6.詠唱と加護の効果

 家につくと早速部屋に戻ることにした。誰にも見られないように練習したほうが良いからだ。


(初級の氷魔法は『スノースピア』だったよね。ゲームではアイテムを使ってすぐに上級魔法を使えるレベルに上げてしまったからあまり初級魔法を使う機会がなかったけれど、氷属性の実装時の動画でよく目にしていた。相変わらずこう自然と頭に浮かんでくる謎の動画という単語……。さて、そんなことはさておき、練習しないと! まずは覚えている魔法の確認ね。確か、マジックウィンドウで見ることが出来たはず)


 部屋に戻るとマジックウィンドウを念じて開く。


【属性熟練度】

『風属性(初級):0001/1000』

『氷属性(初級):0001/1000』


【魔法および魔法熟練度】

『エアースピア(風):100/100』 

『スノースピア(氷):100/100』


 リゼは「よし」と呟くと魔法名に視線を向ける。


『スノースピア 備考:複数の氷の粒を噴射します。飛距離、粒の大きさは属性熟練度に比例します』


(うん、〈知識〉の通りね。確か、属性熟練度は数値があがれば魔法を覚えていけるし、最大値に達したら初級から中級にランクアップする。魔法熟練度は最大値に達すると無詠唱で発動可能だったはず。魔法熟練度が最初から最大値なのは……謎ね。何もおっしゃっていなかったけれど、加護の影響だったり……? まあ、ひとまず詠唱してみましょう)


 彼女は右手を前に突き出す。


 魔法の発動は、呼吸を行うのと同じように特に魔術理論を意識せずとも無意識に行える。空気中に存在するマナを魔法に変換するのだ。

 当然、リゼも魔法の詠唱が可能であるため、詠唱を試してみる。


(スノースピア!)


 足元に魔法陣が展開され、リゼの手からそこそこの数の小さな氷の粒がヒュン!と音を立てて噴射されたのだった。しかし、遠くに飛ぶわけではなく、氷の粒は目の前の床に散らばった。そんな氷の粒を眺めながら興奮する。きちんと氷属性を身に着け、魔法を覚えられたのだ。


「成功ね……! 昔、ちょっと試したことがある風魔法も詠唱してみないと。たしか直線状に風が吹くだけの魔法だけれど、やってみましょう」


(エアースピア!)


 ヒュオーと風が吹く。突風ではないが、まあまあの威力だ。

 先程の魔法で床に落ちていた氷の粒が風に乗って遠くに飛ばされた。どうやら成功のようだ。


(魔法は毎日使い続けて、属性熟練度を上げていくしかないからとにかく練習! 属性熟練度が上がれば、魔法をさらに覚えられる……)


 その日のリゼは窓を開け、ひたすら『スノースピア』を放ち続けた。氷の粒も、属性熟練度が上がれば比例して大きくなる。大きければ敵に当てれば効果があるだろう。

 そして、あまり意味のないことだが少し思いついたことを実践してみた。アイシャが持ってきてくれた紅茶に氷の粒を入れて飲んだところ、いわゆるアイスティーのような飲み物になり、ちょうど暑い季節であるため癒やされた。

 練習を行った後に夕食などを済ませ、日記を開く。

 魔法の詠唱回数と熟練度を記録し、ステータスウィンドウを確認する。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】1

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性、氷属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)

【スキル】なし

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】100060000

【メッセージ】「メッセージなし」


「氷属性が無事に追加されているみたいね。あとポイントは残り一億ちょっと。随分と減っちゃった。ん、あれ……待って! ポイント、増えていない? 三億ポイントあって、二億ポイント使ったのだから、残り一億ポイントのはずなのに」


