41.美術館へ

 それからしばらく馬車に揺られると、街の中心部に近づいてくる。普段はあまり来ないエリアだ。なぜかというと、服を買うにしても、ほとんどの場合は伯爵たちが購入してくれる上に、娯楽に興味がないリゼは足を踏み入れる機会がなかったのだ。屋敷が立ち並ぶエリアとは雰囲気が異なるため、きょろきょろと見まわしてしまう。

 中心部では道端で絵画を描く人たちはほとんどおらず、別の意味で活気に満ち溢れている。そんな様相をしばらく観察していると、劇場の前へと到着する。


(ここが劇場。ゲームではデートスポットの定番となる場所で入り口には見覚えがある。つまり、学園入学後には注意しないといけない危険地帯よ)


「大きい建物ですね〜」


 と、感心したようにアイシャが呟くが、リゼは念のためあたりを見回して警戒を続ける。見た限り、それらしき人物はいないようだ。リゼとしてはジェレミーやエリアスのことを気づけなかったので、冷静に特徴を思い返して眺めてみた。


「そうね……あ、開始時刻まであとどれくらい?」

「おそらく一時間以上あるかと思います」

「そう……。美術館が併設されているから見てみましょう」


 アイシャはもちろんそのつもりだったので快諾する。


「良いですね、回る順番はお嬢様にお任せしますね」

「任せて」


 足早に美術館を目指すリゼと追従するアイシャ。劇場に入るとロビーがあり、右側へと向かうと美術館の入口があった。入場すると、まずは彫刻や工芸品が飾られているエリアだ。その後、ミニチュアの建築模型などがたくさん置いてあるエリアを通り過ぎ、絵画のエリアにやってくる二人だ。

 絵画エリアは人がおらず、静けさに満ちている。二人の足音が響く。せっかくなので、ゆっくり見て回ることにする。


「なんだかすごいですね……意味はよく分かりませんが……」


 アイシャが絵画を見ながら呟く。きっと価値があることは分かるのだが、絵の意味や種類は分からないといったところなのだろう。


(展示は基本的に〈知識〉で言い表すと、西洋絵画風の絵がメイン。それに、絵画における時代の流れ、考え方、手法は一部に欠落があるものの、ほとんど〈知識〉の通りね……。例えば、ゴシック美術のフレスコ画、ルネサンス美術から始まる写実主義的な側面、宗教的な対立を起因とするバロック美術、それから素朴な平民たちを描いたバルビゾン派に近い絵。これはいまのゼフティアのほとんどの絵が該当してるはず。つまり、前世の世界と同じような流れでゼフティアも絵画の歴史をたどったらしい……! ただし、圧政からの開放によるロココ美術やその反動からなる新古典主義やロマン主義はこの世界にはないみたいね)


「なるほどなるほど……綺麗という感想しか湧きませんね……」


 リゼが考え事をしていると、さらにアイシャが呟く。すべて説明できそうであるため、リゼは説明することにする。


「では、少しだけ解説をしてあげましょうか」

「良いんですか? 是非お願いしたいです!」

「ちょっとした豆知識だと思って聞いていて。もしかしたら間違っているかもしれないから」


 リゼは〈知識〉により、絵画の知識がある。ただし、前世の世界とゼフティアでは細かい単語などが異なるかもしれない。よって間違っているかもしれないのだが、絵画の楽しさというものを伝えるためにアイシャに説明を行うことにする。


「分かりました」


 アイシャは真面目な顔になる。彼女は理論が好きであるため、興味が出てきたのかもしれない。


「えっと、この方は誰だかわかる?」


 リゼが指をさした人物を見て少し悩むアイシャ。


「えっと、大地の神ルーク様ですね」

「そうそう。この方は?」

「殺戮の神モリガン様ですね」


 リゼは大地の神ルークは実際に見たことがあるため、なんとも言えない気持ちを抱きつつ、質問を続ける。


「そう。この方は?」

「知恵の神カルロ様です」

「どうしてアイシャはこの方々を判別できたのでしょうか?」

「うーん……ルーク様はこの白い衣と髪飾り、モリガン様は矛槍、カルロ様は杖です」


 アイシャはそれぞれの特徴を見つめつつ、答えるのだった。確かにどの絵画を見ても、神たちは同じ特徴が描かれている。白い衣や矛槍、杖などだ。


「正解! それをアトリビュートと言います」

「あ、あとりびゅーと、ですか……?」

「うん、アトリビュート。昔は今みたいにみんな文字が読めたりしたわけではないじゃない? だからその人物の特徴を示す物と紐づけて描写したのよね。こうすることでこの絵たちは誰が見てもルーク様、モリガン様、カルロ様だと判断ができて楽しめるようになっているわけ」

