23.事業の開始
それからというもの、頻繁にジェレミーとラウルが訪ねてきて、歓談はそこそこに、魔法や剣術の練習をして過ごす日々が続く。ジェレミーとラウルもお互いを多少は認めあう仲となったようで、ジェレミーがラウルを挑発することもなくなり、リゼやアイシャを含めて仲良く過ごすようになった。
そして、いよいよ剣術大会を六日後に控えた日曜日の夕方のこと。
「ラウル様、剣術大会ではいままで練習してきたように魔法の使用もありなのですよね?」
「うん? 使ってはダメというルールはないからもちろん大丈夫だよ。といっても参加者は学園入学前の十四歳以下の貴族たちしかいないから、まだ魔法を使える人はほとんどいないだろうけどね」
「じゃあ僕たちなら楽勝でしょ~。魔法もそれなりに使えるわけだし。遠距離から攻撃すれば他の人たちは防ぐことが出来ないだろうしね。この中の誰が優勝するか、といったところかな?」
どこかのタイミングで他の貴族のレベルを見たことがあるのか、ジェレミーは相当自信満々に呟く。それなりに仕上がってきているため、負ける気がしないといったところだ。
「いやジェレミー王子、実は剣術大会は区分分けされていてね。みんなの分も僕がエントリーを済ませておいたわけだけど、伝え忘れていたよ。僕は元々ある程度は剣術が得意だと知られているから中級クラスなんだ。リゼとジェレミー王子が初級クラスで出場となる。だから初級クラスの優勝は君たちのどちらかじゃないかな? 僕は中級クラスで優勝できるように頑張るよ」
あれ、そうだったのですか、と目を向けるリゼとアイシャ。ジェレミーはラウルと戦うのも楽しみにしていたのか少し残念そうにしている。が、リゼと戦うのは楽しみなようで。
「リゼとか~。使える魔法の数が違うから苦戦しそうだなぁ」
「とかいって、勝つ気、満々なんですよね?」
「言うようになったなぁリゼも。最初の頃なんて『は、はい……』みたいに怯えていたのに」
ジェレミーが茶化してくる。流石のリゼも頻繁に会っていることで、ジェレミーと会ってもステータスウィンドウの【状態】が恐怖になることはなく、健康という正常なステータスを示していた。
「流石に慣れますよ……どれだけの頻度で会っていると思っているのですか……」
「まあ、もう仲間って感じがするよね~。ラウルやアイシャも含めてね」
「あぁ。正直ジェレミー王子、君の印象は最悪だったんだが……魔法も剣術も真面目に取り組む姿を見て見直したよ」
「私はこれからもお三方のためにお手伝いさせていただきます」
打ち解けた四人は良い雰囲気だ。練習ではお互いの動きを指摘しあって仕上げてきているだけのことはある。まだまだ粗削りではあるが、それなりにそれらしく動けるようになってきていた。
「えっと、剣術大会は次の土曜日ですよね。あとは……平日の練習のみですよね。いつも通り集合して各自で練習して、模擬戦を行って、直すべきところなどを指摘し合うという流れであっていますか?」
「うん。問題ないよ。最終仕上げというところかな」
平日は騎士とも模擬戦を行い、最初の打ち合いで失敗することがないように入念に準備をしてきたリゼ。また、アイシャから一方的に攻撃をしてもらい、剣で防御をするという練習も重ねてきた。
剣術大会の準備は万端であるが、忘れてはいけないことがある。そう、事業だ。隙間時間を利用して、三点の絵を完成させたリゼは、商会に渡して売却してもらおうと考えている。明日の昼に商会の会長が訪ねてきてくれることになっていた。
夜が明け、朝になる。キュリー夫人の授業をこなして昼になると、待っていた人物が来訪してきた。
アルベール商会を営むステファン・アルベールだ。
「はじめまして、ランドル伯爵令嬢様。ステファン・アルベールと申します。ご連絡をいただいたので、既にご存知かもしれませんが、私は芸術分野の商売を得意としておりまして。きっとお役に立てるかと思います。もちろん、芸術分野以外も対応できますので何なりと。それにVIPの方は初めてでして、少し興奮しております。早速、ご連絡いただいた絵を見せていただくことは可能でしょうか?」
ステファンはリゼが机の上に置いたVIP事業証明カードを見て興奮した様子で挨拶をしてきた。
「アルベールさん、はじめまして。これから宜しくお願いします。絵は、こちらです」
リゼは布で覆い隠しておいた額縁に入れた絵を見せた。ステファンは目を見開いて食い入るように絵画を見つめ始めた。それからしばらくメモをしたり、絵を見比べたりしており、五分ほど経過した。
椅子に座り直したステファンはある提案を行ってくる。
「実に素晴らしい絵です。三枚共に描写方法が異なっており……一番左はおそらくアトリビュートから判断するに、大地の神ルーク様を描いておられるものですが、王立芸術アカデミーを卒業した優秀な画家でもこの絵を描くことは困難でしょう。近頃は宗教画よりも現実的な情景を描写するのが主流になっており、神々を描くことが出来る画家は減っているのです」
アトリビュートとは主に宗教画で使われており、絵の中の人物が誰なのかを判別することが出来るようにしているものだ。大地の神ルークであれば白い衣と白い鳩をセットで描く。
