42.初めての観劇

 リゼたちは展示されている絵画を見て盛り上がっていた。

 すると同い年くらいの少年が話しかけてくるのだった。茶髪の長髪で平民と思われる服装と雰囲気だ。


「詳しいですね、随分と」


 唐突に話しかけてくる少年。リゼたちは驚いて彼を見つめる。どうやら平民らしいが、商売をしているわけでもないのに貴族に臆さずに話しかけてくる人は珍しい。


「……申し遅れました、私はカイと申します」


 いきなり話しかけたことが失礼だと感じたのか、名前を名乗る少年だ。カイというらしい。もしかしたら攻略キャラかもしれないと、警戒心を強めたリゼであったが、エリアスの時のようにニックネームでもなさそうであるため、一安心する。それに茶髪のキャラはエリアスしかいない。


「こんにちは」

「貴族様ですかね?」

「こちらランドル伯爵令嬢のリゼ様です。失礼ですが、あなたは……?」


 アイシャはリゼを紹介しつつ、カイについて質問を行う。


「あぁ、これは失礼を。ランドル伯爵令嬢様。私はカイ、平民です。よく劇場に来ていまして、併設されているこの美術館にも足を運んでいるのです。驚いてしまいましたよ、ここまで絵画に熱心な方も珍しいものですからね」


 カイは珍しいものを見るような目つきだ。だが、好意的にとらえているのか、その表情は穏やかで、友好的な印象を受ける。もしかしたらカイも絵画に興味を持っているのかもしれない。


「カイさんは絵画が趣味なのですか?」

「えぇ。それと実は母親が劇団にいるんですよ。なので、ここにもよく足を運んでいるわけです」

「あ、そうだったのですね。私たちこれから劇を見るつもりです。もしかしたらカイさんのお母様が出演される劇かもしれませんね」

「おお! タイトルは何でしょうか?」


 劇を鑑賞するというリゼに演目を聞いてくる。リゼはアイシャに目配せをする。チケットは彼女が持っているため、詳細を知らないのだ。


「アイシャ、えっと?」

「タイトルは『失意の凱旋』だったかと思います……えっと、そうですね。あっています」


 アイシャがチケットを確認すると、カイが提案してくる。


「おお! それなら私の母も出ますね。終演後に演者と話をできる機会がありますので、是非お時間がありましたらお話していただければと。貴族の方は珍しいですから……」


(どうしようかな。この劇場はレイラや攻略キャラと密接に関わりがある場所だから長居はしたくないけれど。見る限りカイさんとそのお母様はラウル様と同じようにゲームにも登場していないし、良い人みたいだから……少しなら良いかな?)


 リゼは問題なしと判断する。


「そうね……見聞を広めるためにも皆様とお話ししてみましょうか、どうアイシャ?」

「お嬢様がそうされたいとお決めになられたのですから、まったく問題ありません」

「分かった。えっと、カイさん? お願いしても良いですか?」


 リゼは快諾する。カイはとにかく嬉しそうにする。自慢の母なのかもしれない。


「分かりました。伝えておきますね! それで、リゼ様に一つ質問が。こちらの展示されている絵はもしかしましたら、リゼ様が……? お名前が同じだなと思いまして」

「そうですね。商会が買い取ってくださいまして」

「素晴らしい! 実はこの絵たちの大ファンなのです。私は絵が好きでよく様々な絵画を眺めているのですが、この絵を飾られてからというものの、毎日ここに来て眺めています。描き方が特殊でどのように描いているのかと観察しているわけですね」

「そうだったのですね。そんなに喜んでいただけるとはとても嬉しいです」


 第三者に褒められたことは初めてであったため、嬉しく感じるリゼ。まさか、毎日通うような人がいるとは思ってもいなかった。


「この絵は飾られてからというものの、論争を巻き起こしていますよ。当初は王立芸術アカデミーの洗練された写実的な絵画を見慣れた貴族たちからは微妙な反応でしたが、平民からは親しみやすいと大評判でした。近頃は貴族の中でも評価をする人たちが出てきておりますね。そうでした、リゼ様の絵のように少しゼフティアでは見られない画法といいますか、雰囲気の絵画があります。是非、見ていただきたいですね」

「あ、はい。どれでしょうか?」

「少し離れていますので案内しますね。あちらになります」


 カイに案内されて特別展示エリアという場所にやってきた。そして、一つの絵をカイが指し示す。


「こちらの絵です」

「これは……」


 一枚の絵を見つめるリゼとアイシャ。

 その絵は〈知識〉によれば、表現主義に該当される。つまり、目で見える風景や人々などではなく、内面的な思考を絵として表現した代物だ。

 表現主義的な絵なだけあって、ふと見ただけでは理解できない、メッセージ性の高い絵となっている。しばらく見つめて意味を考える。


(絵の内容は……空の色が三色であらわされている。左側が金色で塗りつぶされていて、中央部分は黒色で塗りつぶされていて。そして、右側は茶色で塗りつぶされていて、金色の空の下にはワイングラスらしきものがある。そして、右側の茶色の空の下にはカップ? 街で売られているような普通のコップかな。真ん中の黒い空の下には……きちんとした遠近法を重視して描かれていない、揺らいだ感じで描かれた白い椅子……。 金と茶色の世界に向けて一つずつ置いてある…………そういう絵)


