12.ダンスパーティー

 集合場所に向かうと、伯爵たちがすでに待っていた。本来はリゼが先に到着しているはずだったので、思っていたよりも庭園に居たことになる。若干のはしたなさはあるが、待たせるのはまずいと少し小走りぎみに合流する。


「おぉリゼ、こっちだ。どこに行っていたんだい?」

「庭園を少し見ていました」

「そうか。ここの庭園はきれいだと有名だしね。さて、もうすぐラウルが来ると思うよ」


(ドレ公爵令息、ラウル様、どういう方なのかな。確か、アイシャの話だと……剣術が得意、だったよね。魔法はあまり……と考えるとさっきの方ではなさそう?)


 それから五分後、ラウルが現れた。整った顔立ちは気品が溢れていて貴族らしく、優しい目つきで少し濃い金髪だ。そして、リゼと同じように少し暗めの落ち着いた色合いの服装だった。そんなラウルは少し腰を引きながら礼儀正しく挨拶をしてくる。


「はじめまして、ラウル=ロタール・ドレと申します。今日は僕がエスコートさせていただきます」

「ラウル様、はじめまして。リゼ=プリムローズ・ランドルです。本日は宜しくお願いいたします」


 リゼはドレスをつまみながら会釈をした。ラウルはリゼと初対面だが服のチョイスや雰囲気で良い印象を持ったのか笑いかけてくる。敵意や悪意を感じさせないし、心の奥底に闇がありそうな人物でもなさそうだというのがリゼの感想だ。


「リゼ様とお呼びしても?」

「はい、あ、リゼで大丈夫ですし、それに普通にお話していただいても……!」

「ありがとう。ではお言葉に甘えてさせてもらおうかな。僕のこともラウルで問題ないよ」


 ラウルから呼び捨てで呼ばれるのは構わないが、流石に初対面の方を呼び捨てで呼ぶのは貴族の子女としていかがなものなのか、という気持ちもあり、丁寧に呼ぶことにする。


「私はラウル様呼びを希望なのですが、大丈夫でしょうか?」

「おや、『様』はいらないけど、呼びやすい呼び方で大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」


 話しやすい雰囲気のラウルと打ち解ける。これといって壁のない人なのかもしれない。

 ラウルは目立つようで、周りの参加者から注目を浴びており、コソコソと話題にされていた。


(周りの視線は無視……。それにしても、ゲームには登場しなかったから初めて見るけれど、年齢の割に余裕があって、大人びていて……。それに優しそう! 普通なら攻略キャラレベルだと思うのだけれど、なぜ登場しなかったのかな)


 歓談をしているとパーティー会場の扉が開かれたため、ラウルのエスコートで入場する。ランドル伯爵たちは交友のある貴族たちと話し込んでいるため、開始までラウルと引き続き歓談を楽しむことに。


(ラウル様、攻略キャラでもなければゲームにも登場しない人物で、仲良くしても問題なさそうね。剣術がお得意だということだし、手合わせすることで今の私のレベルを計ってみたい)


 警戒ばかりに疲れたリゼは仲良くできそうな人物と知り合うことができて心の片隅で安堵あんどした。現状、同世代の友人がいないため、貴重な存在に成り得る。

 

 パーティー会場では、この後に発表されるであろう『ある事柄』についての話題で持ちきりだ。

 全員が入場し、少し落ち着いたところで会場の奥に座っていたバルニエ公爵が立ち上がる。ルイ派貴族らしき人物がそれに連動して声をあげた。


「皆様、どうぞご静粛に。どうぞご静粛に。これよりバルニエ公爵よりご挨拶いただきます」

「本日は当家主催のパーティーへの参加、ありがとう。今日は娘の社交界デビューとなる、お披露目会でもあり……また、皆も楽しみにしている婚約発表を兼ねているのは察しの通りだ。早速ではあるがこちらが娘のエリアナだ。挨拶を」


 バルニエ公爵が簡単に挨拶をし、エリアナに目配せをする。エリアナは前に出て、スカートの端を少しつまみ上げ会釈をした。

 自分が一番注目されるこの瞬間を楽しんでいる様子だ。


「はじめまして皆様。エリアナ=ジェリー・バルニエですわ。皆様にお会いできてとても光栄ですし、皆様とよりよい関係を築いていければと考えておりますわ」


 満面の笑顔でエリアナが挨拶をすると、会場内は拍手で包まれる。本日完成したエリアナの取り巻きたちは彼女の近くでとくに盛大に拍手をしていた。リゼは(あの輪の中にいたのかもしれないと思うと……ありがとうございます。ルーク様)と、大地の神ルークに改めてお礼をした。

 エリアナと目が合ってしまったので、一応拍手をする。エリアナは挑発的な目をしながらにっこりと笑ってきた。何かのアピールらしいが、目線をエリアナから外して気にしないことにした。

 

 バルニエ公爵は待ちきれないのか、本題に入る。


「さて、皆も気になるエリアナの婚約相手についてだが……ルイ王子と婚約させていただくことになった。ルイ王子、こちらへどうぞ」


(……子供時代のルイは初めて見る。攻略キャラ……警戒対象。今後、遠くからでも識別して避けられるように目に焼き付けておかないと!)


