2章 剣術大会

15.発見と動揺

 次の日の朝、リゼは非常に重要な発見をしていた。


(えっ……? ミカル様、何もおっしゃっていなかったのにこれは……)


 何が起きたかというとアイテムウィンドウを開き、別タブとして中身を見ることが出来るようになっていたアイテムボックスの中身を見てみたのだ。

 日記にジャガイモの芽の残数を記載しておこうと思い立ったからだ。


「これって、おそらく、私の前世のデータよね……」


 アイテムボックスの中身を見つめながらそう呟いた。中身を唖然として眺める。中に入っていたものはレアすぎるアイテムもある。内訳はこうだ。


『スキルポイント(中)×二個 備考:スキル熟練度を向上させます。50アップ』

『スキルポイント(大)×二個 備考:スキル熟練度を向上させます。80アップ』

『魔法ポイント(中)×五個 備考:属性熟練度、魔法熟練度を向上させます。50アップ』

『魔法ポイント(大)×三個 備考:属性熟練度、魔法熟練度を向上させます。80アップ』

『世界樹の葉×一個 備考:瀕死状態から完全回復します』

『ブリュンヒルデ(剣) 備考:戦いの女神をモチーフとした神剣。レベルが上がれば様々な効果が解放されます』

『極冠の宝珠(氷属性) 備考:上級魔法から最上級魔法へのクラスアップに必要となります』

『??????????×五十五 備考:ロックされたストーリーを進めます』

『金塊×六個 備考:商会でエレスと交換可能となります。1個=二百万エレス』

『手紙 備考:読んだら消滅する手紙』

『ジャガイモの芽×二十五個 備考:新鮮 ※毒レベル1』


 一覧を眺めていて一つ気づいたことがある。課金アイテムではないものが紛れ込んでいるということだ。そう、手紙だ。課金アイテムは見覚えのあるものたちしかないが、明らかにレアなものもあった。

 神々との遭遇から少し時間が経っていて今更の発見となってしまったが、生きやすいように芸術の神ミカルからの選別だったのかもしれない。


(えっと、うん。なるほど……。すごいのだけれど、待って、ちょっと落ち着きましょう。えーっと、このブリュンヒルデって確か最高レア度の剣だったよね。確か強化セットみたいなセットに入っていた剣で……。自身のレベルに応じて効果が増えていくという剣だった気がする。こっちの神々に武の神ラグナル様はいらっしゃるけれど、戦いの女神という存在はいないから、前世の世界における神的な存在なのかな? それはさておき、この剣は誰にも見られない方が絶対に良いから、緊急事態以外はアイテムボックスに封印ね。見られたら何を言われるか分からない。さて、気になるのは手紙……)


 リゼはアイテムボックスを出現させると、歪んだ空間から手紙を取り出した。昨日の夜にアジサイの葉を取り出した時もそうであったが、空間に手を入れて探し出すのではなく、取り出したいと考えたら手に持っている、そんな感じだ。

 

 机に座り、メモ用の紙を用意してから手紙を開いた。一体、誰からなのだろうか。


『芸術の神ミカルじゃ。前世の人生で頑張っていたことを称え、少しだけ力を貸してやろうかの。どう使うか、よくよく考えることじゃ。先程のルークの話じゃが……人生は選択の連続じゃよ。一つの選択で身近な運命の歯車は変わるものじゃが……。だがの、変えられない大きな定めもあるものじゃ。例えば、個人の努力で天災を防げるか、答えは否じゃろうて。ルークの言う通り、大きな流れというものはある、準備は怠らないことじゃ』


 手紙は読み終えると跡形もなく消滅した。読みながら同時に日記に羽ペンを走らせていたため、書き写すことが出来た。これは読まれるとまずいため、スキルを使いルーン文字で書いておいた。


(どういうこと、なのかな。ルーク様もおっしゃっていたけれど、やっぱりいつか何か起きるということ。それが何なのかは分からない。それが何であれ、ルーク様とミカル様のお話としては、きちんと準備して対応しなさいということよね。頑張らないと。ひとまず、アイテムボックス内の魔法ポイントやスキルポイントは習熟度が上がりにくくなった時のために温存しておきましょう。金塊はいざというときに逃げたりするのに使えるはず。エレスに換金したら千二百万エレス。地方領域や辺境領域になら家を買えるくらいの金額ね……)


 正直なところ、こんなに色々といただいてしまってはかなりチートではないかとも思うが、ありがたく活用させてもらうことにした。しかし、どれだけ強い武器を手に入れたとしても剣術の腕が追いついていなければ何の意味もない。適当に剣を振っても相手を倒すことは出来ないからだ。ラウルに教わり頑張って練習していこうと考える。

 

 そして、ミカルの手紙を読んで考えさせられた。強くなるにはやはりポイントが必要不可欠で、ポイント回復を効率化する方法を検討する必要がある。以前から考えてきたことであるが、早々に事業を開始することにした。お金を稼いでポイントに変換することでポイント回復効率を上げることが出来るためだ。

 肝心の事業については、絵画を描いて売ろうかと考えていた。実は一枚売れるだけでもそこそこの金額になる。ゼフティア王国ではきちんとした絵画であれば非常に高値で売れるのだ。近年は芸術分野が非常に発展しているため、重宝されている。

 絵は鉱山なども必要なく、農作物などのように育てる時間も必要ない。何かを加工する施設やプロセス、人員も不要だ。

 通常はきちんと王立芸術アカデミーに通って理論を学ぶことになるが、幸いなことに加護で前世の技術を会得している。いまの環境、生活においても、隙間時間を使ってすぐに始められるわけだ。

