13.歓迎されない人物
入口付近の騒ぎで、会場は少し落ち着かない雰囲気になってくる。
想定外のことなのか、騒然としている様子だ。入口の方を見つめるが、人だかりが出来ていてよく見えない。
「ん? なんだろう?」
「なんだか少し心配ですね…………」
とはいえ、何か原因があっても、悲鳴があがるわけでもないため、誰かがおさめてくれるだろうという気持ちで軽食が置いてあるテーブルを目指す二人。こういうところは貴族らしい一面だ。
扉付近では警護の騎士が慌てふためいている。
「あの、申し訳ありませんが困ります……ここにはいらっしゃらない
「僕が来たいと思ったら当然来るよ。君たちに拒否権なんてないんだから」
「は、はぁ……」
「ほら、どいたどいた。まさか、邪魔するの? 僕を?」
「い、いえ! 申し訳ございません…………」
扉に待機していた騎士たちが道を譲る。誰かがこのパーティー会場に許可なく入ってきたようだ。
「なんで……」
と、つぶやいたのはルイ。それに、隣りにいるエリアナも険しい表情をする。バルニエ公爵にいたっては怒りに震えており、非常に物々しい雰囲気と化してしまっている。
ラウルはその様子を見て、先ほどよりも警戒度合いを高める。一口サイズのチョコレートケーキを頬張っていたリゼも同様に神妙な面持ちとなる。
「一体誰なんだろう、何が起きてるんだ?」
「ラウル様、見に行ってみますか?」
「危険かもしれないし、少し離れていよう」
ラウルはリゼを守るように前に立ち、様子を伺う。(帯剣していれば……)と、内心で感じるラウルだ。
(なんだろう……? ルイ派の政敵の貴族が来てしまったとか?)
そこに伯爵が二人へと向かって小走りに向かってくる。事態を察したのか訳あり顔だ。リゼたちは伯爵に気づいて顔を見合わせる。一体、何事なのだろうか。
「リゼ、それにラウル公子、ここに居たか。少し厄介なことになっているな」
「何事ですか、ランドル伯爵」
「それが……」
ラウルの問いかけに伯爵が状況を説明しようと口を開いたその瞬間――
「あー、いたいた。ここにいたのか~」
「えっ…………?」
庭園にいた銀髪の少年がにこやかに近づいてくるのだった。会場は不気味なほどに静かで、凍りつくような空気とはこのことだ。神々と遭遇したあの教会もひんやりとした空気であったが、ベクトルの異なる空気感だ。
少年は会場の空気などまったく気にならない様子でそれなりに大きな声で興奮気味に話かけてくる。
「やっぱり気になっちゃってさ。ずっと頭から離れないんだよ! さっきの魔法がさ~」
「え、あの……」
会場は魔法とは何だという空気になり、自然とリゼに視線が集まる。
リゼはというと、会場を不気味なほど静かにさせた張本人が銀髪の少年だということ、その彼が自分に話しかけてきていること、つまり必要以上に目立ってしまっていることに動揺を隠しきれない。ドレスを握りしめ、固まっている。
ラウルは間に入ると少年を警戒しながら注意する。
「ちょっと君、リゼが怯えているじゃないか。やめないか?」
「誰なの、君は?」
「僕はラウル=ロタール・ドレ。今日はリゼのパートナーをつとめている。君は?」
「ドレ公爵家ね。ふ~ん。僕はリゼの魔法友達だけど? ね、リゼ」
少年はにこやかな雰囲気を醸し出しているが、自分に楯突いてきたラウルに対して多少の苛立ちがあるようだ。少年は笑顔の無言の圧力でリゼに答えを迫る。
「えっと……、見方によっては……そ、そうかもしれません……ね。魔法の話、しましたし……。ですが、よくよく考えるとあなたのことを詳しく知りませんし……それにそもそもなのですが、魔法友達って何でしょうか……」
(まずい……注目を浴びている……)
もはや、動揺していて何を答えてよいのかも分からず、はぐらかしつつ、助けを求めて伯爵を見上げるが、伯爵も呆然としており言葉を口にできない様子。口をぱくぱくさせている。少年はリゼの最後の方の発言は聞こえていなかったのか、話を続けてくる。
「ほらね? 僕たちは魔法友達ってわけ。分かってくれたかな? それにしても、僕のことを知らない人って結構いるんだ?」
「一体どういうつもりだ、ジェレミー! パーティーをめちゃくちゃにして楽しいか?」
声を荒らげて近づいてきたのはルイで、怒りで肩を震わせている。ついてきたエリアナや少し離れたところにいる取り巻きも銀髪の少年を睨みつけている。ジェレミーと呼ばれた少年は声の主の方ににこやかな笑顔を向ける。
(えっ、いまジェレミーって……?)
