26.剣術大会、開幕

会場に入ると、四角いフィールドが用意されており、白い線が引いてある。この線から出ると失格となるようだ。観客席はフィールドから十メートル程度離れたところにあり、フィールドと観客席は簡易な柵で仕切られていた。

 参加者たちは自分の順番を待ちつつ、試合の観戦を行うことになる。初戦はというと片方の選手が型を習得しきれていなかったことにより、最初の打ち合いで勝敗が決した。二組目に登場したジェレミーは、魔法もスキルも使わずに剣術のみで楽に勝利を収める。戦いながらリゼに手を振る余裕さえ見せた。

 それから試合が続いていき、ついにリゼの出番だ。試合が行われるフィールドに入ると、すでに対戦相手の貴族は待っていた。そして早速、ニヤニヤとした顔つきで絡んでくる。


「宜しくお願いしますね~。ランドル伯爵令嬢様! ルイ派をいたぶるの、大好きだからな。やりすぎちゃったらごめんね~。でも貴族のご令嬢だし、手加減はしてあげような? 反省の色を見せれば試合後に介抱してあげるよ!」

「…………」


 とにかく無視を貫き、試合開始に備える。いたぶると言っても魔法石の効果で実際に怪我をすることはない。ということは地面に這いつくばらせたりと、とにかく屈辱感を与えたいのかもしれない。

 試合開始の合図があり、まずは型の打ち合いだ。一打、一打と進んでいく。


(あからさまに強い力で叩きつけに来ている……馬鹿にしているのね……八打目……こっちは型八で……九打目…………そして型三……十打目終わり!)


 型の打ち合いが終わり、自由戦闘が開始される。すかさず、距離を詰め、切りかかりに来る相手の貴族。とにかく痛めつけたいようで、力任せに剣を振り下ろして来る。リゼは冷静にその一撃を受け流すと、すかさず背後に回って切りつける。ヒットした。攻撃は当たるが魔法石の力で実際に相手の体が傷つくことはない。


「ちっ! ちょこまかと!」


(自由戦闘といっても基本は型を使って対処。最初の打ち合いと異なるのは型で受けた後に好きな方向に受け流せるということ。それから、型を使って受け流したあとに攻撃するのだけれど、みんなと練習したから全然余裕ね。とにかく受け流してバランスを崩したところを狙う!)


 相手の貴族は警戒しているのか少しずつジリジリと距離を詰め、場外ラインギリギリまでリゼを追い詰めるとそこで切りかかりに来る。しかし、角に追い詰められたわけではないため、左右のどちらかにステップ出来る。リゼは左方向にステップして攻撃をかわしながら側面から切りつけた。

 思った通りの展開にならないため、貴族は怒り心頭だ。


「くそ! お前ごときに! この俺が負けるわけがないんだ!」


 我を忘れてめちゃくちゃに剣を振り回してくる。アイスレイで動きを止めても良かったが、この相手には不要そうなので剣で相手の攻撃を捌く。そしてさらに一撃を加えたところで貴族は一度剣を下ろした。


「なぁ……。少し話し合おうか?」

「はい?」

「メリットが有る提案をしてやるよ。お前がわざと負ければジェレミー派に口を利いてやっても良いぞ。王位継承権問題の状況を知っているか? 今のところ圧倒的にジェレミー派の方が多い。お前もジェレミー派になったほうが将来的に得をするぞ。どうだ? ん? もちろん、お前の親も入れてやる。良い話だと思わないか?」


 そう話しながら近づいてくる。


「別にいりませんけれど……」

「そうか。せっかく親切に提案してやったのに。残念だ……な!!!!!」


 貴族はリゼを場外へと投げ飛ばそうと考えたのか腕に手を伸ばしてくる。もとより警戒していたリゼはバックステップで後退し、即座に突き攻撃を行う。攻撃が貴族にヒットし、魔法石が砕け散った。完全勝利だ。

 礼をし、剣を鞘に納める。すると、何もかもが気に食わないのか貴族は怒りで震えながら捨て台詞を吐いてきた。


「覚えてろよ。お前だけは許さん。絶対に貶めてやる……今後、気をつけることだな」


(典型的な噛ませキャラのセリフね……)


