3.記憶の整理

 ひょんなことから〈知識〉として前世の記憶を取り戻したリゼ。彼女は本来思い出すことはない〈知識〉を持つ者――という特異な存在になったのだ。


(落ち着いて私……。頭をよぎったイメージの正体は……思い出されるのはあのゲーム! 分かってしまった――ここはもしかしたら、乙女ゲームの『リッジファンタジア』の世界……!)


 深く溜息をつくと、震えながら声を絞り出した。


「あ、あのお父様。体調が優れないので今日は夕食はいりません。早めに寝ようかなと……」

「え? さっきから体調が悪そうだったけど、大丈夫かい?」

「はい……寝れば治るかな……と。せっかくのお休みの日にごめんなさい……」

「気にしなくて良いよ。体調が良いときにまた行けばよいのだから」


 リゼは馬車に揺られ、屋敷に戻ってきた。彼女は家につくまでの間、出来る限りの〈知識〉を整理することに努めていた。〈知識〉の数は膨大であり、全てを瞬時に理解することは出来ないが、関連する単語を連想すると連鎖的にピンとくる。そんな感じである。

 出迎えに来た専属メイドのアイシャは彼女の様子がおかしいと感じ取り心配そうに話しかけてくる。


「お嬢様? なんだか体調が悪そうですが、大丈夫ですか? 何か私にできることはありますか?」

「大丈夫。ちょっと馬車酔いしてしまっただけだから、心配しないで」

「そうですか……」


 アイシャは心配そうにつぶやく。馬車から降りてきた伯爵からも声がかかる。


「ゆっくり休みなさい、リゼ」

「はい。そうします」


 伯爵とは玄関で別れ、部屋の前でアイシャとも別れると、リゼは頭を振り、鏡の前に立つ。そこには今朝と変わらない姿が映っているが、その瞳は今朝とは異なり、動揺の色が見える。

 頬を二回叩いて、気持ちを切り替えると、リゼは机に向かう。そして、いままでつけてきた日記を広げた。

 ひとまず、出来る限り整理した〈知識〉を書き出してみることにする。


(さて……思い出したことをまとめてみましょう。まずここはゲームの世界。ゲームとは何だろうかとも思うけれど、確か娯楽品。ある意味で、文学とも言えるかもしれない。本を読んだりするのと同様に架空の世界観を仮想的に楽しむといったもの。といってもルーク様によると、ここの世界は元々あって、前世の世界でこの世界をゲームとして再現したともいえる……)


 早速ゲームの情報を書き出してみる。


『リッジファンタジア』

 ジャンル:乙女ゲーム。かつ、アクションパート有りのシミュレーションゲーム

 舞台  :ゼフティア王国、ティエール王立学園

 内容  :学園にて、貴重な闇属性魔法を操る平民の主人公が、三年間の間に王族や貴族と仲を深めて最終学年の冬に結ばれる。個別シナリオへの分岐は二学年の秋。自由行動型のゲーム。バッドエンドの多さが特徴。ハーレムエンドはない。キャラ育成、ダンジョン攻略、事業の運営など、やりこみ要素がたくさんある。モードはノーマルモード、ハードモードの二種類があり、ハードモードをクリアすると、とある人物の攻略が可能となる。ハードモードは特定のタイミングでしかセーブ不可。

 補足事項:コンシューマー向けの本作品はスマホ版アプリと連動して課金アイテムを逆輸入できた。


「はぁ……スマホってなんだろう……。思い出せないということは不要と判断された記憶なのかな。私、前世でこのゲームをひたすらやり込んだようで、魔法やスキル、モンスターなどについてだいぶ知識があるみたい。さて、問題は私の立ち位置ね……まずは、私の情報……」


 ゲームの概要を日記に記したリゼは、続けてキャラの情報を記載していく。


 リゼ=プリムローズ・ランドル

 ルイ王子派貴族の娘で悪役令嬢エリアナの取り巻きの一人。悪役令嬢。立ち絵有りのサブキャラ。

 母親が王国内において有名な美人でその容姿を受け継ぐため、顔は良い。

 魔法属性は風。

 何かとエリアナに命令されて主人公に陰湿な嫌がらせをするため、嫌われランキングで上位に入る。ゲーム開始時にすでに婚約者がいる。なぜエリアナの取り巻きになったのかは不明。

 シナリオの終盤でエリアナ共々断罪される。立ち絵のみでスチルでの登場はない。特に最低だったのは主人公に泥水をかけるシーン、教科書を破くシーンなど。他にも嫌なシーンが沢山ある。



「悲しいけれど、この目を背けたい現実を受け入れるしかない。なぜ、主人公にあんなことばかりしたのか、私にも分からない……。でも私、エリアナとはまだ会ったことがないから、なんとか取り巻きにならないように立ち回る必要がある……よね。まだなんとかなるはず……! よし、主人公たちについてもまとめておきましょうか」



