17.無詠唱の極意

そして、キュリー夫人との授業が始まる。ふと気になった内容を質問する。


「あのキュリー先生、質問です。魔法の無詠唱についてなのですが……」

「無詠唱がどうかされましたか?」

「無詠唱と詠唱して魔法を発動する場合でメリットとデメリットは何があるのでしょうか?」


(これは気になったことの一つ。ゲームでは通常の詠唱は順番にボタンを操作して、つまりコマンド入力で行って、無詠唱はショートカットというか、コントローラーの専用のボタンを割り当てて発動することが出来たはず。少ない操作で発動できるという利点があった。でもデメリットがあるなら知っておきたい)


 リゼの質問はキュリー夫人の琴線に触れるものがあったのか、少し嬉しそうに語り始める。


「それは良い着眼点ですね。メリットとデメリットですが、正直なところ無詠唱はメリットしかありませんよ。言葉にするよりも、脳内で魔法名を想像した方が断然早いですからね。ただ、デメリットといいますか、難点なのは、無詠唱で発動するためには魔法熟練度を最大値にする必要があるというところですね。やはり時間がかかります。なお、最大値に達するとマナとの親和性が深まり、無詠唱で詠唱できるようになるのです」


 その後、キュリー夫人から『魔法の発動』のプロセスについて学んだ。

 説明によると、次のようなプロセスがあるらしい。

 そのプロセスとは『空気中のマナを感じる』、『発動する魔法を決定する』、『マナを手に集約させる』、『魔術式を詠唱する』、『魔術式によりマナが変換される』、『効果が現れる』だ。

 興味深い内容であるため、きちんとメモしておいた。

 また、魔術式とは、魔法を発動する際に足元に展開される魔法陣の記述のことらしく、マナへの接続や変換について色々と書かれているとのことだ。


「リゼさん、勉強熱心なあなたのために私の研究成果を一つこっそりと教えてあげましょう。誰にも話していない内容なので、他の人には秘密にしてもらいたいですが」

「私などに教えていただいて良いのでしょうか……」

「構いませんよ。無詠唱は魔法熟練度を最大値にしなければなりませんが、ある構文を脳内で唱えると、詠唱せずともマナに接続して魔法を発動できることを発見したのです」

「そんなことが出来るのですか!? 是非、教えていただきたいです……!」


 無詠唱について何となく気になったので質問してみたのだが、キュリー夫人としては重要なテーマであったのか、話が盛り上がり始めている。

 

「私の研究で一つ明かされた事実があるのですが、脳内である構文、文字列を唱えれば、口で詠唱するのと同じように魔法が詠唱可能になります。例えば、魔術式『アクアアロー』は水属性魔法ですが、マナを水の矢に変換して射出します。無詠唱で唱えるためには『アクセス・マナ・コンバート・アクアアロー』と脳内で唱えればよいのです。恐らくマナに接続して、水の矢に変換する……という意味なのだろうと思います。なお、これを擬似無詠唱と名付けました。実際に無詠唱で発動できない魔法を、疑似無詠唱で詠唱してみてもらえますか?」

「はい、分かりました」


 そう言われては試すしかない上に、試したくなってくる。リゼは心の中で詠唱する。


(――アクセス・マナ・コンバート・ウィンドプロテクション!)


 リゼが心の中で唱えると、マナへ変換指令が伝わり、風が周りに立ち込める。成功だ。魔法の真理に近づけた気がして感動した。とはいえ、なぜ普通の詠唱や、魔法熟練度が最大値に達した場合の無詠唱で「アクセス・マナ・コンバート」を省略可能なのかという疑問は残る。


「良いウィンドプロテクションですね。擬似無詠唱で唱えるデメリットは構文が長いので詠唱に時間がかかることです。なので、何度も魔法を発動しましょう。魔法熟練度を最大値にすれば疑似無詠唱ではなく、無詠唱で発動できますから、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます! 何度も練習して無詠唱で発動できるように頑張ります!」


 少し頭がよくなった気がしたリゼは興奮気味に答える。やはり何事も練習や勉強あるのみなのだ。

 それに、バレたくない魔法は疑似無詠唱で行うことも可能になった。これは大きいと感じた。


「リゼさん、あなたはとくに特殊な属性の魔法が使えるわけですから頑張って鍛錬してくださいね。そして新しい魔法を習得していってください。我々も氷属性の魔法がどのようなものなのか気になりますから」

「分かりました……! 本当にありがとうございます!」


(とにかく練習しないと! それにしても疑似無詠唱は色々と使える場面があると思う。良い話を教えていただいた……)