 リゼは加護に視線を向ける。


『大地の神ルークの祝福(小) 備考:前世の記憶を知識として与え、追加要素を会得可能とする』

『芸術の神ミカルの祝福(小) 備考:前世の芸術面の特技をそっくりそのまま与える。アイテムボックスを使用可能とする』

『武の神ラグナルの祝福(大) 備考:加護取得確率の上昇、異属性の魔法取得(二個限定)、鍛錬によるポイント付与する』


「もしかして、ラグナル様の加護である、『鍛錬によるポイント付与』の効果? 今日、魔法を使ったからそれでポイント付与されたということ? すごい! ちょうど六十回で六万ポイント。ということは一回で千ポイントということね。俄然やる気がわいてくる。ルーク様は三億ポイントをくれて、そのポイントを使いきったら終わりだよ、ということだったのでしょうけれど、ラグナル様としては頑張って日々鍛錬をして、ポイントを回復させていけということ、よね」


 リゼは興奮気味に日記に羽ペンを走らせた。残り一億ポイントしかないとなると、せいぜいスキルを一つ交換出来るかどうかだと考えていたため、一気にテンションが上った。

 満足した一日となり、深く良い眠りになった。



 朝が来た。

 リゼの平日は、本来はこんな形で構成される。


 起床、朝食、マナー講座、昼食、剣術の稽古、勉学、夕食、自由時間、睡眠


 貴族は大変だ。

 しかし、仮病事件などもあり、スケジュール通りにならなかったのだが、ついに本日から家庭教師の授業が始まる。

 ランドル伯爵邸にはそれなりに部屋の数があるため、使用していない部屋を勉強用の部屋としてもらったリゼは、机や椅子、黒板などを配置してもらい家庭教師を待つことにする。

 部屋で待っていると、家庭教師がやってきた。元魔法研究家で伯爵家のご婦人である。

 家庭教師のキュリー婦人は、ランドル伯爵家と良い関係を築いている人だ。


「はじめまして、キュリー先生。リゼ=プリムローズ・ランドルです。今日から宜しくお願いします!」

「宜しくお願いしますね、リゼさん。授業では疑問を残さず、分からないことは常に確認してくださいね」


 リゼは「はい!」と頷いた。〈知識〉で補えない点は本を読んでみたり、教師に聞くしかないため、質問はどんどんしていこうと心の中で思った。伯爵夫人の話によると、知識の量が膨大な人らしい。


「さてリゼさん、お披露目会に招待されたと聞きます。お茶会やダンスもあるでしょう。あと三日しかありません。自身のお披露目会ですでにダンスは経験済みでしょうけれど、復習もかねて実践形式で頭に入れてもらいますよ」


 キュリー夫人はてきぱきとした様子で黒板に今後のスケジュールを書き込んでいく。リゼは書かれた三日間のスケジュールをメモしておく。


「はい、キュリー先生」

「ダンスの相手は決まっているのですか?」

「父が探してくれているみたいです」


 パーティーのダンス相手といえば、婚約前であれば、お披露目会の相手が継続して担当するというのがゼフティア王国の常識である。お披露目会のパートナーは、ランドル伯爵領がある西方の島に住んでいるため、そう簡単に来ることは出来ないのだった。リゼとしては接点を持ちたくない相手なので好都合だ。

 よって、そのような場合は、他の相手を探さなければならない。現在、父である伯爵が様々な観点を考慮しながら相手を探しているところだ。


「分かりました。所作をおさらいして完璧にマスターしておきましょうね」

「ありがとうございます」


 学ぶのはダンスだけではない。挨拶の仕方、テーブルマナーに服装のマナー。それに招待される側、つまりゲストとしてのマナー、それから主催する側、ホストとしてのマナーと、多岐にわたっている。

 ダンスも誘われ方、断り方、踊り方、顔を向ける方向、目線、会話の仕方など、様々だ。

 キュリー夫人は時に厳しく、時に優しく、的確にリゼのマナーレベルを向上させていくのだった。


 ほとんど休むことなくマナーを学んだリゼは昼食を早めに終えて、魔法の練習を行うためにアイシャと裏庭へ向かう。

 実は既に朝食前にアイシャと魔法の練習をしていたため、朝以来の練習となる。


「アイシャ、朝に続いてありがとう」

「いえいえ! まさかお嬢様が魔法を練習しているとは意外でしたが、私も見るのが楽しみです!」

「ふふ、少しでも飛距離が伸びるとよいのだけれど」


 アイシャには今朝、魔法のことを話し、練習に付き合ってほしいとお願いをしたのだった。記録をつけるには二人の方が効率的だ。彼女は快く引き受け、自らも土属性魔法のサンドシールドを上達するべく練習すると言い出した。アイシャの初詠唱は今朝だ。

