2.神からの贈り物

 唐突に神と自称され、耳を疑った。 

 つい、「……えっ?」と呟くリゼだが、少年は気にせずに手を後ろで組み、リゼの前を行ったり来たりと歩きながら気にせずに話を続ける。


「でね、私たち神はあらゆる世界の者たちの運命にも多少関与していてね。あまりにも不憫な感じで死んじゃった人、まあ善人に限るけど、については、救済措置を与えることにしているんだよ。ちなみに救済措置がないと、生まれ変わるための順番待ちの列に並ぶことになって、次の人生を歩むには途方もない時間がかかるんだ。何せ命というものは無数に存在しているからね」

「えっ……私、死んだのですか……」

「いやいや、君は死んでないよ。死んだのは君の前世さ。で、救済措置とは、別世界の人間に転生させるというものでね。すぐに次の人生を始められるってわけ。で、本来は転生させた時点で私たちの役目は終わり、あとは自分で頑張ってねというスタンスなんだけど、転生後に前世の記憶を取り戻してしまう人がごくごく何千年に一人くらいの割合でいるんだよね。そういう人のことは即座に感知して、自動的に忘れさせるか、この場に呼び寄せて、思い出させるかどうか考えるという二つのパターンがあって。つまり君は後者だったということだね。これが、君がいまここに居る理由」


 おそらくはこの人の言うことに間違いはないのだろう……と、頭では理解しているが、このような摩訶不思議まかふしぎな話が現実で起こるはずがない……とも考えてしまうリゼは、半信半疑といった神妙な面持ちになる。しかし、この自称神の話が真実だとしたら、つまり、前世の記憶を思い出させるか、忘れさせるかという判定が行われるのだろうと理解する。


「それでね、ここに来られた人には、つまり君みたいな幸運の持ち主には、前世での善い行いの見返りとして、記憶を思い出させるか否かということのほかに、いつも何かしてあげてるんだよね。何か欲しいものはある?」

「欲しいもの……ですか。特にないです。いま幸せですし……」

「うんうん。無欲なんだね。前世でもそんな感じだったかな。どうしようかなぁ」

「わしにもこの娘の前世を見せてくれんか」


 リゼを放っていて、少年と老人はリゼには見ることができない何かを見始める。「ほほう!」だったり、「ここ、面白いでしょ」と二人で盛り上がるが、リゼは蚊帳かやの外だ。途方もない時間が過ぎているような気がするが、リゼはなぜか立つことができない。もはや記憶などどうでも良いから帰らせてくれないだろうかと考えてしまうが、少年たちの話が終わるまではこの場から動くことができなくなっているのかもしれない。

 それからさらにもう一人、屈強な男も姿を現して何か、おそらく前世の情報を見て、これまたひそひそと語り合う三人。たまに笑い声が響き渡る。リゼが(本当にもう早く帰りたい……)と、考え始めたその時、少年が手を一度叩く。


「決まったよ!」


 笑顔の少年が高らかに宣言するとリゼはふと意識を少年たちに戻して、話の続きを待つことにする。きっと何かの話があるのだろう。


「詳細は伝えられないけど、君の前世はとても素晴らしいものだったよ。でも、死に方はあまり良いものではなかったね……それに、ちょっと混沌とした世界に転生させちゃったかな。これは私のミスだ。まあ、思い入れのある世界なんだけどね。かわいそうだし、ここに来れたお祝いとして、私たちから一つずつプレゼントをしてあげよう。どう使うのも君の自由! 今後は君の行動にかかっているよ、是非幸せをつかみ取ってね! 大変だろうけど!」

「ありがとうございます……?」


 恐る恐るお礼を言っておくリゼ。

 何かをくれるらしい。プレゼントの詳細が発表されると予想できるため、無言で話の続きを待つことにする。


「自己紹介しておこうかな。私はルーク。一応、大地の神だったりするんだよね。はは、驚くよね。無理もないよ。実は君がいま生きている世界は、君の前世とも少し関わりがあってね。君が今暮らしている世界を『元ネタ』にして、様々な運命を予測してまとめあげた『ある作品』をゲームとして発売したんだ。シリーズものでね。君は『1』しかやっていなかったみたいだけど。で、課金要素っていうやつで色々買えるようにもしたりしたんだよね。その要素を君が望むなら会得できるようにしてあげるよ。といっても、何から何まで会得するというのはチートすぎるし、多少の制限はさせてもらうけどね。それと、前世の記憶については、いままで一人しか記憶を戻すという決断をしなかったんだけど、君にも『唯一無二の知識』として一部のみ戻してあげるよ。あくまでも知識としてね。前世の君の人格が君と融合したりするわけではないよ。あ、さっき話した『ある作品』の課金要素の会得方法はきっと知識が教えてくれるさ」