 しばらく黙って見つめていたリゼにカイは問いかけてくる。


「どう思われますか?」

「えっと…………たぶん金の空と茶色の空の世界については貴族と平民を表しているものだと思います。でも、黒い空の椅子が……何か葛藤を示しているものだとは思うのです。……うーん。あの、また少し考えて答えを出しても良いですか?」

「はい、もちろんです。私もたまにこの絵を見に来るんですよ」


 すぐに答えを出すのは、早計であり、画家に対して失礼にあたる。そう思いリゼは答えを保留した。その後、リゼとアイシャはカイと合流場所を決めて別れるのだった。といっても、ロビーには長居をしたくないので、いまだにカイに質問された絵の前にいるのだが。


「ねぇ、アイシャ」

「この絵のことですか?」


 リゼの問いかけに、察しよく答える。アイシャも少しばかりこの絵の意味について考えているようだ。


「うん……あの黒い空とその下の椅子はわざわざ間に挟まれて描いてあるわけだから、貴族と平民が混ざり合う空間、とかを描いているのかな?」

「貴族と平民が混ざり合う空間……ですか。混ざり合うって何でしょうね。貴族と平民が同じ空間……ありますかねそういう空間って。使用人がいる貴族の邸宅はある意味そうとも言えますし、お店なども。あ、でも心境的な表現だとしたら……うーん、分からないですね……」


 アイシャは少し考えるが逆に謎が深まるばかりなようだ。


「心境的な表現……きっとそれなのよね。一番表現したいのはきっと黒い空とその下にある椅子だから……あの椅子が何か心の葛藤を示しているはず。椅子があったら……」

「普通は座る……のではないですかね。それで、座って見える方向と言えば、お嬢様の仮説通りなら貴族と平民の世界ということになりますかね?」

「ということはあの椅子は、貴族と平民の中間となる空間もしくは場所にいる人ということ、なのかな……」


 さらに悩むリゼにアイシャが合図をする。そろそろ時間が近づいているようで、急いで美術館を出て劇場へと戻ってくる。ロビーは人が多く、がやがやとしている。警戒をしつつ平民向けの入り口から入場し、席に着くと、劇が始まるようだ。


「あ、お嬢様。そろそろ始まるようですよ」

「そうね。絵のことはあとで考えましょう」


 リゼは少し考え混んでいたが、舞台に目を向ける。平民の席ということもあって、上品さはないが、活気がある。明かりが消え、幕が上がり、同時に拍手が巻き起こる。なおこの劇場、一階部分は平民の、二階とごく僅かな三階席には貴族や王族の席がある作りになっている。リゼたちは、今回は一階からの鑑賞となるのだった。 


 幕が上がりきるといよいよ劇が始まる。劇といってもオペラであり、基本的に演者が歌で表現していく。話の内容はこうだ。

 

 街の平民と恋に落ちた貴族の少女が抵抗するものの縁談を無理やりさせられてしまう。そして、嫌がった態度が気に入らなかったのか、相手の貴族から暴力を振るわれそうになるが、恋人である少年が阻止する。そのまま、貴族により少年は囚われ彼の領地にある牢獄へと入れられてしまう。そして、少年を待ち続ける少女であるが、時は流れ、いよいよ婚礼の儀が執り行われるのだった。少年はいつの間にか青年へと成長しており、少しずつ密かに壁を壊しており、ついに脱出に成功するのだった。何よりも優先して少女の元へ向かうが、すでに時遅し。婚礼は済み、帝都へと旅立っていた。実家に戻るとすでに両親は亡き者とされており、失意の青年は放浪し、隣の帝国へとたどり着く。そこで、商人に見初められ護衛をしていたところ、貴族、そして皇帝の護衛騎士へと出世していく。そして、青年の出身国である帝国に攻め入ることになり、軍の指揮を任される。青年は勝ち進み、いよいよ、少女と婚礼の儀を行った例の貴族の領地へと入る。貴族は戦わずして降伏し、命乞いをする。青年は自分を覚えていないことに驚くが、一つの条件を出す。何でも差し出せるのかと問う。たとえ、妻であろうと。貴族は「もちろんでございます」と、告げる。青年はこんな人間、生かしておく価値はないと両親の敵討ちのために貴族を処刑する。どうやら例の少女だった女性は、自分が住んでいた領地へと避難していたようで、この場にはいなかった。それから進軍を続け、自分を門前払いとした懐かしき屋敷へとやってくる。女性は子供や屋敷を守ろうと、騎士を使って反撃をしてくる。青年は怪我を負うが、制圧に成功する。そして、屋敷へ入ると、女性は自害しているのだった。青年はその後、帝国を制圧するが、失意のままどこかへと消えていなくなったのだった。


 終幕だ。会場が拍手で包まれる。リゼは拍手をしつつも、唖然としていた。

 内容が想像していたものではなく、結末も釈然としない、そんな表情だ。

 もっとこう、ハッピーエンド的な話を期待していたのだ。むしろそういう話ばかりを子供の頃から聞かされてきたため、ある意味で衝撃を受けていた。

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