21.貴族の悩み

 本日、初めて魔法を発動したラウル、すでに魔法を無詠唱で発動できるジェレミー、そしてリゼとアイシャはそれぞれ魔法の練習を行う。


「アイシャ、思ったのだけれど」


リゼはアイシャの魔法を眺めながら一つ思いついたことがあるようだ。


「どうされました?」

「サンドシールドやウィンドプロテクションって普通は体の周りに展開されるじゃない? 位置を調整出来ないのかな。例えば、サンドシールドをうまいこと足元に展開できれば、アイスレイなどを防げそうじゃない?」

「なるほど……試してみましょうか――サンドシールド! うーん、うまく発動しませんね」


(キュリー先生に聞いてみるしかないかも……ウィンドプロテクションでさっき試したけれど、うまくいかなかった。魔法を発動させる位置というのも研究が必要。使いこなせれば、剣の太刀筋に対してうまく対応できたりするかもしれないし!)


 アイシャとリゼは練習の中で魔法の発動位置を調整することをひとまずの目標にした。リゼは、スノースピアなどの射出系の魔法は、上に手を向ければ上に、下に手を向ければ下に、前に手を向ければ前に、横に手を向ければ横に魔法が飛ぶため、同じように防御魔法を下に手を向けて発動したら足元に発動できないものかと考えるのだった。いまのところうまくいかなかったが。

 それから、ラウルの練習の状況を見に行く。


「どうですか、ラウル様」

「良い感じ。ほら、誤差レベルだけど、手から少しだけ離れたところに飛ぶようになったんだ」

「これは効果が高まってきている証拠ですね。練習あるのみです!」


 リゼはラウルのことを応援した。魔法を練習し始めたころの自分を見ているようで応援したくなる。しばらく応援をしていると、ジェレミーがやってくる。


「あれ、ラウルはまだ魔法初心者か~」

「む、ジェレミー王子。そう言う君はどうなんだい?」

「僕? ほら…………こんな感じ」


 ジェレミーは得意げにライトスラッシュを無詠唱で放ち、ラウルはそれをじっと見つめるのだった。


「なるほど、それなりに飛ぶようだね。魔法は確実に君が先輩のようだ。それに何も言わずに魔法が出ていたね……これは一体?」

「ラウル様、あれは無詠唱というものです。魔法を何度も発動し、魔法熟練度が最大値になれば無詠唱で発動できるようになりますから心配は不要ですよ」

「分かった。焦らずに着実にいくようにするよ」


 リゼがラウルをフォローすると、ラウルは焦らずに着実に進んでいこうと決意する。

 それから先程ライトスラッシュを発動したジェレミーへと話しかける。


「えっと、ジェレミーは……さっきのを見る限り、以前に見たときよりもかなり飛ぶようになっていたような……」

「まあね~。ちょっとリゼを驚かせたくて密かに練習していたからね。驚いたんじゃない?」

「すごいと思います。たぶん私のスノースピアよりも飛ぶ気がしますね」

「いやいや、流石にそれはないでしょ~。あれ、そういえばさっき、アイシャと話している時に、アイスレイとか言ってなかった? アイスレイって何?」


 興味津々なジェレミーだ。彼も魔法についてはそれなりに熱くなるタイプのかもしれない。


「よく聞いていますね……。あれ、私……まだ話していませんでしたっけ……」


 そういえば、昨日話し忘れていたかも、と気づく。いきなりの訪問でそれどころではなかったというのが正直なところではある。


「聞いていないよ」

「実は昨日なのですが、新しい魔法が使えるようになって」

「えっ! それはどういう魔法なのかな? それにしても昨日、話してくれなかったのはひどいじゃないか~」

「昨日はいきなりいらしたので驚いてしまってそれどころではなくて……見ていてくださいね、アイスレイ! どうですか? 足を見てみてください」


 アイスレイの効果により、ジェレミーの靴が凍りつく。足を動かそうとしてみるジェレミーだ。


「おや、これは……足が動かないな」

「アイスレイは相手の動きを少しだけ封じるための魔法ですね。えっと、次は私にライトスラッシュを打ってみてください。私もまだ慣れていないのでいきなり無詠唱ではなく、三つ数えながらやってみてくださいね」


 ジェレミーは模擬戦用の魔法石を身に着けもしないで攻撃してこいというリゼの話に躊躇ちゅうちょする。対してリゼは自信満々に立っている。アイシャに投げつけてもらった石の軌道をうまく逸らすことに成功したため、自信があるのだろう。ジェレミーは出来ればやりたくないといった雰囲気を醸し出している。


