11.庭園にて
ダンスパーティーまで手持ち無沙汰となったリゼは庭園を散歩することにする。赤、黄色、白、オレンジ、ピンク、紫などの
王都内でも評判の庭園だったはずだ。
良い香りが漂い、ふと薔薇を見ると、蜂が蜜を吸いに来ていた。
そんな蜂を見て、(あれはミツバチだから毒があったとしてもレベル1よね……でも、刺されたら肌に傷がつくから避けるべき)などと考えた。
そんな光景を見ていたら落ち着いた気分になってくる。薔薇の香りも相まってリラックスできているのかもしれない。
少し歩いているとアジサイが咲いており、葉がいくつか落ちていた。ちょうど庭師が拾っており、いくつか分けてもらう。庭師は物珍しいものを見るような目でリゼを見ながら去っていった。
(お茶会はひとまず……仲間にならず、敵対することもなく、なんとか及第点といったところかな。いや、流石にちょっと敵対しちゃった……? 色々な話をされたけれど、うまく取り巻きにならないように返答するのが難しかった。それと、なんだか元から嫌われているような雰囲気だったけれど、ゲームのリゼはどうやって取り巻きになったのかな。媚びた挨拶でもしたのかも。はぁ……数日間、気を張り詰めていた疲れが押し寄せてくる。そういえば最後に扇を投げつけられたし、今後何かしてくるかもしれない。次に会うまでに対応できるようになっておきましょう。……本当に綺麗な庭園ね。それにしても……暇すぎる。アイシャが敷地に入れなかったから話し相手も居ないし……。えっと、庭師の方はお帰りになったし、周りに人影もなし! 魔法の練習でもしましょうか……!)
リゼは周りに人影がいないことを確認し、魔法の練習を行うことにする。(日々の積み重ねが大事なのだから、暇があるなら練習よ)と、心の中で呟きつつ手を掲げる。
(スノースピア! エアースピア!)
リゼは太陽めがけて魔法を放つ。
氷の粒が上から下に舞い散り、陽の光を反射することで幻想的な空間を演出した。
たまたま発生した現象だが、綺麗な光景に思わずつぶやく。
「こういう綺麗な使い方もあるのね……!」
「面白いね、それ」
背後から突然声がした。
リゼは突然の声に驚きビクッとしてしまう。再三、周りに人がいないか確認したはずだったからだ。
「えっ……?」
驚きつつ、恐る恐る後ろを振り返る。氷属性魔法をアイシャ以外に見られたのは初めてだ。良くない展開かもしれない。
「いまの面白いね、なにそれ魔法?」
「あっ、いまのはえっと」
「安心して、僕は口が堅いから。まあ、どこからどうみても魔法だったね。君は?」
「あ、リゼ=プリムローズ・ランドルです。えっと……あなたは……?」
「ふ~ん、ランドル伯爵家の娘ね。僕? 僕を知らないとは珍しいね~」
そこには、リゼと同い年くらいの少年が笑みを浮かべて立っているのだった。銀髪の髪に銀色の少し吊った目。美青年とはこのことだ。着ている服も貴族なのか、豪華そのもので、なかなか見かけないレベルの顔立ちである。
そんな彼は自信に満ち溢れた表情で見つめてくる。
(誰……? このパーティーに来ているということはルイ派貴族のご子息……よね?)
動揺する彼女を観察しつつ、少年は疑問を口にする。
「どうして魔法を使っていたの?」
「少し練習したくて……」
「ふ~ん、リゼだっけ? リゼの属性は?」
「風です」
「風魔法であんな感じに光るとかあったっけなぁ。それにこれは……氷?」
「あっ! それは……あ! あなたも魔法に興味があるのですか!?」
「うん。僕も少し使えるよ。ライトスラッシュ――」
少年は右手を上に突き出して魔法を詠唱する。すると、少年の手から光線が放たれた。唐突な魔法の詠唱にリゼは目を丸くするしかない。同い年くらいで魔法を積極的に使う人はなかなかいない。
「いまのは、光属性の初級魔法……?」
「正解~。魔法、好きなんだね」
「あ、はい。好きです」
魔法のことをアイシャやキュリー夫人以外と話すのが新鮮で少年の質問になんだかんだ答えてしまう。
エリアナのお茶会で疲れたので、魔法の話は癒やされると無意識的に感じていた。
さらにいうとライトスラッシュを間近で見るのは当然初めてで少し興奮気味だ。光属性持ちは珍しいため、次はいつ見られるか分からない。
少年が一つ提案をしてくる。
「さっきのもう一度やってよ」
「さっきの、ですか……あれは……あまり人に見せられるものではないと言いますか……やりたくないと言いますか……」
氷属性魔法を人に見せたくないリゼははぐらかそうとする。そーっと後ろを向いて立ち去れないかと考えて体の向きを変え始めたところで、少年は重ねて、ほぼ強要という声のトーンで畳みかけてくる。
「うん。大丈夫。やってみて?」
「…………」
