18.地雷と理解
屋敷を訪ねてきたジェレミーは、楽しそうにしているが、リゼはそんな気分ではなかった。
なぜなら、
目立たず、何かあったら対処できるようにしつつ、可能な限り平穏に生きるという目標が潰れていっており、何とも言えない気持ちになっている。
リゼが黙っていると、ジェレミーがさらに言葉を続ける。
「それにさ? 母上にも伝えておいたから」
「え、何を……です? 氷属性の話ですか?」
今度は何事かと聞き返す。王妃に何を伝えたというのか。
「それはもちろん僕らが友人だってことさ。母上もそれは驚いていたなぁ。何せ僕の初めての友人だからね。いままで友人なんてできなかったからさぁ」
「…………」
もはや、あからさまに頭を抱えてしまうリゼだ。なぜこんなことに……と考えているであろうことは誰が見ても明らかだろう。王妃は過激なことで知られるジェレミー派を統括しており、そんな彼女に興味を持たれれば、ジェレミーよりも格段に危険だ。
そんなリゼを眺めながらジェレミーはさらに追い打ちをかける発言をする。
「母上が喜んでいてね~! 今度リゼに会いたいってさ」
「いや、あの」
「つまり、目立たない、というのはもう無理! 諦めてね」
「なぜこんなことに……」
がっくりとうなだれるリゼを見て笑い出すジェレミーに、何がおかしいのかと内心思ってしまうが、相手は王子だ。そんなことを言ってよい相手ではないため、ぐっと抑える。
「ははは、母上も僕が真面目に勉強するならリゼのところに遊びに行って良いと認めてくれたし、これからは頻繁に来るからよろしくね! 楽しくなりそう!」
「そうですね………………」
特に楽しい未来を想像できないリゼは、一人で盛り上がるジェレミーについていけないのだった。
しかし、すでにジェレミーを避けることは困難であることを理解したリゼは以前から聞こうと思っていたことを確認することにした。
「あのジェレミー、一つ聞いても良いですか?」
「ん?」
「踏み込んだ質問なので、答えたくなかったら答えなくてもよいので」
「言ってみてよ」
「その、以前、魔法を使っていると嫌なことを忘れられると言っていましたよね? 失礼だったらごめんなさい。嫌なことってどういうことなのですか? できれば地雷を知っておきたくて……」
恐る恐る尋ねることにした。避けられないのであれば、地雷は知っておくべきだ。
少しの沈黙の後、ジェレミーが苦い顔で答える。あまり良い気持ちはしないのだろうが、答えてくれるということは知っておいてほしいということなのかもしれない。
「ふ~ん。そこが気になるわけか。まあ、そうだね……友達だから教えてあげるよ。嫌なこと、大人の汚いところ全部かな」
「汚いところ……ですか?」
「ほら、僕のことを次期王にするとか言って
「確かに気持ちの良い話ではないですね……それに、ジェレミーは王になりたくなかったのですね」
(なるほど。何となく分かった気がする。王になりたくないのに、周りが王にするために躍起になって、別に敵対視していないルイと敵対関係を強いられ、何も楽しいことがないのね……。そして、王位継承権問題の派閥争いにはうんざりしている様子。王妃様は過激なジェレミー派をジェレミーがどのように対処するのか静観している……? でも、幸いなことにお父様はルイ派ではあるけれど、派閥の活動には参加していないし、ジェレミーの地雷を踏んでしまうことはなさそうね。私も興味はないから、なんとかなる……?)
