38.貴族令嬢の趣味

 そして朝が明け、日曜日になる。

 朝食に向かうと、クロワッサンにサラダ、スープなどが並べられていた。リゼはそれらをまったりと食べ終えると私室に戻るが、程なくしてジェレミーやラウルが訪ねてきたと、アイシャから知らされるのだった。

 動きやすい服装に着替えてから、練習場に向かうと、ラウルが声掛けを行う。


「さて、みんな集まったようだし、いつも通り練習を始めて行こうか」

「さーて、やりますか〜」

「あ、昼にお二人に聞きたいことがあるので!」


 リゼが手を挙げて発言する。いままで話していなかったが、絵の話をするつもりだ。


「お嬢様、昼で良いのですか?」

「あ、うん。雑談みたいなものだからまずは魔法の練習をして、昼の食事の時に話そうと思う」

「気になるなぁ。楽しい話だと良いな〜」

「あの、あまり期待しないでくださいね……あと王妃様に断りの連絡はしてくれましたか?」


 残念ながら王妃の考える縁談候補の件を確認したがスルーされた。

 いつも通り午前中は魔法、午後は剣術という流れになるようだ。リゼはアイシャと魔法について話し合っているようだ。


「私たち、かなり練習しているし、そろそろ追加効果が出てくる頃合いかな」

「お嬢様? 追加効果とは何でしょうか?」


 アイシャが質問してくる。リゼは早速追加効果について説明を行うことにした。


「えーっと、例えばアイスレイをアイシャに発動したとします。いまの状況だと、どうなりますか?」

「そうですね……いまは……お嬢様の魔法の効果は以前に増して強まってきていますが、それでもまだ強い力をかければ氷を破壊して脱出が可能です。うーん、追加効果というくらいですからね……。あ、もしかしたら脱出が出来なくなるとかですか?」


 と、答えるアイシャだ。


「惜しいです! 脱出できなくなるように完全に凍結させたりするのは、もっと上位の魔法でないと出来ないのだけれど……正解は、一度当てることができれば例えアイスレイを壊されたとしても追加効果があると、足の動きが鈍くなったりとこちらに有利な働きをしてくれます。これが追加効果ね」


 魔法は効果を更に高めることで威力があがったりするが、追加効果という要素もある。効果が高まるというのは、例えばスノースピアの飛距離が伸びたり、アイスレイの拘束時間が長くなったりすることが該当する。それとはまた別に有利に働く事象が追加効果であると理解したアイシャは、納得したように頷く。


「なるほど! 全ての魔法に追加効果はあるのですか?」

「一部の魔法にあるイメージ。サンドシールドにはあったはずよ。確かサンドシールドの場合は、火属性の初級魔法くらいのレベルの魔法なら跳ね返すみたいな効果だったはず。ちょっと曖昧でごめんね」

「あ、いえいえ。ということはエリアス様がいらした時に少し手伝っていただければ確認できそうですね」

「そうね。お願いしてみましょう」


 魔法の練習を積み重ねているため、そろそろ追加効果が現れてもおかしくない段階になってきている。

 アイスレイは習熟度が五十に達すれば追加効果が発生するため、楽しみなリゼだ。

 それから、アイシャはサンドシールドを発動させたときの位置の調整を練習していたようで、意識することで自分の近くであったり、遠くであったりにサンドシールドを発動させることが出来るようになっていた。それを見て、リゼもウィンドプロテクションの位置をうまく調整できるようにならないといけないなと触発されるのだった。

 リゼはその後、ラウルの練習を確認する。


「ラウル様、いかがですか?」

「あぁ、リゼ。ほら、見ての通り。ライトスラッシュで的を攻撃する練習をしているよ。飛距離はだいぶ伸びてきたからね。あとは正確に動きながら当てるという練習をしているんだ」


 的に何回か命中したのか、少し自信を持ってラウルが説明してくれる。リゼもその考えには同意であるため、同調する。


「動きながら当てる練習……重要ですね……!」

「それに君たちと次は試合をする可能性があるからね……剣術大会は剣術以外にも魔法やスキルを駆使して戦うことになるわけで、魔法は君たちに劣っている部分だから重点的に鍛えているよ」


 生真面目なラウルは、張り切って取り組んでいる。真面目に対策を考えるラウルを見てリゼは気づいた。ラウルもリゼやジェレミーとの勝負にはこだわりがあるようだ。


「ふふ、ラウル様」

「ん?」

「ラウル様って結構、負けず嫌いなのかもしれませんね?」

「おっと、これはそうかもしれないね」


 ラウル自身、自分のそういった側面に気づいていなかったのか、少し恥ずかしがるのだった。なお、リゼはあれから練習を積み重ね、まだ粗削りではあるが、ある程度は決めた位置に的確に魔法を飛ばすことが出来るようになってきている。魔法というものは必ずしも完璧に直線上に飛んでくれるわけではなく、風であったりと、環境面に多少は左右される。よって、きちんと目当てのポイントに魔法を当てるために軌道を調整するということが必要になるが、案外難易度が高かったりする。リゼは、そういった点も考慮して軌道を制御できるように練習していたのだ。といってもまだ完全に操れるようにはなっていないのだが。