 レイラ・ウィルズ

 リッジファンタジアの主人公。黒髪ロングで清楚な見た目をしている。平民。辺境領域出身。

 魔法属性は闇。

 たぐいまれなる才能の持ち主で特待生として入学してくる。また、学級委員にも抜擢ばってきされる。

 心優しくも芯のある性格で、悩みを抱えた攻略キャラたちの心を癒やしていく。

 アクションパートでは闇属性魔法で無双できる。


 エリアナ=ジェリー・バルニエ

 悪役令嬢で公爵家の娘。金髪の美人。ゲームのパッケージやタイトル画面でセンターを飾るルイ王子の婚約者。

 魔法属性は水。

 平民のことを毛嫌いしており、特待生として目立つレイラのことを嫌っている。取り巻きに攻撃をさせて、自分は安全なところから楽しむ。アクションパートではリゼやその婚約者を捨て駒のように使う。

 シナリオの終盤で取り巻きたちと共に断罪される。立ち絵のみでスチルでの登場はない。



 また溜息をついた。エリアナのことを色々と思い出せば思い出すほど、レイラに嫌がらせをしている自分の描写が脳内によぎる。悪役令嬢としての自分にうんざりしてくる。

 しかし、いまは情報をまとめるのが重要だ。悩むのは後にしようと意識を切り替える。

 続けて、攻略キャラについて、各キャラの個別シナリオは長くなるので概要を書き出していくようだ。



 ルイ=エクトル・ゼフティア

 本作のメインキャラ。王位継承権第一位。程よい長さの金髪でさっぱりとしたイケメン。

 正統派風の外見だが、二面性がある腹黒系。

 魔法属性は光。

 王になるという野心が人一番強く、邪魔するものには容赦しない。エリアナと婚約することで強い後ろ盾を得る。

 レイラのことを取るに足らない人間だと評価しており、ゲーム開始当初はエリアナのいじめなどにも興味がない。


 エリアス・カルポリーニ

 攻略キャラ。子爵家で茶髪のイケメン。中立派。辺境領域出身。

 チャラ男。モブの女性キャラによく絡んでいる。

 魔法属性は火。

 元々カルポリーニ家が属していた国は、疫病えきびょうを抑えられずに崩壊し、ゼフティアの支配下に入った外様とざまの貴族。ゼフティアからの扱い、身分にコンプレックスを抱いている。

 父親は王国でこれといった権限もなく、地方貴族に甘んじている。

 学園入学時において、コンプレックスを隠すためにチャラ男を演じており、人気がある。


 ジャン=ロイーズ・ヴァラン

 攻略キャラ。侯爵家で紺色の髪をしているイケメン。

 生真面目冷静系ドSキャラ。

 魔法属性は水。

 冷静でクール系。家はジェレミー派で、ルイのことを嫌っているが、ヘラヘラとしたジェレミーのことも快く思っていない。

 何かと世間を騒がす王位継承権問題を冷めた目で見ている。

 次期宰相候補として、勉学、剣術が優秀。


 ロイド=カイル・パーセル

 攻略キャラ。伯爵家で赤髪。イケメン。地方領域出身。

 元気なやんちゃ系。盛り上げ役。

 魔法属性は火。

 明るい性格で友達が多い。地方の貴族ではあるが、父親が重要な地位にいる。中立派だが、それぞれの派閥が彼の家を取り込もうとしている。

 剣術は型を重視しない戦い方で非常に強い。しかし、型をきちんと身につけていないため、剣術大会への参加資格がない。


 アンドレ=ルシエ・ゼフティア

 ハードモード攻略後に攻略できる隠しキャラ。王位継承権第三位。

 妾の子であるため、王位継承権が低い。黒髪のイケメン。

 少しミステリアスな雰囲気がある。

 魔法属性は水。

 すでに亡くなった母親が平民であったため、平民の知り合いが多い。幼い頃から平民や貴族といった様々な人たちを見てきたため、融通がきく性格で世間が広い。

 王である父親からは興味を持たれず、離宮に住んでおり、孤独であるため街に繰り出すことが多い。


 ざっと、攻略キャラの情報を眺めてみる。


「ひとまず、みんなイケメンという設定は共通しているけれど、この人たちとも関わらないようにしないと。場合によっては戦争ルートなどもあって、危険すぎよ。そもそもサブキャラの私が積極的に関わるというのはお門違いよね。戦争ルートといえば、エリアスが独立運動とかを始めたはず。他の人たちも暗殺者が出てきたり、色々と修羅場になる……」


 さらに『ゲーム』など、〈知識〉に登場する前世の単語も書き出していく。いつの間にか脳内にインプットされた単語たちではあるが、意味の分からないものもある。

 例えば『スマホ』、『アプリ』、『テレビ』、『パソコン』、『公式サイト』、『攻略ウィキ』、『アップデート』、『特装版とくそうばん』、『ドラマCD』、『公式垢こうしきあかうんと』、『店舗特典』、『コラボカフェ』などだ。『リッジファンタジア』と関係があっても、ルークによって思い出せないようにされている事柄もあるようだ。


「疲れた……。けれど、ある程度はまとめられた気がする!」


 こうして一通り、〈知識〉の整理を終えたのだった。

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