 歓声が上がり、バルニエ公爵がルイのために目立つ場所を明け渡す。少し離れたところに居たルイが前に進み出てきた。ラウルと同じ金髪だが、こちらは明るい金髪だ。ルイは拍手する貴族を手で制止する。


「王国貴族の皆さん、今日はありがとう。こちらのエリアナ嬢と婚約させていただくことになったルイだ。この国の発展のため、二人で共に歩んでいきたいと思う」


 このパーティーはルイ派を大勢呼んでいるため、会場は大きな拍手で包まれる。

 程なくして、バルニエ公爵の合図により音楽が演奏される。ルイとエリアナが踊り始め、他の貴族たちも踊り始めることになった。

 ラウルは挨拶をしてきた時のように少し腰を引き、リゼに手を差し出す。その姿は優雅そのものだ。


「リゼ、一曲いかがかな」

「喜んで。自分のお披露目会以来なのでお手柔らかにお願いしますね?」

「ははは、リードするから任せてくれ」


 曲はルイとエリアナの門出を祝うかのように明るい曲調だ。キュリー夫人から、「もしかしたらこれが演奏されるかもしれませんよ」と、重点的に仕込まれた曲でもあった。

 ラウルにリードされつつ、踊り始めるリゼ。何度も練習した曲であるため、ある程度は踊ることができる。ラウルの足を踏まないように注意をしつつ、ステップを踏む。


「なかなかうまいじゃないか」

「そうだと良いのですが……」

「もっと自信を持つと良いよ!」

「ふふ、ありがとうございます」


 ラウルに励まされ、少し自信がついたリゼであった。

 エリアナの取り巻きが二回、わざとぶつかろうとしたり、足をかけてこようとしてきたが、ラウルがリゼをうまく引き寄せてかわしてくれた。ラウルは何かを感じ取ったのか、彼女らを少し警戒してくれているようだ。あまりに露骨に何度も攻撃を仕掛けられないのか、悔しそうな顔をしながら諦めて離れていった。リゼは心の中で溜息をついた。

 それから曲が終了し、別の曲が演奏される。今度はゆったりとしたテンポの曲だ。この曲も習ったもので、聞き馴染みがある。


「もう一曲どうかな? この曲、結構好きで」

「喜んで。ダンス、楽しいですね」


 二人は端の方でまったりと踊ることにした。自然と話が弾む。

 リゼが剣のスキルをいずれ取得したいという話をしたところ、ラウルが食いついてきていた。


「それにしてもリゼは面白いよ。貴族の令嬢で君みたいにスキル習得を目指している子ってなかなかいないからね」

「そうみたいですよね……」

「うん。みんな型をとりあえず嫌々覚えておくみたいなさ。仕方なくやってる感じがあるんだよね」

「魔法と組み合わせて戦えるところまでいきたいなって思っています」

「魔法と? 上級者を目指してるんだね。僕も目指してみようかな……いままで魔法については考えたことがなかったけど、興味が湧いてきたよ」


 剣術が得意であるラウルだが、魔法はからっきしらしい。

 すでに使える状態にはなっているはずなのだが、魔法に興味がない人は一度も試し打ちすらしないのがこの王国貴族の近状で、まさにそれを体現している。

 だが、リゼの話を聞いて興味を持ち始めたようだ。


「ラウル様の魔法属性は何ですか?」

「僕? 僕は光だね。珍しい属性かもしれない」


 光属性と聞いて驚くリゼ。先程の少年も光属性だったためだろう。光属性の数が少ないことはこの世界の常識であり、遭遇できることは稀だ。一日で二人の光属性の持ち主とエンカウントすることなど、そうそうない。


(さっきの銀髪の方にラウル様、光属性ってこんなに遭遇するものじゃないのに、すごい偶然……)


「光属性でしたら、最初はライトスラッシュですね」

「詳しいね。魔法と組み合わせて戦えるようになりたいと言うだけのことはある。良かったらだけどさ」

「はい?」

「今度一緒に練習でもどう? 剣術は僕が見てあげられるよ。その代わりに魔法を教えてよ」


 と、ラウルから提案がある。

 ラウルの提案は、リゼとしては願ったり叶ったりだ。切磋琢磨せっさたくましながら練習した方がやる気が出る。

 それに実力を確かめたいと考えていたところだ。どうしても伯爵家の騎士だと、リゼに対して本気で打ちに来てくれることはない。多少の手加減が入るのだ。


(剣術も魔法も人と練習したほうが上達する。とくに剣術)


「それは是非お願いしたいです!」

「良かった。断られるかと思って緊張したよ。だったらそうだな、今度の土曜日はどうかな?」


 トントン拍子びょうしで話が進んでいく。


「土曜日でしたら一日中空いていますし、どのみち剣術と魔法の練習をしようと考えていたのでありがたいです。あのアイシャ……メイドなのですが、一緒に練習させていただいてもよろしいですか?」

「構わないよ。仲良しなのかな?」

「仲良しですね! 一緒に街にお出かけしたりもしています。お茶を飲んだりですけれど、楽しいです」

「そういう関係って羨ましいな。土曜日、楽しみにしておくよ」


 それから、どんな練習をするか、などについて盛り上がる二人。なかなか貴族らしくない会話であるが、その一時を楽しんだ。

 光属性魔法を操るラウルをそばで見るということは、光属性魔法の理解が必然的に深まる。楽しみで仕方ない。仮に光属性のルイに攻撃されてもなんとか対処する糸口が見つかるかもしれない。

 その後、さらに二曲ほどを踊り終えて休憩することになった。


「少し休憩しようか」

「そうですね」


 軽食が置いてあるテーブルに向かおうとしているその時、入口のほうが騒がしくなる。

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