24.剣術大会の前夜

 いよいよ剣術大会の前日になる。この日は集合せずに各自が最終調整を行うことになっており、昼の時間にアイシャと作戦をおさらいする。


「型はマスターできたから、十回の打ち合いはクリアできるとして、私の場合、いかに自由戦闘で魔法を使って有利に進めるかよね。仮想敵をジェレミーとするとアイスレイは見破られるから…………」

「お嬢様、ジェレミー様の場合、ライトスラッシュはウィンドプロテクションで防がれると見越して接近戦の剣術勝負を挑んでくると思われます」

「そうね。スノースピアとエアースピアをうまく使って牽制けんせいして、有利なタイミングで仕掛けるのが良いかな」


 キュリー夫人の授業で使用する部屋にある黒板で位置取りなどを確認する。


「基本はそうなりますよね。でも、ジェレミー王子は剣術のスキルを一つ覚えていらっしゃるそうですからね。ここはお嬢様にはないアドバンテージです。しかもですよ、そのスキルが謎に満ちています。未だに使われたことがありませんからね」

「スキルは剣術の型では防ぎきれないから……ウィンドプロテクションをタイミングよく使うか、かわすしかないわけね…………」

「そうです、避けたときに場外負けになるあたりでスキルを使われると厄介なので位置取りが重要になりますね。ウィンドプロテクションは連続して何度も発動できないということがお嬢様との練習で分かったことですので、使い所は要注意ですね。おそらく一回使うと十五秒は使えませんよね? 運が悪いとライトスラッシュが飛んできます」


 と、いくつかのパターンを書き込んでいく。それぞれのパターンへの対応方法をある程度は頭に入れておくということらしい。


「はぁ……緊張してきた」

「一応、模擬戦の結果としてはお嬢様の勝利数の方が多いですから、肩の力を抜いていきましょう」

「でもたまに本気を出しているのか分からない時があるのよね……スキルも使って来ないわけで」

「え、そうなんですか? うーん、スキルの件はたしかにそうですね。ジェレミー様はここぞというときにお嬢様を驚かせたがる性質がありますからね……」


リゼは、「不安になるから考えるのはなし! キュリー先生の授業の準備!」と宣言し、勉強モードに入る。それからしばらくすると、キュリー夫人がやってくるのだった。


「リゼさん、これは剣術大会のシミュレーションですか?」


 黒板の内容を見てキュリー夫人が聞いてくる。端の方の邪魔にならないあたりで議論していたのだが、キュリー夫人も興味があるようだ。


「はい、そうです。どうすればよいかと考えていました」

「良い心がけです。ただし、シミュレーションしすぎても、イレギュラーに対応できなくなりますから注意ですよ。仮想敵をジェレミー王子にしているようですが、それ以外のスキル持ちなどもいるかもしれません。スキルは相手が使わない限り効果などもわかりませんから、間合いに入られないようにするということが重要になってきますね。出来る限り魔法で牽制して有利に立ち回りましょう。しかし、魔法は再詠唱するためにクールタイムが存在します。よって、使いどころを間違えると簡単に距離を詰められて間合いに入られてしまいます。そして、タイミングを見てスキルを使ってくるでしょう。よって、相手の牽制攻撃でこちらが焦って防御魔法を使わないようにうまく見極めないといけません。なお、スキルも同じで再発動するためにはクールタイムがありますから、なんとか凌ぐことができれば、それはチャンスに変わります。初めての剣術大会でしたね? 応援していますよ」


リゼはキュリー夫人のアドバイスをメモし、頭に刷り込んでおく。知っていることもあるが、流石に大人の落ち着いた着眼点はリゼたちにはない視点だ。


「ありがとうございます。それ以外に気をつけておくべき要素はありますか?」

「それ以外は加護でしょうか。稀に生まれながらに加護を持つ者もおりますからね。スキルは自発的に発動するものですが、加護は常時無意識に発動し続けるスキルのようなものです。今度、授業で教える予定になっていましたが、こればかりは対策のしようがありません。加護持ちが居ないことを願いましょう」