近頃は識字率があがっているが、昔は字を読めなければ何が描かれているのか分からなかった。よって、白い衣や白い鳩をセットで描くことで、字を読めない人たちも誰を描いた絵なのかを判別でき、楽しめるようになっている。
前世でも完全に同じような歴史があった。(確かアトリビュートが用いられる絵は西洋絵画と言ったかな。確か宗教画で使われていたはず)と、リゼは心の中で呟いた。
「次に真ん中の絵、ですが……これは庭の手入れをする庭師を描いた絵ですね。しかし、見たことがない画法です。これはどういうものでしょうか?」
「タイトルは『ある日の庭』というものにしたのですが、点描画といって普通に描くのではなく、点をひたすら打っていきます。細かい描き方は割愛しますが、普通の描き方とは違いますので、印象が異なっているかと思います」
「素晴らしいの一言です。一番気に入りました。右の絵は……これも描き方が異なりますね?」
「そちらは風景画ですね。タイトルは『王都の朝』です。一応、
(全部、〈知識〉の活用なのであって、私が初めてこれらの画法を使って絵を描き始めたわけではないけれど……)
リゼは簡単に説明をしておいた。専門用語をステファンは理解出来なかったようであるが、ゼフティアでは一般的な情景を客観的に精密に表現する方法が一般的であるため、物珍しそうに絵を眺めていた。
「うーむ。あの、一つ提案なのですが……」
「お聞かせください」
「これら三枚の絵は私が買い取らせていただいても宜しいでしょうか? 是非、私が所有者になりたいと思いまして。そして、美術館に展示いたします。近頃は王立芸術アカデミー主催の絵を展示するサロンよりも、美術館に展示したほうが目につきます。サロンに展示するにはアカデミーの審査員に認められる必要がありまして、彼らは少々排他的なところがあり、一枚目の宗教画を除くとランドル伯爵令嬢様の描く斬新な絵はなかなか好まれません。私は好きですが。なお、次回の絵から販売を行うということでいかがでしょうか?」
どうやらステファンはこの三枚の絵を自分で保持しておきたいらしい。とくに問題はないため、承諾することにする。
「あ、はい。全然構いません! そちらでお願いします」
「ありがとうございます! それでは、左の絵は七百万エレス、右の絵は九百万エレス、真ん中の絵は千三百万エレスでいかがでしょうか……?」
「えっと、そんなに高額で宜しいのでしょうか。ちょっと驚いてしまって」
「もちろんでございます。価値のある絵画にはきちんとした価格をつけさせていただいておりますので。それに、今後価値が出るかもしれなく、私としては是非にといったところでございます」
ステファンは二千九百万エレスで買い取ってくれるらしい。リゼは予想外の値段に驚いてしまったが、それなりに労力が必要であったため、価値を認めてくれて嬉しさもある。
「嬉しいです。それでは、是非お願いします」
すると、ステファンはマネーウィンドウを操作してリゼに送金を行ってきた。
自分のマネーウィンドウで確認するとしっかりと入金されている。すかさずポイントへ変換を実行した。ステファンが絵画に丁寧に布を掛けている間にステータスウィンドウを見てみる。
【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル
【性別】女
【年齢】十二才
【レベル】4
【職業】伯爵令嬢
【属性】風属性、氷属性
【称号】なし
【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護
【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)
【状態】健康
【所持金】120000エレス
【ポイント】128660000
【メッセージ】「エレスをポイントに変換しました」
(よし、かなりポイントが回復して一億を超えた。次からは商会を通じて販売することになるから、どれくらいの価格になるかは分からないけれど、地道に行きましょう。毎日の練習では一度魔法を詠唱したら千ポイント、一度剣を振ったら千ポイントという感じでポイントが加算されていく。絵と毎日の練習を行っていくことでポイント回復効率がだいぶ上がるかな……! あとはそうね。ポイントに余裕が出てきたら鉱山などの所有権を数パーセント購入して、売上の一部をもらうことで自動的にエレスが溜まっていく、というのも考えても良いかもしれない。とはいえ、騙されたりしたら怖いから、ラウル様に相談したりして考えてみましょう)
満足げなステファンを見送り、しばらく練習を繰り広げていると、外出していた伯爵たちが帰宅したようで夕食となる。
「リゼ、剣術大会だが危険はないのだろうね?」
「はい。学園と同じく模擬戦用の魔法石を身に着けますので怪我をする事はありません!」
「そうか。まさか、リゼが剣術大会に出ることになるとは思ってもいなかったが、ラウルやジェレミー王子も一緒であれば安心だね。当日は予定があって観戦に行けないが、頑張りなさい」
「ありがとうございます。練習の成果を出してきます」
それから、残りの数日間をいつも通り、ラウルやジェレミーたちと過ごすのであった。
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