7.ダンスのパートナーは公爵令息

 この世界の貴族は男女問わず剣術の稽古がある。貴族の嗜みとして誰もが基本的な剣の型を身に着ける必要があるのだ。リゼの指導はランドル伯爵家の騎士が行うことになっている。

 伯爵邸には剣術の練習場と呼ばれる施設が作られており、そこで稽古を受ける。

 稽古が始まりしばらく経ったが、途切れることなく練習場には剣のぶつかり合う音が響く。


「リゼ様、なかなか筋が良いです」

「ほんと? 嬉しい」


 騎士が剣を下ろしリゼを褒める。少し休憩にするということなのだろう。


「お嬢様の先祖は武勇に優れた方々だったという話ですからね。リゼ様もその才能を受け継いだのかもしれません」

「そういえば、ずっと昔は敵国からの相次ぐ侵略を跳ねのけたと言われているものね。ゼフティア王国には敗北したけれど。えっと、型を覚えたらその後は何をどうすれば良いの?」

「型は三十個あるわけですが、きちんと覚えられましたら剣術の稽古は卒業ですね」

「えっ……? 型を覚えたら、終わり……なの!?」


 リゼは絶句した。型を覚えただけでは、まったく意味がない。もっと立ち回り方などを学ぶ必要がある。


「リゼお嬢様は貴族のご令嬢ですからね、最低限をたしなみとして学べば問題ないかと」

「そうなのね……。立ち回りとか、そういうのを学びたいというか……」

「危ないですよ。怪我をしてしまったら大変です」

「うん……」


 この国では女性も剣術を習うが、あくまでも型を学ぶだけで、実践で戦えるレベルまで目指す人は多くないのが実情だ。

 あまり食い下がっておかしな人間だと思われるのは避けたほうが良い。ひとまずは受け入れた。


(どうにかして剣術を学ぶ方法を考えないといけない……すぐにでも)


 剣術の稽古を終えた後は勉学の時間となる。担当するのはマナー講座と同様にキュリー夫人だ。勉学では魔法やスキル、国の歴史など、一般常識として知っておくべき内容を学ぶことになる。

 本日のテーマは魔法の属性について。リゼとしては興味のあるテーマであり、質問したい内容を事前にまとめていた。部屋で待っているとキュリー夫人がやってくる。


「さて、午後の授業では我々に備わっている魔法の属性について勉強していきましょう。魔法とは奥深いものですから、楽しいですよ。是非、好きになっていただきたいです」

「宜しくお願いします!」


 やる気を見せるリゼを見て感心したのか、キュリー夫人は笑顔で深く頷くと真剣な眼差まなざしとなる。


「我々は生後三年が経った際に属性の鑑定が行われるのはご存知ですよね。ここでステータスウィンドウを開けるようになります」

「はい、私は風属性でした。キュリー先生は……」

「私は水でした。土、風、火、水、光、闇という順番で人口が減り、順を追うごとに強力な魔法を詠唱できるようになるのです。ここまでは大丈夫ですか」


 リゼはメモを取りつつ、相槌を打つ。いまの話は〈知識〉でも知っている内容だ。


「そして各属性には初級魔法から最上級魔法まで魔法が存在します。最も強力な魔法は闇属性の最上級魔法で、最も弱い魔法が土属性の初級魔法となります」

「サンドシールドですね」


 つい口をはさんでしまった。失礼だったかもしれない。

 が、キュリー夫人の反応は悪くない。


「あら? よくご存知ですね。勉強したのですか? 良い心がけです。弱いとはいえ、戦で一番使われてきたのがサンドシールドですけどね。なぜなら、平民の方々を兵として動員したからです」


 騎士の配下で戦う兵士は平民出身者でもなることが可能だ。しかし、世知辛い話で前線にはそうした平民出身者の多くが立たされることになる。ゼフティアの過去の戦争では、人員を集めるために平民のことを強制的に徴兵したという話も伯爵から聞かされたことがある。

