プロローグ➁

『――し、勝負ありっ!』

 伝声機から随分と遅れて声が響く。静まり返った中でそれは、ひどく間の抜けた様相を呈していた。

「…………」

 歓声はない。観覧席に居並ぶ誰もが自身の目を疑っていた。

 合戦を模した集団戦の試合、それもよりにもよって決勝戦でまさか

『勝者、赤陣営――二年の部、優勝は戌組』

 たった一人の手によって、一方が壊滅させられたなどと。

「…………」

 様々な感情の入り混じる観客の視線を一身に受ける当の本人は相手陣地のど真ん中で、俯き虚空に視線を向けている。

 伝説的な勝利に酔いしれるでもなく、噛み締めるでもなく。

 殊更に相手を嘲るでもなく。

 まるで発条ぜんまいの切れた玩具のように。

 まるで今にも首を吊りそうな昏い、暗い目で。

 それは十代の少年の様としては、あまりに異質だった。

 やがて砦を構築していた、隆起した地形が、柵が、土や石の壁が、どろりと菓子のように溶け崩れていく。

 後に残ったのは平らに均された広大な運動場と、その一ヵ所に固まって倒れ伏す、揃いの制服を纏った、少年少女達。

 微かに上下する肩や胸が、そこに死者がいないことを示していた。

「…………っ」

 小さな呻き声。倒れていた一人が意識を取り戻した。それを皮切りに続々と、寅組の生徒達が意識を取り戻していく。

 それを待っていたように、彼は踵を返した。淀みのない機械めいた足取りで、彼は自陣営へ戻っていく。

「――なぁ君、噂には聞いていたが『人斬り』で合っているか?」

 寅組の生徒が一人、その背中に追い縋る。顔に付いた泥を拭おうともせず、彼か快活な笑みを『人斬り』へ向けている。

 一方で、まるで聞こえていないように、その『人斬り』は見向きもせず歩調も変えず、ただ歩く。

「ちょ、能見っ、本人にそれは……っ!」

 尚も隣を歩く能見の袖を、別の生徒が血相を変えて掴んだ。

「ん、そうか?――すまん!先ず自己紹介か――っておい!」

 一瞬立ち止まっている間に、『人斬り』は能見から随分離れてしまっていた。

「やめとけって!アイツがもしそうだったとして、転入してからこっち殆ど誰とも口利いてないって、有名なんだ」

 声を潜める級友に能見は、寧ろ目を輝かせる。

「だったら尚更話してみたい!」

 意気揚々と背中を追おうとする能見。級友は羽交い絞めにする勢いで制止する。

「やめとけって!ほら、あっちも全然お前に興味持ってねぇって!」

「むぅ……」

 そんなやりとりをしている間に、『人斬り』は入退場口のほど近くまで離れていってしまった。

「――しかし、本当に強かったな」

「お前が言うと重みが違ってくるよ」

 まともに打ち合えてたのお前ぐらいじゃね?話を聞いていたらしい級友達も、めいめい痛むところをさすりながら近寄ってくる。

「十二神将候補なのだったか?彼は」

「ああ。っても噂だろ。どうせ噂止まりだろうし」

「ああ……だな」

 一人の意味深な返答に、その意味を知っているらしい級友達は辟易したように頷き合う。

「?」

「戌組には居るだろ。『犬神』の縁者が」

「む?」

 首を捻る能見。しかし『犬神』の名を出したことで、他の多くの級友は理解した。

 たとえ実力があっても敵わない相手がいることを。

「つか、神将候補ならお前だってそうだろ!」

「ん?いや、俺などまだまだだ」

 喋っている彼等を教員が諫める。次があるから早くここから出るようにと。

 痛む体でだらだらと、寅組の生徒達は入退場口へ向かって歩いていく。

「…………」

 反対側の入退場口を能見は振り返る。そこにはもう『人斬り』どころか、戌組の姿さえなく、次の主役である三年生達が見えるばかりだった。

「能見、早く行こうぜ。田畠せんせいがまたうるさいぞ」

「む――ああ、わるい。今行く」

 呼ばれ、彼は踵を返す。手に、体に残る先の試合の感触を確かめながら、彼は駆け足で入退場口を潜った。

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