 最後まで相手にしなかったリゼは、無視して通り過ぎる。横を通り過ぎる際に何かされるかもしれないと少し緊張したが、観客たちが大勢いることもあり、特に何もしてこなかった。


 そして次の試合が始まろうとしていた。

 リゼはジェレミーと合流すると、観戦を行うことにする。次の試合の勝者と勝負を行うことになるため、誰なのか確認しようとキョロキョロする。


「この試合の勝者が私の対戦相手になるわけですね。えっと……」

「そうだね。片方はさっきの彼みたいだよ」

「あ! ほんとですね」


 エル坊と呼ばれた少年の番だった。太刀筋が美しかったこともあり、期待してしまう二人だ。どのような戦いを見せてくれるのだろうか。


「さっきの美しい太刀筋。すごかったので、きっと彼なら余裕ですよね」

「そうじゃないかな~。あれに勝つにはある程度の練習した僕たちじゃないときついでしょう~」


 試合が始まり、すぐに型の打ち合いとなる。型の打ち合いは難なく完了し、自由戦闘が始まった。試合を見ていたリゼがぼやく。


「なんで……」


 思わずそう呟いてしまうのも無理はない。少年は先程の見事な太刀筋は見る影もなく、おどおどと相手の攻撃を防ぐばかりだ。防いでもいざ攻撃というところで力がこもっていない。


「妙だね。彼の実力ではこうも一方的な試合にはならないはずなのになぁ」

「緊張しているのでしょうか」

「そうも思えないんだよね。目で相手の太刀筋をよく読んでいるよ。でもほら、攻撃のときがね~」

「たしかに……攻撃、するつもりがあるのでしょうかね……」

「何か怯えているような気もするね」


 少年は相手の攻撃を防ぐことは出来るのだが、いざ攻撃しようとすると、躊躇しているのか、おどおどと剣を振るしかなくなっている。幸いなことに、相手が少年を追い詰め、切りかかったところでかわしたため、相手がバランスを崩して場外負けとなった。


「なんとなく煮えきらないものがありますね……」

「真面目だなぁリゼは。何か彼にも葛藤みたいなものがあるんじゃない? 気にしても仕方ないことだよ~」


 なんとも言えない展開となり、腑に落ちない。何処となく納得がいかないリゼであるが、ジェレミーが仕方ないと諭すのであった。その後、何回か試合が行われ、一回戦は終了した。

 

 程なくして二回戦目が始まる。二回戦の初戦はジェレミーだが、相手は例の貴族たちの片割れだ。


(一回戦は勝ちぬいていたのね。話していて気づかなかった。でもジェレミーが負けることはないはず)


 リゼは心配することなく対戦を見守る。


「はは、次の相手はお前かよ、男爵くん。ランドル伯爵令嬢様の飼い犬か何かなのかな。尻尾でも振ってろゴミムシが。せいぜい頑張ることだな。あの女はまぐれで勝ったようだが俺はヘマなどしないからな。ルイ派はすべてぶちのめすと決めているが、降伏するなら、ほら、許可してやるよ」

「二回戦目が君でよかったよ~」

「あ?」

「雑魚は早めに消えてくれたほうがよいかな~って。君たちみたいな初心者くんが勝ち進んだら観客がつまらなくて帰ってしまうんじゃないかな。それに、さっきのお友達だけどさ、そのランドル伯爵令嬢に手も足も出ずに惨めに敗北しているようにしか見えなかったね? 口先だけのやつって本当に滑稽だよね~。君もきっとすぐに退場するんだろうなぁ」


 ジェレミーが小ばかにした様子でにこやかに発言すると、貴族は挑発に乗って怒り狂う。地団太を踏んでおり、相当な怒りっぷりだ。


「調子に乗るなよ。男爵風情が。さっきのはどう見てもまぐれ勝利だろうが。あんな奴にあいつが負けるわけがないんだよ、このクズが。その口、二度と喋れないようにしてやろうか?」

