28.決勝戦

 少年は砕け散った魔法石をしばらく見つめた後に呟く。


「負け……ですか……」

「あ、あの、本気で勝負していただけて嬉しかったです」

「それはこちらこそ」

「また、戦っていただけますか?」


 リゼは少しうつむき気味の少年にお願いする。少年との戦いは色々と考えさせられるものがあった。貴重なスキル持ちでもある。是非、また再戦したい。


「……そうですね、是非お願いしたいです。あなたは僕のことを知らないようだけど、きっと真実を知っても馬鹿にしない人間だと思ったから…………」


 何のことだか分からないが、剣術にここまで真摯に向き合う彼を馬鹿にする気など絶対に起きないだろうと確信を持てるリゼは宣言する。


「絶対に馬鹿になどしませんから安心してください!」


 少年も、この貴族は自分を馬鹿になどしないだろうと感じるのだった。

 そして、少し笑う。


「君みたいな貴族もいるんですね。僕が卑屈になりすぎていたのかな」

「貴族の中にもおかしな人はもちろんいます。さっきの人たちみたいな……。ああいう人たちは少なからずいますけれど、大多数の人たちはおかしな因縁をつけたりしてきません。周りを見てください。エルさんの剣術を見て感動していますから」

「え……?」


 会場の拍手にやっと気づいたようだ。観客、そして大会の参加者がエルの健闘と勝者リゼに拍手を送っている。悪口を言ってきた貴族たちは既に会場にはおらず、その場に居る全員が盛大な拍手を送る。その様子を呆然と見つめる少年と、笑顔のリゼ。


「いかがですか? みんなあなたのことを馬鹿になどしていません。そう思いませんか?」

「そう、ですね……王国貴族たち……良い人たちもいるんですね。えっと、君の名前を教えていただけますか?」


 少年は拍手する観客や参加者たちを見回し、少し目に涙を浮かべる。そして、リゼの名前を聞いてくるのだった。


「リゼ=プリムローズ・ランドルです。私の友人の言葉を借りるなら、エルさんは私の中で剣術友達、ですよ。なので、これからも手合わせしてくださいね」

「剣術友達、ですか……良いものですね…………君の健闘を祈ることにしますよ、リゼ嬢。それにまた是非戦いましょう」

「ありがとうございます! それとリゼで構いませんよ」

「分かりましたリゼ。僕のこともエルで。僕は両親のところに戻るので、そこから君の試合を応援させていただくとします」


 少年は一礼すると、フィールドを後にする。少年はまた戦ってくれると約束してくれた。根拠はないが今後も友達として仲良くできそうだとリゼは感じる。それに彼が何に悩んでいたのかはいずれ分かるだろう。そんな気がしていた。


「エル、ありがとうございます!」


 彼の後ろ姿に声をかけた。少年は腕を上げて反応してきた。こうして少しスッキリとした表情の少年を見送り、参加者たちがいるエリアへと向かう。噂の氷属性魔法を始めて見て感動したのか、参加者たちはリゼに拍手を送ってくれる。リゼは「あはは」と手を振り返しつつ、ジェレミーと合流する。


「お疲れ様~」

「ありがとうございます、ジェレミー。……ではなくて、バヤール。ギリギリでした……」

「そんな感じだったね。でもよく勝てたんじゃないかな? あのスキルはかなり強いよ、剣術大会向きだよね」

「四回連続で斬るスキルですしね……ちょうど魔法石が壊れる回数ですから、すべて当たっていたら終わりでした」


 リゼは試合を振り返り、ジェレミーに同意する。あの四連続攻撃は確実に剣術大会で強さを発揮するスキルであることに間違いない。ジェレミーは試合を見ていて気になっていたことを確認してくる。


「アイスレイを最後まで温存していた理由は?」

「初撃のときにスピードが早かったのでおそらく使っても捕まえきれないかなと思って」

「なるほどね~、たぶん正解。で、ある程度距離が近いところで不意打ちも兼ねて使ったということか~」

「そうなりますね」


 ジェレミーは(そういう作戦だったか~)と、感慨深げに頷く。


「面白かったなぁ~、でもこの分だと優勝は僕かな!」

「あはは…………近衛騎士とまで特訓しているバヤールに勝てる気はしませんよ……」


 ◆


 そして今行われているのは決勝戦だ。すでに自由戦闘に移行しているジェレミーとリゼ。


「リゼの魔法石の残数は一、僕は二か~。良い勝負になってきたじゃないか」

「そ、そうですね……」


 リゼは追い詰められた状況で、焦りが垣間見える。かなり追い込まれており、打開策もない。


「だいぶ対策を考えてきたのになぁ」

「私もずっとジェレミーを仮想敵として作戦を練ってきたので」

「バヤールだよ~。そうか、そんなに熱心に考えてくれて嬉しいなぁ」

「それにしてもジェ、バヤール、あなたのスキルは一体何なのですか……」


 この状況に至るまで、ジェレミーのスキル効果を見破れなかったリゼが質問する。攻撃用スキルであることは分かるが、なぜか防御魔法で防げないのだ。


「三回ヒットさせてるもんね? まだ分からない?」

「えぇ……ウィンドプロテクションで防いでいるはずなのに……」

「終わったら種明かししてあげるよ」

「分かりました」


 リゼは剣を構えつつ、ジェレミーのスキルの詳細を考察するが、まったく見当がつかない。ウィンドプロテクションで防げないということは、すさまじい威力のスキルなのだろうか。それとも何か特殊な効果突きのスキルなのかもしれない。


