46.攻略キャラとの遭遇
遊びに来たジェレミーはアトリエを見渡す。
「ふーん」
「え、な、なにか変なところがありますか?」
「そうじゃなくてね。こういうところに入るのが初めてだからさー。斬新だなって感想をいだいていたわけ」
キャンバスや、絵を支えるためのイーゼル、絵具などが並んでおり、興味深そうに見て回っている。確かに絵を描かないジェレミーからすれば、珍しい光景なのかもしれない。
「そういうことですか。あ、そこに座ってください。お茶を出しますね。アイシャ?」
「ジェレミー様、こちらをどうぞ」
「ありがとうアイシャ」
「それにしてもいきなりどうしたのですか?」
突然の訪問に驚いたリゼはジェレミーに質問を投げかける。ジェレミーはアイシャが出してくれた紅茶を飲みつつ、あっけらかんと答える。
「別に〜。ちょっと絵画とか見てみようかなーって思ってね。そのついでかな~」
「ジェレミーは絵画に興味があるのですか?」
もしかしたらジェレミーが新しい趣味に目覚めたのかもしれない、と質問をする。ジェレミーは軽くため息をつきつつ、肩をすくめる。
「ん? まあ知っていて損はないからね」
「なるほど……! 実は外の絵は時代の流れに沿って並べられているのです。解説しますね? あ、でもジェレミーは本を読むのが好きだし、もうすでに知っていることかも……」
「解説? せっかくだからお願いしようかな」
ジェレミーは説明したそうにしているリゼの様子を見て解説を聞くことにする。リゼ、アイシャ、ジェレミーはお茶を楽しんだ後にアトリエを出ると美術館の絵を順番に見ていく。解説役はリゼがつとめる。アイシャに解説にした時のように流れに沿って説明を行っていく。
「まさかそんな意味があったとはねー。さっき見た時は『へー、すごいじゃないか』くらいの感想だったよ」
「奥深いと思いませんか? それにこの絵はとあるルールによって成り立っているのです。この構図がとても……」
得意げに語りだすリゼを置いておいてジェレミーはアイシャに話しかける。
「いやーアイシャ、随分とリゼは楽しそうだね?」
「こうなるとお嬢様は止まりませんよ……」
「魔法や剣術もそうだけど、好きなことを熱心に語るところがまた良さでもあるしね」
「ふふふ、そうですね」
アイシャとジェレミーは、顔を見合わせて笑う。結局のところ、リゼが楽しそうにしているこの状況が二人は好きなのだ。
「あの二人とも、聞いていますか? あ、そうでした。あの絵を見た感想を聞きたいです」
ふと、リゼは例の絵の解釈をジェレミーに聞いてみようと思い立つのだった。
「あの絵?」
「こっちです」
しばらく歩くと、例の絵の前に到着する。カイから紹介された絵をリゼたちは見上げる。
(そういえば、タイトルは……『
「これがリゼの好きな絵?」
「うーん、好きかはおいておいて、最近一番考えている絵ではありますね」
「ふーん。
ジェレミーは絵を見つめながら呟く。どういう意味合いの絵なのか考えているようだ。画家の名前はとくに描いていなかった。何かしらの縁で寄贈されたものなのかもしれない。
「
「ん? まあ人生とか一生とかそういう意味じゃないかなぁ」
ジェレミーは意味を説明する。そんな単語を知らないリゼは感心するのだった。
「すごい! 私はまったく知らない言葉でした……」
「あまり使わない言い回しだしね。この絵のどこが気になるの?」
「どういう想いがこめられているのかなって……メッセージ性があるかなって思うので」
「貧富……ではないだろうしなぁ〜。なんとなくだけど、貴族社会と平民社会を傍観しているのかもね。この絵の作者は達観していそうだね」
感想を述べるジェレミーは、「まあ、あくまでも一目見ての感想ね」と付け加える。
「傍観、ですか?」
リゼとしては、アイシャと二人では思いつかなかったジェレミーの解釈の説明が気になる。傍観とはどういうことなのだろうといったところだ。
