47.お茶会再び
その日の夜のこと。
唐突に攻略キャラに遭遇したリゼはいまだに心臓がどくんどくんと波打っていた。なぜなら、攻略キャラに遭遇することは、絶対に避けるべき注意点だからだ。キャラによっては危険極まりない。
(まさか攻略キャラと遭遇するなんて……心臓に悪いなぁ……未だにいきなりだったから驚きでドキドキしているし…………念のため情報を振り返っておきましょう。名前はロイド=カイル・パーセル。属性は火。私の家系と同じように先祖をたどると小国の王家であったのだけれど、併合され伯爵家として落ち着いた家柄。明るい性格で友だちが多い。それに貴族の中で、父親が重要な地位にいて、ルイやジェレミーのそれぞれの派閥で彼の一家を仲間に取り込もうとしている……。武闘派で実際の戦闘では型を重視しない戦いを繰り広げ、攻略キャラの中では一番強いはず。剣術大会には型を正確に身に着けていないため参加資格がない……。参加できても打ち合いで失格になるはず。個別シナリオでは王位継承問題が大きくなる中で、父親がジェレミー派を選択して……ロイドもジェレミー派に入るように促され、悩むロイドは主人公とたまたま知り合って……王位継承権問題に巻き込まれつつも、青春を謳歌するストーリーだった。戦争ルートなどもないし、安全な攻略キャラではあるのかな……)
日記にメモをし、可視化してみる。
「ロイドは他の攻略キャラたちとも仲が良いし、ロイド繋がりで遭遇してしまう可能性がある。注意するに越したことはないよね。特にロイドはアンドレとは親友という設定だった。あと会ったことがないのはアンドレとジャンね。気をつけないと……とくにアンドレは王子だし、ジャンは宰相の跡取り……関わったら目立つからダメ。それを言うとジェレミーもなのだけれど、もうそこは仕方ないよね………」
ロイドの名前の横に『注意』と書き込むのだった。
そして、日課のアジサイの葉を食べることにする。
(はぁ。おいしくないから何か他のものと一緒に食べたいな……)
すると、足元が光る。これはスキルを入手した時の光と似ている。(一体、何事?)と、リゼはステータスウィンドウを開く。
【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル
【性別】女
【年齢】十二才
【レベル】6
【職業】伯爵令嬢
【属性】風属性、氷属性
【称号】なし
【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護、風の加護
【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)、衝撃耐性(レベル1)、毒検知
【状態】健康
【所持金】120000エレス
【ポイント】134710000
【メッセージ】「毒検知を獲得しました」
「これは……! 詳細を見てみましょう」
リゼは、該当スキルに視線を合わせる。
『毒検知 備考:毒物を含む植物、動物、料理などを見分けられるようになります。検知すると、脳に信号が伝達されます』
「なるほど……。見たら分かるってことね。えっと……」
アジサイの葉を見つめてみる。すると、脳がピリリとする。そして、とくに意識することもなく、『アジサイの葉(毒レベル1) 現在のレベルであれば解毒可能』ということが自然と理解できるのであった。
「す、すごい! これなら、料理に毒を盛られても気づくことが出来そうね。いままで苦労して毒を摂取してきたことが実ってよかった……」
リゼは毒耐性スキルのレベリングを行っていたところ、新しいスキルを入手したのだった。このスキルは優れもので、毒物を判別することが出来るようになる。リゼは(タイミング的にエリアナのお茶会の前に取得出来てよかった)と、心底安堵した。流石に毒物を盛られるようなことはないだろうが警戒しておいたほうが良い。
そして、夜が明けた。いよいよお茶会の日だ。リゼは出来る限り地味なドレスを選んでおいた。
(最近、依頼の絵のこと、ルイーゼさんのルーツのこと、あの絵のことをずっと考えていたからあまりお茶会のことを考えていなかった……いじめられたりしないよね……? と、とにかく質問されたことにのみ答えて標的にされないようにしないと……)
お茶会の準備をしながらため息を漏らす。心底行きたくないというのが本音だ。しかし、同じルイ派貴族の端くれとしては出席しないと角が立つため、出席せざるを得ないのが現状だ。仕方なく馬車に乗り込み、バルニエ公爵邸を目指す。
「行きたくないなぁ……」
「お嬢様、二時間程度の我慢ですよ。終わったらアトリエに行くなり練習するなりすれば良いんです」
「そうね……」
しばらく馬車で揺られ、再びバルニエ公爵邸にやってきた。〈知識〉で見慣れた公爵邸を見てさらに憂鬱さ加減があがってくる。
「では私はここで待ってますね」
「うん……」
「お嬢様ならきっと大丈夫です!」
馬車を降りると執事が待機しており、案内され会場へとやってくる。なんとなく以前よりもさらに遠回りしている気がするのは気のせいだろうか。やっと会場に到着するとすでに他の参加者は席についており、最後に到着したリゼを怪訝そうな表情で見つめてくる。振り返ると執事はもういなかった。
(あれ……すでにみんな揃っているの……? エリアナの取り巻きと他に何人かが席についているみたい……時間は合っているはずだから……私にだけ集合時間を遅く連絡してきたとか、そういう……何かの嫌がらせなのかな…………)
テーブルの前でエリアナに挨拶を行う。貴族の令嬢モードの笑顔で対応する。