(ゲームでジェレミーが使っていたスキルとは全く異なるスキルを使ってきているのよね……幸いなことに距離を稼げているからスノースピアを一発はヒットできるはず。いま会話していた時間でウィンドプロテクションも再詠唱可能になった……スキルの正体さえわかれば……)


「じゃあ再開」


 距離を詰めてくるジェレミーに、リゼはすかさずスノースピアを放つ。ジェレミーはかわそうと試みるが、避けきれない。ジェレミーの魔法石も残一となる。間合いを詰め切り、ジェレミーは剣を振り上げる。


「ウィンドプロテクション!」

「ソードフェイカー」


 タイミングを見てウィンドプロテクションを詠唱したリゼだったが、これまでと同様にジェレミーのスキルの前には効果がなく、敗北するのだった。リゼの魔法石が砕け散り、「負けました……」と、負けを認める。彼のスキルを防ぐ方法を最後まで考え付かなかったのが敗因だ。


「ありがとうございました、バヤール」

「こちらこそ、まさかここまでギリギリの戦いになるとは思っていなかったからさすがだよ。楽しかったね~」

「そうですね。悔いはありません」


 それから小規模な大会ではあるが、優勝者へのセレモニーが開催される。主催者の貴族、おそらく中立派なのだろうか、そんな彼がジェレミーに記念の盾を渡す。会場が拍手で包まれるのだった。

 優勝の記念盾をもらったジェレミーがリゼのところにやってくる。そして、いつの間にか観客席に居たラウルも合流する。ジェレミーの優勝を祝いつつ、リゼはあたりを見渡す。


「あれ、エルさんはもう帰ってしまったのかな……」

「さっきの彼か。何か話したそうにしていたけど、親に連れられて帰っていくのをみたよ」

「そうだったのですね……また会えるとよいのですが……」


 帰路につく参加者たちを見つめながら呟く。あれだけ剣術に真剣に取り組む人は少ないため、また試合をしたいと感じているのだった。


「まあ、どこかで会えるでしょ。そうそう、この記念盾、さすがに僕の部屋には置いておけないからリゼの家で保管しておいてくれるかな?」

「あ、構いませんよ。では、練習場に飾っておきますね。ラウル様もお疲れ様でした。いかがでしたか?」

「負けたよ。強敵がいてね」


 ラウルは首を振りながら答える。悔しさがにじみ出ているようだ。ラウルと言えば、ジェレミーもリゼも練習試合をして勝ったことはなかった。


「え……誰です? といっても、貴族に詳しくない私が分かるわけないのですけれど……」

「ヴァラン伯爵令息だ。あれは中級クラスのレベルではないな」

「ヴァランって、ジャン=ロイーズ・ヴァランですか?」


 〈知識〉で心当たりがあるリゼは、まさかこの会場に攻略キャラが居たなんてと驚くのであった。そして、辺りを慌てて見渡すが、子供の頃の姿など分かる訳もない。当然見つからない。


「あれ、あれあれ? なんでジャンのことをリゼが知ってるのかな~。いつもの感じだと全く知らなさそうなのに。それになんで辺りを見渡したのかなぁ。まさか興味があるとか?」

「あー、えーっと、ほらあれですよ、宰相の息子さんですし……それに興味はないですね…………むしろ関わりたくないと言うか……」

「さすがのリゼでも宰相の息子くらいは知っていたかぁ」

「流石に分かります! えーっと、今日は疲れたので早く帰りましょう!」


 リゼとしては攻略キャラに遭遇したくないため早々に帰路につくことを提案する。リゼたちは解散することになり、アイシャと合流して馬車に乗り込んだ。馬車は程なくして出発し、物思いに耽る。


(それにしてもまさかここでジャンの名前が出てくるとは……ジャンといえば、リッジファンタジアの攻略キャラの一人で、宰相の息子。次期宰相候補として勉学、剣術など全てにおいて優秀で、家系はジェレミー派に属していた。あらゆる面でどのキャラたちよりも初期の能力が優れているはず。何かと世間を騒がす王位継承権の問題などは冷めた目で見ていて……ルイとは派閥違いで仲が悪いけれど、さらに言うとジェレミーともノリが合わなくて……そんな誰とも仲良くしない性格のせいで個別ルートでは困ったことになる……という話だった。身近なところに攻略キャラあり、気をつけていかないと……)


 こうして、波乱に満ちた初めての剣術大会は幕を閉じた。


 ◆


 王宮の少し手前で停車した馬車の中でジェレミーはとある報告を聞いていた。


「ジェレミー様。本日のご報告です」

「どうだったの? 送ってきた合図的に怪しい動きがあったということだよね~?」

「はい。初級クラスの会場は問題有りませんでしたが、中級クラスの会場付近には怪しげな人物が三名ほどおりました。しかし、我々に気づいたのか早々に立ち去っていきました」

「ふーん。中級クラスね。母上に報告よろしくね」


 近衛騎士は「はっ!」と答えると扉を閉め、御者に合図を送り馬車を出発させた。


「きな臭い動きが出てきたかぁ。ルイ派なのか、あるいは……。まあ、いずれにせよ、ラウルには少し話しておいたほうが良いだろうね。それと、すぐにやるべきことが出来てしまったな~」


 ジェレミーは独り言をつぶやくのだった。


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