悪役令嬢の取り巻きに転生したので、神から授かった特別な加護を使い運命回避します ~神からチートな加護は渡さないと言われましたが、かなり強くないですか?~

東雲景

1章 波乱の幕開け

1.プロローグ

 ゼフティア王国――

 はるか昔に建国されたこの国は、近頃は戦争もなく、芸術などの文化が発展し、平和な時代を人々は謳歌おうかしていた。

 現国王には、三人の息子がおり、貴族たちはそれぞれの派閥を作り、次期国王を擁立ようりつしようと躍起やっきになっていた。平和な日々に忍び寄る黒い影。

 しかし、派閥争いに貴族以外の平民は興味なし。着実に争いの火種がくすぶりつつあるのだが、平民たちはそんな話はつゆ知らず、日々の生活を満喫している、そんな時代だ。

 そんな時代に一人の少女が生まれた。王国内では比較的広い領地を持つ伯爵家に生を受けた彼女は、特に不自由なく成長を遂げ、十二歳になった。この国では十二歳になると、お披露目会を行う文化がある。そんなお披露目会も粛々しゅくしゅくと執り行われた。



 それから一ヶ月経ったある日のこと。少女はつぶやく。


「さて、そろそろ行きましょうか」

「承知です。お嬢様」


 薄紫色の長い髪を揺らし、鏡を見つめる彼女。

 水色の瞳は、鏡に映る姿を確認している。貴族たるもの、身だしなみはきちんとしていなければならないのだ。絶世の美女――とまではいかないながらも、その顔立ちは美しく、人を惹きつける魅力があり、生まれながらに高貴な血筋であると感じさせる。


 リゼ=プリムローズ・ランドル。


 由緒ゆいしょ正しきランドル伯爵家は王国の西方にある島に広い領地を持つ貴族の一人だ。その子女であるリゼ。年齢は十二歳。

 王国の貴族たちは十五歳になる年に学園に入学する。学園に入学すると魔法や剣術、王国の歴史などを学ぶことになる。お披露目会を終えたあたりから入学までの間、各貴族は、それぞれが独自に家庭教師をつけるなりして、基礎知識の教育を行う。

 この日は、家庭教師が決まったため、授業で着る服を買いに行こうと父親である伯爵から誘われている。つまり、外出だ。

 少し気分が高ぶっている様子のリゼは鏡を見ながら、専属メイドのアイシャに出発の準備が出来たことを伝えたのだった。


「王都でお買い物、良いですね。そうそう、家庭教師はどんな方なのでしょうか?」

「そうね。キュリー夫人という方よ。いまから楽しみ」


 リゼはアイシャと良い関係を築いているようで、雑談をしながら馬車に向かう。


「来たか、リゼ。早速向かうとしよう」

「おまたせしました、お父様。行き先のお店は決まっているのですか?」

「決まっているよ。今日はいつもリゼの服を仕立ててもらっている店ではなく、別の店にしてみようと思うんだ。最近、王都で流行っている店らしいぞ。実は私も先日、その店で買ってみたんだ。ほら」


 伯爵はそう言うと、装備ウィンドウを開き、リゼに見せてくる。装備ウィンドウとは、着ている服などの詳細を確認することができるこの世界で使われている便利な機能だ。芸術の神ミカルが作ったと言われている。半透明な色合いで、黒文字で詳細が表示される。

 リゼが装備ウィンドウに目を向けると、伯爵が着ているジャケットは『ルンドストロム』というブランドのもので、これから向かう店らしい。


「楽しみです。それにお父様、とてもお似合いです」


 馬車に乗り込み伯爵と歓談していると、しばらくして馬車が走り出す。ランドル伯爵家の領地管理は長男、つまりリゼの兄が務めており、彼女たちは王都で暮らしている。リゼにいたっては、領地の治安があまりよくないこともあり、生まれてこの方、領地に足を運んだことがない有様だ。王都にはありとあらゆる施設が揃っており、王都で楽しく暮らしてきたというわけだ。

 馬の蹄鉄ていてつが石でできた道を叩くカタカタという音を聞きながら、なんとなく外の風景を眺めているリゼ。平和そのものだ。


「王子たちの後継者問題があるにせよ、街は平和だね」

「私もちょうど同じことを考えていました。この風景をいつまでも眺めていられると良いのですが……」


 王都はとても広く、ランドル伯爵邸がある地域は、王都の西方にある。貴族の邸宅が散らばっているあたりだ。比較的王都の中心部に近いところに屋敷があるため、王都の中心地までは馬車で十五分程度だ。目的の店まではニ十分といったところだろうか。

 伯爵は日々の職務の疲労もあるのか、ウトウトとしている。話しかけて起こすのも悪いと考えたリゼは物思いに耽るふける


(お父様もお疲れのようね。これから行く『ルンドストロム』というお店、流行の服を買えるらしいけれど、どんな服があるのかな。あ、装備ウィンドウでも見てみましょうか。私の服は……『メルシエ』というお店のものね。老舗しにせのお店で、服を買う際にいつも行っていたところ……)