少年は有無を言わさずに魔法を詠唱するようにと告げてくる。見せたくないリゼは黙り込むしかなくなる。ここは黙って諦めてくれるのを待つ作戦だ。
その様子を見た少年は、そうはさせないと言わんばかりにさらに畳み掛けてくる。
「見たいんだ、もう一度。やってくれたら僕の中で好感度があがるんだけどなぁ。頼むよ~。ね、一度でいいからさ~。ほらほら~! ちなみにやるまで付きまとうからね!」
「はぁ……分かりました。やるまで引き下がらない感じですものね……。一度だけですからね? 約束ですよ?」
「上空に向けてやってね」
「はい……」
(スノースピア! エアースピア!)」
リゼは、少しため息を付きつつ、魔法を詠唱する。氷の粒が風魔法により高く噴射され空を舞い散る。陽の光が反射して幻想的な空間を作り出す。リゼは自分で詠唱しておいて、自画自賛になってしまうが、かなり綺麗な空間に仕上がっていると感じた。
少年はその様子を見て、目を輝かせている。
「………すごーい、なんだろうこれ。もう一度やってよ」
「流石に一度の約束ですし……」
「ふ~ん、そっかー。残念だけどまあいいや」
彼女の言い分も一理あると感じたのか、少年は諦める。少年は氷が舞い散っていたあたりを黙って見つめているのだった。氷の粒を発見しそうであるため、話題を変える。
「あの、魔法がお好きなのですね?」
「んー? そうだね。毎日毎日つまらないからね。でも魔法を唱えていると嫌な時を忘れられるんだ」
「そう……なのですね……」
少年がどこか空虚な瞳で返答してきたため、地雷を踏んだかも、と、申し訳ない気分になる。嫌なことを思い出させてしまったのかもしれない。
(訳ありなのね……触れないほうが良かったのかな……何やっているの、私!)
リゼの後悔とは裏腹に、すでに少年はケロッとしていた。そして逆にリゼの方を向き直り、質問をしてくる。
「君はなんで魔法が好きなの?」
「私はそうですね……好きもありますけれど、死なないために必要で」
「え? ふつうは君みたいな貴族のご令嬢は死なないでしょう~」
「あ、いえ。その、何かの間違いで攻撃されたりしたときのために……」
「攻撃されるようなことをしてるの?」
「とくには……」
訳の分からない回答だったのか、彼女を上から下まで眺める少年。リゼはまた余計なことを喋ってしまったと焦る。
王国では貴族が攻撃されるなど、ほとんどあり得ないに等しいのだ。
少年は目ざとくリゼの手を指さしてくる。
「その手で持っているものは? なんか緑色のそれ」
「あっ、これは……葉っぱですね……庭師の方にもらって……」
「ふ~ん……。なんだかだいぶ変わっているね。そういえば君、さっき無詠唱だったよね。初めて見たよ。どうやってるの?」
「えっと、魔法熟練度が最大値までいっていればきっと出来ますよ」
リゼはエアースピアを無詠唱で発動してみる。風がまっすぐと吹き抜ける。
その様子を見た少年は感心した反応だ。
「そっか。魔法は我流だからなぁ、その手の細かい話は知らなかったよ。僕にもできるかな?」
少年の問いかけに、もう一度ライトスラッシュを見てみたいし、無詠唱を客観的に見れるかもしれないと考えたリゼは応援モードに入る。
「いままで沢山練習されてきましたか? もしかしたら、出来るかもしれません!」
「ちょっと見ててね」
「はい!」
少年は一歩前に出て、目をつぶり意識を集中させている。そして、手を前に突き出すと魔法陣が展開され、先ほどの光線が放たれた。光線はまっすぐ飛んでいくとバルニエ公爵邸の壁にぶつかり、消滅した。
「どうだった?」
「成功していました! すごいですね。魔法熟練度が最大値になっているということです。相当練習されたのですね……!」
「ちょっと感動しちゃったな。これが無詠唱か。それによくわかったね。その通りで暇さえあれば詠唱してきたからね。おっと、さて、そろそろ戻るとしようかな。またね」
「あ、はい」
少年のペースに振り回され続けたリゼは、ゆっくりと歩き去る少年の背を見送る。その後、壁を確認すると少し焦げた跡がついていた。
(あー……。それにしても誰だったのかな? 光属性の魔法は珍しいけれど、今日はルイ派の貴族が集まっているわけでルイ派の人物だと光属性は私の知る限りはいない。確かに派閥内に銀髪のキャラもいないはず。あ、でもドレ公爵令息のように〈知識〉に出てこない人もいるわけで。まさかいまの方がドレ公爵令息ではないよね……。流石にないかな。魔法が得意だという話はなかったし……。ルイ派貴族だったらまた会う機会があるかも。私もそろそろ戻らなくちゃ!)
リゼはもらった葉をアイテムボックスに入れると、急いで集合場所へと向かうことにした。
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