25.対戦相手の抽選

 会場に到着し、参加できず観戦席へと向かったアイシャと別れて会場付近を歩いて見て回る。

 参加者らしき人たちの姿も見える。そして、近衛騎士らしき人物たちがそこそこ待機しているようで、ジェレミーとアイコンタクトを取ってさり気なく配置についていた。ジェレミーいわく、中級クラスの会場にもある程度配置しているらしい。

 大抵の参加者は剣を振ったりと軽く準備を行っているようであるが、唐突に言い争う声が聞こえてくる。


「出たくないって何回言えば分かるんだ!」

「お願いよ、エル。みんな楽しみにしていたんだから、ね?」

「そんなの興味ないよ!」


 母親とその息子が言い争っていた。遠巻きに見守るリゼたちは自然とその親子の会話になる。貴族が公衆の面前であのように言い争うというのは滅多に目にしない光景だ。


「ん~、なんだ、あれ」


 と、ジェレミーが話題をふる。リゼはもとより、その言い争いを見つめていたわけだが、引き気味に答える。


「親子喧嘩、ですかね……」

「穏やかではないね~」

「参加者ということは貴族、なのですよね? 誰なのでしょうか……」


 ジェレミーとラウルも知らないようだ。

 どうやら剣術大会に参加したくないように見受けられるが、少なくとも、あまり関わり合いにはならない方が良いであろうと、リゼは感じるのであった。しばらく見つめていると、集合時間が近づいてくる。


「おっと、そろそろ集合場所に移動しようか。中級と初級は会場が異なるからここで別れようか。では、お互い頑張ろう。中級の方が参加人数が少ないから、終わったらすぐにそっちに向かうよ」

「頑張ってくださいね、ラウル様。ラウル様ならきっと優勝です!」

「頑張ってね~。こっちは僕かリゼの優勝だと思うから~」


 リゼとジェレミーは彼を応援する。いままで共に練習してきたラウルが中級クラスでどこまで通用するのかは気になるポイントではあるが、リゼたちは自分たちの戦いに集中するため、名残惜しいがラウルを送り出す。


「練習の成果を見せてこよう」


 ラウルは余裕の表情でそう言い残し、手を振って別の会場へと歩いて行った。ラウルの後ろ姿を見守り、集合場所へと移動をするリゼたち。集合場所はというと、それなりにすでに参加者たちが集まってきているようだ。また、初級クラスの参加者は十四歳以下という決まりになっている。つまり、リゼたちよりも二歳年上の参加者がいるということになり、見るからに体格が大きい参加者も見受けられた。

 集合場所に到着して、五分程度すると、関係者らしき人物が話し始める。


「参加者の貴族の皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。本日の初級クラスの参加者は二十八名となります。トーナメントの抽選を行いたいと思います。一列に並びこの箱から紙を一枚お取りください。またこちらの魔法石をお受け取りください。こちらを身に着けていれば戦闘ダメージが0になりまして怪我をすることもございません。石にダメージが蓄積され、石が割れたら敗北となります。魔法石が割れた後に攻撃しようとした方には、控えている我々が全力で攻撃して阻止しますので、感情に流されて下手な真似はしないようにお願いしますね」


 安全のために魔法石を使うということをラウルから教えてもらっていた二人は、特に疑問もわかず、関係者の言葉に従い列に並ぶ。全員が一列に並んだことで、前から順番に紙を引いていく。

 順番を待っていると、後ろから声がする。


「おいおいおいおい、剣術大会ってご令嬢も参加してよいんでしたっけ~?」

「普通は学園入学後の授業のみ参加って聞くけど? これはだいぶ、ぶっ飛んだやつなのかな?」


 明らかに女性参加者は自分しかいないようであるため、おそらく自分のことなのだろう。リゼは誰が発言したのか後ろを向いて確認し、すぐに前を向く。


(うわぁ、これって、私のこと……よね?)


「今こっち見たよな、自覚あるんだろ! 無視ですか~? お~い! 仲良くしようぜ!!」

「ん、あの髪色は……あいつランドル伯爵令嬢じゃないか? ってことはルイ派か~!」


 すぐに答えにたどり着かれるが、相手にしても仕方がないと無視を決め込む。無視を続けていると、それが面白くないのか少しずつ過激になりだす貴族たちだ。


「無視とはうぜーなあいつ。でもよ、ルイ派をいたぶるチャンスってことだよな?」

「ジェレミー派として合法的にルイ派をいたぶるチャンス到来っと~。お楽しみに~。そのすました態度を泣き顔に変えてあげるからな! くそが!」

「………………」


 リゼは無視を続ける。剣術大会で勝てばよいだけのこと、と言い聞かせるのだった。周囲の貴族たちは関わり合いになりたくないのか、誰も反応しないようにしている。

 しかし黙っていられない人物もいる。


「ふ~ん、雑魚はそうやってすぐにイキリ出すから困っちゃうんだよね~」

「あ? 何だお前?」

「あ、なにかなぁ。僕に話しかけたの? 独り言のつもりだったんだけどね。雑魚だという自覚があるから反応してきたのかな? 僕のことを知らないのか~。まったく世間知らずだよね~。バヤール=ボワデフルだよ、どうぞよろしくね」