 リゼは装備ウィンドウを閉じる。装備ウィンドウは『閉じる』と念じれば消え、『開く』と念じれば表示されるものだ。基本的に自分のみが見えるものだが、特定の相手に見せるときは、『共有』と念じれば、念じた相手の方に装備ウィンドウが回転し、その相手に見せることが可能だ。到着するまでまだ時間がある。とくにすることもないので、自分のステータスウィンドウを開いてみる。


【名前】リゼ=プリムローズ・ランドル

【性別】女

【年齢】十二才

【レベル】1

【職業】伯爵令嬢

【属性】風属性

【称号】なし

【加護】なし

【スキル】なし

【状態】健康

【所持金】120000エレス


 これといって何の変哲もないステータスウィンドウを眺めた後に閉じる。それから、アイテムウィンドウを表示する。これは身に着けている持ち物が表示されるのだが、【持ち物】ハンカチ、と表示されていた。アイテムウィンドウも閉じて、馬車から外を眺めることにする。

 まったりとした時間が過ぎていく。ゼフティア王国は近頃、芸術分野が文化として発展しており、外で絵画を描いている人がちらほらと視界に入る。


(絵画……良いものよね。描くのって想像以上に大変で……あれ? 私、絵画を描いたことなんてないのにどうして……)


 その時、馬車が石に乗り上げ、ガタンと衝撃が走った。


「ん? 馬車揺れか。リゼ、大丈夫かい?」

「……」

「リゼ?」


 ――この時、リゼは目の前が真っ暗になった。


 ◆

 

 地面の冷たい感覚に気づいて目を開ける。


「ん……あれ、ここは……? 馬車に乗っていたはずなのに。お父様は? いない……みたいね。どうしましょう……」


 辺りを見渡すとそこは教会、なのだろうか。朽ち果てかけている教会らしき建物の中だった。ひんやりとしており、生き物の気配はない。所々に雑草や蔦などが生えてきている。


(そうだ! ステータスウィンドウの【状態】で何かわかるかも……!)


 リゼはステータスウィンドウを開こうとするが開くことはできなかった。何度も開くために念じるがうんともすんとも言わない。溜息ためいきをつく。しかし、こうして溜息ためいきをついていても何かが変わるわけでもない、と頭を振り意識を切り替える。まずは開きかけている扉の外を確認することにする。この状況について何か分かるかもしれない。扉に向けて、音を立てないように気を付けながら向かうことにする。


「おやおや。珍しいこともあるものだね。一体いつ以来だろうか」


 突然、背後で声がする。リゼが咄嗟とっさに振り返るとそこには少年と老人が立っていた。おそらく先ほど声をかけてきたのは少年の方であろうか。

 彼はシンプルで飾り気のない白色の丈の長い服をまとい、金髪の碧眼へきがんで整った顔立ちをしている。笑顔でリゼを歓迎しているようなそぶりを見せている。着ている白い服が光を発しており、少し眩しい。

 もう一人の老人は白く長い口髭を蓄えており、灰色で、ところどころ絵具や土で汚れた服を着ている。


「白々しい奴じゃな。呼び寄せた張本人じゃろうて」

「間違ったことは言っていないよ? 久々にここに人間を呼んだのは事実でしょう?」

「うぬぬ、おぬしにはどうせ口では勝てぬ。まあ、細かいことは良いわい。それで、わしのことも呼び寄せた理由は教えてくれるのじゃろうな?」

「もちろんだよ。意味のある行動しか取らないからね。あなたがここにいるということは、当然意味があってここに呼ばせてもらったのさ。でも、久々に会えてうれしいよ」

 

 少年と老人は軽口を叩きながらも、再会の握手をする。旧知の仲のようで、これまでどうしていたか、といったような話で盛り上がり始める。状況を呑み込めないリゼはおそるおそる、失礼のないように気を付けながら口を開く。


「あの……初めまして。リゼ=プリムローズ・ランドルと申します。つかぬことをお尋ねしてしまうのですが、ここはどこなのでしょうか……? 私、ゼフティア王国の王都に戻りたくて……」


 リゼが挨拶もかねて居場所を尋ねると二人は一寸の狂いもなく同時に振り向いてくる。ちょっとした恐怖を感じたリゼは一歩下がる。


「あー、ごめんごめん。何千年ぶりかに会ったからさ。つい盛り上がっちゃって。帰りたいのは山々だろうけど、ここに呼んだのは意味があってのことだからね。少しだけ話を聞いてもらってもよいかな?」

「分かりました……」


 少年に手の合図で座るように促されたリゼは、沢山並ぶ長い椅子の中の最前列にひとまずは着席する。老人も席に着くと、少年は立ったままおもむろに話を始める。


「ここに呼ばれた心当たりは……ないようだね。私たちの存在に心当たりは……うん、ないみたいだね。唐突な話だけど、私たちは神なんだ」


 唐突に少年は神と自称したのだった。

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