 リゼは、ふと自分が恵まれた存在なのだと実感した。


「ここまでで何か質問はありますか?」


(雷属性とか聖属性とか、見たことがない属性について、聞かないと……。聞き方には気をつけつつ……)


「魔法の基本属性の他に属性があると聞いたことがあるのですが、ご存知ですか?」


 キュリー夫人は驚いた目をリゼに向けた。かつて学園を主席で卒業した彼女には心当たりがある。少し間を置き、たたずまいを正すと話し始める。


「なるほど。おそらく聖属性のことでしょうね。聖属性は聖女となるべき者に付与される特別な属性です。すべての基本属性のすべての魔法、そして聖属性のみの固有魔法を使いこなすことが出来ますが、生涯王国のために生きる運命を背負ってもいます」

「ありがとうございます。王国のために生きる……ですか?」

「類まれな力の持ち主が他国に流出することがないように、ある意味で可愛そうですが管理下に置くわけですね。かつて、聖女がこの国から帝国に渡るという事件がありました。そういった意味で設けられた処置……のようなものですね」


 リゼは、「そうなのですね……」と、返事を行ったが、事前にこの話を聞いておいてよかったと内心で安堵していた。要求されるポイント的に取得は困難であるが、非常に強力なのであれば取得することも視野に入れていたからだ。聖属性は取得してはならないと心に誓った。

 聖属性を取得した場合、王国のために生きる必要があるという事実。これはなかなか重い制度だ。


(これはあぶなかった……そんな属性を取得していたら、目立たないように生きるのが難しくなっていたはず……それにしてもこんな裏事情があったとは……。とすると、雷属性は……? 今度、交換画面で確認してみないと)


 氷属性についてはステータスウィンドウで確認済だが、『北方の魔法帝国の遺産』という謎の説明があった。聖属性に関する知識を得ることが出来たリゼはメモを取りつつお礼を伝えるのだった。すると、キュリー夫人が口を開く。


「よく特殊魔法属性について知っていましたね。普通は専門機関で保管されている蔵書ぞうしょをそれなりに読まないとたどり着かないのですが……。聖女については、秘匿ひとくされていますからね。何はともあれ、積極的に勉強するのは良いことです。この調子で勉強していきましょうね」

「はい!」

「それにしても、リゼさん。なかなかに魔法に興味があるようですね。とても珍しいタイプですよ。学園で魔法を学びますが、大抵の人たちは初級魔法の初期魔法くらいしか使えないですからね。近年は周辺諸国とのいざこざもなく、戦争など起きないですから必死に学ぶ必要がないのです。つまり、触りだけ学んで終わりです。つまりリゼさん、あなたはマニアックなタイプかもしれませんよ」


 リゼとしては、〈知識〉のおかげで戦争の火種があちらこちらにあることを認識しているため、一般的な王国の人々の認識とだいぶ齟齬そごがある。対処するために成長していく必要があるのだ。

 なお、キュリー夫人は初級魔法の初期魔法だけではなく、中級魔法も使えるということだ。彼女もまた一部のマニアックな人ということになる。

 キュリー夫人を玄関で見送ると、アイシャより夕食の支度ができたことを知らされ食堂に向かうことにする。

 食堂で伯爵たちを待っていると、少し遅れてやってきた伯爵が重要な話を伝えてくる。


「そうそう、リゼのダンスパートナーが決まったぞ。ラウル=ロタール・ドレ、ドレ公爵家の方でリゼと同い年だね」

「……ありがとうございます、お父様」


(えっと……ドレ公爵令息。聞いたことがない方ね。〈知識〉でも知らないし、会ったこともない方……)