「ボワデフル? 聞いたことないな、そんなやつ」


 奇抜な格好に挑発的な発言をするジェレミーに少したじろぐ貴族たち。しかし、おそらく彼らは体格が良いため、年上なのだろう。明らかに年下であるジェレミーに対して攻撃モードへと切り替える。


「爵位は? どうせ辺境領域の田舎貴族だろ。ふざけた格好しやがって。ママが選んでくれたのかな?」

「男爵の家系だけど。こちらは名乗っているのに名乗らないとは、なんて礼儀知らずな人たちなんだろう~」


 男爵と聞いて笑い出す貴族の二人。ジェレミーも笑顔だ。この貴族たちは問題児なのか、周囲の人たちは(あいつ終わったな……)という雰囲気でジェレミーを見つめている。


「ぷぷぷー男爵だってよ、だっせーな」

「氷属性使いのランドル伯爵令嬢様はお供が男爵だってよ。しかもボワデフル? 訳が分からないやつのわりに口だけは達者みたいだからさぁ、飼い主のランドル伯爵令嬢様と一緒にいたぶって教えてあげるよ~。現実ってやつをさ!」


 ジェレミーがリゼに目配せしてきたので、目線で無視しましょうと伝えた。ジェレミーは肩をすくませると貴族たちを無視して前を向いた。

 ある程度攻撃をして気が済んだのか、彼らは次のターゲットを見つけることにする。リゼは(絡まれるのもやっと終わりね……)と、心の中で溜息をついた。

 そして、彼らはというとちょうど良い相手を見つけたのか、同じように因縁をつける。


「おや、エル坊じゃないか! 辺境領域からわざわざご苦労さんだな」

「あはは……」

「よう。この前はちょっとボコボコにしすぎたわ。今日はやりすぎないようにしてあげるからな?」

「はは、お手柔らかにお願いします」


 ふとターゲットとなっている少年を見ると、先程、親子喧嘩をしていた彼であった。しかし、母親には言い返していた彼であったが、愛想笑いを浮かべて言われっぱなしだ。


(親にはあんなに文句を言っていたのになんで言い返さないのかな? それか反応なんてせずに、無視すればよいのに。まあ、ジェレミーは反応というか挑発していたけれど……)


 と、リゼは思う。それからしばらく、貴族たちが少年に絡むのを聞いていると順番が回ってきたため、紙を引く。紙には番号が振ってあり、トーナメント表にも番号が振られていた。幸いにもジェレミーとは決勝まで勝ち上がらないと当たることはなかった。全員が引き終わり、自分の相手は誰なのかと、キョロキョロと対戦相手を確認しようとしていると、声がする。


「おいあんまりだぜ。相手がランドル伯爵令嬢様じゃ、どれだけ手加減しても面白くなりそうにないだろ~。見るからに弱そうな見た目だもんな。あ、でも噂の氷属性魔法を使ってきたら分からないかもな! さーて、さっきから無視しやがって。お高くとまるのもいい加減にしろよ? ぶっ潰してやるよ!」


(はいはい……さっきの人たちの片割れね……)


 どうやら年上らしいが、対戦相手は先程絡んできた貴族の片割れのようだ。


「えー、皆様、試合開始は一時間後ですので各自休憩をお取りください。集合時間は十分前です。宜しくお願いします」


 開始まで時間があるらしいので、ジェレミーとその場を離れることにする。ジェレミーはずっと我慢していたのか、楽しげに宣言する。


「楽しみになってきたなぁ~、あいつらを絶望に追いやるのが」

「ジェ、バヤール、相手にしないのが一番ですよ」

「さすがの僕も怒りに震えているからやりすぎちゃうかもしれないよ~」

「ダメですダメです。勝ちにはいきますけど、やりすぎは厳禁ですからね?」


 ジェレミーと歩いていると、先程エル坊と呼ばれていた少年が剣を振るっているのが見える。太刀筋は鋭く、速い。型も完ぺきに習得しているようで、それなりに実力がありそうだ。


(太刀筋はラウル様並みかな……あの子があんな貴族たちにやられるわけないのに……)


 その様子をしばらく眺めていると、同じように見ていたジェレミーが口を開く。


「あの様子だとスキルも習得していそうだなぁ」

「え、そうなのですか?」

「なんとなくね。それにしても、動きに無駄がないし、余裕もあるよね」

「はい。あの様子ですと、相当強そうですよね」


 リゼは、ジェレミーの話を受けて再度観察する。確かに洗練されていて、剣術に対して意識が高くなければあの動きにはならないだろうなと考えるのだった。


「わりと色々な人の太刀筋を見ているからね。最近は近衛騎士と少し稽古をしたりしていたから」

「え……近衛騎士とですか? そこまでするとは……。私のこと、倒す気、満々すぎませんか……」


 すると、「それはどうかな」と、笑顔で返される。はぁ……と溜息をつきつつも、いつの間にか試合開始の時間が近づいていたので集合場所に向かうのだった。

 

 そして、いよいよ剣術大会が幕を切る。

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