「画家が達観しているのか、二つの世界に馴染めていないのかは分からないけど、いずれにせよ二つの世界を空虚に眺めているのかなと思うよ。黒い空だし、何か今の世の中に思うところがあるのかもね。まあ、描いた人しか正解はわからないし、見たままの意見だからね〜。こんな意見もあるという参考にしておいてよ」
「ありがとうございます。私の解釈も、二つの世界を見つめている前提ではあったのですが、そうですね……葛藤というよりも達観して参加するのをやめて、諦めて見ているという可能性も……」
リゼがぶつぶつと解釈について考えていると、後ろから大きめの声がかかる。リゼはビクッとする。
「よお、ジェレミーじゃないか」
「うん?」
「俺だよ俺」
聞いたことがない声に驚いて後ろを振り向いてチラ見した限り、これまた知らない人物がジェレミーに話しかけていたため、目線を下げてなんとなくそっとアイシャの後ろに隠れるリゼだった。
「君は……ロイド?」
「覚えていてくれたか」
(ロイドって……ロイド=カイル・パーセル? 攻略キャラじゃない……)
リゼはさらにビクッとすると、その場から出来る限り早く離れたい心境になる。アトリエまで距離があるため、いまはアイシャの後ろに隠れているしかない。
「何してんだ? そいつは?」
「あぁ。リゼと絵画を楽しんでいただけさ」
「俺はロイド=カイル・パーセル」
少し荒々しい雰囲気の少年であるが、貴族らしく挨拶をしてくる。そうなると、きちんと挨拶で返さないとマナー違反だ。リゼはアイシャの後ろから出て挨拶を行う。
「はじめまして、リゼ=プリムローズ・ランドルです」
「よろしく、リゼ嬢。氷属性使いのランドル伯爵令嬢か……。それにしてもジェレミー、珍しいな。いつも一人で暴れてる印象だったんだが、ご令嬢を連れて絵画鑑賞とはな」
「なるほどねぇ。まあそんな時もあったかな」
「ルイの婚約発表のときも騒動になっていたじゃないか」
ロイドはジェレミーの意外な一面を垣間見たことで、面白がってからかってくる。王子を怖がらない態度というものは珍しい。リゼは(そういえばロイドは物おじしないタイプだった)と心の中でロイドの態度を見て実感する。
「あ〜。あの日は僕のターニングポイントだからねぇ。あれが最後だよー。むしろいたんだね」
「へー。一応、招待されたからな。で、何を見てたんだ? この絵か?」
「まあね」
「この絵は確か……おっと、人を待たせてるんだった。やばいな、遅れそうだ。失礼する。また話そうぜ、ジェレミー。それにリゼ嬢もな」
とにかく慌ただしく立ち去るロイドにジェレミーとリゼは挨拶する。
「それじゃあね〜」
「さようなら」
ロイドは右手を上げつつ、風のように去っていった。その後姿を見送りつつ、リゼは思う。
(ロイド、どの攻略キャラとも仲が良いタイプだったけれど、実際にそんな感じなのね……にしても、なぜこの美術館にいるの! 避けているつもりだったのにまた攻略キャラに遭遇してしまったじゃない……。攻略キャラが集まりやすい劇場と併設されているからかな……)
「随分とおとなしかったね?」
「あ、そうですね……ちょっと緊張したのかもしれません」
「あいつは距離感とか無視してグイグイ来るタイプだから気をつけてねー」
「それを言うとジェレミーもだいぶグイグイ来ていましたよ……」
リゼはエリアナのパーティーを思い返しつつ、苦笑する。ジェレミーは周りの空気など一切気にせずに話しかけてきたのだ。
「そうかなぁ」
「パーティーの日はどうなるかと思いましたよ……」
ジェレミーは、ははと笑うとアトリエに戻ってお茶にしようと提案してくる。それから、またロイドと遭遇するかもしれないと警戒するリゼはそそくさとアトリエに戻り歓談したのち、美術館を後にした。
ロイドとの遭遇は予想外であり、この日のリゼは落ち着きがなかった。
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