 平民は魔法を学ぶ場面がほとんどなく、興味がないと一切詠唱せずに成長するということがよくある話だったりする。アイシャもその一人だ。


「そういえば、アイシャのサンドシールド、良い感じね」

「そうなんですよ! 見様見真似で始めたことではありますが、私にもこんな力が備わっていたのかと感動しています。無詠唱では出来ないんですけどね……」

「アイシャも魔法を何度も練習して、魔法熟練度を上げれば無詠唱で出せるようにきっとなると思う。魔法熟練度はマジックウィンドウで確認可能よ。さて、始めましょうか!」


 アイシャは物差しを準備し、リゼに合図する。今朝の練習の際に成長度合いを明確にするため、物差しで飛距離を測ることにしたのだ。


「いつでも良いですよ、お嬢様」


 アイシャに頷くと手をかざし、魔法を発動する。


(――スノースピア!)


 魔法陣が足元に展開され、氷の粒が噴射された。


「……えーっと、ですね、二メートル三十三センチですね」

「すごい! 昨日からだいぶ成長しているみたい。やればやるほど、成長がわかるって楽しいかも! 繰り返し行くね」

「どうぞ!」


 初めて魔法を詠唱したときは目の前に氷の粒が落ちただけであったが、飛距離が伸びており楽しさというものを実感しつつある。数回詠唱したところでアイシャが疑問を口にする。


「あの、お嬢様。一つ疑問があるんです。お嬢様ってスノースピアとエアースピアを使えるんですよね? 同時に詠唱できたりしないのですか? 風魔法の相乗効果でより遠くに飛ぶような……」


 リゼはアイシャの問いかけに「そうね……」と考え込む。


(たしかに。アイシャの言うとおりかも。ゲームでは素早くボタンを連打することでほぼ同時に詠唱することが出来たはず。でもこの世界だとやり方がわからないのよね。操作ではなく自分で発動するとなると……。あー、でも実は単純で素早く詠唱すれば、うまく行ったりする……?)


「やってみるね」


 リゼは集中する。氷属性魔法を少し先に発動するという器用さが必要だ。集中すると足元に魔法陣が展開される。氷と風の魔法陣が展開された。魔法陣は魔法属性によって、形が異なっている。


(――スノースピア! エアースピア!)


 すると、氷の粒が風魔法によって、ヒュンヒュン!と音を立てて射出されるのだった。リゼは(これはもしや?)と、期待感を込めてアイシャの計測を待つ。

 いままでここまで音を立てることはなかった上に、明らかに遠くに飛んだ気がしていた。


「お嬢様、ちょっと待ってくださいね……なんと!」

「どう? 伸びた?」

「飛距離が七メートル五十センチまで伸びています!」

「すごい……アイシャのおかげよ。ありがとう! これからは同時詠唱も練習していく!」


 リゼは興奮気味だ。同時に詠唱すると、ポイント獲得効率があがるからだ。

 これはありがたい発見だった。いますぐにステータスウィンドウを見たい気持ちがあるが、夜に見るのを楽しみにしておこうと考え我慢がまんする。


「それが良いですね。お嬢様が今朝におっしゃられていた、詠唱の回数が成長につながるのでしたら、同時に詠唱すれば風属性と氷属性の両方が成長するのではないかと」

「そうね。属性熟練度を確実にあげていきたいから、頑張るつもり」


 しばらく魔法の練習を行っていると、いつの間にか昼の休憩時間が終わる頃合いになっていた。


 午後は剣術の練習だ。

 剣術もリゼとしては頑張らなければいけない要素の一つだ。

 魔法だけでは近距離での戦闘に対応しきれないためだ。


 アイシャが用意してくれた木の剣を持ち、剣術の練習場へと向かう。 


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