 さらに言うと、〈知識〉の美術史を振り返り、前世の世界とゼフティアの現状を比較すると、リゼが習得している絵の描き方は斬新だと思われるかもしれなかった。ゼフティアは正確に人物を描写する写実的な描き方が主流となっているが、前世の世界では抽象的に表現するなど、様々な描き方が存在した。それをこちらで再現するのだ。ということで、まずは今日から描いてみることにした。

 日々の鍛錬、そして事業。この二つを並行してポイントの回復に努めるのだ。

 

 ◆


 それから数日間、リゼは魔法や剣術の練習をしつつ、絵も描いて過ごした。

 伯爵たちの説明により納得したのか、ルイ派貴族から何かしらの茶々を入れられることはなかった。しかし、氷属性魔法の持ち主が出現したという話は瞬く間に国中に広がってしまった。前代未聞の事態だからだ。

 そんな属性は数少ない研究者たちが必死に探しても、どの書物にも記されていなかった。詳細を知ろうとランドル伯爵家を訪ねてきた研究者もいたようであるが、リゼの知らぬところで伯爵が丁重にお断りしたようだ。

 もはや魔法のことが周知の事実となった今、コソコソと隠れずに練習できるようになったことは不幸中の幸いであり、いまのリゼはラウルとの稽古が楽しみの一つだ。また、ジェレミーからも何かしらのアクションはなく、平穏なことに少し戸惑うくらいであった。

 ただ、何があるか分からないため、常に緊張感は抱いている。

 

 そして、今日も今日とて家庭教師の時間となるが、キュリー夫人に氷属性の話を秘密にしていた手前、謝っておくことにした。


「あの、キュリー先生」

「はい、何でしょうか。もしかして、氷属性についてですか?」

「そうです。黙っていて申し訳有りませんでした……」


 キュリー夫人は、構いませんよというジェスチャーを行いつつ、興味深いものを見るようにリゼに目を向けてくる。

 

「気にしていませんよ。むしろ、言いたくない気持ちも理解できます。どうしても嫌な意味で注目をされてしまいますからね。なお、氷属性については私も詳しいことは知らないです。いままで聞いたことがない属性です」

「ありがとうございます。そうなのですね……」

「極めて特異な存在と言うのは確かです。ステータスウィンドウは個人情報ですから、見せてくれとは言いません。むしろ、不要なトラブルを避けるために秘匿ひとくしたほうが良いでしょう。そうそう、二つの属性の魔法を同時詠唱できるのですよね?」


 リゼはキュリー夫人のご厚意に感謝をしつつ、「はい」と返事をする。同時詠唱できることも、周知の事実になっているからだ。あえて隠す必要などない。


「なるほど、すごいことです。複数属性を持って生まれる子は、過去に存在したと聞きます。同時詠唱をできたかどうかという記録は残念ながら過去の火災で資料が消失し、分かっておりません。なので、そういう意味合いでもあなたは価値のある人物です。さて、おそらくは氷属性について詳しく知りたいのですよね? それであれば、私から言えることは鍛錬を重ねることです。そうすれば見えてくることもあると思います。魔法とは、我々人間にとっては、結局のところ、未知な存在です。そもそも、魔法に必要なマナとは何なのか、魔術式を詳しく理解せずとも、口に出したらなぜ魔法が発動されるのか、考えれば考えるほど、疑問が深まるばかりです。『そういうもの』として片付けるのは簡単ですが、考えることを放棄すれば、学問が衰退していってしまいます。私から言えることは、これしかありません。自らで探究するのです。そして、いずれ本でも書いていただきたいですね。興味があります」


 キュリー夫人は熱弁する。学問というものを愛しているのかもしれない。根っからの研究家気質だ。そして、リゼにも期待をしているようだ。


(先生のおっしゃる通りね。ポイントで交換して手に入れたとは言え、氷属性の真髄しんずいについては、特にゲームで語られなかった。この世界で生きている人間である以上、自分に備わる氷属性という能力については研究したほうがいい。メリットもあれば、デメリットもあるかもしれないから理解を深めないと)


「分かりました。とても参考になりました。出来る限り研究してみようかと思います」


 リゼはメモを取りつつ、キュリー夫人に感謝した。キュリー夫人はリゼの返答にうなずき、「頑張ってくださいね」と応援してくれる。そして、ふと何かを思いついたようで。


「リゼさん、あなたは確実に学園の特待生候補にはなっているでしょうね」

「えっ……?」

「学園は魔法力の高い人材を特待生として迎え入れる方針がありますから。氷属性という特殊な属性を持つあなたは間違いなく特待生です」


 特待生にはなりたくないというのが本音だ。学園には攻略キャラが通うため、不用意に注目されたくないし、さらにエリアナから目をつけられてしまう。


(何か試験とかあるのかな。それなら、三年間で強い魔法を覚えたとしても、スノースピアで試験を受ければ……。『なにこれ? 氷属性って弱すぎ! 大した魔法ではないですね!』みたいな感じで通常の生徒として通えないかな……?)


「特待生になるためには、何か試験のようなものがあるのでしょうか?」

「そうですね。候補者には魔法力を見る試験がありますよ。そしてマジックウィンドウの共有でも能力を確認します」

「ありがとうございます……」


 どうやら逃げ道はないようだ。マジックウィンドウを共有すれば全てが筒抜けになってしまう。


(特待生……嫌すぎる。まあでも随分先の話だし、まずは出来ることをやるだけよ)


 キュリー夫人を見送った後、私室に戻った。

 まずは目の前の脅威であるジェレミーという王子についておさらいしておくことにする。

 いつ何をしてくるか分からないからだ。

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