10.お茶会

 あっという間に朝になり、パーティーに行くための準備を行う。

 この日のドレスは目立ちたくないというリゼの要望で、深い青色、つまり群青色をベースとしたドレスをアイシャが選ぶのだった。リゼはその流行りを避けたドレスを快諾かいだくする。さらに凝った髪型にしたがるアイシャにいつも通りのハーフアップで良いと告げ、髪を結ってもらい鏡の前に立つ。


(い、いよいよね。目立たないような地味めな色合いの服装にしたし、お茶会が早く終わることを願って)


「とてもお似合いです。もう少し挑戦的なドレスでもよかった気はしますけど、お嬢様のために作られたとも思える似合いっぷりですよ。色合いは控えめなのですが、お嬢様が着ると華やかな雰囲気になりますね……これはすごいです」

「ありがとう。でも早く帰りたい……」

「まだ始まってもいないのに気が早いですよっ! あ、もしかして、魔法の練習をしたいとかそういう……」

「もちろんそれもあるけれど……」


 アイシャは「あはは」と苦笑いした後、でもお嬢様らしいかと笑顔になる。アイシャにつられてリゼもちょっと笑った。当たって砕けろという精神で行くしかないと少し勇気を出したのだろうか。

 それから昼になり、いよいよ出発の時だ。

 玄関に向かうと馬車が用意されており、伯爵たちが待っている。


「似合っているわよ、リゼ。でもそれは少し古いドレスよね。いまの流行とはかけ離れているような……?」

「お母様、ありがとうございます……。これが落ち着くなって思いまして……」

「緊張しているのかい?」

「そうですね……」


 アイシャのおかげで元気づけられたがやはり不安は残る。伯爵たちにとってはよくあるパーティーなのかもしれないが、リゼにとっては今後の運命を左右するからだ。


「初めての外でのお茶会とダンスパーティーだからなぁ。仕方ないことだ。失敗しても構わないから気楽に考えなさい。それにほら、授業で練習をあれだけ頑張っていたじゃないか。ダンスはドレ公爵令息、ラウルがフォローしてくれるだろうから、きっと大丈夫さ」


 娘の緊張度合いを見て、フォローする伯爵だ。伯爵夫人も声をかける。


「そうよ、リゼ。気楽にいなさい?」

「ありがとうございます、お父様、お母様」

「うむ。バルニエ公爵令嬢のお茶会が終わったらラウルと合流してパーティーとなるからな。何度も言うが今日は気楽に楽しめば良いからね」

「はい……! そういえば、ドレ公爵令息様のことは呼び捨てなのですか?」

「旧知の仲でね。そう呼んでくれと言われているんだ。公の場では呼ばないけどね」


 よく分からないが伯爵はすでに知り合って長いという雰囲気だ。

 それから、馬車に乗り込みしばらく揺られる。今日も今日とて、街は賑わっているようだ。そんな賑わいとは裏腹に、公爵邸に近づけば近づくほど、リゼは気分が盛り下がっていく。

 どれだけ嫌でも当然その時はやってくる。しばらくすると、バルニエ公爵邸に到着した。


(はぁ……何度も見たことがあるバルニエ公爵邸の門。見たことがあるというか、見たという〈知識〉があるだけ。各攻略キャラたちの個別シナリオで、この家に立てこもるエリアナが連行されるシーンで……。そのシーンでしか使われない背景で『いらないでしょ』みたいな話になっていたっけ。ちなみにリゼ、つまり私はゲームの裏で処分されたことになっていて終盤は登場すらしない……。なお、私はエリアナに裏切られ、最初に罪をなすりつけられて処分されたはず)

 

 バルニエ公爵邸は公爵家の邸宅ということもあり、豪華な門に優美さを感じる華奢きゃしゃなデザインだ。門を通ると、玄関口の手前で馬車を降りる順番待ちとなる。それから少し待ち、馬車を降りた。