「どうかな~。それにしても最後まで自己紹介してくれなかったじゃないか~」

「お前みたいな田舎貴族に名乗る名前なんてないんだよ。失せろ。お前を倒してあの女も倒してやるよ、ルイ派のクズどもが」

「自分で調べるしかないのは苦労するんだよなぁ。それにルイに何かされたわけでもないだろうに、よくそこまで嫌いになれるよね。怖いな~」


 ジェレミーは剣を抜きながらそう呟いた。

 貴族はジェレミーの目の前に唾を吐き捨てると剣を抜き臨戦態勢に入る。そして、合図があり試合が始まる。

 まずは型の打ち合いだ。ジェレミーは始終ニヤつきながら対応している。相手は煽られて怒りに燃えており、自由戦闘に移ると同時に本気で剣を叩きつけてくる。

 しかし、ジェレミーは軽々と攻撃を交わす。


「名もなき貴族くん、ほらほら、そんな攻撃じゃ! ほら、あたらないよ~」

「くそ!」


 そこでジェレミーは無詠唱で魔法を発動し、ライトスラッシュの効果による光線が相手にヒットする。予想外の攻撃に目を見開く相手の貴族だ。魔法……だと、という雰囲気を醸し出している。ここに来て初めて魔法の使用があったため、会場内のボルテージが上がる。しかも、光属性魔法だ。


「この勝負、もう剣は使わないことにするよ。避けるのにも必要ないもんね。君の太刀筋じゃ話にならないからさ~」


 ジェレミーは剣を鞘にしまう。そして、手をひらひらと振り、余裕の表情を見せ、「早く終わらせたいから、攻撃してきてよ、ほらほら」と挑発する。


「ふざけるな!」


 相手の貴族は剣を上から振り下ろすが、簡単にかわされる。さらに数回ほど攻撃をかわすとジェレミーは手を突き出して再度無詠唱で魔法を放つ。光線がまっすぐと射出され貴族に当たる。


「貴様ぁ!」


 貴族が吠える。「いまの必死に避けようとしていたところ、滑稽だったね?」とジェレミーは笑った。

 完全に冷静さを失った貴族は叫びながら剣で突いてくる。ジェレミーは体をそらしてその攻撃をかわす。何度か攻撃をかわしたところでさらに光線をヒットさせた。


「君たちの罪は重いよ。ただ剣術大会を楽しみたかった僕たちに絡んで水を差してきたりさ。弱いものいじめみたいなこともしてね。色々な意味でいらないんだよね、君たちみたいな奴らは。まあ、何のことか理解できないと思うけどね?」

「お説教かよ。はいはい。確かにお前がある程度強いということは分かった。だがな、お前みたいな田舎貴族のルイ派など、ジェレミー派の中核貴族たちで簡単にぶっつぶせるわけだ。剣では勝てたとしてもお前は終わりなんだよ。近いうちにお前の家族もろとも崩壊させてやるよ。ついでにランドル伯爵令嬢様にもきっちりと分からせてやるとするかな。おすまし顔が泣き顔に変わるところを」


 ジェレミーは光線をヒットさせた。相手の魔法石が砕け散る。貴族は話の途中で攻撃されたことで怒りをあらわにし、剣をジェレミーに向け、切りかかってくる。危険と判断したのか、審判が間に入ろうとするが、手で制したジェレミーは剣を避けて足を引っかけることで転ばせるのだった。


「そ、そこまで! やめやめ!」

「は~い。四発で割れるのか~、良い実験でした~」

「お、お前……うちの一族を舐めたらどうなるか教えてやる! バヤール=ボワデフル、覚えたからな。全員縛り首だ! 権力には逆らえないということを教えてやるよ、下級貴族が!」

「こわいこわい。自分が縛り首にならないように気をつけようね~」


 ひらひらと手を振りつつ、地面に倒れている貴族の横を通り過ぎながらそっと語りかけたジェレミーは余裕な表情でリゼと合流する。


「あれは試合と言っても良いものなのですかね……」

「だいぶ楽しかったよ。魔法だけで倒せるものだね」

「そうですね……そういえば、何か話していたみたいですけれど?」

「くだらないこと~」


 あっけらかんと話すジェレミーを見て、「なるほど……」と相槌を打つが、(何か因縁でもつけられたのかな?)と察する。


「あ、そうそう。初級クラスの魔法石の場合、攻撃を四回ヒットさせることで割れたからリゼも四回当てれば勝てると思うよ」

「分かりました。一回戦目は必死だったので気づけませんでしたけれど、ヒット回数が決まっているのですね」

「そうみたいだよね~。ラウルもここまでは知らなかったみたいだね」


 そして、しばらく待っているとリゼの二回戦目の順番が回ってきた。

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