27.葛藤、そして本気の戦い

いよいよ二回戦目も最終戦。

対戦カードはリゼと少年だ。相変わらずおどおどしている少年の様子を見かねたリゼは声をかける。


「あの、エルさん……で良いでしょうか?」

「そうですが……」

「私、あなたと正々堂々勝負したいです。本気で来てくださいね?」


リゼは本気の少年と戦っていまの実力を試したいと考えている。いままでそれなりに練習を重ねてきたのだ。現時点での実力を計っておきたい。しかし、少年はその意図とは裏腹に、自信なく答える。


「え、そのつもりですよ……。本気、そうですね……」


少年の自信なさげな雰囲気は相変わらずで、リゼは声をかけようとする。しかし、合図により試合がスタートする。仕方ないため、リゼは剣を構える。打ち合いの開始だ。

 ある程度、許される範囲内でフェイントをかけながら型を繰り出すが、少年は的確に防御用の型を使い対応してくる。相変わらず剣の扱いが美しい。


(綺麗な太刀筋、自由戦闘でも同じように戦ってくれるかな……)


 交互に攻撃と防御を繰り返し、十回の打ち合いが終わり、即座に自由戦闘に移行する。リゼは剣を構え、少年の様子を見る。しかし、少年はというと、打ち合いの時と異なりわずかに姿勢がぶれ、剣も少し震わせているようだ。

 リゼは攻撃するかのように少し距離を詰め、フェイントを入れる。すると少年はビクッと驚き、二歩ほど後退する。そして、少年から攻撃を仕掛けてくる気配はない。あまりにも不甲斐ないその態度にリゼは驚きの声を漏らしてしまう。


「え……」


 そう、先ほどと同じように攻撃を躊躇する少年の姿がそこに有ったのだ。恐らく、このまま打ち込んだら確実に勝てるだろう。しかし、一旦距離を置くリゼ。せっかくの実力者なのだ。できれば実力を出して欲しい。彼女は剣をおろし地面に向け、静かに問いかける。


「エルさん、どうして攻撃してこないのですか?」

「え…………」

「このままでは、私が一方的に攻撃することも出来てしまいます。でもそれは、試合とは呼べません……!」


 と、リゼが少し強い口調で言う。きちんとした試合をしたい。少年は剣をおろすとしつこく食い下がるリゼに対して仕方なく口を開く。


「どうせ――どうせ、僕みたいな田舎貴族では君たちみたいに英才教育を受けている中央領域の貴族に勝てるはずがない……無駄なんですよ……」

「え? え? なぜですか? 型の打ち合いは完璧にこなしていたではないですか」


 打ち合いを思い出す限り、実力差などないと考えるリゼは、逆に混乱する。それに英才教育とは何のことだろうか。この少年も貴族なのだろうし、ほぼ変わらない教育を受けているはずだ。いやむしろ、太刀筋の美しさを見るに、彼はリゼ以上の教育を受けているのではないのか。それか天性の才能か。どちらかだ。だが、いずれにせよ、型をマスターしているため、それなりの教育は受けていることは確かだ。


「あんなのたまたまで……こうやって王国貴族に絡まれるからこんな大会に参加したくなかったんですよ!」

「……あの、怒らせてしまったのでしたらごめんなさい。でも、型の打ち合いはたまたま出来るものではありませんよ。きっと練習に練習を重ねて型をマスターされたのですよね?」


 自分の言い方がきつかったのかもしれないと謝罪しつつ、フォローを入れる。リゼの発言は正論であるが、しかし、そんなリゼに少年は顔を歪ませる。


「君に何が分かる。この国の貴族はいつも上から目線で虫酸が走るんですよ……」


 少年は怒りを浮かべた表情でそう言った。まるでゼフティアの国民ではないような物言いでリゼは驚くが、彼がこうして感情をあらわにしてくれたのは初めてだ。優しく問いかける。