 玄関前には公爵、公爵夫人、公爵令嬢――エリアナがおり、挨拶を交わすとリゼは公爵家のメイドに案内されるがままにお茶会の会場へと向かう。


 エリアナは愛想笑いを浮かべており、とくに何かを感じることはなかった。


 会場に到着するとすでにゲームにおけるエリアナの取り巻きとみられるメンバーが到着していた。

 机は縦長で、エリアナから離れて座ることが出来るタイプだった。運よく端の一席以外はすでに埋まっており、リゼは簡単に会釈と挨拶をすると、あまり目を合わせないように空いている端に着席するのだった。四人ほどいる。誰とも面識はないはずであるがチラチラと見られて気が気ではない。

 もしかしたら、着ている服装が流行遅れだからだろうか。


 そして、リゼが着席するとほぼ同時にエリアナも会場に到着する。

 他にも来訪してきた貴族がいるはずで、玄関で挨拶をしていたエリアナがこんなに早く到着するのはおかしいと感じた。もしかしたら遠回りで案内されたのであろうかと心の中で考え、不安感が増してきた。

 冷静に眺めるとこの場にいる貴族の子女たちは、流行のドレスを着ておりすでにリゼは浮いていた。


「皆様、本日はわたくしのお茶会にご参加くださいましてありがとう。ルイ派の方々のみを呼んでおりますから、今後のことも踏まえて良い顔合わせの場になることを願っておりますわ。それでは、初めての方もいらっしゃいますし? 自己紹介から始めましょうか? まずはわたくしからでよろしいかしら。皆様ご存知でしょうけれど、エリアナ=ジェリー・バルニエですわ。ここには貴族しかいらっしゃらないので言わせていただきますけれど、平民がとにかく嫌いですわ。どうぞ親しみを込めてエリアナと呼んでくださいな」


(もうすでに平民嫌いなのね……)


 エリアナの挨拶に参加者は好意的に拍手をする。リゼも心の中では嫌がりつつも、あわせて拍手を行った。続いてそれぞれが挨拶をしていく。


「先日はありがとうございました。ジャクリーヌ=ロティエ・ボーランジェです。私も図に乗った平民が嫌いですから、お仲間に加えてもらえると嬉しいです」

「エリアナ様、はじめまして。アグネス・コルネでございます! 子爵家ではございますが、エリアナ様のために誠心誠意、頑張っていくつもりです。宜しくお願いします!」

「イヴェット=ベリエ・メナールですわ。侯爵家の一員として、ルイ派に貢献していくつもりですから、宜しくお願いしますね」

「この度は素晴らしいお茶会にお誘いいただき、ありがとうございます。サビーナ=ディアーヌ・カッセルです。我が家は辺境領域の家柄ではございますが、事業がうまくいっておりますので、エリアナ様のお役に立てるかと思います」


 基本的にはエリアナに媚びる内容を全員が話しており、それぞれの挨拶の終わりにエリアナから一言お褒めの言葉があった。いよいよリゼの番となる。


「はじめまして。リゼ=プリムローズ・ランドルです。エリアナ様、今日は素敵なお茶会にご招待いただきありがとうございます。お茶会は初めてです。皆様、宜しくお願いします」


 パチパチと軽く響く拍手。エリアナからのコメントはなく、なんとなく冷笑された気がしていた。他の令嬢からは俗物を見るような冷たい目線を向けられた。

 そして、お茶会は歓談フェーズへと移行する。一部の貴族たちの平民批判でエリアナは上機嫌となる。 大地の神ルークの忠告がなければリゼは平民の馬車による事故で父であるランドル伯爵を失い、平民嫌いをこじらせていた可能性がある。もしかしたらこの場でエリアナと意気投合していることもあり得たのだ。

 すでにエリアナと四人で取り巻きという関係性が築かれつつあり、その輪の中に入っていないリゼは心の中で安堵する。基本的に放置されており、お茶会の序盤で少し冷たい目線を向けられたような気もしたが、良い感じに興味を失ってくれたのかと希望を持ち始めた。


