31.相手は一体!?

 突然の縁談の申込みに溜め息しか出ないリゼであるが、仕方なく伯爵の部屋を目指す。リゼが作り出す重苦しい沈黙の中、ジェレミーとラウルはなんとか盛り上げようと気を使ってくれるが、薄い反応のリゼと心配そうに見守るアイシャ。そして、すぐに伯爵の部屋へと到着する。ドアをノックし、入室する。


「失礼します。お父様、縁談の話があったというのは本当ですか?」

「あ、あぁ。まあ座って。ラウルに…………ジェレミー王子もいらしていたのですね……どうぞ、お座りください」


 席に着く三人。アイシャは壁側で待機する。すかさずリゼが口を開く。


「あの、お断りしても良いですよね……?」

「ん? もちろんそのつもりではあるけど、回答はどうしても対面でお願いしたいという話でね」

「普通はそういうものなのでしょうか?」

「いや、少し強引かもしれないね。しかも爵位は我々よりも下だからね。何かどうしても会いたい訳があるのかもしれない」


 断ることを許可されたリゼは内心安堵したため、「そうですか……ありがとうございます」と答えてぐったりとする。はしたない行為だが突っ伏してしまう。リゼにとっては縁談どころの話ではないのだ。つい先日、衝撃耐性スキルのレベリングを始めたばかりであるし、この混沌とした世界では何が起こるか分からない。

 よって、縁談などにかまけている暇はなく、学園に入学するまでに成長しなければならない。 

 そして、ラウルとジェレミーが気になるのは縁談を申し込んできた相手である。


「失礼ですが、伯爵、相手は誰なのでしょうか?」

「えっと、カルポリーニ子爵令息という方だ。貴族名鑑で見る限り、辺境領域の貴族らしいね」

「なるほど。ジェレミー王子、知っているかな?」

「う~ん、知らないなぁ。知らないということは、ジェレミー派でもルイ派でもないのかな~」


 その相手を知らない二人は首を振り、まったく困ったやつだと結論付ける。しかし、その名字に聞き覚えのある人物がいる。リゼは恐る恐る顔を上げ質問する。


「カルポリーニ……エリアス・カルポリーニですか?」

「リゼ、知っているのかい? 私の記憶する限り接点はないはずだが……」

「あ~、あの、会ったことはないはずですが、何かで聞いたことがあるというか……」


(エリアス・カルポリーニ。攻略キャラのひとりじゃないの……彼が私に興味を抱くようなことってあるのかな……)


 頭を抱える。カルポリーニ子爵令息を知らないラウルとジェレミーは顔を見合わせる。二人は状況を整理する限り、リゼにとって良くない相手なのだろうという判断を下したようで、「困った人だ」だとか「失礼にもほどがあるよね~」と批判が飛び出てくる。


「とにかく一度会って断りを入れる必要がある。私も同席するから問題ないかな?」

「そう、ですね……断るにせよ、穏便に済ませたいと思いますので、要望通り会うことは私としては大丈夫です」

「分かった。最短で三日後に会えるそうだから、この屋敷で断りを入れることにしよう」

「はい」


(攻略キャラと問題を起こしたくないから仕方ない。だから会うしかない。それに確かエリアスルートは戦争ルートだったはず……あとで整理しておかないと。危険極まりない)


 リゼたちは部屋をあとにする。無言のまま練習場に戻ってきた面々だ。ここに来るまで、なぜいきなり縁談の申込みがあったのか、考えに考えるリゼであったが、答えは見つからなかった。


「それにしても強引だね。対面での返答を要望したりと。断るにせよ、面識もないのにいきなり縁談の申込みとは……失礼だね」

「断れば二度と来ることはないと思うから怒っても仕方ないでしょ~。淡々と終わらせるだけだよね」

「たしかにそうだが……」

「それにさ~。子爵家なんだよね? あくまでも一般論で考えればね? 普通はリゼの立場的にはありえない婚約だと思うけどなぁ」


 ラウルとジェレミーは、少し攻撃的な会話を繰り広げる。よほどこの縁談話が気に食わないらしい。しばらくその会話をぼーっと聞いていた。二人の会話は、といっても主にジェレミーであるが、しまいにはどのようにつぶすかといった話になりかけている。そこではっとして、リゼは落ち着かせようとする。


「あー、もうやめましょう……この話。それに、あまり爵位で判断するのは良くないですし、私的にはこだわっているポイントではないので学園で知り合っていたら話は別かもしれません。でも縁談という形で話を進めるのは嫌なのでお断りします。まだ将来を決めたくないですし……そんなことよりも! 魔法や剣術の練習をしましょう、練習!」


 リゼは気持ちを切り替えると、アイシャも含めて練習を行った。そして、なんだかんだカルポリーニ子爵令息に対してぶつぶつと文句を言うラウルやジェレミーを見送り、夕食やお風呂を済ませて寝る準備をする。


「ねぇ、アイシャ」

「縁談の話ですか? 一応、あれからメイドたちに聞いてみたのですが、あまり目立つような家系ではないみたいですよ。十年前に他国から我が国の貴族として登録が変更されているようです」

