19.ルイ派である訳

 ジェレミーを見送った後、急いでキュリー夫人の待つ部屋に戻り、授業の続きを受ける。教えてもらった内容、魔法の理論についてのメモを見返して、少し一息ついた。それからキュリー夫人を見送り、夕食の時間となる。


「リゼ、随分とジェレミー王子に気に入られてしまったようだね……」


 伯爵がこれはどうしたことか……という表情で発言する。リゼは「はい……」と前置きしつつも、ジェレミーも苦労しているのだという理解もあるため、あまり否定しないようにしておく。


「そうですね……ジェレミー王子にとってそこそこ重要な位置づけになっている気がします」

「そうか…………」

「あのお父様、ルイ派の方たちから嫌がらせなどは……」

「今のところはあれ以来、とくに変わったことはないね。元々ルイ派の中でも活動しておらず、目立つ方ではなかったからね」


 現状はルイ派からこれといって何かを言われたり、されたりはしていないようだ。


「それは安心しました。そういえばふと気になったことがあるのですが……」


 リゼはそもそもの疑問が浮かんでくる。


(お父様はなぜルイ派に属しているのかな? 最近の加入でルイ派としての歴は長くない。何か意味があって属しているのであれば、私にも関係がある話なので理解しておきたい。今後の立ち回りにも影響がある)


「なんだい?」

「お父様はルイ派に属しているのですよね。理由はどういったことなのでしょう?」

「あー、そのことか。我が家系の歴史は知っているね?」

「えっと、元々は海を隔てた西方の島にあった国の一つでしたよね。えっと、確かシスア王国という名前でした。戦争でゼフティア王国に制圧されてから、ゼフティア王国の伯爵家として生きていくことになった……であっていますか? ゼフティアは制圧した国の王族を伯爵家とするという方針が確かあったと思います。他にも同じような境遇の家柄がありますよね……」


 これは彼女がはるか昔に伯爵から聞かされた話だった。いまは王国民として馴染んでいるが先祖をたどれば外国人なのだ。同じような境遇の貴族はゼフティアにおける地方領域から辺境領域でそこそこの数に達している。近頃は戦争がないゼフティアではあるが、以前は周辺諸国に戦争を仕掛けていた。


(いまのは幼少時の記憶を思い返して話した。〈知識〉を思い返したが、ゲームでは私、――リゼの家柄について細かい言及はなかったが、このような歴史があったのでした……)


「そうだね。いまから五百年も前のことだから、すっかりゼフティア王国の貴族として生活しているわけだけど、我が家系は戦争で負けてゼフティア王国の軍門に下った。そのときに今の王家に貴重な財宝などを没収されてね。我が家系としてはせめて当時の王冠だけは先祖の宝として返却を代々求めてきたわけだ。いまさら独立など、誰も求めていないが、領地内では未だに当時の文化が根強く残っているんだ。そして、多少は王国に思うところがある人たちも居るわけで、旧シスア王国の王冠を返却してくれたら彼らの溜飲りゅういんが下がるだろうと、ルイ王子にお願いしているわけだね」

「それは知りませんでした……」


 まさかそういった裏事情があってルイ派になったとはまったく想像が出来なかったリゼは少し驚く。

 王都生まれ、王都育ちのリゼはランドル伯爵領の状況には疎く、そのような事情があるということも初耳であった。何と言っても未だに領地に足を運んだ事がない。

 なお、キュリー夫人より歴史の授業で聞いた話によると、ちょうど西方の島にあった国々を制圧したあたりから、北方のブルガテド帝国が牽制してきたため、領土拡大よりも防衛方面に力を入れ、五百年の間に戦争とは程遠い芸術の国へと変貌したとのことだ。


「ちょうどニ年前にルイ王子から自分が王になった暁には返却に応じると言われてね。どこからか王冠の返却を望んでいると耳にしたのかもしれないね。それまでは中立派だったから」

「そんなことが――」

「というわけで、今に至るわけだ」


 伯爵は感慨深げに話を終える。ルイが出来る限り多くの貴族たちを取り込むために交換条件を提示してきたのだろうと察するのだった。リゼは念のため、確認を行う。


「あまりジェレミー王子がこの屋敷に来るのはよくないでしょうか……?」

「うーむ、他のルイ派貴族たちからの目を考えればよくはないかもしれないが、最終的に私がルイ王子に投票すればルイ王子としては満足だろうし、リゼは気にせず自由にしていなさい。ルイ王子としてはすでにルイ派である家柄よりも中立派をいかに取り込むかが重要だろう。旧シスア王国の王冠という人質がある限り、我が家系は味方だと言えるだろうから、ジェレミー王子が出入りしていようが気にしないだろうしね。それにジェレミー王子の来訪を止めることもできないしね」

「分かりました。ありがとうございます」


(でも、ジェレミーが王になった場合、頼めば王冠を返却してくれそう……とは思うけれど、口にしないほうがよいよね。ジェレミー派に鞍替えしたりしたら何が起きるか分からない。この裏事情は心の中にしまっておきましょう)