「エルさん、何を怖がっているのですか?」

「怖がっている? どこがですか?」

「だって、震えているじゃないですか……」

「――ち、違う!」


 少年は手を大きく振り払いながら否定する。しかし、少年は確かに震えていた。一体何が彼をそこまで恐怖させているのか。心当たりは一切ない。とにかく原因を取り除いて心置きなく試合をしたいのが本望だ。


「私が何か怖がらせるようなことをしていたら謝りますから……話してくれませんか?」

「その目ですよ……」


 リゼの目を指差しながら少年は呟く。観客たちはこの様子を静かに見守り、ジェレミーもどうなるのかと見つめている。リゼは指をさされて、睨みつけていたりしたかなと思い返してみるが心当たりはない。


「目、ですか?」

「僕たちを馬鹿にしたその目が……嫌い…………怖い…………」

「え……? 私がエルさんを馬鹿にしているということですか?」

「それ以外に何があるって言うんですか!」


 少年を馬鹿にしてなどいないリゼはどうしてそんな誤解が生まれたのか分からない。馬鹿になど一切していないため、否定しておいた方が良いと判断する。


「エルさん、まったく馬鹿になどしていませんよ。むしろすごいなって思っていました。大会が始まる前に素振りをするエルさんをたまたま見かけて……その時の太刀筋が美しくて、それに一回戦目の打ち合いも今回の打ち合いも太刀筋がとても素敵で、私もそうなりたいなと思いながら見ていました。なので、馬鹿になどしていませんし、むしろ尊敬の眼差しと言っていただきたいです。私もこれまで頑張って練習をしてきましたし、鏡を見ながら剣の振り方を磨いてみたのですが、エルさんのように美しくはならなくて……」


 リゼが弁解すると少年は少しの間、押し黙る。じっとリゼのことを見つめてきていた。しかし、リゼの言葉に嘘がないと伝わったのか少年は口を開く。


「君は僕のことを知らないのですか……?」

「エルさん……ですよね? すみません、詳しくは……」

「僕のことを知らないし、馬鹿にもしていないということ……?」

「えっ、そうですね、はい。今日、初めてお見かけしましたし、私、交友関係が広くなくて……貴族のことをあまり詳しく知らないので……」


 エルが何者であるのか見当もつかないリゼだ。それもそのはず、交友関係はラウルとジェレミーしかいないのだ。ジェレミーも分かっていない様子で、遠くで首を傾げている。誰なんだあいつといった所だろう。


「そっか……」

「剣術で有名な方ですか? 太刀筋がすごいなどと知ったようなことを言ってしまい申し訳ないです……」


 本当に自分のことを知らないのだろう。あくまでも真面目に戦ってほしいだけなのだということを理解した少年は少し表情が明るくなる。


「分かりました。君は……どうして――。いや。よし。君のことはもう怖がらない。本気で行きます」

「え、えっと、はい! それは嬉しいです!」


 少年は一度大きく息を吸うと剣を構える。本気で戦うつもりになったようだ。リゼも剣を構え直す。


(馬鹿にしていないということが伝わってくれてよかった。さて、エルさんは型を完璧にマスターしている。動きから考えても剣だけでは勝てそうにないよね。それにジェレミーがスキルを持っているかもと言っていた。魔法を使った全力勝負……!)


「私もすべてを出し切ります」

「分かりました。行きますよ」


 すると少年は一気に間合いを詰めてくる。かなりのスピードだ。


(早い! アイスレイでは止められない! まずは牽制!)


(スノースピア! エアースピア!)


 リゼは魔法を発動すると、氷の粒が風魔法に乗って少年めがけて勢いよく発射される。日々の練習の成果もあり、かなりの勢いだ。しかし、少年は関係なしに距離を詰めてくる。


(前進に躊躇がない!)


 少年は魔法のダメージを受けるが、まったく気にせずに進んでくる。魔法の攻撃が当たることはもはや覚悟し、防御を捨てているのか。


(おそらく魔法は使えないはず、ということはやはりスキルかな……! ウィンドプロテクションで攻撃をそらしている間にヒットさせるしかない!)


