29.ジェレミー派の話し合い

 リゼは剣術大会の会場から帰宅すると練習場にジェレミーが獲得した盾を飾り、私室に戻る。部屋に到着するとすぐに椅子にもたれかかる。なかなかの疲労感だ。そして、現状を確認しておくことにする。


(ステータスウィンドウ、開いて)


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】5

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性、氷属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護

【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)

【状態】健康、擦り傷

【所持金】120000エレス

【ポイント】130710000

【メッセージ】「剣術大会(初級クラス)で準優勝しました」


(あ、レベルが5に上がっている……! 確実に成長している証拠ね。それに、【状態】に擦り傷が追加されている……。剣術大会で怪我をしたからよね。これは傷跡が残ったら嫌だからポーションで治しましょう。それと、色々とスキルの重要性が分かったから……よし、明日、交換画面を見に喫茶店に行きましょうか!)


 リゼは翌日、喫茶店を訪れることにした。ルークの話では、ラインナップが定期的に変わるため、ちょくちょく見に行く必要があるためだ。それに、剣術大会で攻撃用のスキル持ちと戦ったことで確実に攻撃用のスキルが必要だと感じていた。

 

 ◆


 そしてその翌日、王宮での出来事だ。招かれたのはフォートリエ伯爵および伯爵令息、ローラン子爵および子爵令息の四名となる。謁見の間というほどの広さはない、会合を行うための部屋には長い机と椅子が並べられており、ジェレミーは上座に座っていた。そして、貴族たちはジェレミーから見て右側に一列に着席しているという状況だ。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます、ジェレミー様。こちら息子のマルクです」

「ジェレミー様、マルクと申します。この度はお招きありがとうございます」

「お久しぶりでございます、ジェレミー様、こちらは息子のレジスにございます」

「はじめまして、ジェレミー様。レジスと申します。以後、お見知りおきを」


 招かれた貴族たちは光栄と感じているのか、心なしか胸を張っている。今回の会合は非常に急な話であり、今朝方に王宮への招待状が届いたのにも関わらず、きっちりとした佇まいで馳せ参じたのは流石はジェレミー派の中核貴族といったところだろうか。

 ジェレミーは自己紹介を黙って聞いていた。そして。


「はは、ははは、面白い、ははははははは」


 ジェレミーはそんな貴族たち四名を見て笑い出す。突然の笑いに困惑する面々。笑い続けるジェレミーにフォートリエ伯爵がおずおずと様子をうかがう。


「ジェレミー様?」


 ジェレミーは声を上げて笑うのをやめるとニッコリとした笑顔を向ける。


「なんで呼ばれたのか分からないのかなぁ」

「は、はい。ジェレミー様をご支援させていただいている貴族の食事会かと……我ら中核貴族に何かご命令があるものかとも考えておりました……!」

「そうだよね~。じゃあ、ほら、こんな被り物とかしてみたらどうなっちゃうかなぁ」


 ジェレミーは背中の後ろに隠していた黒髪のカツラを頭につけてもう一度貴族たちに笑顔を向ける。


「ジェレミー様? そちらのお被り物は? あ、お、おにあいです! さすがはジェレミー様、何をされても輝かしい! これは察するに、変装されてゆっくり王都を見て回る際のお姿ですかな!」

「しかし、ジェレミー様はどうしても気品が溢れておりますから、平民たちもすぐに気づいてしまうことでしょう……! もしや、変装する際のカツラなどをオーダーされるおつもりで我々をお呼びに……!」