 リゼはひとまず、ジェレミーが来ることで伯爵の立場が悪くなることはないのだと知って安心する。いや、もしかしたら立場はルイ派の中では悪くなるかもしれないが、ルイが問題ないと認識していれば大丈夫そうだ。そして、リゼはあまりに昔過ぎて考えたことがなかったが、ゼフティア王国は周辺の国を制圧、そして吸収することで大きくなった国で、ランドル伯爵家のように元々王家だったという貴族がそこそこ存在しているという事実を改めて認識するのであった。攻略キャラのロイドも同じ境遇の貴族だ。

 夕食を終え、いつものように窓辺で物思いにふける。


(明日はラウル様やアイシャと楽しく魔法や剣術の練習を行うはずだったけれど、ジェレミーも来ることになった。ジェレミーは善処すると言ってくれてはいるけれど、きっとなんだかんだいって穏やかな雰囲気にはならないはず。うまく間を取り持って喧嘩が発生しないようにしないと)


 明日はラウルとジェレミーがエリアナの誕生日パーティー以来に顔を合わせるため、気が気ではない。

 しばらく考え事をした後、日記を開く。習った内容を振り返り、リゼなりの疑問点を書いていく。マナがない空間があったら魔法は発動できないのか、なぜ口に出すと「アクセス・マナ・コンバート」を省略して魔法を絶対に発動できるのか、ウィンドプロテクションの効率的な効果の測定はどうすればよいのか、疑問は尽きない。

 それからリゼは疑似無詠唱に慣れるために「アクセス・マナ・コンバート・アイスレイ」と「アクセス・マナ・コンバート・ウィンドプロテクション」を何度か練習した。

 

 そして、久々にゆっくりとステータスウィンドウを開いてみる。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】3

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性、氷属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)、水の加護、土の加護

【スキル】ルーン解読(固有)、毒耐性(レベル1)

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】95060000

【メッセージ】「アジサイの葉(毒レベル1)の解毒に成功しました(五回)」


「変わったことと言えば、レベルが3になったこと、ポイントが誤差レベルだけど回復したこと、くらいね。一億ポイントまで回復したらまたラインナップを見に行ってみよう。ジェレミーと知り合いになって、何に巻き込まれるか分からないし。ジェレミー自体は私に何かしてくることはないでしょうけれど、彼の周りには過激派貴族が沢山いる……」


 その後、ベッドに入った。

 夜が明け、朝になる。小鳥のチュンチュンというさえずりで気分良く目覚めた彼女は支度を整える。今日は一日練習であるため、動きやすい服装を選ぶ。髪をアイシャに整えてもらい、朝食に向かう。

 朝食後の紅茶を楽しんでいると、屋敷のメイドが食堂へとやって来てラウルの来訪を伝えてくるのだった。


「お嬢様、ラウル様がいらっしゃいました。応接室へお通ししております」

「ありがとう。行きましょう、アイシャ」

「承知しました」


 二人は応接室へと急いで向かう。応接室にノックをし、入室する。ラウルは奥の窓の付近に立っており、リゼたちが入室すると貴族らしく会釈をしてくる。リゼも会釈をして対応する。


「ラウル様、本日はお越し下さりありがとうございます。お出迎えできず、申し訳ありません」

「リゼ、元気そうだね。出迎えなんて気にしないでいいよ。あれ、少し緊張してる?」

「……はい、実はラウル様にお伝えしておくことが…………」

「なんだろう、緊張するね」


 リゼはおずおずと口を開く。ラウルは話の見当もついていないのか、真剣な表情だ。


「実は今日なのですが、参加者が追加になりまして」

「ん? そこのアイシャさん以外にということ?」


 重い話ではないと安心したラウルは緊張を解き、確認してくる。

 リゼは躊躇しながらもどのみち遭遇することになることが確定しているため、伝えることにする。


「そうですね。あの言いにくいのですがジェレミー王子が……」

「あー、また彼が強引に参加すると言い出したのかな」


 ラウルは、そういうことかと、察したように頭をかきつつ、呆れ顔だ。ジェレミーの強引さを目の当たりにしたあの光景を思い出しているのかもしれない。


「ラウル様とのお約束でしたのに申し訳ありません……」


 と、リゼは心底申し訳無さそうに言う。ラウルは少しこういう展開を予期していたのかもしれない。いつかジェレミーが何かアクションを起こしてくるだろうと、想定済みだったようだ。


「気にしないで。いずれまた会うことになるだろうと思っていたしね。ジェレミー王子は見学かな?」

「あ、いえ。練習に参加するようです」

「そうか……それならしごいてあげるしかないね」


 ラウルは笑顔でそう答える。ラウルの不敵な笑顔を見てリゼはすぐさま反応する。


「喧嘩はしないでくださいね……?」

「ははは、それは大丈夫。僕は穏健派だから」

「ラウル様はお優しいですものね。安心です」


 リゼは安心したのか胸を撫で下ろす。ジェレミーが相当な失礼な態度をとらなければ、なんとかなりそうだ。失礼な態度をとらなければ、だが。

 仮にジェレミーが失礼な態度を取った場合は、すぐに対応しようと心の中で考えるのであった。


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