34.縁談申し込みに対してのお返事

 リゼとしては早く断りたいところではあるが、縁談のためにやってきたカルポリーニ子爵は引き続き、状況について熱く語る。


「それに、リゼ嬢と知り合う前のエリアスはこの国に馴染めず、家でも少々手を焼いていたのですが、知り合ってからというものの、真面目に勉学にも励むようになってくれまして、さらにはこの国の貴族として順応しようと努力を始めた次第で……」

「リゼとエリアス殿が知り合いとおっしゃられておりますか?」

「はい、もちろんです。我々も観客席から見ておりましたが、あれは見事な試合でしてね。結局、エリアスが敗北したのですが息子が変わるきっかけとなったのは確実にリゼ嬢のおかげだということは我々としても明白でして、是非にと」

「リゼ、エリアス殿と面識があるのかな?」


 伯爵たちは都合がつかず、剣術大会を観戦することは出来なかったのだが、試合と聞いて状況をなんとなく察した伯爵はリゼに尋ねる。


「そ、そうですね……。剣術大会で……でもあのときはエルさんと名乗っていらして…………縁談をお申し込みいただいたものの、気づきませんでした」

「我々は習慣として名前は略して呼ぶことが多いのですよ。紛らわしくて申し訳がありません。ですが、いかがでしょうかこの縁談。我々としては是非にと考えております」


 カルポリーニ子爵は息子のためなのか、縁談に前向きだ。伯爵はリゼをチラッと見る。リゼは(まさか、お父様、乗り気ではないですよね……)と不安そうに伯爵を見つめる。


「見ず知らずの方であればお断りしていたのですが……すでに顔見知りであるということであれば…………ただ、我々としてはリゼの気持ちを尊重するのが大事だと考えておりますからね。リゼはどうかな?」

「あの、エル、あ、エリアス様、まったくエリアス様のことが嫌というわけではないのですが、私は…………縁談という形ではなく、学園入学後に自由恋愛で相手を探したいと考えているのです。なので、縁談は……申し訳ありません…………」

「……分かりました」


 リゼが控えめにお断りの意向を伝えると、エルもといエリアスは言葉少なく了承するのだった。エリアスはショックなのか、うなだれており、そんな様子を見て内心で慌てる。子爵たちはまあ仕方ないかという雰囲気で頷いている。


(怒ったかな……)


 恐る恐るエリアスを見るリゼ。エリアスはまだうつむいている。


(どうしよう!? 攻略キャラ、しかも戦争ルートがあるエリアスを怒らせたらまずい……。私が断ることでさらに独立運動が盛んになったりしたらどうすれば……)


 内心でどうしようかと慌てふためいていると、エリアスがそっと呟く。


「……良いお話を聞けました」

「えっ…………?」


 もう一度エリアスを見ると、顔を上げ、吹っ切れたような、清々しさを感じる顔つきになっていた。剣術大会で後ろ向きであったエリアスからは想像が出来ない姿だ。


「学園入学後の自由恋愛で相手を探すとおっしゃいましたよね?」

「はい、そうですね……」

「ならば可能性が0になったわけではないということですよね? 学園入学後にあなたにアプローチして告白させていただこうと思います」

「……」


 リゼは黙るしかないが、エリアスは少し間を置き、さらに言葉を重ねる。


「おそらく、あの時の卑屈であった僕にこの国の貴族も悪くないものだと思わせてくれた衝撃は、僕の中で一生残り続けるはずです。あそこであなたに一目惚れしました。この気持ちが変わることはないでしょう。あとはあなたに僕のことを好きになってもらう努力をしていくつもりです。これなら問題ないですよね?」

「そう、ですね……」


 と、答えるほかないリゼ。エリアスはさらに話を続ける。伯爵や子爵たちは黙って聞いている。


「これからはあなたに相応しい人物になれるように、卑屈にはもうなりません。言いたいこともはっきりと言います。そして、誰に対してもまっすぐに向き合っていきますよ。リゼ、あなたがそうしてくれたように。僕の恋愛感情をあなたに押し付けるつもりはありません。まずは剣術友達として仲良くしていただけますか?」

「……分かりました。剣術友達、私が言い出したことですし、友達のつもりです。それにまた試合をしたいなって思っています」

「ありがとうございます、リゼ。あなたに勝ち、この国の貴族の頂点に立てるように訓練していくつもりです。これから、かっこいいところを沢山見せていきますよ。あと先にお伝えしておきます。恋愛感情を押し付けるつもりはないのですが、好きという気持ちは変わらずにありますので、そこは察してスルーしてください!」