 それから次はジェレミーの様子を見ることにする。


「ジェレミーはもしかして軌道を制御する練習ですか?」

「ふーん、分かるんだね?」

「まあ…少し曲がっていたような気もしますし……」


 ジェレミーは、ライトスラッシュの光線を真っ直ぐ飛ばすのではなく、カーブさせて的に当てる練習をしているのだった。ちょうどリゼが密かに練習している内容と同じだ。


「光属性魔法って初級魔法だとライトスラッシュしかないからね〜。中級魔法にたどり着くまでに差別化できる要素が必要かなって。リゼもやってみたら?」

「私も実は少し取り組んでいます。ただ、ライトスラッシュの光線と異なり、氷の粒の挙動を制御するのは難しいので、エアースピアの風を制御することによって、軌道を曲げたりする方式にしています」

「すごいね? すでにその領域に達していたんだ。僕は近衛騎士に聞いて始めたばかりなんだよね。コツとか教えてほしいな~」


 それから、ジェレミーと魔法談義を繰り広げつつ、魔法の軌道制御に明け暮れた。魔法について真摯に向き合う面々を見て、やる気に満ち溢れるリゼは、ひたすら昼になるまで時間を忘れて取り組むのだった。

 そしていよいよ昼になる。


「それで聞きたいことって何かな、リゼ」


 と、ずっと気になっていたのか、珍しくラウルが質問する。

 リゼは、「実は……」と、前置きをしつつ、口を開く。


「えっと。貴族の令嬢の趣味についてなのですが、普通の子女の趣味って音楽とか舞台みたいな芸術関係だというのはご存知ですか?」

「普通ではないリゼと違って、そこら辺の人たちはそうなんじゃないかなぁ」


 ジェレミーがからかう。リゼは、溜息をつきつつも、仕方ないという表情で苦笑いだ。


「普通じゃないと言い切りますか……私のことはおいておいて、お二人の周りの方々はいかがですか?」

「うーん、僕の場合は姉上を参考に話すとすると、舞台鑑賞などかな。さっきの例にも出てきていたね」

「ラウル様にはお姉様がいらしたのですね。やはりそういう趣味ってありますよね」

「いま学園に通っているから、たまにしか会えないんだけどね。興味があるなら何か面白い作品があるか聞いてみるよ」


 この話題を持ち出すということは、貴族の令嬢らしい趣味を見つけようとしているのかな、と推測したラウルは親切に提案してくれる。


「ありがとうございます!」

「周り、ねー。母上は刺繍とかかなぁ。何が面白いのかよく分からないけどね〜」

「王妃様は刺繍がご趣味なのですね」

「ほらこのハンカチ。母上がくれたやつだね」


 リゼは「綺麗ですね……」と感想を述べる。ジェレミーがひらひらとハンカチを振ると綺麗な刺繍が施されている。リゼは刺繍を当然できないため、素直に感嘆する。王妃は刺繍が得意なようだ。

やはり、貴族の趣味というと王国ではこのように芸術関連が一般的だということか。


「それで、参考になったかな? きっと何か質問の意図があるのだろうと思うわけだけど」


 自分とジェレミーが考え付く令嬢の趣味について話し終えたため、ラウルが質問してきた。本題があるのだろうと察しているのか、先を聞きたがっている感じだ。


「はい、ありがとうございます。やっぱり子女らしい趣味って大事だなと再実感できました。私は実は絵画に興味があるのですが」


 リゼは話の本題に入ろうとする。すると、一同は我慢できずに笑い出してしまう。


「リゼが絵画……ぷぷぷ」

「ジェレミー王子。笑うのはよくないだろう……それにしてもリゼと絵画……ぷぷ、おっと、失礼」


 ジェレミーが腹を抱えて笑い出し、ラウルもなんとか神妙な顔つきでその場をやり過ごそうとするが、笑いをこらえているようだ。


「ひどすぎませんか……?」


 予想外の反応にリゼは怒る。それから三分経った。リゼはこの三分間で自分のイメージというものを痛感していた。彼らはツボに入ったのかひたすら笑い続けていたのだった。


「いやー、ごめんリゼ。ちょっと想像ができなかった……」

「悪気はなかったからね……?」

「ほんと傷つきますよ……」


 それから、やっと落ち着き始めたラウルとジェレミーに対してしょんぼりしながら呟く。流石に悪いと思ったのか、二人は慌ててフォローを入れた。


「それでどんな絵画が好きなのかな?」

「絵画、なかなか良い趣味だと思うよ」

「……そうですね、風景や人物、静物などの一般的な絵も好きですが抽象画も好きではありますね。描くのも好きです。実は密かにたまに描いていまして!」


 リゼは少し考えこみながら、真面目に回答を行う。意外とまともな回答が返ってきたため、ラウルとジェレミーは顔を見合わせる。本当に絵画が好きなのかもしれないという驚きの表情だ。


「またこの空気ですか…………」


 剣術に魔法、戦闘に特化した練習を繰り広げていた自分のイメージとはとにかくかけ離れているのだろうと再度実感するリゼだ。それに未だに周囲にばれてはいないが、ジャガイモの芽やアジサイの葉を食べたり、衝撃耐性のためにベッドから繰り返し落ちたりと、奇怪な行動をしている認識はある。到底、普通の貴族令嬢とはかけ離れているわけだ。

 とはいえ、本題はここからだ。お茶会について確認しておかなければならない。

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