 少年はあっという間に間合いを詰め、素早くかがむと下から剣で切りつけてくる。それがスキルのモーションではないと即座に判断した。こうなってくると、どこで防御魔法を使うのかが重要になる。


(これはスキルじゃない! 攻撃用の型十一! なんとか受け流す!)


 リゼはギリギリのところで、型を使い攻撃を防ぐ。そして、左方向に受け流す。


(距離を取らないと! 少なくともあと三回は魔法を当てるか攻撃を当てないと勝てない!)


 しかし、少年の攻撃は連続して剣技を繰り出し、なかなか止まる気配を見せない。なんとか攻撃を防ぐが、防戦一方のリゼ。じりじりと後退を余儀なくされているため、このままでは場外に追いやられてしまう。


(仕方ない!)


「ウィンドプロテクション!」


 少年の攻撃は魔法で逸れされる。リゼは驚く少年の隙をついて、横を通り過ぎながら素早く型で切りつけつつ、距離を取る。最初の魔法の攻撃と今回の攻撃で合計二回のヒットを受けた少年の魔法石は輝きを半分失う。リゼは素早く剣を構えなおした。

 距離を置かれて少年はそっと呟く。


「風属性の防御魔法ですか……やりますね」


(間合いは取れた。もう一度スノースピアを当てられれば、あと残り一回で魔法石は壊れるはず。ウィンドプロテクションも十五秒で回復するし、いけるかな……!)


 少年は魔法のクールタイムのことを考えたのか、再度素早く間合いを詰めてくる。


(スノースピア! エアースピア!)


 先ほどと同じように少年は魔法攻撃を避けることなく進んでくる。氷の粒が少年に命中した。氷の粒を振り払いながら、スピードを上げる少年。


(よしヒット! あと一回攻撃できれば!)


 少年が型で攻撃してくる。防ぐリゼ。さらに連続して攻撃を繰り出してくる。

 無我夢中に剣を振り回すのではなく、確実に仕留めようと様々な角度から攻撃を仕掛けてきていた。


(さっきと同じ展開! ウィンドプロテクションで一回攻撃をそらせば、その隙に剣で攻撃して私の勝ち! よし、ここかな!)


「ウィンドプロテクション!」


 その時だった。少年は声高に叫ぶ。


「四連斬り!」

「えっ!」


 リゼのウィンドプロテクションで初打をそらすが、スキルの発動により左から、上から、下からと三連続で切りつけられた。三ヒットを受け、バランスを崩して倒れこむ。いきなりのことで動揺するが、少年は待ってなどくれない。畳みかけてくる。


(まずい……!)


 突き攻撃をなんとか転がってかわすと、急いで立ち上がる。しかし、間合いを確保できなかったため、少年の攻撃が続く。素早く、的確に攻撃を繰り出してくる。なんとか受け流すリゼだが、じりじりと場外近くに追いやられてくる。


「風魔法が再詠唱可能になるまでに倒させてもらいますよ」

「っ……!」


 いよいよ、場外近くまで追いやられたリゼは焦りの声を漏らす。そして少年は勝負を決めに来る。


「もらった!」


 少年はリゼを場外負けにしようと、一歩踏み出して攻撃を仕掛けてきた。後退すればそこで終わりだ。


(ここしかない……!)


「アイスレイ――!」

「なっ!」


 想定通りに足を繰り出せず、バランスを崩す。少年が足元を見た瞬間、リゼは右方向に大きくジャンプした。さらにステップを踏み、距離を取った。そして、素早く手をかざす。


(スノースピア! エアースピア!)


 少年に氷の粒がヒットし、魔法石が砕け散った。ギリギリの勝利だ。少年が一歩を踏み出し、それにつられてあと一歩後退していたら場外負けとなっていた。

 魔法とスキルを含めた試合で盛り上がったのか、会場は拍手に包まれた。

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