 キュリー夫人から教わった内容を書き写したメモに目を落としつつ、やる気に満ち溢れてくるリゼだ。この世は知らないことで溢れている。

 そんな形で授業が進む中で、慌ただしく足音が聞こえ、ノックの後、ドアが開かれる。アイシャが慌てた様子でリゼを呼びに来た。全力で疾走してきたのか薄らと汗が見える。何事だろうと見つめるリゼとキュリー夫人に、アイシャは慌てて告げるのだった。


「お嬢様、大変です! あ、キュリー婦人、失礼いたしました。お嬢様にお客様が……」

「待ってはくれないお客様なのですか?」

「そうですね…………それが、ジェレミー王子でして……」

「なんてこと。それはいますぐ行ってきた方が良いですね、リゼさん」

「………………はい」


 気分が高まっていたリゼは急転直下、頭を抱えていた。廊下を歩く足取りは重い。ジェレミーはリゼにとっては警戒対象の人物で、出来る限り避けなければならない扱いなのだ。

 しかし、相手は王族であり、来訪があっては仕方があるまい。急いで応接室に向かうリゼとアイシャだ。無視したりしたらどんな目にあうか恐怖しかない。


「何しに来たのかな……」


 リゼは溜息を付きつつ、口を開く。楽しい気分になっていたところでいつも来るなぁと感じてしまう。アイシャは同情しつつ、ジェレミーの様子を思い出しながら回答する。


「特に用事はなさそうでしたね……」

「はぁ……そうなのね。あれ、お父様?」


 応接室から少し手前のところで伯爵が右往左往うおうさおうしているのが見える。伯爵もリゼたちに気づき、困った様子で話しかけてくる。応接室が近く、ドア付近に近衛騎士が立っているため、小声だ。


「リゼ。ジェレミー王子がいきなり尋ねてきてな……リゼに用があると…………何か心当たりは?」

「正直まったくない……です」

「そうか……とにかく問題児であるから穏便に対応するようにな」

「はい……」


 いよいよ応接室に到着する。ノックして扉を開けると、その先にはジェレミーがにこやかにリゼを待っているのだった。全然笑えないリゼはドアの付近で立ち尽くすしかない。


「やぁ! 数日ぶりだね? あれ? 元気がないようだけど大丈夫かな?」

「あー、はい。元気とも言えますし、そうではないとも言えます……ステータスウィンドウの【状態】がきっと健康から恐怖に変わっていますね……」

「ふーん、そっか。元気は出したほうがいいよ。まあいいや。座りなよ」


 ジェレミーはリゼの最後の方の発言をスルーしながら、対面の椅子に座るようにと合図を送ってくる。リゼは仕方なく対面に座ることにする。


「……それでジェレミー、私に何か用事でも……?」

「用事? 特にないけど」

「そうですか……」

「参っちゃったよ。この前のルイと誰だっけ、のパーティーの話でさぁ」


 ジェレミーは肩をすくめながら、大げさな口ぶりで話し始める。リゼは少し下に目線を置きながら話に付き合うしかない。とくにこれといって目的はなく、雑談をしに来ただけなのかもしれない。


「エリアナ様の誕生日パーティー、お披露目会ですね」

「そんな名前だっけ。たぶんその人。でさぁ、『なんで言いつけ通りに大人しくしてなかったのか』と、母上に言われちゃったよ。仕方ないと思わない?」

「それは……私からは何とも……」

「あれれ? 事の発端はリゼの魔法が原因なのに?」

「う……でもまさかあんなに食いついてこられるとは思っていなくて……」


 過ぎ去ったことはどうしようもないが、パーティーでジェレミーが話しかけてきて、その様子を貴族たちから厳しい目で見られた記憶が蘇ってくる。「はぁ……」と頭を抱えるしかない。


「だって見たことなかったし。あれ氷属性の魔法なんだってねー。ちまたで噂になってるよ」

「そうですよね……あんまり噂にならなければと願うばかりです……はぁ……」

「面白い反応。目立ちたくないとか言ってたもんね? 厳しいと思うよ、この状況だと」

「…………」


(そうよね。知っていた。お父様がお話くださって丸く収まったのは、ジェレミーが私に話しかけてきた行為そのものであって、私が氷属性魔法を使えるということは注目ポイントでしかない……)


 噂になっていると言葉にされるとグサッとくるものがあるが、ジェレミーが大げさに言っているだけで、もしかしたら言うほど注目されていないかもしれない、と現実逃避気味に考え始める。思えば、伯爵と氷属性魔法の話がどれくらい広まっているのかという話をあれからしていなかった。実際、王国全土に即座に広まったのだが、リゼは感知出来ていなかった。


 そんな様子を眺めていたジェレミーはさらに楽しそうに話を続けてくる。

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