4.方針と加護、そして招待

 リゼは「さて」とつぶやくと、方針を考える。


(問題のエリアナとまだ知り合っていないのだけれど、このままいけばゆくゆくはそうなる、はず。なぜかというと、同じルイ派だから……。どう考えてもまずい…………状態ね。いま十二歳になって少し経ったばかりだから、学園に通い始めるまで三年あるし、なんとか悲惨な運命だけは回避しないと……。ルーク様の話によると、この世界の様々な運命を予測してゲームとして作ったという話だったはず。忠告された馬車の事故が実際に起きたかどうかは明日確認が必要ね。もし、事故が起きたのだとしたら、神による運命の予測=実際に起こりうる現実とも言える。でもルーク様の話を聞く限りは運命を変えられないわけではないということなのだと思う。ということで、神々のプレゼントを使ってなんとか運命を回避するように動いていかないと!)


 羽ペンを走らせつつ、現状を整理する。

 このままいくと死を迎えるかもしれないという恐怖は当然あるが、これからどうすればよいのかというところを決めなければならない。

 つまるところの方針決定が必要だ。方針を書き出してみる。


(重要なことは三つ、ね……)


・レイラ、つまり主人公に嫌がらせをしない

・バルニエ公爵令嬢とは極力、関わらないようにする。同じルイ派だから完全に避けることは不可能。

・攻略キャラたちと絶対に関わらないようにする


 書き出した三つの方針を眺めつつ、考えをめぐらす。


(方針、だけれど。一番重要なのはシナリオ通りにならないように動く必要がある。現段階では誰とも面識がない。レイラに嫌がらせをしていたのはエリアナの命令。つまり、彼女と関わるのがまずいということ。エリアナは私のお披露目会には、体調を崩して来ることができなくて、運よくこの家を訪ねてきたこともない。これからも極力関わらないようにしましょう。あと、うまく立ち回っても強引に何かを命令される可能性もあるし……逆らえるように強くなっておく必要がある。それから、攻略キャラたちとは絶対に関わらない。攻略キャラと関わるメリットなんて一つもないのだから、とにかく避けないと。物語の本筋から外れたところでひっそりと生きるのが良いはず。よし、いざというときのためにレベリングを行い強くなって三つの方針を達成しつつ、私が目指すゴールは……運命回避をして無難な幸せをつかみ取る……! これしかない!)


 そして日記を閉じ、「気をつけて行動すれば、絶対に運命は変わるはず……」と自身に言い聞かせた。


(そうだ、神々のプレゼントによって、状況に変化があるのかな)


 リゼはステータスウィンドウを(開いて)と念じる。神々のいた場所では開くことができなかったが、今回は開くことができた。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】1

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性

【称号】なし

【加護】大地の神ルークの祝福(小)、芸術の神ミカルの祝福(小)、武の神ラグナルの祝福(大)

【スキル】なし

【状態】健康

【所持金】120000エレス

【ポイント】300000000

【メッセージ】「各項目は目線を合わせると詳細を確認可能にしておいたからね。メッセージは一度読むと消えてしまうから、重要な表示があったら紙に書き写すなりしておいたほうが良いよ。会得できる課金要素は定期的に変わるから定期的にチェックしてね。あと、ミカルがアイテムボックスを使えるようにしてあげたいというから……許可しておいた。念じれば開くはずだからうまく使うと良いよ」


 ステータスウィンドウは馬車の中で開いた時とはずいぶんと変化があるのだった。


「な、なにこれ……これがプレゼント?」


 リゼは驚きで声が漏れてしまう。

 以前に開いたのは数時間前だが、随分と様相が変わっているようで、【ポイント】や【メッセージ】という項目はなかったし、その他にも一部変化が見られたからだ。それに、親切心からなのか、ルークから置き土産的なメッセージが入っている。

 リゼはひとまず、メッセージを日記に書き写しておく。

 それから、変化がある部分に視線を向けてみる。まずは加護だ。


『大地の神ルークの祝福(小) 備考:前世の記憶を知識として与え、課金画面を表示、会得可能とする』

『芸術の神ミカルの祝福(小) 備考:前世の芸術面の特技をそっくりそのまま与える。アイテムボックスを使用可能とする』

『武の神ラグナルの祝福(大) 備考:加護取得確率の上昇、異属性の魔法取得(二個限定)、鍛錬によるポイント付与する』


 仰々ぎょうぎょうしい名前の加護が三つ追加されている。どう考えても一般の人生では手に入らないような加護が付与されているように思えるため、(えっ……?)と少し固まってしまった。

 気を取り直して、【ポイント】を見てみることにする。


『三億ポイント。金銭に変換可能。変換するとマネーウィンドウ内に保管される。なお、金銭をポイントに変換することも可能』


「待って、なんだかすごいことになっているような……? 三億ポイントって、換金すると何エレスなのかな……それと逆にエレスをポイントに変換もできるのね。まずはうん。おそらくルーク様の加護は、リッジファンタジアの課金要素、課金アイテムをポイントで買えるようにしてくれているのだと思う。試してみないと……。ミカル様の加護は前世の芸術関連の特技を継承しつつ、アイテムボックスを使えるようにするというもの。アイテムボックスはゲームにもあったから分かる。ラグナル様の加護は、これもだいたい分かるけれど、鍛錬によるポイント付与とは何の事かな。これが、ルーク様のほどこしたチート制限の緩和に該当するのよね?」