 決意を表明したエリアス。その姿は誠実そのもので、リゼが〈知識〉で見たことがあるエリアスとはまったく異なっていた。さらに、後ろ向きな卑屈さはなく、前を向いて生きていくのだろうと、実感させられた。


「頂点ですか……でも私もそう簡単に負けるつもりはありませんよ?」

「ははは、さすがです。共に上を目指していきましょう!」


 手合わせで簡単に負けるつもりはないリゼとそんな彼女に笑顔で答えるエリアスなのだった。

 エリアスとの縁談を断ることに成功したリゼであるが、彼もそう簡単に諦めるつもりはないようだ。その様子を見て安堵した伯爵が子爵に目を向ける。


「えー、話はまとまったようですかな。ということであとは自由にさせるということで……」

「そのようですね、ランドル伯爵。これで良かったかと……。私も息子に触発されて、この国に馴染もうと努力することにしましたので色々と学ばせていただければと」

「それは良いですな。実は我が家も先祖をたどるとこの王国とは別の国の出身で……」

「おお、そうなのですか!」


 先祖をたどると生粋のゼフティア王国民ではないランドル伯爵家の話を聞き、意気投合する子爵だ。しばらくこの話で盛り上がりそうであるため、エリアスはリゼに提案する。


「リゼ、少し散歩でもどうですか?」

「そうですね……行きましょうか」


 二人は屋敷を散歩するため、簡単に挨拶をして散歩に出かけることにした。行き先は庭園にしたようで、裏庭経由で目的地へと向かう。


「あのエル、まさかエルがエリアスというお名前だったとは思いもしませんでした」

「そうですか……縁談の手紙を送ったときに気づいてくれるかなとも思ったのですが、驚かせてしまって申し訳ないですよ。確かに名前をお伝えしていませんでしたしね。でも驚いた顔が可愛かったので僕としては気づいていなくてよかったかもしれません!」

「あー、そういうものですか……」


 そして、庭園へとやってきた。エリアスが気になったことを質問してくる。この庭園はリゼの希望でアジサイを大量に植えたエリアがあり、いまちょうどその近くだ。


「さっきランドル伯爵がお話されていましたけど、リゼの家系も他国出身なのですか?」

「はい。といっても五百年も前のことなのですが、ゼフティア王国との戦争に負けて併合されたみたいです」

「そうでしたか。なかなかそういう境遇の貴族っていないと思いますので珍しい共通点ですね!」

「そ、そうですね……!」


 エリアスは王国に馴染めないことから、こじらせかけていたため、同じような境遇であることを知り喜ぶのだった。リゼは同意しつつも、〈知識〉が頭によぎる。


(実は攻略キャラのロイド=カイル・パーセルはさらに私の先祖と似た境遇だったりする。我が家と同じように、海を隔てた西方の島の王国の一つで戦争に負けて併合されたはず。しかも先祖のシスア王国とは同じ島だったからかなり近い……けれど、そんな話はしないほうが良いよね……)


 ◆ 


 なお、その少し前、外に出る二人に気づいたジェレミーとラウル。


「ジェレミー王子、あれ」

「ん~、リゼとあれは……」

「あれがエリアス殿か」

「んん~、見たことがある気がするなぁ」


 エリアスがどのような人物か興味があり、窓辺にやってきたジェレミーは驚きの声をあげた。状況が飲み込めないラウルはジェレミーに質問する。


「え、そうなのかい? 僕はないな……誰なのかな?」

「あれは初級クラスにいたエルとかいう子じゃなかったかなぁ。なるほどね~」

「知り合いなの? 僕は決勝戦から合流したから知らない人だけど」

「僕は違うけど、リゼは知り合いかなぁ。縁談を申し込んできた理由がわかってきたかもよ」


 なるほどね、という表情のジェレミー。ラウルはというと二人で外に出たことが気になっているようだ。普通は破談になったのであれば、二人で外に出たりしないからだ。


「どうする? 僕は行くけど」

「行くに決まってるじゃない。きちんと断ったか確認もしないとだしね~」


 ジェレミーがそう答えると、ドアの方ヘ向き直して、足早に外を目指す二人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る