「いいけどさ~。怪我しない? できれば、やりたくないんだけどなぁ」

「大丈夫です!」


 リゼはいつでもどうぞ、と付け加える。ジェレミーは溜息をつきつつ、その様子を見て手を前に突き出す。


「分かった。本当に大丈夫だろうね? 威力を弱めるとかそういう調整は出来ないからね? なら、行くからね~。三、二、一、ライトスラッシュ」

「――ウィンドプロテクション!」


 ジェレミーが放った光線はリゼを取り巻く風のシールドによって軌道をそらされる。光線は別の方向へと飛び、鉱石に吸収されて消滅した。ジェレミーは「これは……」と呟く。


「軌道を逸らしました。結構有用な魔法ですよね」

「これがウィンドプロテクションか~。本で読んだことはあったけど、想像していたよりも強いなぁ」

「あ、そういえば……ウィンドプロテクションは風属性魔法なのでそれなりに本とかにも載っているのですね」

「この前、風属性魔法の本を試しに読んでみたからたまたま知っていたけど、アイスレイは知らなかったな」

「ジェレミー、わざわざ風属性魔法の本まで読むとは……魔法が本当に好きなのですね」

「ん? あ~、まあそういうことになるのかな」


 リゼの純粋な質問にジェレミーは少し言葉を濁す。

 アイシャの投げた石を防いだことはあったが、実際の魔法を防ぐのは初だった。実戦に近い魔法の練習ができて充実感のあるリゼ。

 その様子を見ていたラウルはアイシャにこっそりと話しかける。


「あの二人は魔法のレベルが近いからなのか随分と盛り上がってるし、実戦に近い訓練をしているみたいだね」

「お嬢様はだいぶ魔法マニア的なところがありますからね……おそらくジェレミー様もそうなのでしょうね……。とくにお嬢様は理論とかそういうのをよく熱く語っておられますよ」

「そうか。魔法って奥深いんだね。僕も頑張らないと」

「そうですね、私も頑張りたいと思います」


 午前中は魔法の練習に勤しんだ四人だったが、昼はゆっくりと過ごすことにする。

 晴天ということもあり、敷地内でピクニック形式となった。サンドイッチなどを食べていると、ラウルが参加者に確認をしてくる。


「これを食べて少しゆっくりしたら午後から剣術の練習に入るわけだけど、君たちは剣術の型は覚えたのかな?」

「えーっと、私は三十のうち、いま二十ですね。ちょっとペースがゆっくりめ、ですかね……」

「僕は全部覚えてはいるよ。といっても、子供の頃に無理やり覚えさせられたから忘れてしまっているかもしれないけどね~」

「申し訳ありません。私は剣術の型というものには触れたことがなく……お嬢様が習っているのを遠目で見ているくらいしかありません」


 リゼたちの返答により、三人の状況を理解したラウルは今日のメニューを組み立てる。


「なるほど。ではまずは実戦形式での訓練を行えるようにするために、つまらないかもしれないけど、今日は型をとにかくマスター出来るようにしよう」


 初心者のアイシャを含め、午後からの剣術の練習はひたすら型をマスターすることになるようだ。

 それから、昼食を続けつつ、会話に花を咲かせる。


「リゼ、あのバルニエ公爵令嬢のお披露目会以来、何か困ったことは起きていない?」

「そうですね、父にも聞いたのですがとくには……」

「そうか、それは良かった。ルイ派は何もアクションなしということだね。逆にジェレミー王子と接触したことで、ジェレミー派が何かして来るかどうか気になっていたけど、安心したよ。ジェレミー王子がいるところで言う話でもないがジェレミー派はかなり過激なところがあるからね」

「僕も困り果てているんだよね。勝手に祭り上げられてさ。母上が何とかしてくれれば良いんだけど」


 ジェレミーは呆れ果てた声で言う。きっと彼も苦労しているのだろうと他のメンバーも同情顔だ。

 当の本人は不満を口にした自分に驚いているようだった。本心を話すタイプではないからだ。


(確かにルイの個別ルートで、ジェレミー派が剣術大会で細工をしてルイがジェレミーに破れるという話があった。これは主人公であるレイラが傷心するルイと少し仲良くなるエピソードのきっかけだった。他のルートでも……何かと小細工をしたりしていた……)


「それに一つ困ってることがあってさ~。この前、ルイが婚約したでしょ? そのせいで僕の相手を母上が見つけようとしていてね」

「うわぁ、確かにそういう流れってありそうですね……」


 リゼは気の毒そうに同情した。自分もその手の話が出た時に拒否していなければ、トントン拍子で決まっていたかもしれないからだ。


「ジェレミー王子も大変だな……実は僕の家も似たりよったりだ。失礼かもしれないがリゼの家はどうしようとしているの?」

「私の家ですか? 元々、両親が学園で出会ったこともあり、私もそのつもりなので何も考えていないですね……」


 意外な回答だったのか、アイシャ以外の二人は驚いている。意味深な顔つきだ。


「なるほどね。よくある貴族の縁談話に流されない姿勢、立派だと思うよ」

「それは残念だなぁ。母上にリゼはどうかって聞かれたところだったのに」

「え、本当にやめてくださいね?」


 最悪の場合、話の流れ的にそういう話になるのではないかと考えていたリゼは瞬時に反応した。ジェレミーと婚約などしたら、それこそ目立ちすぎる上に、王位継承権問題に完全に巻き込まれてしまう。そんな危惧から即座の反応となった。リゼとしてはやはりそういう話になったかと思わざるを得ない。


「反応、速いなぁ。でも母上次第だからな~! 母上はわりとその気になってるしどうしようね?」

「ジェレミーが拒否してください! 私は絶対学園で相手を見つけます!」


 微妙な反応のジェレミーに必死で食い下がる。断固拒否の構えだ。あまりの必死さに、目立ちたくないから当然かと察したジェレミーは肩をすくませながら答える。


「仕方ないな~。納得してくれるかはさておき、うまく言っておくよ」

「僕も無理に相手を選ぶ婚約ではなくて学園で相手を探す方が良いな……父上にそう話してみるか……」


 ルイが婚約した今、ジェレミーも振り回されているようだ。縁談というものは年頃の貴族の悩みのタネらしい。

 そんな話をしていると、いよいよ剣術の練習を始める時間帯となった。

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