 リゼは「ありがとうございました」と、頭を下げる。すでに人には見せられないが、加護を付与されている上に、スキルも所持しているのだが、なかなか人に話せる内容ではない。


(そうよね。加護。加護は対策できるわけではないから、どうしようもない。ゲームでは対戦前に相手の情報をチェックできたから、加護の内容についても確認できたけれど……。あ、相手のステータスを見れたりするスキル、ないのかな? 私の知る限りないけれど……)


 キュリー夫人を見送った後は、夕食を済ませる前にステータスウィンドウを確認する。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】4

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性、氷属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護

【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】129410000

【メッセージ】「なし」


(今回の剣術大会は、これで挑みましょう。今日、いまから喫茶店に行って新しい攻撃用のスキルを入手したとしても、おそらく逆に混乱するはず。あ、今日も毒耐性スキルのレベル上げのためにジャガイモの芽は食べておきましょうか)


 リゼはジャガイモの芽を摂取し、早めに眠りについたのだった。


 そして朝になる。初めての剣術大会だ。髪をポニーテールにしましょうか、とアイシャに提案されたが、いつも通りの髪型の方が集中できるため、ハーフアップとしたようだ。また、服装に関しては、基本的に王国では乗馬時を除くと女性がズボンを履くということはないため、ブラウスにスカート、そしてタイツといういつも通りの動きやすい服装だ。

 朝食を終えると、伯爵たちに見送られながら馬車に乗り込む。目指すは剣術大会の会場だ。残念ながら伯爵たちは用事があり観戦することが出来ないようだ。

 馬車で揺られながら〈知識〉を振り返る。〈知識〉では遠隔から魔法攻撃無双を行い、敵を場外に強制的に押し出すか、試合用の魔法石のヒットポイントを削りきる戦法だったリゼだが、自分で戦わなければいけない状態はそう簡単なものではない。気を引き締め直す。


(緊張してきた……でも、練習は手を抜かずにできることはした……! 頑張る!)


 そして、しばらく馬車で揺られると会場近くの馬車を止めておくエリアに到着する。そこでラウルと合流し、会場を目指す。アイシャも会場入り口までは同行し、以降は観客席へと向かうことになる。会場入り口に到着すると、すでにジェレミーがおり、彼とも合流を果たすのだった。


「遅いな~。待ちくたびれたよ」


 と、肩をすくめながら話しかけてくるジェレミーだが、その姿はいつもと違う。奇妙な出で立ちにリゼとラウルは言葉を失ってしまう。


「え、その髪は……」

「これ? カツラだよ、ウィッグとも言うんだっけ。今日はこの黒髪だから惑わされないようにね」


 ジェレミーは黒いカツラをかぶり、服装は奇抜、とてもカラフルな色合いで少なくとも一般的な貴族が着るようなシックな服装ではなかった。誰が用意したのか。正直浮いている。

 あまりの雰囲気の違いに上から下までジロジロと見てしまうリゼ、ラウル、アイシャであった。

 心なしか他の参加者もジロジロと見ながら通り過ぎている。対して、護衛の近衛騎士は古びた目立たない色合いの服を着て少し離れたところで周りを警戒している。うまくジェレミーとは無関係である雰囲気を醸し出していた。

 

「ジェレミー王子、君はいつ到着したんだ?」

「二時間位前かな~」

「ジェレミー、さすがに楽しみにしすぎでしょう……」

「あ、今日の僕はバヤール=ボワデフルだからよろしくね?」


 ジェレミーの発言に「バヤ? なんですか?」と困り顔となるリゼ。アイシャも同じように困っている。ラウルは申し込みの時から知っていたようであるが、呆れ果てている。


「どうしてそんな覚えにくい名前にしたのですか……」


 訳の分からない名前に困惑するリゼは、突っ込むしかない。ラウルたちも苦笑いだ。「それでは観客席で見守りますね。皆様、応援しております!」というアイシャと別れ、集合時間までそれなりに時間があるため、会場付近を三人で散歩することにした。


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