ。あなたへの彼女たちのひどい態度を見て、思うところはあったの。でも、声を上げることは出来なかった……そこまでの勇気は出なかったということよね。実は私も魔法の練習をしているのだけれど、いざという時に勇気が出なかったら意味がないわよね。あなたに興味があるので、今度ゆっくりお話するのはどうかしら?」
「つい
同い年の令嬢で魔法の練習をしているとは相当意識が高いようであるため、リゼも興味が湧いた。スプリング侯爵家といえば、ルイ派の中では五本の指に入る名家だ。ゲームにも名前は登場していたはずである。二人はお茶の約束をするとそれぞれの馬車に乗り込んだ。
馬車の中で肖像画を見ると額縁に入れられていたため、キャンバスは無傷だった。額縁には足跡が残っているが。
「お嬢様、随分と早かったですけど……」
「ちょっとね……」
事の顛末をアイシャに話す。思っていたよりもねちねちと絡まれて疲労感がある。レイラはこれを教室で毎日のように味わっていたのに、めげなかったのはすごい。正直なところ、お茶をかけようとしてくるという、物理的な攻撃は予想外であった。精神的な攻撃は予想できたが、まさかの攻撃を魔法で防いでしまった。
「話を聞く限り、嫌われすぎていてどうしようもなかった感じですかね……」
「うん。エリアナがバルニエ公爵に今日のことを話したとして、ルイ王子が取り合わないでしょうからお父様とお母様に何かあるとは思えないけれど、まずかったと思う? 私の反応」
少し冷静になり、自分の行いに問題がないか念のため意見を求める。
「難癖をつける気が満々だったわけで、回避しようがないと思いますよ。ジェレミー様の肖像画を踏みつけるのも有り得ませんし。でもルイ王子は今回のことを不快に思ったりするような人ではないのではと思いますが、バルニエ公爵令嬢様の伝え方次第かと……」
「お父様は色々と事情があって、ルイ派ではあり続けると思うの。自分に確実に票を入れてくれる家系を婚約者のワガママで無碍にするタイプとは思えないのよね。なんとしても王になりたがっている人だし……」
(そう。ルイは結局、ルイの個別ルートでも語られなかったけれど、何かの理由で王になることに固執している。ファンディスクで真相が語られるという話であったけれど、私はやっていない。ということで、簡単に一票を失わせるとは考えにくい……)
「なるほど。であればルイ王子がなんとかバルニエ公爵令嬢様の暴走を止めてくれそうですね」
「うん。一応、帰ったらすぐにお父様にお話ししておくつもり」
それから、ローラと知り合えたことは良かったという話をアイシャに話すのだった。
これはもはや時間の問題だったのか、リゼとエリアナはあっさりと決別した。歩み寄ることができるならば、趣味の話などをして歩み寄ろうと考えていたリゼであったが、すでにかなり嫌われていたため、仲たがいに終わったのだった。リッジファンタジアと完全に異なる展開だ。下手に距離を保つよりも絶交に終わってよかったのかもしれない。
屋敷に戻ると、伯爵の執務室へと足早に向かう。
(まずは報告よね)
リゼはノックをして部屋に入ると、ちょうどその場にいた伯爵夫人含めて伯爵たちにお茶会での出来事を報告する。伯爵たちは黙って聞いていた。
「あのお父様、どうしてもジェレミーの絵を踏むことが出来ませんでした。申し訳有りません……」
「安心しなさい。今回のことで我々をどうにかしようとするほどルイ王子は馬鹿ではない。でも念のためルイ王子を尋ねて様子を見ることとするよ。リゼは気にせずいつもの生活をしていなさい」
「ありがとうございます。分かりました。ではアトリエに向かおうかと思います」
「気をつけるんだよ。それにしても、本当に不敬罪で訴えられても仕方がないような行動だね。もし事が荒れたらこの話をジェレミー王子と王妃様にするしかないかもしれないね」
伯爵は娘を安心させた。先祖の宝よりもまずは娘だ。
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