「そうなのね。断るだけだし、気にしても仕方がないよね……」

「そうですよ、お嬢様。もしかしたら氷属性の話が珍しくて声をかけてきたとかかもしれませんし、熱意はないのでは?」


 確かにそれはあるのかもしれない。他国から王国貴族になったということは辺境領域の貴族であり、氷属性のリゼを取り込めば王国内の注目度も必然的に上がるだろう。願ったりかなったりだ。


「それもそうね。じゃあ寝るね、おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 アイシャが退室する。リゼは眠れないため、起き出すとランプをつけ、日記を開く。情報を整理するのだ。


(さて……。断るとは言え、攻略キャラなので怒らせないようにしないとまずいはず……。まとめておきましょうか……。一度簡易的にまとめたけれど、もっと細かく思い出しましょう。エリアス、攻略キャラの一人。茶髪で子爵家。チャラチャラとしているが魔法属性は火で剣術の腕は高く強い。派閥は中立派。私の家と同じようにゼフティア王国に合併された他国の出身。とはいえ、その合併された他国は戦争ではなく、疫病が発生して国を管理することができなくなったため、仕方なく合併された流れ。なお、その他国の王族ではあるわけではなく、その国の貴族だった。まだ合併されて間もないため、王国貴族からは外様扱いでエリアスはその境遇と身分にコンプレックスを抱いている。生まれたときにはすでに合併した後だけれど、領地には合併前の文化が多く残っているでしょうし、板挟みにあった可能性がある。カルポリーニ子爵は王国内で権限はほとんどなく辺境貴族に甘んじている状況…………個別ルートでは、王国の貴族ではない平民出身のレイラと仲良くなり、この国への不満から独立運動を開始し、戦争が起こる……多大な犠牲を払ってたしか独立した)


「唯一の独立戦争ルート……。そう、エリアスルートの個別ルート終盤は血なまぐさい展開になるのよね~……。そして戦闘モードがハード……。レイラも独立戦争に参加して、王国軍、同級生と戦うことになってしまう。あれ、思えばサブキャラであるジェレミーとは友人として散々話しているけれど、いままで攻略キャラとはまともに口を利いていないから初めて接する攻略キャラになるわけね……。ルイとは同じパーティーに参加したけれど、会話はなかったし……。エリアスって何が地雷ポイントなのかな――ゲームでは表面上は誰とでも仲良くしていて、でも心に壁を作って深い仲になろうとはしないタイプだったはず。確実に言えるのは家柄の話とか合併の話は危険かな。そもそも私と婚約するメリットって何があるの……辺境貴族に甘んじてしまっているいまの立場も少しは良くなるとは思うけれど…………やっぱり氷属性の話なのかな?」


 エリアス・カルポリーニはどのような理由で近づいてくるのか。〈知識〉によると、学園入学のタイミングで婚約者はいなかったはずだ。悩むリゼであったが、思い返した内容を日記に記しておくのだった。

 

 そして、翌日の日曜日となる。気になっているようでラウルやジェレミーが訪ねてくる。気を使っているのか、彼らから縁談の話を振ってこないため、いつも通りの練習風景となる。


「ラウル様、中級クラスでは剣術と魔法を組み合わせた攻撃をしてくる方は出てくるのでしょうか?」

「君たちがやっていたように剣術メインで戦いつつ、たまに魔法を詠唱するという人はチラホラといるね。でも上級者となる剣の太刀筋に魔法をまとわせたりする人はいないかな」

「ありがとうございます。そうですか……。でもスキルは当たり前の世界になってきますよね? 私も剣術のスキルを取得したほうが良いのかなって思い始めました。最近は趣味みたいになってきていますけれど、元々は攻撃されたときに生き延びるために練習していましたし、そういう意味合いでも有効かなって」


 と、リゼが発言する。何かあった時に生き延びるための対策として必要になるというのが彼女の考えだ。ジェレミーのスキルに歯が立たなかったことを考えると、相手が強いスキルを持っていたら殺されてしまう可能性が高い。なお、これは王国貴族にはない考え方だ。普通の貴族は誰も襲われるなどと考えていない。


「生き延びる……そうだったね。スキルを入手するのは有りだと思うよ」

「変わってるよね~リゼは。そんな状況にはならないだろうに」

「でも万が一には備えたほうが良いですよね? 剣術大会にしても、実際に何かの理由で攻撃された場合にしても、スキルがない今、攻撃や防御のバリエーションが単調になってしまう気がしているのです。手の内を知っているジェレミーやラウル様なんて、大抵の私の攻撃パターンを予測できるでしょうし……」


 リゼの言い分にも一理ある。アイスレイの拘束がいつ来るのかという点は、相手からすれば注意するべきポイントであるが、それ以外は案外リゼの攻撃と防御のバリエーションは普通だ。そのため、攻撃スキルを入手することで立ち回りのバリエーションを増やしたいといったところか。


「なるほどね」

「なので、スキル習得を目指してみようかと。これが私のしばらくの目標ですね」


 リゼは目標を宣言する。今後、スキルは戦闘で必須になるといっても過言ではない。

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