45.絵の解釈

 そしてその翌日、美術館の中にあるアトリエを訪れていた。


(肖像画はもう少し乾かしたいから、今日は舞台の絵にしようかな……)


 リゼは筆を走らせる。舞台の上のルイーゼを描くにあたってのデッサンは済んでいるため、着色を施していく。この日はカイもアトリエにおり、リゼの描き方を観察していた。


「あのカイさん、お聞きしても良いことか分からないのですが……」

「何でしょうか?」

「いま友人たちと北部の山賊の事件について調べています。でもまだ手がかりがなくて……それでルイーゼさんの余命は……」


 どこまで猶予があるのか、確認する。こればっかりは聞きにくいが、把握しておく必要がある。


「調べてくださって感謝しかありません。それにご配慮、ありがとうございます。……半年くらいとのことです」

「そうですか……お答えいただきありがとうございます。引き続き調べてみますね」

「まさかここまで熱心に調べてくださるとは……本当に感謝しかありません。私も調べてはいるのですが限界がありますので……」

「みんなで頑張りましょう! ルイーゼさんにも、それにカイさんにも故郷を見てもらいたいので!」


 カイは驚いた表情でリゼを見つめる。ここまで協力してくれるとは思っていなかったのだろう。


「…………いままで何人かにお声がけはしたのですが、実際に動いてくださったのはリゼさんのみですので感謝してもしきれません」


 カイは平民である自分たちのために動いてくれているリゼに、感謝してもしきれないようだ。

 その日の夜。依頼されている絵についてアイシャと話し合う。


「なんとか順調に進んでいるみたいですね」

「うん。この調子なら修正したりしても一ヶ月以内には終わると思う」

「そういえば、次の剣術大会の日程はまだ決まっていないんでしたっけ?」

「そうね。しばらくはないみたい。だから少なくとも剣術大会までには絵も完成しているかな」


 絵は仮完成後に微調整を行うため、一ヵ月程度はかかるようだ。ルイーゼの余命が尽きるまでには、絵の完成が出来そうである。


「次回はジェレミー王子へのリベンジがあるかもしれませんからね、頑張ってくださいお嬢様!」

「ありがとう! あとラウル様と当たる可能性もあるのよね……ラウル様のスキルも謎めいているから、どうなるか……」


 ラウルのスキルは未だに謎めいており、使用したところを見たことがないリゼだ。スキルの不意打ちは勝敗に大きく作用するため、警戒が必要だ。おそらくラウルもここぞというときに使うつもりなのだろう。毒耐性や衝撃耐性スキルも同じように隠しているため、気持ちは分かる。


「スキルの習得は必要になりそうですね……」

「ごめんアイシャ。話は変わるのだけれど」

「はい、何でしょう?」

「美術館の絵のこと覚えている?」


 リゼはカイにあの絵の解釈について答えを出す必要があるため、ずっと考えを巡らせていたようだ。


「あの金の空と黒い空と茶色の空の絵ですかね?」

「そうそう。あれ、ずっと考えていたのだけれど、あれは心の葛藤を描いたものなのかなって。しかも、貴族でも平民でもある人の」


 美術館の絵についての解釈をアイシャに聞かせるようだ。


「貴族でも平民でもある……ですか……」

「そうなのだと思う。黒い空はどちらの世界にも馴染めない心の悩みを表していて、白い椅子は……白色だし…………どちらにも染まりきれない心を表しているのかなって思う……」

「なんとなくしっくり来る解釈な気がしますね……しかし貴族でもあり、平民でもある人ってどういう人なのですかね?」

「例えば、貴族と平民の子供とか……かな」

「なるほど。めちゃくちゃありそうですね。描いた人に正解を聞きたいです……」


 リゼとアイシャは絵を描いた人物は貴族と平民の間に生まれた子供だろうと予想した。


「そうね……明日、もしかしたら描いた人を知っているかもしれないから、ルイーゼさんかカイさんに聞いてみましょうか」

「ですね!」


 あの謎に満ちた絵の解釈とは一体。気になる二人はカイたちに確認してみることにする。

 翌日、やはり二人は絵の解釈について語り合っていた。


「お嬢様、貴族でもあり、平民でもあるというのは……言い方は悪いですが、没落貴族とかはどうなのでしょう?」

「それは……あるかもしれない。分からなくなってきた……。でも、没落貴族だとしたら貴族というポイントにこだわっていて平民との間で揺れ動くことはないかもしれないかな?」

「おっしゃるとおりですね……」


 没落すればするほど、貴族という立場に固執したくなるものではないか、というのが二人の意見だ。そんな話をしていると、アトリエにカイが入室してきた。


「こんにちは、何の話です?」

「カイさん、こんにちは。えっと、貴族でもあり、平民でもある人ってどういう人なのかなっていう話をしていました」

「面白い話をしていますね。ですが、人というのは必ずどちらかに属するものなのではないでしょうか?」

「あくまで仮説ですけれど、貴族に嫁いだ平民の女性がいたとしたら、その逆でも良いです。例えば『失意の凱旋』で貴族の娘と青年が添い遂げていたら……その子供はどういう心境になるのかな……と思いました。想像でしかないですけれど、ギャップに苦しむと思うのですよね……例えば、友人に最近、別の国の貴族からこの国の貴族になった家柄の方がいるのですが、貴族という立場でも環境が変われば苦しむわけで……」


 リゼはエリアスのことを考えた。貴族であっても、立場や環境が変われば悩むものだ。彼は相当悩んでいるようであった。ましてや、貴族と平民が結婚して生まれた子供は恐らく社交界で良い扱いは受けないだろう。よって、そのような境遇の者がいればエリアスに匹敵するか、それ以上に苦しんでいる可能性がある。


「ふむふむ」

「なので、どういう立場の方か分からないのですが、貴族と平民の板挟みになる方は大変だと思います。あ、この話なのですが、美術館で見せていただいた絵の解釈の話に繋がるのです」

「と言いますと?」


 カイは真剣な表情で先を促してくる。リゼの絵画に対する答えを待っている。


「私の解釈は……おそらく描かれた方は貴族と平民の間に生まれた方で、二つの世界の板挟みにあってどちらの世界にも馴染めていないという、心の葛藤を表しているのかなと。黒い空はそんな悩みから黒色をしているものかと思います。白い椅子はまだどちらにも染まり切っていない今の立場を示しているのかなって思います。そういう心の悩み、葛藤を描いた絵ですね」

「なるほど…………良い解釈かもしれませんね。母のこともそうですが、リゼ様はちょっとした質問も真面目に考えてくださる方なのだなと感服いたしました。おっと、少し用事がありますので失礼しますね」


 相変わらず忙しそうなカイは立ち去ろうとする。リゼは急いで今後の予定を伝えておく。エリアナのお茶会が迫っているからだ。


「あ、明日はお茶会があるので、もしかしたら来られないかもしれません」

「承知いたしました。是非、お茶会をお楽しみください」


 退室するカイを見送り、絵の作業を再開することにする。まだ数日ではあるが、それなりに仕上がってきている。もしかすると、芸術の神ミカルの力もあるのかもしれない。


「お嬢様、結局、誰が描いたのか、正解を聞きそびれてしまいましたね」

「あっ、忘れていた……」

「ふふ、また明日のお茶会の後か明後日に聞きましょう」

「そうね!」


 そして、絵を描いて過ごしていると、アトリエにジェレミーが遊びに来たのだった。

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