39.劇場のチケット

 リゼの絵画に関する趣味について驚いたラウルおよびジェレミーではあったが、リゼの発言で気になることがあったようだ。


「あれ、描くって言った?」

「あ、はい。描き始めたのは最近なのですけれどね」

「ふーん、どんな感じなのかなぁ」


 鑑賞するだけではなく、描くというポイントが気になったのか、ラウルとジェレミーが興味を持つ。すかさずアイシャが隅においておいた絵画を持ってくるとかけていた布を剥がした。


「僭越ながら、こちらは私のことを描いてくださったんです。プレゼントしていただきまして」

「……これは思っていた以上に……そうか、リゼが……」

「なるほどなぁ。これはすごいね?」


 流石にうまいと感じたのか、ジェレミーまでもが驚きの声を漏らす。リゼはある程度は自分の絵に自信があるのか、胸を張る。前世の自分が努力してくれたおかげであり、心の中で感謝をした。


「ありがとうございます。それでここからが本題なのですけれど、趣味を聞かれたら絵画って話しても大丈夫だと思いますか?」

「このレベルはそう簡単にいるものではないし、問題ないと思うよ。むしろ誇れるかもしれない」

「うん、いいんじゃない?」

「よし、質問されたらそう答えるようにしますね……!」


 二人に認めてもらい、安堵したのかそっと独り言を呟く。エリアナのパーティーで趣味の話をするような状況にはならないかもしれないが、念のため、話のネタは用意しておいた方が良い。絵画の話は質問されたらすることにしようと決める。


「趣味を聞かれるようなことがあるのかな?」

「まさかまた縁談ではないだろうね〜」

「そんなはずないですよ……エルの場合は特殊ケースです。あ、でもお父様宛にあれから手紙で申し込みが何度かあったのでした……。でもお父様が断ったので問題ないです。実はお茶会に参加することになりまして」


 それからまた三分間、リゼにお茶会は似合わないと笑われるのだった。これは本当に心外であったため、ショックを受ける。


「ひどいです……一応、これでもお茶会は経験済ですよ? 楽しくはなかったですけれど。それにお披露目会も済ませていますし、つまり社交界デビューは済んでいます! よってお茶会は招待が来れば参加もします……!」

「なるほどなぁ。冷静に考えるとリゼも貴族のご令嬢だったと思い出したよね」

「それで、どなたのお茶会に?」


 ジェレミーが感慨深げにつぶやき、ラウルは頷きながら聞いてくる。


「バルニエ公爵令嬢ですね。たぶん趣味の話などにはならずに何かジェレミーのことを聞かれるのかなと思いますけれど……」

「バルニエ公爵令嬢といえば、ルイ王子と婚約した方か。この前のパーティーの時に顔は見たな」

「あ、そうです。あの方ですね。以前にお会いした時には特に会話もなく終わりましたので、なぜこのタイミングでお茶会のお誘いがあったのかちょっと勘繰ってしまいます……」


 このタイミングでなぜ招待を受けるのかは、リゼには知るよしもない。もしかすると、ジェレミーが頻繁にこの屋敷に出入りしているという報告があがっているのかもしれない。


「ルイから探るように言われた、公爵から探るように言われた、彼女が個人的に興味を抱いた、まあ、どれかになるんじゃないのかなぁ」

「いずれにせよ、和やかにお茶会を楽しむという流れにはならないだろうね」


 流石にルイとの婚約者であるバルニエ公爵令嬢からの招待と言われると、全員が穏やかに終わるはずがないと考えるのだった。リゼも同じ考えだ。浮かないように貴族のご令嬢が話題にしそうな趣味の話は準備しておくつもりではあるが、確実に何か絡まれるだろうと予想する。


(やっぱりそうなるよね……。粗探しされて、趣味の話に仮になったとして『野蛮な趣味しかないのですわね!』みたいな話でいじめられないように絵画のことを上手く話さないと……)


「今度の土曜日なので憂鬱です……」


 比較的、直近に迫ってきているお茶会。楽しみでも何でもないリゼは愚痴をこぼす。アイシャ、ラウル、ジェレミーはそんなリゼを慰めつつ、午後の練習に励むのであった。

 そして、二人を見送り、私室で湯浴びの準備をしていると、アイシャが話しかけてくる。何か手に持っているようだ。


「お嬢様、なんとなくお疲れのようですし、たまには気晴らしなどいかがでしょう?」

「何かあるの?」


 なんだかんだ言いつつも、お茶会の不安から解放されたいリゼはアイシャに聞き返す。癒されたいというのが本音だ。


「実はメイド仲間から劇場のチケットをもらってしまいまして、ご一緒にいかがですか?」

「劇場……いつ?」

「ちょうど明後日ですね。この日はラウル様たちもいらっしゃらないですし、いかがでしょう?」

「気晴らしは必要……行ってみようかな!」


 劇場と言われても、劇を見るのだろうというイメージしか思い浮かばない彼女だが、一度も見たことがないため前向きだ。〈知識〉に劇の記憶はないため、前世ではとくに関わりのない分野だったのかもしれない。アイシャは、「よかったです!」と、前置きをしつつも懸念点を念のため伝えておく。