「ごちゃごちゃとうるさいよ、君たち」

「は、はい……」


 カツラ姿のジェレミーを褒め称える伯爵たちを黙らせると、にこやかに問いかける。


「僕はね、マルクとレジスに聞いてるんだよね~。何か言うことはある?」

「ジェレミー様……誠に申し訳ございませんでした!」

「申し訳ございませんでした! あ、あの、このフォートリエ伯爵令息、あ、マルク殿が! いつもあんな調子で!」

「ち、違います! いつもレジスが焚き付けてきていて!」


 マルクとレジスは必死に謝り、責任の押し付け合いを始める。


「黙れ」


 ジェレミーは静かに呟く。そして、扉の近くに立つ近衛騎士に目で合図を行うと、扉が開き複数の近衛騎士たちが剣を抜いた状態で部屋に入ってくる。

 状況を理解したのか、貴族たちは震え上がる。近衛騎士は着席する貴族たちの真後ろにそれぞれが立った。


「申し訳……ございません…………どうかご慈悲を……」

「僕が何について怒っているか分かるかな?」

「も、もちろんです! ご変装されていたジェレミー様に気づかず、失礼な態度を……」

「はい…………しかも剣術大会とはいえ、ジェレミー様に斬りかかるなど……」


 深い溜め息をつくと椅子から立ち上がるジェレミー。貴族たちは身を縮こめる。ジェレミーは手を後ろで組みつつ、ゆっくりと歩いて貴族たちの向かい側に移動する。


「違う。ぜんぜん違うなぁ。次に間違えたら君たちを育てた親であるフォートリエ伯爵、ローラン子爵たちにまず消えてもらうからね~。さて、何に怒ったのでしょう? ほら、おどおどしている暇はないよ、制限時間は五分だからね」

「あ、あのジェレミー様、愚息がなにかしてしまったのでしょうか……」

「どうかお許しを!」

「君たちには聞いてないから静かにするか部屋を出ていってね。あ、出ることが出来るならね!」


 伯爵と子爵は黙りこむ。そして重々しい空気、沈黙の中、ジェレミーはカツラを外して机の上に置くと、自分の席に戻り紅茶を飲みながら彼らの親であるフォートリエ伯爵、ローラン子爵に一方的に話しかけていた。話している内容と言えば、問題の答えに彼らがたどり着けなかった場合の処遇についてだ。地獄のような五分が経過した。


「はい、どうぞ回答をよろしく~。じゃあ、まずはマルクから言ってみようか」

「大声でジェレミー様の派閥であることを話してしまいました。きっと、ジェレミー様としては身分を隠してお忍びでいらっしゃっていたのにそのような話をされては居心地が悪かったのかと…………」


 ジェレミーが目で合図を送ると、近衛騎士がマルクおよびフォートリエ伯爵を椅子から引きずり降ろして床に押さえつける。そして剣を首に当て、ジェレミーの指示を待つ。


「ひっ、お許しを! どうか! お願いします! どうか!」

「お助けくださいジェレミー様! どうかどうかご慈悲を! おやめください! どうか!」

「そういえばマルク。僕や僕の家族を縛り首にするとか言っていたっけ? 母上に伝えてあげようか?」


 泣き出すマルクと伯爵を無視して残りの二名を見つめる。


「さーて! 次は? レジスに聞いてみようかなぁ。それにしても君とは直接戦えなくて残念だったなぁ。君の卑怯な立ち回りや酷い悪態を客観的に見させてもらったけどね?」

「ジェレミー様! 愚息がしでかしたこと申し訳ございません! ですが、どうか私の命は助けていただけないでしょうか? 今後もジェレミー様のために生きてまいりますゆえ! どうか!」


 ジェレミーが目で合図を送ると、ローラン子爵は近衛騎士により床に叩きつけられる。


「ほら、レジス、どうなんだい?」

「は、はい……ランドル伯爵令嬢を小馬鹿にした…………ことでしょうか…………ひっ、違いますよね! エル! エルをいじめたこと……でしょうか?」

「どっち?」


 回答は一つだ、という意味合いを込めて、静かにジェレミーはレジスに問う。レジスは慌てふためきながら目を左へ右へと動かし、震えながら考える。


「ランドル伯爵令嬢の方かと…………」

「すご~い」

「……正解、でしょうか?」

「うん。おめでとう。あれにはとにかくイライラとしたなぁ。あの場で切り捨てたかったのだけど、我慢した僕って偉いと思わない? それと、エルのことだけど、ああいういじめは良くないなぁ。彼もいじめられないように振る舞うべきだとは思うけどね」