 リゼは再び日記を開いた。ふと思い出したことがあったのだ。前世のお金は『エレス』ではなく、『円』と言った。課金してポイントを購入する際になんとも言えない思い出がある。1円=1ポイントであったのだが、欲しい対象が三千五百ポイントで、課金メニューが三千円、五千円と区切られていたため、致し方なく五千円を課金して手に入れたのだ。もしかすると課金アイテムの入手が、例えばポイント数など、少しシビアに設定されている可能性がある。武の神ラグナルの制限緩和に期待したいと心の中で考えた。


 そして翌日、体調を心配して部屋までやってきた伯爵にそれとなくニュースについて質問すると、リゼたちが向かっていた先で馬車の事故があったそうだ。平民の馬車が大破するほどの勢いで横道から突っ込んできたようで、ルークの忠告通りの結果となったのだ。

 つまり、ゲームとして再現したルークの運命予測は現実を忠実に再現していたのだ。

 リゼはリッジファンタジアと同じ流れになるのであれば、なるべく早く回避に行動を取らなければと考える。時が進めば進むほど、本来のシナリオに向かっていくはずだからだ。取り返しがつかなくなる前になんとかするしかない。ゲームと同じであれば、交換画面を表示するためには、とある店にいかなければならない。

 

 いきなり行動を起こすのは明らかにおかしいので、この日は体調不良のフリを継続し、夕方までは静かに寝ていた。

 夕食のために食堂に到着すると、両親から声をかけられ、「もう大丈夫です」と答える。

 席に着くと食事が運び込まれてくる。本日の夕食は、一般的なコース料理で、サーモンのパイ包み焼きが運ばれてくる。好物であるため、頬がほころぶ。一時、考え事はやめておいしく料理をいただくことにした。

 夕食が終わり、談話室に移動すると、伯爵夫人、つまりリゼの母親が向かいのソファに座る。


「そういえばリゼ、今度の日曜日は予定をあけておきなさいね」

「お母様? 何かあるのですか?」


 リゼは「どこかに出かけるのでしょうか」と、なんの気無しに返事をする。夕食に満足したのか表情は明るい。色々な悩みを一時的に忘れて幸せを実感していた。


「バルニエ公爵からご令嬢の誕生日パーティーのお誘いよ。つまり、お披露目会ね。そこまで交流があるわけではないけれど、行かないと角が立つから……良いわね?」


 さらっと言い切る伯爵夫人とは裏腹に、リゼは動揺をなんとか隠すために、手にちょうど持っていた紅茶を少し飲むことにする。手が震えて飲みにくい。


(エリアナってまだ十二歳になっていなかったわけね。危険なイベントすぎる――どうしよう……!)


 それから表情をできる限り崩さないようにしつつ、承諾する。本当は行きたくもないが、仮病は使えない。今回、馬車酔いしたフリをして使ってしまったからだ。失敗した。何度も使って病弱キャラとして認識されてしまうのは避けていきたい。


「……わかりました。お父様も参加されるのですか?」

「もちろん行くつもりだよ。噂によれば王子との婚約発表も兼ねているらしいからね。盛大なパーティーになるんじゃないかな。そういえばリゼの相手もそろそろ考えないとなぁ」

「えっ? 相手、ですか? まだ早いような……」


 リゼは内心、それどころではない。婚約をなんとか回避するため、誤魔化そうとする。

 しかし、ゼフティア王国では社交界デビューとなる十二歳のお披露目会以降に婚約をするというのは、ありふれた話だ。よって、相手を探すというのは貴族の会話の中では話題になりやすい。お披露目会で相手をしてくれたのはマッケンジー伯爵令息であるが、リッジファンタジアでリゼは彼と婚約していた。そして一緒にエリアナの命令で悪さをしたのだ。

 男性キャラではかなり目立つ悪役キャラで、若干のヤンデレキャラとして人気があった。リゼとしては絶対に避けなければならない。


「そうね……あなた、まだリゼには早いのではないかしら? 無理に決めなくても学園で見つかるわよ。私たちも学園で出会ったじゃない」

「うーむ、確かに。私たちは学園で出会ったしなぁ。しかし……」

「あ、あの! 私はお父様たちみたいに学園で知り合った方と生涯を共にしたいのでお見合いは……縁談は……したくないです」

「そうか、分かった。その方が私たちの娘らしいか」


 リゼの気持ちをみ取って伯爵夫人がフォローしてくれたことで、うまく話を逸らすことに成功した。ほっと安心する。運命通りに進めば命の危険がある以上、まずはゲームの展開通りにならないようにすることが一番重要――、というのが、彼女の考えだ。

 運命通りに婚約などをすれば、エリアナと一緒に婚約者であるマッケンジー伯爵令息共々断罪される可能性に近づいてしまう。

 パーティーで何が待ち受けているのかという不安を感じつつ、早速行動に出ることにした。例の課金要素を確認するのだ。

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