33.縁談相手の登場

 古代書物の解明作業に協力してほしいという提案を快諾したリゼ。

 早速、書物を送ってもらうことにする。


「魔法陣を沢山見てみたいので、是非とも書物を送っていただけますと嬉しいです!」

「もちろんです。私の研究資料もお渡ししましょう。たまに、私も一緒に研究させてくださいね。なお、水道や、部屋の明かりといったものはご存知かもしれませんが、魔法によって成り立っています。魔法陣を特殊な鉱物に焼き付けているわけですね。『エアメン』という名前の鉱物で、焼き付ければスイッチのオンオフに応じて魔法が発動されるのです」

「そういえば練習場には魔法を吸収する鉱石もありました」


 リゼはふと練習場を思い出して口にする。


「それは貴重な『レクシス』ですね。『エアメン』は鉱山で取れますが、『レクシス』は西方の島による山奥でしか手に入らないとても貴重なものです。ランドル伯爵領は西方の島に領地がありますから、そのような豪勢な練習場を作れたのかもしれませんね。事業としても輸出をしていますよね」


 あまりランドル伯爵家の家業について詳しくなかったリゼはひょんなことから勉強になった気がした。家業は兄が引き継いでいるため、リゼの出番はなく、いままでとくに教えられたこともなかった。

 そして、近日中に書物を送ると約束してくれたキュリー夫人を見送るのだった。その後、夕食を済ませて私室に戻るとキュリー夫人が授業で見せてくれた本をいただいたので、読み耽る。


(古代文字というこの文字たち、何を隠そう、ルーン文字じゃない。当然ながら私は読むことが出来る。なぜならスキルを取得済だから。あのスキル、半額だったから念のため購入しておいたのだけれど、まさかこういうところで活きてくるとは。買っておいてよかった……。キュリー先生含め、このルーン文字の解読が出来ていないことが、残りの魔法を解明出来ていない原因よね。そういう意味だと、私が研究するのが解明には一番近いはず)


 それから、縁談を断る日までいつも通りの日常を過ごしつつ、書物の読み込みにも時間を割いた。


「今読んでいるこの本、マナとの通信確立のための信号送信・受信に纏わる話や、魔術式、つまり魔法陣の描き方、魔法陣を用いて魔法を習得する流れなどが記載されていて……あとは習得出来るレベル、魔法の効果や追加効果の内容も。この書物を読み解いて、正しい魔法陣を描いて、手をかざしながら魔法名を告げれば習得できるのね。魔法陣を記載のとおりに正確に描く技術は、前世の私の画力がきっとうまいことやってくれるはず。ミカル様、有難うございます。まさかこんなところでも加護が活きてくるとは……!」


 充実した日々を過ごした彼女であるが、縁談を断ることでエリアス・カルポリーニが怒り出さないかどうかが悩みの種だ。しかし、怒り出したら謝り続けるしかない。と、最終的には決断を下すのだった。

 

 そして、ついにエリアス・カルポリーニが訪ねてくる日となった。いつもの動きやすい服装ではなくある程度はフォーマルな縁談の場にふさわしいドレスに身を包んだリゼは、気分転換に魔法でも詠唱しようかと練習場に赴くと、そこにはいつもの二人がいるのだった。


「えっと、それで…………どうしてお二人がここにいるのでしょうか……?」

「それは……やっぱり気になってしまってね」

「失礼なやつだったら僕がなんとかしてあげるからね~。近衛騎士も数人連れて来てるし」


 ラウルとジェレミーは元気づけようと駆けつけてくれたようだ。


「そうですか……心強いです。ただ、流石に同席いただくのは難しいと思いますので、応接室でお待ちいただくのは……うーん、応接室同士で距離が近いので万が一遭遇したらまずいですし…………いつもの授業用の部屋で待っていていただけませんか?」

「さっさと終わらせてきてね、待ちくたびれるのはごめんだからさ。いいね? すぐに断ってよ」

「リゼ、気をつけて。そうだね、すぐに断ろう」


 二人から元気をもらい、スノースピアを一発発動し、気合を入れる。


「はい、なんとか穏便にお帰りいただくように頑張ります」


 二人は頷く。その様子を見ていたアイシャは考える。(お嬢様、素敵な仲間ができて良かったです。いや、仲間……なのかは微妙ですけど。むしろ……)と、心の中で呟くのだった。