「ただ、席は一般席なのですが……」

「そういうことね。もちろん、大丈夫よ」


 貴族用の席にこだわりがないリゼは即答する。俄然楽しみになってくる。どのようなストーリーなのか。


「分かりました。念のため、旦那様たちにもお話いただけますか?」

「分かった! それに劇場には行きたかった美術館が併設されているのよね。ついでに行きましょう!」


(劇場かぁ。確かに憂鬱なお茶会でなんとなく気が滅入っているし、たまには気分転換に良いかも)


 そして、日記を広げ、本日の成果についてメモをする。そして日課をこなしていると、ある程度の時間になったため、眠りにつくのだった。

 夜が明ける。早速、朝食で劇場のことを伯爵に話すリゼだ。


「あのお父様、お母様」

「どうしたんだい?」

「何個かお聞きいただきたいことがありまして。聞いていただけますか?」

「言ってごらん」


 まずは、劇場のことよりも憂鬱なお茶会についての気になっている点を共有しておく。


「まずは、お茶会のことなのですが……」

「バルニエ公爵令嬢の件かな」

「そうです。おそらくジェレミーのことを聞かれると思っています。話さないほうが良いことやこれを聞かれたらこう答えるべきといった話はありますか?」

「そうだねぇ。話してはならないことといえば、ルイ王子と約束している我が家の王冠のことだね。それからジェレミー王子のことはもう知れ渡ってしまっているが、敢えて言う必要はないかな。とはいえ、参加者はみんなまだ十二歳だからそこまで政治的な話にはならないだろう。あまり気にしなくても良いのではないかな?」


 伯爵はことを重くとらえていないようだ。リゼはその伯爵の反応を見て、考え込む。


(そうなのかなぁ。私の気にしすぎなのかな? ラウル様もジェレミーも楽しいお茶会にはならないだろうとは言っていたけれど、そこまで深刻に捉えている様子ではなかったし、ちょっと聞かれるくらいなのかな……?)


 一旦は保留することにした。それからもう一つ重要なこと、劇場の話をする。


「分かりました。そのようにいたします。あと、少し気晴らしも兼ねて明日なのですが、劇場にアイシャと行きたいと考えていまして。大丈夫でしょうか?」


 リゼの言葉に伯爵夫人が「えっ?」と、驚きの声を上げる。リゼのことだからまた剣術大会がどうたらといった話を始めるのかと思っていたのだろう。それか、剣が欲しいとかだ。先日も魔法陣を描くために軽めの石板が欲しいという話をしていた。


「劇場? あなたが?」

「あ、はい……お母様……」

「良いことじゃないの!」

「え、あれ、そうですか」


 何か反対でもされるのかと、一瞬緊張した彼女だが、予想外の反応に困惑する。伯爵夫人は心底喜んでいるのか、目を輝かせている。


「リゼ、あなた最近、剣術や魔法、剣術大会のことばかりだったじゃない? 正直、私にはよく分からないし、困っていたのよ。それに比べると、劇の鑑賞は私にも分かる分野ですし、貴族の子女の一般的な趣味に興味を持ったみたいで安心しました」

「あっ、そうですよね……」

「だから行ってきなさい。感想、聞かせてちょうだいね?」

「分かりました」


 伯爵の方を向き直ると、「行っておいで」とのことだったので伯爵に感謝しつつ、アイシャに参加可能と、目配せをする。


「分かりました。あと最後に……お父様とお母様にお渡ししたいものが。アイシャ? こちら、私が趣味で描いてみたお父様とお母様の絵です」


 今回は紙にささっとデッサンしたものであるが、伯爵と伯爵夫人にアイシャから受け取った絵を渡すと、目を落とす二人だ。そして、驚きの表情を浮かべる。


「おお! これをリゼが?」

「はい」

「素晴らしい! ありがとう、大切にするよ。しかし、いつの間にかこのような趣味が芽生えていたとはね……それに贔屓目なしにうまいな」

「あら、これはすごいわね…………劇場のことと言い、あなたに淑女らしい趣味もあったようで安心しました」


 伯爵と伯爵夫人は心底うれしかったようで、目をキラキラさせてほめてくる。リゼはと言えば、まんざらでもない。まさか自分の絵でここまで喜んでもらえるとは思っていなかったのだ。


「こんなに喜んでいただけるとは思っていなかったので私も嬉しいです」

「剣術大会のことも好きにすれば良いけれど、たまにはこの調子で劇場に行ったり絵を描いたりしてみるのがいいわね」

「分かりました」


(あ~、そういえば商会の話、まだしていなかったからタイミングを見て言わないと……ちょうど絵を売った日はお父様もお母様も不在で、アイシャが出迎えや給仕をしたから他の屋敷の人たちにもほとんど見られていないし。私が事業をしているとまだご存知ではないはず)


 すると、アイシャが食堂に入ってきたメイドから耳打ちされ、荷物を受け取った。


「あ、お嬢様。えっと、エリアス様からお手紙と小包が届いておりますよ」

「エルから?」

「こちらですね」


 アイシャはリゼに手紙と小包を渡す。白い封筒に、家紋の封蝋ふうろうが押されている。小包は比較的軽い。なんだろうか。

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