「次はわしじゃな。わしは芸術の神ミカル。おぬしはじゃな、前世で芸術面の得意分野があったのでなぁ。よく頑張ったのぅ。その特技を引き継いでやろうと思うわい。努力の成果じゃからな。関連した記憶はルークが戻してくれるじゃろう。今世でも励むとよい」

 

リゼは「ありがとうございます」と、頭を下げて二人にお礼を言うのだった。何がもらえるのか現時点では良くわからないが、恐らく普通のことではないのは確かだ。ルークの話にあった、ゲームやら課金要素やらというものについてまったく意味が分からず、何一つ理解できなかったのだが、本当に『唯一無二の知識』が教えてくれるのか一抹いちまつの不安がある。


「では俺も。途中参加ですまねぇな。あいつらがお前の記憶を見た上で、呼び出すことにしたらしいんだが。まあ、呼び出したのはお前の前世がかわいそうだからなんかあげろよ! ってところらしいな。あと、ゲームとかいうやつをやりこんだことも評価されたらしい。俺は……こうしてこの場で人間に会うのは初めてだし、次が何千年、何万年になるか分からないから少しサービスをしてあげようと思うぜ。俺はラグナル。武の神だ。お前には加護を会得しやすくしておいてやろう。それと、異なる属性の魔法を二個までは会得可能にしてやる。あとは、ルークが言っていた……なんだったかよくわからないが、課金要素……だったか。その課金要素を会得する点について、チートはダメだとか言って制限を加えやがっただろ。その制限を少しだけ緩めておいてやろう。いいよな?」

「はぁ……。ちょっと大盤振る舞い過ぎない? あまりにイージーな人生にすると他の転生者に不公平なんだけど。まあ、仕方ないか。かまわないよ」

「いや、お前の制限は流石に鬼畜すぎるだろ。これくらいしてあげないとかわいそうだ」


 ルークは肩をすくめながら、ラグナルのプレゼントを許可する。

 リゼはラグナルにも頭を下げるが、上機嫌らしいラグナルに「がんばれよ!」と笑って肩を叩かれた。


「さて、と。そろそろ戻してあげよう。私たちのプレゼントをどう使おうが君の自由だ。あ、ついでに一つ、忠告しておいてあげるね。私の予想では君が戻った数分後に事故が起こる。君の家族は死ぬし、君自身も怪我をするだろうから、回避することをお勧めするよ。それと大サービスだ。君は私が作ったゲームの『1』には触れたことがあるのだけど、実は『続編』があってね。君が触れたことがあるのはあくまでも前哨戦ぜんしょうせんに過ぎず、物語の真実は『続編』で語られたんだよね。運命には変えられる運命と変えられない運命があるよね。変えられる運命とは行動次第で分岐していく未来のことだね。変えられない運命とは、いかようにしても起こり得ること、だね。『続編』は……後者だから、このことを頭の片隅には入れておいてね。うん、話は終わり! もう会うことはないだろうね。少し寂しいけど、君の幸運を願っているよ。良い人生になるとよいね。それじゃあ!」


 ルークが宣言するとリゼの体が光で包まれ始める。ミカル、そしてラグナルは手を上げて頑張ってこいと言わんばかりの表情をしている。リゼは「ありがとうございました!」と叫ぶ。そして、また目の前が真っ暗になる。



 ふと我に返ると、馬車の揺れを感じるのだった。リゼは少しの間、状況を飲み込めずにいた。原因は脳裏をよぎる前世の記憶、ルークの言う〈知識〉の数々だ。神々からのプレゼントの効果だろう。この〈知識〉が頭にあふれている状況で頭痛がする。〈知識〉に触れて、おそらくさっきの人たちは神だったのだろうとぼんやりと考える。


「リゼ! リゼ!」

「……あっ、お父様、ごめんなさい。少し考え事をしていました」

「そ、そうかい。心配したよ」

「ありがとうございます……」


 伯爵からの問いかけに、慌てた様子で答えるが、その様子はただごとではない。彼女は頭を押さえて目をつぶっており、深呼吸を繰り返していた。


(落ち着いて。落ち着いて私。冷静に。冷静になりましょう……整理しないと。さっきのは夢じゃないのは確か。〈知識〉がそれを物語っている。ということは、ルーク様……大地の神ルーク様の忠告……まずは事故を回避しないと!)


 リゼは伯爵に「少し酔ったのかもしれません。このままでは服選びは難しそうです」と手短に告げると、無事に引き返すことになった。それから中心部を抜けたあたりで物思いに耽るのだった。そして、しばらくして落ち着いてくる。


 ――そういうことなのね、と彼女は心の中でつぶやく。


(それは突然の出来事で――私はリゼ=プリムローズ・ランドル。ランドル伯爵家の娘。何不自由なくここまで生きてきた……けれど、家族と買い物に繰り出している最中の……馬車が揺れたふとした拍子に、本来知るはずもない前世の記憶を〈知識〉として、神々との遭遇によって思い出してしまったのでした……)


 その直後、向かっていた店の近くで制御不能となった平民の馬車が暴走する事故があった。

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