「ところでランドル伯爵令嬢」

「あっ、えっ、はい!」


 少し気を緩めたところで唐突にエリアナに呼ばれて変な声が出てしまった。他の令嬢たちはクスクスとおうぎで口元を隠して笑ってきた。


「あなたもきちんとルイ派として協力してもらいますから、そのつもりで。先程のあなたの挨拶を聞いていたら不安になってしまいますわ」


 エリアナがそう告げると周りの令嬢たちが「本当にその通りです!」、「まったくですわ」、「品のないブルガテドの貴族ではないのですから、もう少しきちんと挨拶してほしかったですね」、「まったくもって噂に聞くほどでもないですね」などと同調した。

 リゼは(噂って何……?)とも思ったが、一応返事をしておく。


「あー、はい……。出来る範囲で……でしたら」

「あら? なんだか小声でよく聞こえないですわね。あなたは下級貴族の伯爵令嬢で、ルイ派貴族の一員であり、きちんと我々と足並みをそろえて貰う必要がありますから。お分かり?」

「よく分かりました」


 理解を示したつもりで返事をしたが、調子に乗っていると思われたのかさらに雰囲気が悪化した。

 イヴェット=ベリエ・メナールが口を開く。


「リゼ嬢、今回のダンスパートナーはどなたでして?」

「ドレ公爵令息です」

「はぁ……。公爵家のご子息でよりにもよってドレ公爵令息。あの方は中立派でも権力のある方。先方からお誘いがない限り、各派閥で声がけをしないと暗黙の了解があるはずですわ。あなた、本当にをわきまえるということを知らないようですわね。ですわよね、エリアナ様」

「えぇ。ありえないですわね。通常は参加者の相手を考慮するはず。今回はあなたよりも格上のメナール侯爵令嬢がいるのですから、そのお相手を確認し、貴族の格を考えるべきですわね。本当に世間知らずね。目立たないように端で踊りなさいね?」

「……勉強になりました。以後、気をつけます」

 

 どう答えるべきなのか、もはや分からないので反省の色を出してみたが令嬢たちの攻撃は止まらない。

 その後、色々と容姿の批判をエリアナたちが繰り広げてきた。

 話をまとめると、リゼの母親が有名な美人で髪色や顔立ちなどを受け継いでいることから、どうも一部で美人だと噂になっているらしい。その結果、調子づいていると思われているようだ。

 エリアナも美人ではあるが、上級貴族である自分よりも目立つ可能性があるリゼを今のうちに配下として、立場をわきまえさせようという魂胆があるようだ。


(なるほど……。どうでも良い……。そもそも私、そんな噂など知らないし。あ、でも、客観的にリゼというサブキャラを日記にまとめたときにはそんな話を書いた気もする。〈知識〉でその手の話を見たから。それにしても、どうしよう……)


 と、心の中で思うが、「私など、皆様と比べられるレベルではありません……!」と適当に返事をしたら、彼女らが求めている回答に近かったのか、なんとか攻撃が止んだ。

 それから、彼女らは平民批判やジェレミー派のオフェリーという令嬢の悪口を繰り広げることにしたようで、端の席で紅茶を一人で味わっているとお茶会はいつの間にか終了するのだった。出された紅茶はとても良いものであるのだろうが、飲んだ気がしなかった。

 

 エリアナは再度、「身の程をわきまえるように。今後、また呼び出しますからそのおつもりで。これはお願いではありませんわ。意味は分かりますわね?」と釘を差し、席を立つ。「そうなのですね」と微妙な返答をしたため、きつい目で睨みつけられた。隣に座っていた取り巻きの一人が扇を放ってきてリゼの座っている椅子に当たったが無視する。彼女らは黙って座っているリゼを見ながらクスクスと笑うと、予定があるのか立ち去っていった。

 取り残されたので残ったクッキーをいただいていると、メイドたちがリゼを無視してわざとらしくクッキーが盛り付けられた皿を片付けたので席を立つ。

 

 庭園にでも行ってみるかと思い立った。

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