 四名は屋敷の入り口までは共に向かい、リゼとアイシャは応接室を目指す。二人から元気をもらったリゼは不安がなくなるわけではないものの、王子や公爵令息であるラウルが味方であることを心強く感じ、なんとか乗り切ろうと意識を切り替える。

 応接室で待つこと十分、屋敷の外がにわかに騒がしくなってくる。きっとカルポリーニ子爵一家が到着するのだろう。いよいよだ。


(はぁ……。大丈夫とは思うけれど、それでも正直なところ、緊張してきた……)


「緊張しているね?」

「お父様、こういうことは初めてなので緊張で吐きそうです……」

「大丈夫よ。堂々としていなさい?」

「はい、お母様……」


 伯爵と伯爵夫人は席を立つ。出迎えに行くのだろう。伯爵夫人はリゼの肩に手を置いて「大丈夫よ」と言ってくれる。

 出迎えは伯爵たちだけで実施するらしい。周辺の国々では当事者のリゼも出迎えに参加するのが一般的ではあるが、ゼフティア王国ではまずは親が出迎えるのが基本とされていた。


「それでは我々は出迎えて、少し話をして、それから来るから待っていなさい」

「はい……」


 さらに十分、応接室でリゼは待つ。アイシャは壁際で静かに立っている。たかが十分なのだが、なかなかに長く感じる。


(私をわざわざ指名してくる理由、何なのだろう……あれからずっとみんなと考えてきたけれど、やっぱり氷属性の話くらいしかない…………)


 廊下から数人の足音が聞こえてくる。話し声も聞こえており、近づいてくる。


(あ、来た! ――落ち着いて、別に死ぬわけではないのだから……ジェレミーとラウル様という強い味方もいるし)


 いよいよ足音はドアの前で止まる。ノックの後、扉が開かれた。カルポリーニ子爵とその奥方、そしてエリアス・カルポリーニと思われる人物、伯爵たちが入室してくる。その姿にリゼは驚きの声を漏らす。


「え……」

「はじめまして、リゼ嬢。ヴィセンテ・カルポリーニと申します。こちらは妻のシエッナです。そしてこちらが息子の……」

「エリアス・カルポリーニです。リゼ、またお会いできて嬉しい限りです」

「エル……? あ、失礼しました。リゼ=プリムローズ・ランドルです。今日は宜しくお願いします」


 剣術大会で戦ったエルがあのエリアスだったのかと混乱する。その間に伯爵は席へどうぞと子爵たちに手で示す。子爵たちが席に着くといよいよ、縁談話といった雰囲気になってくる。


(あれ? どう考えてもエルにしか見えないけれど……エルがエリアスだったということ……? 全然、〈知識〉で見たようなチャラチャラした雰囲気がないから気づかなかった……。ダメよ、私……。ジェレミーのときに気をつけないといけないと思ったのにまたやらかすなんて。成長後のイメージを先入観として持ってしまっているから払拭していかないと……)


 挨拶もそこそこに、伯爵が口を開く。


「さて、カルポリーニ子爵殿、我が家のリゼとエリアス殿の縁談の話ですが、詳細をお聞かせいただいても宜しいですかな?」

「今日は強引に対面で一度お会いさせていただきたいなどと、失礼いたしました。実はエリアスがどうもリゼ嬢を気に入ってしまったようでして、家でもリゼ嬢の話をずっとしている始末でしてね……我が家の、我が国、といっても、いまはすでに国はないのですが、気になったのであればまずは声をかけてみるのみ! という習慣に従い縁談を申し込ませていただいた次第です」

「なるほど……そうでしたか……」


 子爵の説明を受け、文化の違いに若干驚く伯爵だ。なかなか子爵家から伯爵家に縁談の申し込みを行うということは考えられないためだ。

 早く断りたくて仕方ないが、エリアスをチラッと見ると、真剣な表情をしていた。


(エルなら怒り出したりしない……かな。でも穏便に済ませるためにはどうすれば……)


 リゼは心の中で溜息をついた。

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