 正解したことに安堵したレジスは、手を胸に置き、荒くなっていた息を整える。


「と、ということは…………命は…………? どうか……ランドル伯爵令嬢……様にも謝罪いたします!」

「どうしようかなぁ。ああいうことをされると僕も許せなくなっちゃうんだけどね? それと謝るのはいらないよ。君みたいなクズには関わってほしくないしね」

「もう二度といたしません…………どうか……」

「絶対に二度としないと誓える?」


 ジェレミーの鋭いまなざしに委縮しつつも、椅子から立ち上がりジェレミーの元に走り寄る。近衛騎士が剣を構えたがジェレミーは合図でやめさせた。そして、レジスはジェレミーの足にすがりつき、泣きながら約束する。


「は、はい…………二度と…………」


 そんなレジスを見つめつつ、しばらく考え込む。レジスは目をつぶり、祈るしかない。そして、ジェレミーが口を開く。


「まあ、僕の友人たちなら許すのかな~と思うけどね。でも君たちが裏切る可能性もあるしなぁ。こういうのって逆恨みが怖いって何かに書いてあったしね」

「絶対にそのようなことは…………」

「そう? どうしようかなぁ。だけど、君たちを処刑したら友人たちが怒っちゃうかもしれないから、今回だけは許してあげるね? その代わり、すべての行動に監視をつけさせてもらうからね。ニ度目はないよ」

「ありがとうございます……」


 レジスは解放される。それから残りの三人も懇願し、二度としないことを誓い、監視も受け入れると訴え許されることになった。しかし、醜い責任の押し付け合いで両家の繋がりは切れ、ローラン子爵家は息子を見限って自分だけ助かろうとした子爵とレジスの関係も破綻したらしい。ジェレミー王子を笠に着て、数々の悪行をなしてきた貴族たちの末路なのだった。なお、彼らは中央領域の貴族ではあるが、王都の屋敷は没収、追放され、領地から出ることを禁じられた。また、彼らが領地以外の開拓地に購入した鉱山なども全て没収されたのだった。

 四人は退室していった。


「いままで傷つけてきた人たちの気持ちを考えてゆっくりやり直すがよいさ…………人生長いんだから」


 ジェレミーはそっと呟く。おそらく彼らはもうジェレミーに投票しないだろう。しかし、そんな汚い票などいらないと思うジェレミーだった。

 

「ジェレミー、まさかあなたがこういう荒業あらわざを使うとは思いもしなかったわね」

「母上、僕だってたまには怒ることもあるよ。それに、あんな奴らと徒党を組むなんてまっぴらごめんさ」


 部屋の奥の隠し部屋から出てきた王妃はジェレミーに話しかけつつ、座るように合図をしてきた。


「最近は、勉学もまともにこなしているようね。それにジェレミー派貴族の統制にも興味が出てきたようね。良いことよ。ジェレミー、絶対に王になるのよ。私に屈辱を与えたあの男の息子、ルイに負けるなんてことは許されないわよ」

「まあ、僕もその男の息子ではあるんだけどね? それはさておき、例の話を許してくれる限りは真面目に取り込むつもりだよ」

「えぇ。その子、早く王宮に連れてきなさいね? 一度、会ってみたいわね。なぜルイ派なのか聞きたいところよ」

「それはどうかな~。あんまり王位継承権問題とかに巻き込みたくないからなぁ」


 王妃は溜息をつくと立ち上がる。どうやら用事があるようだ。


「そういえば、剣術大会の会場にいた何者かについては、調査を進めているわよ。ジェレミー派ではないことは確かね」

「ありがとう、母上。まったくきな臭くなってきて困ったものだよ」


 退出した王妃を見送ると、ジェレミーは立ち上がる。


「何かあったときのために剣術や魔法を頑張ると言っていたけど、そうならないに越したことはないからね。まったく、こんな風に色々と考えることになるとは思いもしなかったなぁ」


 彼はポツリと呟いた。

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