「エリアナ様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ただでさえ遅れているんですから、早く席におつきになって、ランドル伯爵令嬢」
「はい……」
エリアナに冷たく座るように指示され、従うことにする。リゼは用意された丸テーブルの空いている席に座った。丸テーブルでリゼのほかにエリアナ含めて六人いる。取り巻き連中は扇で顔を隠しながらリゼのことをじろじろと見ていた。リゼは以前から感じていたが、扇を持ち歩くのは流行か何かなのだろうか。すでに帰りたい気分だ。
「待ちくたびれてしまいましたわね。さて、やっと揃ったことですし、ルイ派のお茶会をはじめていきますわ」
あからさまに非難をしてくるエリアナ。挑発に乗ってはだめだと無視を決め込むことにする。挑発に乗れば、攻撃するネタを与えてしまう。ランドル伯爵家の品格を下げるようなことは避けなければならない。
「ところでランドル伯爵令嬢、もう一度お名前を伺ってもよろしくて?」
「リゼ=プリムローズ・ランドルです」
「そう、ではリゼさんとお呼びしても?」
「はい、大丈夫です」
リゼ無難に答えるが、エリアナはクスリと笑う。それに呼応して、他の取り巻きたちも嫌味な笑みを浮かべてくる。くすくすと笑い声が聞こえてくる。名前を名乗っただけで一体何がおかしいのかと思うところではあるが、リゼはとにかく反応しないように心がける。初めて見る二人は様子を伺っているようだ。
「今日のお茶会の話の主役は実はあなたですのよ、リゼさん。ね? 皆さん?」
宣言するエリアナに取り巻きはさらにくすくすと笑う。
「……そうなのですね」
(でしょうね……。これはもう絵画の話をするとかそういうレベルではなく、とにかく攻撃に耐えるお茶会ということになる……)
「えぇ。いろいろ聞きたいこともありますしね? 楽しみですわね」
「私に答えられる質問にはお答えします」
と、リゼが返すと、あからさまに敵対的表情を浮かべ始めるエリアナだ。何かが気に障ったのかもしれない。リゼは(少し硬い声で返事をしすぎたかな……)と感じるが、(どのみち嫌われているのだから、もうどうでもいい……)と投げやりな気分だ。
「あらリゼさん。『私に答えられる』なんて、そんなものがまかり通ると思っていらっしゃるのね」
「それはどういう……」
「私が質問した内容にはすべてお答えいただきますわ。拒否権などありません。私はルイ王子の婚約者なのですからルイ派の子女には従っていただきますわよ。お分かり?」
唐突に強引な態度をとられ、動揺する。有無を言わせるつもりはないようだ。エリアナはほとんどにらみつけるような鋭い視線を送ってきている。
「えっと……」
「それがお返事? 煮え切らないお返事ですわね? そう思いませんか、皆さん?」
エリアナは取り巻きたちにわざとらしく話を振る。待っていましたとばかりに同調する令嬢たち。
令嬢たちに攻撃させて楽しむつもりのようだ。
「まあ! エリアナ様にあんな態度を取るなんてありえませんわね。それになんて暗い方なのでしょう。先程から黙るか、的を射ない回答ばかり。人とのコミュニケーションの取り方を知らないようですわね。それに見てください、このドレス。カビが生えていそうですわ」
「そうですわね、虫食いでもありそうですわね。いつの時代のドレスなのかしら? 二百年前くらい? もしかしたらご先祖の形見だったり? あと、平民と仲良くしているという噂もありますわ。そんなあなたにピッタリね?」
「平然と遅刻してきましたし、どういうつもりなのかしら。悪びれもない態度で挨拶を始めたときにはあまりにも驚いて開いた口がふさがりませんでしたわね」
「この前も澄まし顔で参加されていましたわよね。自分は特別な魔法が使えるから私たちとは違うと思っているに違いないですわ」
「ルイ派の面汚しですわ。こんな常識のない人が同じ派閥では、わたくしたちの品位にまで影響が出てしまいますわ」
新規参加者の片割れもエリアナに同調した。どうやら取り巻きになることを選んだらしい。
散々攻撃をされるリゼ。なるべく聞き流しながら(早く帰りたい……)と、強く願うのだった。それからも家柄の批判や、態度や服装、容姿など悪口は多岐に渡った。
(そうですか……)
「皆さん、いくら本当のことだとしても、リゼさんが泣いてしまわれますからこれくらいにしておきましょう? ほら、うつむいてしまっていますわ。それでは質問させていただきますわね。今話題にもあがりましたけれど、氷属性の魔法が使えると言うのは本当のことですの?」
「……そうですね。少しですが使えます」
「すごいですわね。ルイ王子のために貢献できる力をお持ちなんて」
「貢献……ですか?」
意味が分からないリゼは聞き返すしかない。何を貢献できるのだろうか。護衛などをやらせるつもりなのか。エリアナは得意げに話を続ける。
「そうですわ。魔法にこだわりのある中立派に対してルイ派になることを条件にあなたが婚約すれば、ルイ派の数が増えることになるでしょう?」
「え…………あの私、婚約するつもりはないです」
「あら何か言いましたか?」
「ですから、私は」
リゼは反論しようとするが、遮りながらエリアナは話を続ける。
「あなたの婚約者はきちんと我が家で見繕ってあげますから、安心してくださいな」
「え、あの意味が分かりません……」
エリアナが何を言っているのか、まったく理解できないリゼは呆然とする。こんな考え方をする人がまさかいるとは……というところだ。強制された婚約なんてするわけがない。
唖然とするリゼを見て取り巻きたちは相変わらずクスクスと笑い出した。
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