「リゼには学園でパートナーを見つけてほしいと思ったからルイ派でもジェレミー派でもない中立の方を選んでおいたよ」


 父である伯爵の心遣いに、少し泣きたくなる。


「振り回したくはないからな。安心してパーティーに出席するとよいぞ」

「本当に嬉しいです。お心遣い感謝いたします、お父様」


 王国内の貴族はルイ派、ジェレミー派、中立派の三つの勢力がある。エリアナの家系はルイ派であり、ルイ派と一部の中立派しか招待されないだろう。ルイ派を相手に選んでしまったら、派閥の結束のために縁談の話などに繋がってくるかもしれない。そういった事情があるため、中立派を選んでくれたことに感謝するのだった。


 和やかな夕食が始まる。運ばれてきたのは前菜に続き、コンソメスープ、エビを使ったポワソン、口直しのジェラートだ。ジェラートを作るために必要な氷を作り出す手段がない王国では、山の頂上付近に水溜めを作り凍らせ、近くに転移石でゲートを作り、王都に持ち込むという手段が必要だ。非常に手間がかかっているため、滅多に食べられるものではない。それから牛の肉を使ったメインディッシュを経た後、デザートを入れたカートが運ばれてくる。リゼは四角くカットされた一口サイズのチョコレートケーキを選ぶと堪能するのだった。


(はぁ……幸せ……って、ダメダメ! 緊張感をもたないと! まだ何も解決していないのだから。エリアナのパーティーが近いわけだし。でもおいしい……おかわりしておきましょう……)


 もう一つチョコレートケーキを堪能した。

 その後、外に出てアイシャと魔法の練習を行い、決めた回数の詠唱をこなした。

 部屋に戻りアイシャが湯の準備をしているところに話しかける。


「一つ聞いても良い? ドレ公爵令息ってどういう方なのか、知っていたりする?」

「うーん、ドレ公爵のご子息……、聞いたことがありませんね。少しメイド仲間たちにも聞いてみますね」

「ありがとう!」


 それから湯浴びをしつつ、(さてと……)と、考え事を始める。


(いよいよ、迫ってきたパーティー。このパーティーにおける立ち回りで今後の運命を左右することになる。現状、ポイント交換で氷属性を得たとはいえ、まだ氷の粒が小さくて目くらまし程度にしか使えるものがない。剣術は型を覚えている状態で……要するに対策が何もできていない状況。いきなり何かに巻き込まれるということは考えづらいけれど、ポイントの回復方法も分かったし、明日もう一度喫茶店に行きましょう。早めにスキルなどを手に入れて熟練度を上げたほうが良いはずだし)


 しばらく考えを巡らせることでスッキリとしたため、湯浴びを終えて日記をつけているとアイシャが話しかけてくる。


「お嬢様、どこまでスノースピアが飛ぶようになったのか日記にも書いていらっしゃるのですか?」

「あ、そうね。詠唱した回数と飛距離を書いておけば、魔法の成長度合いとか、色々と参考になる情報が得られるかもしれないから」

「なるほど! 勉強熱心ですね。私はサンドシールドが防御魔法なので、成長を実感できないのがつらいです……」

「う~ん。そうね……やりようがあるとしたら、サンドシールドにスノースピアをぶつけて、何度目で壊れるか……という点で、強度を測るということができないかな?」

「おお……素晴らしいです! 是非、お願いします!」


 リゼとアイシャは時間があれば魔法の話をコソコソと行うことで、以前に増して絆が生まれているのだった。また、魔法の詠唱回数と飛距離から、成長率を折れ線グラフ化できると心の中で意気込むリゼは熱心に日記を書いた。アイシャが退室した後にステータスをメモしてベッドに入る。


(それにしてもドレ公爵令息のラウル様。聞いたことがないし、ゲームにも出てきてない人物。もしかしたら居たのかもしれないけど、クラスが異なるとかで、出てこなかったのかな。このゲームって主要人物はみんな同じ学年の同じクラスの生徒で構成されていたから、出てこないということは別のクラスね、きっと。それか事情があって学園に入学しなかったか)


 そんなことを考えながら、夢の中へと落ちていくのだった。

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