「なるほど……奥が深いですね……たしかに私が判別できる絵はどれも共通して同じ物がその人物と共に描かれている気がします。これがアトリビュートですか」


 説明を受けたアイシャは周りの絵を見渡しながら、感嘆したように呟いた。それから、「アトリビュートは絵画を楽しむ上で重要な要素なのよ」と、リゼが付け加える。


「じゃあ次に絵をよく見てね。ここまでの絵とここからの絵、何が違いますか?」


 絵を区分けして質問するリゼ。アイシャはリゼが区分けした前後を見比べてみる。


「え、えーっと、ここまでの絵は神々や天使であったりと伝説に登場する神々などが描かれていて、あとは偉人でしょうか。ここからは比較的……私たちの日常が描かれている……というイメージですかね……」


 違いがよくわからないアイシャは悩みつつ答える。リゼはさらに問う。


「解説しておく?」

「そうですね、正解がわからないと気になってしまうのでお願いしたいです!」


(神々を描いていたあたりから、一般大衆向けの絵に変わるポイントを解説しておきましょう。これは大きな転換期)


 リゼは説明を行っていく。


「神話や歴史を題材とするのが一般的だったそれまでに対して、現実的な情景を主観を交えずに客観的に描こうとする時代が始まるのね、さっきの区切りはその分かれ目みたいなものかな。で、後者を大きく表すなら写実主義って呼んだりもするのよね」

「ほうほう。家に飾るのであれば、こういう写実主義の方がしっくりきますし、より大衆向けになったということですね」


 リゼは「そうね」と相槌を打つ。伝説上の神々や偉人の絵を飾るのは教会がメインになる。それと一部の貴族だ。一般的な平民には少しハードルが高くなる。この世界でも絵が大衆に広がるにつれて、写実主義的な絵が増えていったのだろう。


「ということで、絵が貴族から大衆へと広がっていく時代の流れによって絵画もその形を変化させてきたのです。奥が深いでしょう?」


 絵画の歴史を目の当たりにし、これまでと別の印象に見えるのか、アイシャは絵を観察する。鑑賞を楽しんでいるようだ。そして、リゼに相槌を打つ。


「そうですね……奥深さには驚きましたが、むしろお嬢様がなんだかめちゃくちゃ専門用語を使い始めていていつもの戦闘狂のイメージがまた少し和らぎましたよ……」

「まあ、そうよね……」


 リゼは戦闘狂のイメージを少しでも和らげるために、絵に費やす時間を少しは増やそうと決意するのだった。このままでは、いざ学園に入学しても相手が見つからないかもしれない。


「そういえば、お嬢様の絵は特殊な描き方ですね?」

「そうなの。だからどのように評価されているのか気になって来てみたかったのよね」


 リゼの絵は印象派と呼ばれる明るい色合いなどを意識したものに仕上がっており、飾られている絵の歴史には当てはまらない。

 気になるリゼの絵は、出口の付近に飾られていた。アルベール商会のスペースらしい。自分で描いておいてあれだが、それなりに見栄えが良いと感じるリゼだ。


(こうして見ると、なかなか良い感じね。絵画の前においてある「問い合わせ受付中」の紙もかなりなくなっているみたいだから、それなりに良い印象を与えているのかな……王立芸術アカデミー的には特殊な描き方のこの絵たちを受け付けないと思うけれど、大衆の人たちが欲しがってくれたら嬉しいな)


「すごいですね、お嬢様。どこからどう見ても芸術品にしか見えないです」

「あはは。そうね。自分でもちょっとそう感じていたところ」


 仲良く絵画について話をするリゼたち。

 そんなリゼたちに近づいてくる者がいた。

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