16.新たな魔法

 リゼとしてはジェレミーと知り合ってしまったのは偶然とはいえ、想定外の事態だ。

 ジェレミーについて振り返るためにリゼは机に向かい日記を広げる。


 ジェレミー=エクトル・ゼフティア

 第二王子のサブキャラ。王位継承権第二位。銀髪に銀色の瞳でイケメン。掴みどころのない飄々ひょうひょうとした性格。

 魔法属性は光。

 どこか空虚な目つきをしており、毎日つまらなさそうに過ごしているが、話しかけられれば適当に対応する。

 現王妃の息子で、現王妃は元々第二王妃。周りの貴族が過激に活動している。

 次期王候補としてルイと対立関係にある。しかし、自身はさほど次期国王の座に興味はなくルイに対しても敵対心を抱いているわけではない。現王妃がルイを敵視しており、幼い頃からルイとはほぼ会話をせずに育っている。


(こんなところ、よね。確か、学園入学時点でエリアナたちが悪口を言っていたオフェリーという令嬢と婚約していたはず。いつも『へ~。そう……。まあ、良いんじゃない?』みたいな感じのキャラだったっけ。ファンディスクで攻略キャラへの昇格を期待されているキャラではあったけれど、確か実現しなかったのではないかな……。庭園やパーティー会場でのジェレミーは比較的イキイキとしていたから、学園入学までの三年間で、無気力というか、人生に興味がないというか、達観してしまうような何かがあったのだろうと思う)


 リゼは情報を見つめつつ、考えを巡らせる。現状、何のアクションも起こしてきてはいないが、いずれ何かしらの行動を起こしてくるかもしれないという点が不安だ。


(ジェレミーは攻略キャラではないから抱えている悩みや心の内がまったく分からないキャラ。どのキャラの個別シナリオでも明かされることはなかった。ジェレミーについての情報はほぼ持ち合わせていないから、もし会うことがあったら手探りでなんとかしていくしかない……)


 リゼは溜息をついた。おそらくまた会うことになるだろう。それが一週間後なのか、一ヶ月後なのか、半年後なのかは分からない。しかし、ふと思い出したことがある。


「でも、この前の会話の内容――『毎日がつまらないけど、魔法を使っているときは楽しい』……だったよね。ジェレミーが魔法を好きだったなんて知りもしなかった……。魔法のことを話すジェレミーは楽しそうで……魔法のことが大好きなのかも? 会わない方が良いに決まっているけれど、会う機会があったら確認するポイントよね……地雷は把握しておかないと、どんな目に合うか分からないし……」


 とはいえ、ジェレミーといえば王位継承権問題と密接な関係にある。いざこざに巻き込まれる可能性があるため、出来る限り避けなければと心の中で考えた。

 窓を開け、涼みながら星を眺める。

 ステータスウィンドウを眺めてみるが、ポイントが少し増えている程度だ。


「これから色々なことが起こるはず。その場に私がいるか、いないかは分からない。でも、その場に居合わせてしまうことも考えられる。きちんと強くならないと……。理想は十人くらいを相手にしても戦えるようになること。ゲームのアクションパートで多数の襲いかかってくる刺客を主人公は闇属性魔法で倒すことが出来ていた。当然、危険な目に遭いたくはないから、出来る限り危険は避けるけれど、もし巻き込まれたらああいう感じでなんとかできるようになる、これを改めて魔法や剣術の到達点としましょう。要するにひたすら練習!」


 それから、しばらく魔法を詠唱して眠りにつくのであった。

 そして朝は来る。ラウルと約束している土曜日の前日、金曜日だ。

 午前中の授業を終え、お昼の時間を使って魔法の練習を繰り広げていた。


「準備は良い?」

「いつでも大丈夫ですよ、お嬢様」

「いくね!」

「お願いします」


 アイシャは相変わらず飛距離を計測するために、物差しを用意して待機してくれている。リゼはアイシャの準備が出来たことを確認して手を突き出す。集中すると、足元に魔法陣が展開される。


(スノースピア! エアースピア!)


 氷の粒が風に乗って前に噴射される。毎日毎日、確実に決めた数を詠唱していることもあり、かなり飛ぶようになってきていた。リゼは飛距離が伸びたことを実感しつつ、アイシャの測定を待つ。