平和な王国で争いの火種を大きくしようとする貴族たちには思うところがあるので、共感する。そういう人たちさえいなければ芸術の国として平和そのものなのだ。自分だってエリアナのことさえ避ければ、平和に生きていけているはずだ。
ジェレミーは「だよね~」と、相槌を打ちつつ、さらに話を続ける。
「楽しく生きていたいんだけど、立場上、そうもいかないと理解したときにストレス発散で色々試して、魔法の面白さにハマっちゃってさ。ある意味で現実逃避的な側面もあると思うよ。でもそういうのがないと疲れちゃうんだよ……」
「そういうことも必要だと思います。心のバランスを保つのは重要じゃないですか」
「そう? まあ、というわけで僕にとっては魔法って重要なんだよね。つまり、好きな魔法を共有できる友達のリゼに会いに来たくなる気持ち、分かってくれたかな? 他にいないしね?」
ジェレミーは淡々と言葉を発したが、若干緊張している様子で彼女がどういう反応をするのか様子を見ている。
リゼは彼のことを少し理解したため、口を開く。
「あ~、はい……流石にこの話を聞いてしまうと追い返したりとか、できませんね……」
「おや、追い返そうとしていたの?」
「本当にこれ以上は目立ちたくないので、あまり頻繁にいらっしゃるようでしたらやむを得ないかなとは考えていました」
「すごいね~。王子を追い返そうと考える人なんて君くらいしかいないよ、きっと」
ジェレミーはいつもの笑顔に戻ると笑い出した。王子扱いは一応するが、
「でも分かりました。来ていただいても良いですけれど、お忍びでお願いしますね?」
「目立つのが嫌だから?」
「はい……」
「善処するよ」
まったく仕方ないねと言わんばかりの表情をしつつも、少し明るい表情のジェレミーなのだった。
ジェレミーの心の内を少し知ることが出来たリゼは、彼の来訪に関してはもう仕方がないと、心に決める。出来る限り避けようと怯え続けるよりも、受け入れて今後のことを考えるつもりだ。
せっかく決めた目標がどんどんとぶれていくが、状況に応じて臨機応変に対応していくしかない。
「じゃあ、明日も来るから」
ジェレミーは立ち上がると、明日も来ると言い始める。明日はラウルとの予定があるリゼは焦るしかない。ジェレミーとラウルはパーティー会場で険悪な雰囲気になっていたため、トラブルは避けたいところだ。
「あ、明日は予定があって……」
「え? 僕よりも優先することなんてある?」
「明日は魔法と剣術の稽古の予定で……」
「なにそれ面白そうじゃない。僕もやれば別に邪魔にならないと思わない? こう見えて剣術は最近始めたから教えてあげられるよ」
折れてくれないジェレミー。このまま帰られるといきなりラウルと遭遇することになる。リゼは仕方がないので、再度座るように促してジェレミーを座らせる。落ち着いて話せる状況を作り出し、明日の予定について触れる。
「……もう話します。怒らないでくださいね?」
「なにかな?」
「実は明日はラウル様と一緒に魔法や剣術を練習することになっていまして」
「ラウル? あの失礼なやつか~」
「あのときは私を庇ってくださっただけですが……。と、とにかく、そういうことなので!」
ここまで話せば引き下がってくれるだろうと、話を切り上げようとする。ラウルが来るならきっとジェレミーは来ないだろうと確信しているためだ。それなりに雰囲気が悪かったので会いたくはないだろう。
「うん」
「そういうことなので、明日は無理です」
「え?」
ジェレミーの「え?」の意味がわからず、また、まだ折れるつもりがないことに動揺してしまう。それにまさかとは思うが、ラウルとの予定をキャンセルさせようと考えているのではないかと焦る。ジェレミーはと言うと、笑顔のままだ。
「えっと……?」
「別にラウルが来るからといって僕が来てはいけないことにはならないよね?」
「それは……そうかもしれませんが……今日みたいにお話しする時間はないと思います。練習しているので……なので……」
「別にその練習とやらに参加することにしたから問題ないよ。はい決まり~。明日も来るからよろしくね。それともまさかこの僕をのけ者にしたりしないよね?」
もはや何を言っても決めたことを曲げる気はないのだと理解する。
「そうですか……何が何でもいらっしゃるのですね。分かりました……でも明日はあくまでもラウル様が主導の練習になりますからね? つまり、先生です。逆らったりはダメですよ?」
「信用ないな~、ラウルがムカつく態度を取ってこなければ僕だって大人しくしているよ~」
「お願いですから仲良くしてくださいね?」
トラブルは避けたいので、何度もお願いするリゼであった。しかし、そんなリゼを見て思うところがあったのか、ジェレミーはわかったわかったという気持ちで頷く。
「まあ、目立ちたくないという願いは僕の行動のせいで叶えてあげられそうにないからそこは善処してみるよ。リゼのことを一切考えずにパーティーでは申し訳なかったと少し思っているしね〜。でもあの時はもう一度会って確かめたいこともあったから。悪かったとは思っているよ」
「ありがとうございます。ラウル様とは仲良くしつつ、絶対に密かに来てくださいね……」
この後に用事があるのか、ジェレミーは立ち上がる。
「あ、そうだ。その箱の中身、あげるよ」
「えっと……これですか。開けても良いでしょうか?」
「いいよ」
白い箱で赤いリボンが装飾として使われており、無駄に気合いの入った感じの箱だ。
リゼが箱を開けるとアジサイの葉が綺麗に並べられていた。しかも大量にあり、少なくとも五十枚はありそうだ。
それに良く見ると、押し花にしたプリムローズまで入れられている。リゼのミドルネームと同じ名前の花だ。
「これは! とても嬉しいのですが、でもなぜこれを? わざわざプリムローズの押し花まで入れていただいて……」
「だってほら、庭園で持っていたでしょ。あの後、アジサイの葉だと突き止めたんだよね~。欲しいのかなと思って。花はなんとなく」
「わざわざ突き止めたのですね……。それになんとなく、ですか。でも、ありがとうございます!」
ジェレミーは満足げに頷いて応接室を出ていく。その後ろに近衛騎士が付き従い、リゼも見送ることにした。
廊下で右往左往していた伯爵と共に玄関まで見送り、彼が帰るといきなりの訪問であったため、屋敷の全員がどっと疲れを感じるのだった。
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