「おや、ルイじゃないか! 居たんだね。気づかなかったよ!」
「居るに決まっているだろう。質問に答えるんだ。一体、何のためにこの会場に来た? 裏で挨拶する
「何のためって、そりゃあ、リゼと魔法について語り合いにきただけで他意はないよ。純粋な好奇心さ。何も悪いことはしてないよね~? 随分とお怒りのようだけどさ。ね? リゼ」
リゼは隠れるようにラウルや伯爵の背後に回る。しかし、ジェレミーの話に度々出てくるリゼのことをルイはチラッと見る。
「リゼとはそこのランドル伯爵令嬢のことか?」
「ん? そうだよ、他に居ないもんね? 僕には見えないだけで他にリゼって子がいるのかな? あれ、もしかしてルイ派貴族なのに名前を覚えてなかった感じ? それはいけないなぁ。それにしても……いちいち突っかかってきて疲れちゃうんだよなぁ。ルイにはそろそろ理解してもらいたいんだよ。僕は君のことなんて何とも思ってはいないんだ。いちいち突っかかってくるのをやめて欲しいんだよね~。僕が君に何かしたっけ? ただ、友達と楽しくおしゃべりしたいだけなのに」
「何とも思っていない……どういう意味だ……? 眼中にないということか?」
ジェレミーの発言を挑発と受け取ったのか、ルイは怒りでこぶしを握り締める。
「こんなことで怒るなんてよくないよ~。短気は暴君になりそうだなぁ。ルイは認めないかもしれないけど、要するに別に僕は敵対していないっていうことだよ。さっきは言い方が悪かったかもね? 母上たちが盛り上がってるだけで、王位継承についてもどうでも良いかな~。興味があるのはあそこの」
「ジェレミー、君は本当に最低だな。そうやってヘラヘラと母親の庇護の下、適当に生きているが良いさ。僕は君を絶対に認めない。そんな君が王になるなんて許されるわけがない。失礼する!」
ルイはジェレミーの話を遮りつつ、怒りの言葉をぶつけると、震えながらその場を去っていく。バルニエ公爵の元へ向かうようだ。エリアナがジェレミーに「最低ですわね。ありえませんわ」と捨て台詞を吐いたがジェレミーはまったく興味がないのか、エリアナなど視界に入れずにリゼにニッコリと笑いかけてきていた。
バルニエ公爵が合図をすると呆気にとられていた演奏家による演奏が再開される。
しかし、誰も踊りを始める者はおらず、参加者は遠巻きに銀髪の少年を見つめている。リゼは銀髪の少年の正体について理解したのか、少しずつ距離を取ろうとしていた。逃げるなら今しかない。
(――え、この銀髪の少年はジェレミーだった? これは……本当に最悪な展開すぎない? 攻略キャラと関わりたくないと思ってここまで来たけれど、同じように関わりたくないのはこのジェレミーなのに………………)
少しずつ距離を取るリゼだが、離れた分の距離をつめながらにこやかに話しかけてくるのはジェレミーだ。
「ということで僕はジェレミー、よろしくね?」
「…………」
伯爵はその場を呆然と見つめている。リゼもラウルも驚いていて言葉が出てこない。
それもそのはず、彼は王族なのだ。
「緊張しなくて良いのに~。さっきは楽しく語り合ったじゃない」
リゼは、(それはそうかもしれないけれど……)とは思うが、早くこの場を切り上げたかった。冷たい空気、集まる視線。(目立ちたくないのに……)という気持ちしかない。言わないと分からない様子なので、仕方なく控えめに口を開く。
「注目を浴びたくないのです……」
「え?」
「私は注目を浴びたくないのです!」
「はは。死にたくないとかさっきも言っていたけど、面白いね、リゼは。でもそれはもう無理になっちゃったね~。ほら、みんな注目してるよ!」
肩をすくめながら周りを見渡してそう言い切るジェレミーに対して、リゼは深くため息をつくと、失礼と分かっていても言葉を抑えることができない。
「ジェレミー、あなたがここから立ち去ってくれれば私としては少しほっとできるのですけれどね……話しかけてくるのは別の機会にしてほしかったです……」
「いいね、ジェレミー呼び。呼び捨てか~! こんなの初めてだよ。距離感がそうだね、魔法友達って感じがしてとても良いよ~。もう一度呼んでみてくれない?」
「……ジェレミー様、お願いですから声のトーンを落としていただけませんか」
「あれ、『様』をつけてくるならもっと大きな声で喋ることになってしまうかな~」
リゼは焦りからとっさにジェレミーと呼び捨てにしまった自分を恨みつつ、もう
「分かりましたジェレミー。立ち去っていただくにはどうすれば良いですか?」
「ふ~ん、立ち去るにはどうすれば良いか……か。この僕になかなかの発言だ。とても良いよ。でも残念。わざわざ来たわけだし、すぐに帰るのは厳しいかな~。ゆっくり魔法について語り合いたいし、一曲どうかな?」
「今日はラウル様と来ているので……また別の機会などに……」
踊りだせば、さらに注目を浴びることになる。それは避けたいとしか言いようがない。
「別に他の人とダンスしちゃいけないなんていうルールはないと思うんだけどな~。ほら、踊ろうよ、曲も演奏されているしね。誰も踊らないなんてもったいないじゃない」
リゼは自分ではジェレミーをどうすることも出来ないと思い、助けを求めてラウルをチラッと見た。
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