 しかし、アイシャはリゼを見つめており、(どうしたの?)と、はてなマークを浮かべる他ない。何かあるのだろうか。 

 リゼが声をかけようとしたところでアイシャが叫ぶ。


「お、お嬢様! 足元、足元です!」

「え? これは!」


 ふと足元を見ると、魔法を発動し終えて消えたはずの魔法陣がいまだに展開されている。わずかにだが、魔法陣の周りを風が吹き、砂埃が上がる。

 何秒か展開された状態が続き、消滅する。


「あ、消えちゃいましたね」

「アイシャ! これは新しい魔法を使えるようになった合図みたいなものよ!」

「それって、すごいこと、なのではないですか?」

「そうね……!」


 なんだかんだ驚きつつも、スノースピアの飛距離を計測しながらアイシャが興奮気味に尋ねてくる。

 リゼが【メッセージ】を見ると、「アイスレイを習得しました、ウィンドプロテクションを取得しました」と表示されている。

 興奮し、早速マジックウィンドウを確認してみる。


【属性熟練度】

『風属性(初級):0150/1000』

『氷属性(初級):0150/1000』


【魔法および魔法熟練度】

『エアースピア(風):100/100』 

『ウィンドプロテクション(風):000/100』

『スノースピア(氷):100/100』

『アイスレイ(氷):000/100』


 一覧を見ると、使える魔法が増えていた。初級魔法ではあるが、今までよりは戦術の幅が広がるだろう。練習してきた成果が出てきたのだ。

 リゼがマジックウィンドウを見ていると、アイシャが飛距離の計測を終え、いつの間にか横まで来ていた。


「お嬢様、ちなみにどんな魔法なんです?」

「えーっと、アイスレイとウィンドプロテクションという魔法ね」

「ほうほう……見てみたいですね」


 リゼは開きっぱなしにしていたマジックウィンドウの魔法名に視線を集中させることで詳細を確認する。


『ウィンドプロテクション 備考:風のシールドを発生させます。強度の高くない攻撃を一度のみ防ぐことが可能です』

『アイスレイ 備考:地面を氷結させ、敵を足止めします。一定時間経過するか、破壊されない限り相手は身動きできなくなります』


(これは大きいかも。エアースピアは風が吹くだけで、なかなか使い道がない。スノースピアは沢山氷の粒を噴射するから目くらましや撹乱かくらんに使えるし、ある程度は粒も大きくなってきたから攻撃にも使えるのだけれど、身を守るという手段がなかったから良かった。格段に生存確率があがる……!)


 アイシャが期待を込めて見つめてくるので、考察もそこそこに魔法を詠唱してみようという判断をする。マジックウィンドウを閉じ、アイシャの方を向く。


「やってみるね。アイスレイは、対象物の地面と密着している部分を凍らせて……つまり、分かりやすく言うと人間に発動させたら靴を氷で固めて動けないようにするという感じ。そして、凍らせる範囲を識別できるように一瞬輝くはず。アイシャにやってみても良い?」

「大丈夫ですよ」


 アイシャは相槌あいづちを打つと身構える。

 手を突き出し、魔法名を口にする。


「――アイスレイ!」


 すると、アイシャの足元が一瞬光り、靴が一瞬で凍りついた。


「う、動かないです! お嬢様、これは成功では?」

「そうね、うまくいったみたい! でも強く引っ張り続けられると壊れてしまうから、練習を繰り返して強度を高めていかないと!」


 アイシャは氷から抜け出そうと、もがき続けている。強く引っ張ったり、ジャンプしようとしていると、ついに氷が壊れ逃れることに成功する。


「あ、そうですね。かなり強めに何度も引っ張り続けると壊れました。しかし、この魔法はかなり有用ではないです? この魔法をどのタイミングで発動するかによって、相手を撹乱かくらんできるという意味合いでも勝敗を左右することになるのではないかと」

「補助魔法も使い方によっては便利ね。逃げるときにも使えるし、色々と使い道がありそう」


 どちらかというと強力な魔法をぶっ放すことで相手を殲滅せんめつすることを好んでいた〈知識〉もあり、〈知識〉においてはアイスレイを使う場面はほとんどなかった。しかし、この世界はゲームのように単純ではない。強力な魔法やスキルは会得するまでにそれなりに時間を要する。もちろんアイテムを使えば一気に上げられるが、ポイントは大切にしたほうが良いのだ。

 会得するまでは様々な魔法を駆使して生き延びる必要があるだろう。初級魔法を臨機応変りんきおうへんに使いこなしていくことが目下もっかの目標になる。


「えっと、先ほど強度を高めていくというお話をされていましたけど、これも何度も詠唱すれば壊れにくくなったりするものなのですか?」

「そうね。どんな魔法も鍛えれば鍛えるだけ効果が強くなるのは同じ。要するに、魔法習熟度の値が上がればってことね」

「なるほどです。勉強になりますね。あと、ウィンド、なんでしたっけ。そちらはどうですか?」

「ウィンドプロテクションは防御用で土属性魔法のサンドシールドと同じイメージ。ウィンドプロテクション!」


 リゼの周りに風が舞い起こる。魔法は解除されることなく、発動し続けている。

 攻撃を受けなければ一定時間は展開可能な魔法だ。


「これはどのようにお嬢様を守ってくれるものなんです?」

「試しにその石を私に強く投げつけてみて」


 リゼが指をさす方向にはそれなりに大きな、小石とはいえないゴツゴツとした石が落ちているのだった。当たったら怪我をしそうだ。流石のアイシャもその石を見て躊躇ちゅうちょする。


「え、いやいや、それはできませんよ……」

「大丈夫。やってみて」

「あー、はい、わかりました。ではいきますね? ぶつかっても恨みっこなしですよ?」

「ふふ、大丈夫よ。お願い!」


 アイシャは緊張して力みすぎたのか、思ったよりも強く石をリゼに投げつけてしまう。しまったという表情のアイシャ。しかし、石はというと。


「ね?」


 石は風の防御魔法により、軌道がそらされた。そして、あらぬ方向に飛んでいく。


「……曲がりましたね」

「そう。風のシールドが私の周りに発生していて、さっきの大きさくらいの石や初級魔法くらいのレベルなら軌道を逸らしてくれるの。一応、タイミング次第では剣の軌道もそらしてくれるかな」

「こちらも便利ですね……お嬢様を見ていたら私も頑張って次の魔法を覚えたいと思いました……!」


 午後から騎士と剣術の練習も行ったリゼは成長していると褒められた。一応、剣術の型も完ぺきではないが、ある程度は覚えてきている。

 明日に迫ったラウルとの練習までにある程度は形になって良かったとリゼは心の中で少し安心するのだった。 

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